伊藤潤一郎講演会「新素材の可能性と万博へのチャレンジ」
賛助会主催特別講演会・展示会|令和6(2024)年10月24日(木)@協会会議室
関 和典(東京都建築士事務所協会賛助会代表、株式会社ゼットアールシー・ジャパン)
講演する伊藤潤一郎さん(ARUP東京事務所アソシエイト)。
左から、竹集成材のドーム(膜施工前)、CFRPドーム(膜施工済)、紙管ドーム(膜施工前)。
膜施工前の竹ドーム。
膜施工前の紙管ドーム。
(ブルーオーシャン・ドームの写真3点提供:講師)
「ブルーオーシャン・ドーム」
 冒頭、伊藤先生からご自身のことを「構造家」でも「構造エンジニア」でもなく「構造コンサルタント」であるとの自己紹介があった。まったくなじみのない呼称であったが、講演が進むにつれ次第にその内容や背景が明らかになる。
 テーマは「新素材の可能性と万博へのチャレンジ」。2025年大阪・関西万博のパビリオン「ブルーオーシャン・ドーム」に選ばれた新素材とは「紙管」、「竹」、そして「CFRP」である。どの素材もわれわれの身近に存在するごくごく普通の素材ではあるが、建築に本格的に採用された実績が少なく、建築に使用するための基準書自体がない素材である。
 「ブルーオーシャン・ドーム」の概要は以下の通り。

クライアント:ZERI(Zero Emission Research and Initiative)Japan
建築家:坂茂建築設計
構造・設備計画:ARUP
建築家からの要望:
 Ⅰ 埋立地に適した軽量な架構
 Ⅱ 新素材の採用
 Ⅲ 移築可能な構造計画
構造設計以前のたくさんの難問
 上記の依頼を坂事務所から受けるあたり、そもそも新素材を用いた特殊建築物が建てられるのか? それは、建築基準法の第38条認定の話であり、国土交通大臣の大臣認定の話であり、申請・審査機関の話であり、それらの組織の中に審査できる人がいないため、できる人を審査機関に推薦したり、さらにそれら関係機関を納得させるために材料、部材、風洞、接合部などについて、それぞれどんな実験が必要になるのかを考え、そして誰がそんな実験をやれるのか、その実験結果から新素材の性能を評価できるのか、さらにさらに、それらの実験に使う材料や部材を誰が調達できるのか? 調達できなければ誰がつくれるのか等々、たくさんの難題を解決していかなければならなかったと伊藤先生が説明された。構造設計云々のはるか前の話である。
やる価値のあることとは
 構造設計を知らない私の大きな疑問は「どうしてそんな大変なことを引き受けるのだろう?」である。しかし、伊藤先生は違う。「鉄を使ってある程度のことはなんでもできる。木もしかり。深く考えれば、現時点で、おそらくできないことは何もないだろう」という心境であり、これらの構造デザインには、先生の言葉を借りると「触覚が反応しない、触手が伸びない」らしい。逆に、「今まで日本では誰も手を付けていないこと、今まで誰もできなかったこと、それこそが面白いことであり、やる価値のあることであり、触手が伸びるのだ」という。
 さて、この基準書のない、剛性も、耐力もわからない3つの素材を用いて設計するために、すべて実験してみる必要があった。
3つの素材による3つのドーム
 素人には、竹もカーボンファイバーも曲がる(しなる)イメージである。しかし…。まずは素材そのものについて、さまざまな試験を行い、それを考慮した形状や構成や接合部を検討し、そしてやっとの思いでつくった部品や接合部を再度、試験や実験を行い、修正を加えていく。実験方法そのもの、場合によってはテスト治具や製造するための治具も、そしてでき上がった部材の検査方法までも自前で考えなければならなかった。素材・部材ひとつひとつにこれらの苦労話が続く。それだけではない、一例だが、紙管の接合部(ノード)に採用した500個の木球(300φ)は、この形状から材料の決定までの実験も大変だったのだが、その上で建築家(坂先生)の意向で、仕上げに紙やすりでひとつひとつ手で「つるつる」になるまで磨いたそうである(木球は実際には9mもの先の天井にある)。
 紙管のドームでは、鉄骨を紙管に入れ紙管を座屈補鋼部材として使う案を提案し、先ほどの木球でつなぎ三角形と六角形で構成するフラードームを実現した。
 竹ドームには気の遠くなるような数の「高知産」の竹が使われた。竹は8分割されて4mm厚のラミナとなり、40mm厚、200mm幅、2m長の集成材となり、それを継いで20mのスパンを飛ばして、3方向のアーチ計6層で構成。
 CFRPのドームには最上層にスチールが使われ、その内側に100φのCFRPを独自開発の接合部材で継ぎ、2層を特注のスペーサーを介して紐で結んで実現した。
 講演の中でところどころで聞こえた、先生の心の声がある。
 3年間苦しみ続けた。/こんなに苦しんで実現すべきことなのか?/やりました、だめでした、やりました、だめでした、いつまで続くのか?/もはや地獄でした。
人をつなぐコンサルタントの仕事
 伊藤先生は自分の仕事は、いろいろな大学の先生たちに相談すること、メーカーを探すこと、実験を手配すること、実験方法を確認して提案すること、評定の先生と協議すること、解析結果をみて次の方針を考えること、すなわち、「ほぼ調整しかしていない」とのことであった。
さらに、「このように、人がやったことのない、まったく新しいものをやるためには、人とのつながりがすごく大事で、実現のためのストーリーをつくる中で、今までやってきた構造設計の中で培ってきた人脈とか、知識とかをフル動員してやっとできた、これこそがコンサルタントの仕事かなと、そしてこの仕事、すごくおもしろかったな、やり遂げたなと、心底思える」とのお話であった。
人材を育てていくこと
 講演後の参加者からのご質問に答える中で、「多くのことに目を向けて、取り入れて、チャレンジしていくような人材、プロジェクトを進めていくためのスキルと決してあきらめない情熱をもった人材を育てていくこと、そしてそういう人材を継続して伸ばせる組織づくりが重要である」とのお言葉もあった。
「コンサルタント」の意味
 また、コンサルタントという呼称についても、「デザインの面白さは軸にあるけれど、その上で人とのコミュニケーション能力を高めたり、人との付き合いをしっかりやり、この人はこういうことができるなどのアンテナをしっかり張って、いざという時に備える、自分ひとりの能力を超える力を発揮できる人という意味でコンサルタントという呼称を使っていきたい」とのお話もあった。
 今回のご講演を踏まえて、来年の大阪万博に足を運び、実際にこれら3つのドームを見た時の感慨は、きっと特別なものになるであろう。ぜひ実際に(双眼鏡を持って)この「ブルーオーシャン・ドーム」を見てみたいと思った。
賛助会による展示会
 なお、講演と並行して行われた賛助会員による展示会には以下の13社に出展いただいた。
① 城東テクノ株式会社
② ロンシール工業株式会社
③ 株式会社吉野石膏DDセンター
④ 株式会社百撰堂
⑤ ケイミュー株式会社
⑥ FSテクニカル株式会社
⑦ 株式会社地耐協
⑧ 三菱地所ウッドビルド株式会社
⑨ ニチハ株式会社
⑩ 積水化学工業株式会社
⑪ 福井コンピュータアーキテクト株式会社
⑫ 株式会社シブタニ
⑬ 株式会社ゼットアールシー・ジャパン
関 和典(せき・かずのり)
東京都建築士事務所協会賛助会代表、株式会社ゼットアールシー・ジャパン 代表取締役社長
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