
南三陸311メモリアル(南三陸町東日本大震災伝承館、設計:隈研吾)。(撮影:筆者)

南三陸旧防災対策庁舎。15.5mの津波が襲った。

高野会館。壁面には津波の到達高さを示すプレートが取り付けられている。

南三陸さんさん商店街。

八幡川に架かる中橋。対岸に南三陸旧防災対策庁舎が建つ。

大船渡市の「かもめテラス 三陸菓匠さいとう総本店」。

浄土ヶ浜で集合写真。
春とは思えないほどの日差しと穏やかな陽気に恵まれた3日間。宮城県塩釜市の笹かまぼこ工場見学に始まり、道の駅「さんさん南三陸」と震災遺構、北上して岩手県大船渡市の「かもめテラス/三陸菓匠さいとう総本店」、三陸鉄道、白い岩肌が美しい浄土ヶ浜海岸、そして閉校した校舎を活用した「道の駅三田貝分校」まで、充実した研修旅行に30名が参加した。
南三陸311メモリアル(南三陸町東日本大震災伝承館)
「南三陸311メモリアル」(設計:隈研吾)は道の駅「さんさん南三陸」内にある震災伝承施設。東日本大震災の記憶と教訓を後世に伝えることを目的に、町民の声に耳を傾け、自然災害の記憶と向き合い、語り合い、学び合う場として整備された。館内は、町民の証言映像を視聴し「自分だったらどう行動するか」を考えるラーニングシアター、アートを通して震災の記憶に向き合うアートゾーン、町民の証言や写真・映像などを展示する展示ギャラリーで構成されている。震災の記憶を風化させず未来へと伝える貴重な学びの場である。外観はトンネルのような大きな門を思わせるデザインで、放射状に配されたスギのルーバーが門の中心に向かって吸い込まれるような印象を与える。展望デッキからは「中橋」越しに、「南三陸旧防災対策庁舎」のある南三陸町震災復興記念公園が望める。
南三陸さんさん商店街と中橋
「さんさん商店街」は、飲食店や土産物店など約30店舗が並ぶ道の駅の商業施設。町の中心にあった商店街は津波で流されたが、地元の商人たちが力を合わせ、地域再生と観光復興のため、平成24(2012)年2月に仮設商店街として開設したのが始まりで、平成29(2017)年3月3日(サンサンの日)に本設オープンした。道の駅と震災復興記念公園をつなぐ「中橋」は、全長約80.6mの鋼製トラス橋で、上下2層構造となっている。この橋にもスギ材がふんだんに使われており、スギの列柱が自然と奥へ奥へと誘うようになっている。そして誘い込まれた先にある震災復興記念公園には展望デッキからも見えた「南三陸旧防災対策庁舎」がある。
震災遺構「南三陸旧防災対策庁舎」
平成23(2011)年3月11日の東日本大震災において津波に襲われ、南三陸町の町職員や住民43人が命を落とした場所である。震災後、この庁舎を保存するかどうかについて幾度も話し合いが行われたという。建物が残っていると、つらい記憶を思い出してしまうという声も多かったが、震災遺構として保存されることになった。鉄骨3階建てで高さは約12m。予想されていた津波の高さは6mだったが、実際に庁舎を襲った津波は15.5mにも及んだ。写真や映像で見るのとは違い、実際に目の前で鉄骨がねじ曲がった建物を見ると、津波の力のすさまじさに恐怖を感じる。町の災害対策本部として最後まで町民の命を守ろうとした人びとがいたにもかかわらず、それを上回る規模の災害が起きた事実に言葉にならない思いがこみ上げた。旧防災対策庁舎は、自然の力の恐ろしさと命を守るための教訓を、静かに、しかし力強く語りかけていた。
震災遺構「高野会館」
今回宿泊した「南三陸ホテル観洋」が運行する「語り部バス」によって案内された「高野会館」は、もともと結婚式場として使用されていた建物で、震災時には多くの人びとが避難し、屋上に避難した327名の命が救われたという。現在は震災遺構として保存されており、壁面には津波の到達高さを示すプレートが取り付けられている。その高さに、あらためて驚かされた。今回の研修旅行は、震災の記憶と復興の現場に触れ、命の尊さや防災の大切さを改めて実感する貴重な機会であった。

岩松 克彦(いわまつ・かつひこ)
サイデザイン一級建築士事務所、八王子支部
1972年 東京生まれ/1995年 専門学校東京テクニカルカレッジ卒業/2014年 有限会社桂田設計退社/2014年サイデザイン一級建築士事務所設立
1972年 東京生まれ/1995年 専門学校東京テクニカルカレッジ卒業/2014年 有限会社桂田設計退社/2014年サイデザイン一級建築士事務所設立
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