容積率制限の沿革
容積率制限であるが、まずはその沿革を紹介しよう。【空地地区制度の導入】
わが国に初めて容積率規制が導入されたのは、戦前の1938(昭和13)年で、「市街地建築物法」の改正により都市周辺部の市街密集化を抑制する目的で、「空地地区制度」が創設される。当初、この空地地区は第一種から第六種までのメニューが用意され、第一種は容積率20%以下、第二種は容積率30%以下と続き、第六種の容積率は70%以下まで10%刻みに規定され、容積率30%が空地地区指定の基本とされた。

1960年代に入ると経済活動が活発化、「もはや戦後ではない。」という雰囲気となり、建築物の中高層化をめざし鉄筋コンクリート造や鉄骨造の建築物が普及していく。こうして地価が高騰、都市は広い範囲にわたり、高密度化の傾向が出てくる。これまでわが国の容積率規制は、空地地区として都市周辺部の住宅地を対象に実施され、都市の中心部では、建蔽率と絶対高さ制限の組み合わせで間接的に行われてきた。そのため都心部では頭を抑えられた建築物が敷地一杯に広がり地下深く伸びていった。また階数を稼ぐため階高を低く抑えるようにもなっていた。結果、地階からの避難が危惧されたり、居室において日照や採光等の確保が難しくなったり、換気など室内衛生環境の面から不健全な状況を呈するようになってきた。さらに、商業地では進展するモータリゼーションに対応、自動車駐車場等を敷地内に確保することが難しく、道路上に置かれるようになったため交通渋滞が起こり(写真❶)、排気ガスで大気汚染が深刻化するようになった。
一方、コンピュータ技術の発展などに伴い、設計・施工面での技術開発が進み、地震国であるわが国においても建築物の高層化が可能となってきた。こうした状況変化をうけ、容積地区制度のさきがけとして、1961(昭和36)年に「特定街区制度」が導入される。この制度は都市計画で指定した地区について、「絶対高さ制限」を解除し、「容積率の限度(100%~600%まで100%刻みに6種類の容積率メニューを用意)」と「壁面の位置の制限」を定め、市街地空間をコントロールする手法である。「霞が関ビルディング」や新宿副都心の超高層ビルは、この手法を用いて整備された。
【容積地区制度の導入】
1963(昭和38)年を迎えると、今日のような本格的な容積率制限へと移行すべく、ニューヨーク市で導入されたゾーニング制度の改正を参考に、「容積地区制度」が大都市を対象に導入され、絶対高さ制限は廃止される。この制度は検討過程では、大都市の一部の地区を対象に活用するイメージであったが、東京都では、この制度を土地利用と都市施設との均衡、また市街地環境の保持という観点から、市街全域を対象に全面的に活用することになった。この容積地区の導入に伴い、「特定街区制度」は改正され、公開空地の確保に応じ容積率の割増がもらえる、インセンティブ制度へと衣替えする。容積地区の規制値メニュは、第一種(100%)~第十種(1,000%)まで100%刻みで10のメニューが用意された。
この「容積地区制度」は、建築形態とりわけ高さについて設計の自由度を確保しながら、市街地の環境が悪化しないよう、また都市施設の供給処理能力と齟齬をきたし都市機能の低下を招くことのないよう、土地利用の密度をコントロールする仕組みとして導入された。容積率規制は近代都市の成長拡大を前提に、現状をふまえ今後の建築需要をにらみ、都市施設整備の進展状況を見通し、環境への影響にも配慮し、地域毎の状況に応じ制限値を選択し建築をコントロールする仕組みである。すなわち、「容積率指定は規制の水準」であって、都市における土地利用計画としての密度計画そのものではない。都市を成長発展過程にあるものととらえ、その整備過程にある都市の公共施設整備の動きをにらみ、「都市基盤と土地利用との均衡を図っていく」、そんなイメージで都市計画「容積地区」が計画された。
・密度計画と容積率規制
市街地の実態を見ればわかるように、都市市街は多様な地区によって構成されており、よく見ると恒久的に建築物が建ちそうもない場所もある。たとえば、上野–浅草間のように寺社が多数集団的に立地していたり、また青山霊園のように広大な墓地が存する地区があったり、また鉄道や道路の土地占有率が高かったり、河川や大規模な公園が存する地区なども、これにあたる。
このように通常は、高度に土地利用が行われるところではないと見込まれる土地の部分については、密度計画上はこれを控除して取り扱うことが適当である。また、建築敷地となりうるところであっても、そこに建築物が建築されるとは限らない。地権者等の意向もあり建築行為があったりなかったり、また建築行為があっても道路条件(日常の通行、非常時の避難の確保の観点などから、道路幅員に一定の率を掛け容積率が規制されている)や相隣関係条件(高度地区をはじめとする各種斜線制限により容積率が間接的に影響を受けている)などによって個々の敷地の利用環境は異なり、地域全体としてみた場合、都市計画によって指定される容積率が、目標時点までにすべて使われる可能性は、都心部など一部の地域を除きほとんどないといえる。
そこで、規制値としての容積率を指定するにあたっては、土地利用における密度計画をにらみ、実際の土地利用の状況(現況と動向等)や、建築規制の態様(前面道路の幅員、高度地区など各種高さ制限)を勘案、目標年次までに達成されるであろう容積率(実現容積率)を想定して、容積率メニューの中から適切な数値を選択して指定することになる。
この容積率設定のもととなる密度計画と、用途地域における建物用途の広がりをおさえると、都市施設の整備需要を大きく把握することができるので、都市計画の場においてはこれら土地利用(用途・容積)計画をにらんで、道路・公園・下水道等の都市施設の整備計画がたてられる。
以上のような理由で都市計画による容積率は、土地利用(密度)計画の水準より高く設定されることになるが、経済活動が活発で地価が急激に上昇し、高密度な建築行為が広範囲にわたって展開されるようになると、公共施設整備との間に時間的均衡を失し、都市サービスの需要と供給との関係が崩れ問題化する場合がある。
たとえば、超高層の大規模なビルが集団的に建築されることでビルに出入りする人口が増大し、これに伴い近くの駅施設が混雑したり、ビルから排出される水の処理が追いつかなくなるような場合である。
そこで都市計画においては、そうしたことのないように大規模な開発や建築物の建設が見込まれるような場合は別途、都市施設や環境に対する影響などを事前に予測し必要な対応をとることになる。「都市再生特別地区」や「特定街区」、「再開発等促進区を定める地区計画」等の都市開発諸制度の運用において、交通や供給処理面への影響・周辺環境への影響を事前にとらえて対応していることの意味はここにある。いわゆる計画実施に伴う影響の事前評価ということで、必要な調整が行われている。
そんな動きの中、収益力が弱い駐車場については、施設整備の促進という観点から、業界要望をふまえ一定の範囲内で容積率規制を緩和する措置が講じられた。
そうした形で進む高めの容積地区指定をふまえ、道路と建築密度との関係に危機感をもった行政は、幅員12m未満の道路沿道については、その前面道路の幅員に応じ容積率を逓減させる仕組み(道路の幅員に6/10を乗じる)が導入される。こうして前面道路の幅員によっても、市街地の密度構成が規定される、日本独特のシステムができあがった。その後、前面道路の幅員による容積率逓減の仕組みは、1976(昭和51)年の「日影規制」の導入にあわせ、さらに強化され、住居系の用途地域については係数が4/10におとされる(21世紀に入り都市再生の時代を迎えると、逆に一定の条件のものは8/10に緩和される)。
これは幹線道路に接する敷地を除けば、市街地の内部は狭隘な道路が多く、道路事情が悪いわが国都市の実態をふまえ、道路交通の処理と地区の環境形成に果たす道路空間の役割に着目し、道路と建築容積とのバランスを保つためにとられた措置である。
【用途地域制への統合】
このような経緯をふまえ容積地区による容積率規制は、その後、1968(昭和43)年制定の「新都市計画法」(「建築基準法」は1970/昭和45年改正)において、建蔽率規制とともに「用途地域制度」の中に組み入れられ、用途規制と建蔽率規制、容積率規制等(高さ規制含む)がセットになって、全国展開することになる。
その後、容積率制度を活用したまちづくりを推進する観点から、「特定街区制度」にとどまらず、「高度利用地区」、「総合設計」、「再開発等促進区を定める地区計画」など、各種の誘導型の容積制度が順次創設されていく。これらの制度は東京都において「都市開発諸制度」と呼ばれている。
・用途地域、容積率メニューに1,100、1,200、1,300%の追加
容積地区による当初の容積率指定から数10年の時が経過する間、都市東京の変化の中で、都心地区においては当初の就業人口の設定や、自動車交通発生量の想定が実態と合わなくなってきた。すなわち、地下鉄の整備進展などで業務交通における鉄道利用が進むなどして、都心のオフィスは付置義務駐車場にも空きが出ており、当初想定したほど自動車を利用した業務活動とならなかったこと。また、オフィス・オートメーション化が進み多くの事務機器がオフィスに入り、コンピュータの活用が進むなどして、オフィス床面積に対する就業者の占める割合が相対的に低くなり、就業者ひとり当たり床面積が広がってきたこと。また近年、職住近接志向が高まったり、ここ数10年で道路等の都市基盤施設の整備も進んできたことから、都心の指定容積率を引き上げても都市基盤施設は対応可能と判断され、市街地の環境面への影響と、開発計画の事前評価や、地区計画等を活用したきめ細かな対応を行うことで、ベースとなる指定容積率のアップにも対応できるとされた。
そこで2002(平成14)年6月、国は「建築基準法」を改正し、都心部の高度に都市基盤が整備された地区をイメージし、容積率メニューを増やし、従来の1,000%上限から、1,100%、1,200%、1,300%の3つのメニューが追加された。東京都においては、都市基盤施設が整うとともに「地区計画」が策定され、環境悪化の恐れも少ない都心「大丸有地区」を対象に、2004(平成16)年の用途地域見直しにあわせ容積率1,300%が指定された。
用途地域に基づく容積率規制
【容積率規制の目的・意義】容積率とは建築物の延べ面積の敷地面積に対する割合のことである。この容積率は建築敷地に建てることのできる建築物の大きさ、つまりその敷地の開発可能性を規定する。経済的なとらえ方をするならば、「容積率はその土地の収益性にとって重要な意味をもっている」ということになる。
どのような用途の建築物ができるか否かは、建築主にとって大変重要な問題であるが、それと同様に「敷地にどのくらいの大きさの建築物が建てられるのか」、言い換えれば「どの程度の密度で土地を利用できるのか」、ということもビル経営上大変重要なことである。
しかし、容積率制度に代表される密度規制の意義は、こうした事業者の私的関心事としての意味よりも、むしろ行政側において大きい。すなわち、建築密度は、超高層ビルが林立し昼なお暗いニューヨークのマンハッタン地区を見ればわかるように、市街地の環境水準を規定する基本的な要素のひとつであるだけでなく、鉄道、道路、公園、下水道、ごみ処理場などの各種公共施設の整備水準を規定する重要な指標ともなっている。
建築物の利用密度、すなわち居住密度や就業密度、またそのことに対応して発生する人や物資の動きに応じ、都市施設を適切に整備していかなければ、円滑な都市活動や安全で快適な都市環境も実現できないからである。


図③ 前面道路幅員による容積率制限
前面道路の幅員が12m未満の場合、前面道路の幅員に用途地域による係数(40%又は60%)を乗じて容積率の上限を算出する。
出典:国土交通省HP(前出)
前面道路の幅員が12m未満の場合、前面道路の幅員に用途地域による係数(40%又は60%)を乗じて容積率の上限を算出する。
出典:国土交通省HP(前出)
建築密度を規制する方法としては、容積率規制のほかにもいくつか方法がある。たとえば、欧米のように居室数や利用人数そのものを直接規制する「利用密度規制」、またわが国のように建物の容積(床面積)を規制することで、間接的に利用人数等を規制する「容積率規制」がある。
わが国の密度規制は、容積率規制(正確には、延べ面積率規制)であるが、これは住宅対策や労働対策などが十分でないと、居室内の人口密度が高まり、不健全な居住環境や就業環境の形成へとつながる危険性をはらんでいる。また、工場・倉庫やアトリウムのように階高の高い建築物や内部空間は、外部に広がる市街空間を内部化して膨らみ、外部を圧迫することにつながり、良好な市街地環境の形成という観点からは、外部不経済を生じる場合もあるので、高さ規制とリンクし慎重に対応する必要がある。
次に、容積率規制にあたっての具体の規制値であるが、わが国においては、現在、都市計画として50%から1,300%まで17種類の容積率メニューが用意されていて(表①)、当該都市の土地利用計画に即し、市街を構成する各地区にふさわしく、用途地域の種別に応じ一定のメニューを選択し指定することになっている。
しかし、都市計画で指定された容積率が、そのまま規制値になるということではなく、「建築基準法」に基づき前面道路の幅員によっても、さらに容積率制限を受ける。すなわち、前面道路の幅員が12m未満の場合は、その幅員に、「低層住居専用地域」及び「田園住居地域」においては4/10、その他の住居系の用途地域においては4/10(特定行政庁が都道府県都市計画審議会の議を経て指定する区域内は6/10)を、それ以外のものにあっては6/10(特定行政庁が都道府県都市計画審議会の議を経て指定する区域内は4/10又8/10)を、それぞれ乗じて得た数値以下とすることになっている(図③)。

表② 容積率制限の緩和措置(算定方法の特例含む)
出典:国土交通省HP(前出)
出典:国土交通省HP(前出)
容積率制限の緩和
【規制緩和の措置】次に掲げる事項に該当する建築物は、通常の容積率制限を超えて建築できる(表②)。
①住宅用途に係る地階部分の床面積の、延べ面積算定における不算入の措置(法52条3項)
建築物の地階でその天井が地盤面から高さ1m以下にある住宅又は老人ホーム、福祉ホームなどの用途に供する部分(エレベーターの昇降路の部分、共同住宅・老人ホーム・福祉ホーム等の共用の廊下、階段の用に供する部分を除く)の床面積が建築物全体の床面積の1/ 3を超える場合は、当該部分の床面積について住宅・老人ホーム・福祉ホーム等の用途に供する部分の1/3を限度に床面積の算定から除外される。
この住宅用途に係る地階部分の床面積の延べ面積算定における不算入措置に絡み、斜面地などに留意し地方公共団体は条例により基準となる地盤面を別に定めることができる(法52条5項)。
②マンション等共同住宅に係る容積率規制の合理化(法52条4項)
この規定は、阪神・淡路大震災により被害を受けたマンションが建築時の基準ぎりぎりに建てられていて、その後の規制の見直しに伴い同規模での建替えが不能となったり、また1964(昭和39)年の東京オリンピック前の容積率規制のない時代に建設されたマンションが、昨今、更新時期を迎えており、これらマンションの建て替えを円滑に進める観点から、共同住宅の共用の廊下、階段等の共用部分を戸建て住宅の場合の住宅周りの道路・通路相当とみなし、これ自体は公共施設の整備需要を発生させないことから、容積率規制の対象となる床面積から控除しようとするもの。これにより従来のものと比べ、通常、延べ面積にして1.2~ 1.3倍の共同住宅の建設が可能となる。
③昇降機の昇降路部分等に関する容積率規制の緩和(法52条6 項)
エレベータの昇降路の部分または共同住宅・老人ホーム・福祉ホーム等の共用の廊下、階段の用に供する部分の床面積が、共同住宅の共用の廊下、階段並みに容積率算定の基礎となる延べ面積に算入しないことになった(施行令135条の16)。
④住宅用途に供する建築物の容積率の緩和(法52条8 項)
この規定は、都心居住の推進と職住近接によるコンパクトな環境共生型の都市づくりを進めるため、混在型の用途地域(居住環境向上用途誘導地区、特定用途誘導地区内の建築物で誘導用途に供するものを除く)である「第一種・第二種住居地域」、「準住居地域」、「近隣商業地域」若しくは「準工業地域」(高層住居誘導地区および特定行政庁が都道府県都市計画審議会の議を経て指定する区域を除く)、「商業地域」(特定行政庁が都道府県都市計画審議会の議を経て指定する区域を除く)内において、政令で定める一定の敷地面積を有し、その敷地内に政令で定める(建蔽率などに対応し算定される)一定規模以上の空地を確保する(道路に接し有効な部分が政令で定める規模以上ある)住宅系用途の建築物について、延床面積に対する住宅部分の割合に応じ、用途地域に基づく指定容積率の1.5倍(特定行政庁が別途定めた数値がある場合は当該数値)の範囲内で、次式を基本に算定した数値を法52条第1項の容積率と見なし、緩和するものである(令135の14,17)。
V=(用途地域で定める容積率×3)/(3-R)
R:住宅の用に供する床面積の延べ面積に対する割合
⑤前面道路幅員の算定上の特例(法52.9)
前面道路の幅員が6m以上12m未満の場合で、建築敷地が幅員15m以上の道路(特定道路)に延長70m以内で接続するときは、次式(令135の18)に基づいて算定される数値を、その幅員に加えることができる。
W=(12-Wr)×(70-L)÷70
W:政令で定める数値、Wr:前面道路の幅員、
L:特定道路から建築敷地が接する前面道路の直近の端までの延長
⑥敷地が一定の都市計画道路に接する場合(法52.10、令135の18)
敷地が都市計画として決定された計画道路に接する場合、または敷地内に当該道路が存在する場合で、特定行政庁(都道府県知事または市区町村長)が交通上、安全上等の観点から支障がないと認めて許可した建築物については、当該計画道路を前面道路とみなし、容積率制限の緩和を受けることができる(法42条1項4号に該当するものは除く)。
⑦壁面線の指定に伴う前面道路による容積率制限の緩和(法52.11、12)
道路境界線から後退して壁面線の指定がある場合、特定行政庁が道路と一体的で連続的な有効空地とみれ、交通・安全・防火・衛生上支障がないとして許可した場合、この壁面線の位置を道路境界線とみなし、前面道路の幅員を算定することができる。ただし、前面道路の幅員にかける数値が4/10とされている建築物は、6/10をかけた数値以下に制限される。なお、道路境界線から壁面線までの間の敷地部分は、敷地面積には参入できない。⑥の場合も同様とする。
⑧機械室の占める割合が著しく大きかったり、敷地の周囲に広い空地を有する建築物で、特定行政庁から許可を受けた場合(法52条14項)
同一敷地内の建築物の敷地が機械室その他これに類する部分の床面積の合計が、延べ面積に対し著しく大きい建築物や、建築敷地の周囲に広い公園・広場、道路その他の空地を有する建築物で、特定行政庁が交通上、安全上、防火上及び衛生上支障がないと認めて許可したものは、一定の範囲内で容積率制限の限度を超えることができる。
⑨法52.1に規定する延べ面積(容積率の最低限度に関する規制に係る延べ面積の算定を除く)の算定においては、次の用途に供する建築物の部分の床面積を算入しない(法92、令2.1.4、令2.3)。
・自動車車庫や駐車場(誘導斜路等を含む)部分、延べ面積の1/5を限度とする。
・備蓄倉庫や蓄電池の設置部分、延べ面積の1/50を限度とする。
・自動発電設備や貯水槽また宅配ボックスの設置部分、延べ面積の1/100を限度とする。
⑩「高齢者等の移動円滑化法」(バリアフリー新法、同法19、令24)の認定特定建築物において、通常のものを超えて付加された部分の床面積は、建築基準法52.14.1に規定する建築物とみなし、同規定が適用される(延べ面積の1/10以内であれば床面積に参入しない)。「建築物のエネルギー消費性能の向上等に関する法律」(建築物省エネ法)に基づく認定建築物において、建築物エネルギー消費性能誘導基準に適合させるための措置をとることにより、通常の建築物の床面積を超えることとなる部分は、延べ面積の1/10以内であれば床面積に算入しない(同法40.1、令7.1)。
【まちづくりの面からの誘導措置】
さて、容積率を活用したまちづくり面からの誘導措置であるが、容積率規制の目的のひとつである市街地環境の整備という観点から、土地の高度利用に耐えうる公共施設が既に整備されていたり、または当該プロジェクトと一体的に必要な公共施設が整備されるような場合などについては、周辺市街地環境への影響などを建築計画毎に評価して、制限を緩和する仕組みが用意されている。
代表的な制度としては、再開発手法のひとつである「特定街区」、「総合設計」、「高度利用地区」、そして「再開発等促進区を定める地区計画」や「都市再生特別地区」といった都市開発諸制度がそれである。その他の容積率を活用したまちづくり手法は、以下の通りである。
ここでは手法の紹介のみにとどめ、その内容については項を改めることとする。
・特例容積率適用地区
・高層住居誘導地区
・居住環境向上用途誘導地区
・特定用途誘導地区
・誘導容積型地区計画
・容積適正配分型地区計画
・防災街区整備地区計画(特定建築物地区整備計画等の区域内で区域区分し容積を適正配分するもの)
・高度利用型地区計画
・用途別容積型地区計画
・街並み誘導型地区計画
[参考文献]
東京都首都整備局「新しい東京の用途地域」東京都、1975年
堀内亨一『都市計画と用途地域制─東京におけるその沿革と展望─』西田書店、1978年
東京都都市計画局「東京の都市計画百年」東京都、1989年
飯塚正三「建築行政よもやまばなし」『コア東京』東京都建築士事務所協会、1989年10月~1989年12月
飯塚正三「建築行政のあゆみ」建築行政(審査・指導)研修テキスト、特別区研修所、1990年
大河原春雄『都市発展に対応する建築法令─改正の理由とその根拠─』東洋書店、1991年
建築技術者試験研究会『新しい建築法規の手引き』井上書院、2023年
(一社)東京建築士会『2025年版建築基準法規集』新日本法規出版、2024年
国土交通省ホームページ「建築基準法(集団規定)の概要」
Column①
東京都における「空地地区」指定
東京都では、郊外住宅地の良好な住環境の維持と、迫りくる空襲に備え帝都の防衛に寄与すべく、周辺市街地の延焼火災の防止を目的に導入された。対象区域は1932(昭和7)年の大東京市成立以降に新市域に編入された区域である。具体には、対象区域を西武新宿線の以南と以北とに分け、1940(昭和15)年と1943(昭和18)年にそれぞれ指定された。規制値の設定にあたっては、敷地面積50坪(165㎡)の一戸建平屋住宅をモデルにとり検討した結果、冬至において4時間の日照を確保し、かつ延焼の防止を図ろうとすると、容積率は30%以下にする必要があった。しかし、周辺市街の実態を見ると、現状でこの数値を超える地区が多数見受けられた。そこで、東京都では基本とされた指定容積率に10%を加え、容積率40%を標準とし地域の状況に応じ規制値を指定した。東京都における「空地地区」指定
その後、1950(昭和25)年に「市街地建築物法」が「建築基準法」に切り替わると、規制メニューが増え、その内容も一部変更になった。すなわち、従来の容積率規制に加え、建蔽率規制が空地地区制度の中に取り入れられる。具体には、第五種空地地区までは変わらないが、第六種以下は容積率規制から建蔽率規制へと切り変わり、第六種空地地区が建蔽率20%以下に、第七種は建蔽率30%、第八種は建蔽率40%、また第九種は建蔽率50%以下となった。
これまで空地地区は、「市街地建築物法」を根拠としていたため、用途地域にとらわれずに指定できたが、「建築基準法」に変わると、今度は対象が住居地域のみに限定された。これに伴い1951(昭和26)年3月に「商業地域」や「用途地域未指定地域」に指定されていた空地地区は廃止となる。
その後、人口・産業の都市集中と地価の高騰が続いたため、違反建築の9割以上が建蔽率違反という状況を呈するようになる。そこで1963(昭和38)年1月、第二種空地地区が第三種に、第三種が第四種に、また第八種が第九種にスライド的に変更され、従前の第九種空地地区は廃止される。これは所得水準の向上に伴う住宅規模の拡大化傾向を受けての変更であった。この変更に伴い低層住宅地にあっては日照上のトラブルが発生する恐れが出てきたため、あわせて高さ制限を行うべく「高度地区」が広い範囲にわたって指定された。
また、空地地区が廃止された区域については、オープンスペースの減少という防災面からの状況変化に対応し、「準防火地域」があわせて指定された。このように空地の確保と防火上の措置との間には、密接な関係があることに留意する必要がある。
Column②


図① 東京都市計画容積地区(1964年)
出典:(一財)日本建築センター「日本近代建築法制の100年」
出典:(一財)日本建築センター「日本近代建築法制の100年」
東京都における「容積地区」指定
わが国で初めてオリンピックが開催された1964(昭和39)年、東京都は環状6号線と荒川放水路に囲まれた区域の内側に容積地区を指定した。これに続き1966(昭和41)年には、その外側の区域に容積地区を拡大した。この容積地区制度導入にあたっては、主として都市機能面からのアプローチがとられた。即ち、ビル建設に伴う都心部の交通麻痺に代表される、都市機能の低下という状況を改善するとともに、効率的な都市活動が展開できるよう、都市施設の容量と建築活動など、土地利用との関係を均衡あるものとするため、大都市東京の都市構造を多心型へと改編すべく、容積地区がその手段のひとつとして用いられた。
この政策意図をもとに都心部は全体的に厳しめで抑制基調、一方、副都心部においては新宿を中心に建築活動を積極的に誘導する方向での、比較的高めの容積計画がまとめられた。具体には、東京都は、中心市街地の中高層化・不燃化を進めようと、中心部である環状6号線内側の都心・副都心(写真❷)の商業地については容積率600%~1,000%を、その他の商業地については400%~700%を、また住宅地については200%~400%を指定した。
このとき低層住宅地については第一種の「高度地区」(高さ10m以下)を併せて指定し、容積率を実質100%程度に押さえ込む。この容積地区制の全面的な導入に伴い、既指定の空地地区は大幅に緩和・廃止された。
この容積率指定にあたり、東京都では都心地区について当時の特定街区の計画標準並みに容積率600%を上限とする案も検討されたが、従前の絶対高さ制限31mのもと、都心地区においては既に1,000%を超える容積が利用されていたこと、また高さ20m、建蔽率60%の制限のもとで地上6階地下1階の建築物が建つと、容積率にして400%になってしまうこともあり、最終的には1,000%を上限とする現実的な規制内容に落ち着いた。
具体の容積率の指定にあたっては、ロンドン市街をにらみ、都心や鉄道ターミナルの駅前など利便性の高いところには高い容積率を指定し、周辺にいくに従って次第に低くなるように計画された(図①)。
事例紹介①「超高層・東京海上ビルディング計画」

図② 皇居周辺美観地区指定図(1933年)
出典:都心の景観を考える「丸の内の景観の歴史」
http://ud.t.u-tokyo.ac.jp/projects/archives/p98/marunouchi/keikan/history1.html
出典:都心の景観を考える「丸の内の景観の歴史」
http://ud.t.u-tokyo.ac.jp/projects/archives/p98/marunouchi/keikan/history1.html


美観論争
東京オリンピック翌年の1965年(昭和40年)8月、都市空間の再編過程に入った東京都心、その皇居お濠端に丸の内初となる、超高層「東京海上ビルディング」の計画(高さ約127m、地上30階、地下4階、敷地の2/3は公開空地)が発表されると、なぜか世間で「建築物の高さをめぐる騒動」が巻き起こる。いわゆる「美観論争」で、その後、建築行政史に残る一大事件に発展していく。事件の背景には、この地に「美観地区」(計画高さ最高で31m、しかし規制条例は未制定)が指定されていたことがある(図②)。騒動のきっかけは前年(1964年)10月に、東京中心部に容積地区が施行され、それまで東京の中心市街を覆っていた31mの絶対高さ制限が撤廃され、密度規制が絶対高さ制限と建蔽率制限の組み合わせによる間接規制から、容積率制限による直接規制へと移行したことにある。これをうけ建築家ル・コルビュジエ(近代都市理論を打ち立てた)の下で修行をした東京海上ビルの設計者は、「日本における超高層ビル建設は、現代都市により破壊された自然を回復し、緑と太陽の空間を人間の手に取り戻すものである」と、計画の意義を語った。
1966(昭和41)年10月、ビル事業者は、同じ街区内にある旧館を取り壊し、隣り合う既存の事務所と渡り廊下で接続し一体化した(用途上不可分な関係にある一の建築物。新設された隣地斜線制限の適用を受けないため建築物は高層化できる)、高さ127mの超高層建築物の建築確認申請を東京都に提出する。ところが東京都の建築主事は、この新しい建築物と既存の建築物は、「用途上不可分な関係にある一の建築物」、とは認められないとして、1967(昭和42)年4月に申請を却下する。するとマスコミは、「東京都が丸の内の高層化を阻んだ」として、「美観論争」へと発展させる。マスコミは、この論争をロンドンやパリのような、欧風の統一されたまちなみの維持を願う人びとと、ニューヨークの摩天楼のような、スカイスクレーパーが林立する、躍動感ある都市景観の創出をめざす人びととの戦いととらえた。当時、丸の内一帯にはスカイラインの整った、統一感ある欧風のまち並みが形成されていた(写真❸)。
事業者は、建築主事の申請却下をふまえ、建築審査会に行政不服の審査請求を行った。そして、1967(昭和42)年9月、7人中3人の委員の辞任騒動がある中、東京都建築審査会で、建築主事の申請却下の処分に対する審査請求が通ると、騒動はさらに大きくなった。新聞では、「皇居前に超高層は相応しくない」、「皇居を見下ろすのは畏れ多い」、「高層化は世界の趨勢」、「高さが揃っていればよいのか」等々、賛成反対の意見が乱れ飛んだ。
そして、ようやく決着に向け、関係者間で仲裁の動きが出てくる。その結果、「高さは100m以内とする」ことになり、かつ当時、工事中であった皇居新宮殿のお立ち台(視点場)から、この東京海上ビルを眺める際の仰角(写真❹)を、今後は行政指導の基準とする。」ということになった。こうして計画公表から決着まで、足かけ4年、丸3年にわたった騒動は、ようやく決着する。

写真❺ 東京のスモッグ(1971年)
出典:環境白書昭和57年挿入写真
https://www.env.go.jp/policy/hakusyo/zu/eav11/eav110000000000.html#2_2
出典:環境白書昭和57年挿入写真
https://www.env.go.jp/policy/hakusyo/zu/eav11/eav110000000000.html#2_2

写真❻ ビルの足元に創出された緑
筆者撮影
筆者撮影
その後の都市整備への影響
東京海上ビルは、その後、高さ99.7mへの計画変更手続きを経て、1970(昭和45)年12月に工事着工、そして1974(昭和49)年 3月にようやく完成する。その後、この事件を契機に、大丸有地区の大手町をはじめ各地で、敷地内に空地そして建物内に駐車場を備えた、100m級の建築物が建ち並ぶようになり、街には緑とオープンスペースが増え、市街地環境が順次改善、路上駐車も減少し道路交通が円滑化、大気汚染等の都市公害現象(写真❺)の緩和だけでなく、機能的な都市活動の実現にも寄与していく。こうして東京の中心部は、文字通り広場と青空(写真❻)の活力ある東京へと変わっていった。東京海上ビルの超高層化に端を発した、高さ規制の善し悪し≒美観論争は、経済発展に見合った都市空間の再編、都市環境の改善において、東京のみならず全国の都市において、ターニングポイントとなった事件である。
事例紹介②「西新橋一丁目地内のビル建替」:絶対高さ制限から容積率制限へ


写真❽ 従後(2014年竣工西新橋スクエア)
(現在の容積率制限下)
筆者撮影
(現在の容積率制限下)
筆者撮影
このビル建て替えをみると、時代の移り変わり(法規制の変化)がよくわかる。すなわち、従前のビル(地上9階地下4階、延べ面積約53,000㎡、写真❼)は絶対高さ31m制限下の1962年に建設され、敷地いっぱいに広がりずんぐりとした形態を呈していたが、従後のビル(下記、「計画概要」参照、写真❽)はプラザ&タワー型の高層建築物となり、耐震性能・環境性能を高めるとともに、足元周りに公開空地を配置するすっきりとした形態を呈している。新しく生み出された公開空地には植栽がなされ、沿道の街路樹と連続し歩行者に快適に回遊空間を提供している。
【仮称】西新橋一丁目の計画概要 (総合設計適用)
所在地:港区西新橋1丁目3番12号/商業地域(800%)・防火地域
敷地面積:約 4,800㎡
建築面積:約 2,400㎡
延べ面積:約55,000㎡
建蔽率:約50%
容積率:約1,070%
高さ:約120m
階数:地上22階、地下2階
有効公開空地面積:約2,300㎡
建物用途等:事務所、店舗、駐車場

河村 茂(かわむら・しげる)
都市建築研究会代表幹事、博士(工学)
1949年東京都生まれ/1972年 日本大学理工学部建築学科卒業/都・区・都市公団(土地利用、再開発、開発企画、建築指導など)、東京芸術大学非常勤講師(建築社会制度)、(一財)日本建築設備・昇降機センター常務理事など/単著『日本の首都江戸・東京 都市づくり物語』、『建築からのまちづくり』、共著『日本近代建築法制の100年』など/国土交通大臣表彰など
1949年東京都生まれ/1972年 日本大学理工学部建築学科卒業/都・区・都市公団(土地利用、再開発、開発企画、建築指導など)、東京芸術大学非常勤講師(建築社会制度)、(一財)日本建築設備・昇降機センター常務理事など/単著『日本の首都江戸・東京 都市づくり物語』、『建築からのまちづくり』、共著『日本近代建築法制の100年』など/国土交通大臣表彰など
カテゴリー:歴史と文化 / 都市 / まちなみ / 保存、海外情報
タグ:まちづくり







