入選作品選考評
永池 雅人(東京都建築士事務所協会副会長・東京建築賞選考委員会副委員長、梓設計フェロープランナー)
宮原 浩輔(東京都建築士事務所協会相談役、山田守建築事務所代表取締役社長)
伊香賀 俊治(慶應義塾大学名誉教授)
手塚 由比(建築家、手塚建築研究所)
石井 秀樹(建築家、石井秀樹建築設計事務所)
赤松 佳珠子(建築家、CAtパートナー、法政大学教授)
宮崎 浩(建築家、プランツアソシエイツ)
北 典夫(鹿島建設建築設計本部長、専務執行役員)
奥野 親正(構造家、久米設計環境技術本部構造設計室室長)
●東京都建築士事務所協会会長賞
コードマーク御代田

設計|アイダアトリエ

 この建築を語るためには、まずそのバックグラウンドを理解する必要がある。人の手が入らず放置された山林に対し、林道をつくり、木を切り出し、薪をつくることで、山を生き返らせる活動を行うとともに、休耕地を利用した米や野菜の栽培も含め、自給自足を基本として自然と共に生きることを目指している。そのための拠点が本施設である。コードマークとは縄文のことであり、現代における縄文的生き方を実践しているといってもいいかもしれない。プロジェクトとしてはたいへん魅力的な活動である。
 その上で建物はというと、構造と一体となった螺旋状の機能配置となっており、変化のあるワンルーム空間である。各レベルごとに違う方位の景観をうまく取り込んでおり、どこにいても自然とつながった居心地の良い空間となっている。
 機能としては一部カフェ機能などはあるものの、なんとなくとらえどころがない感がある。しかしながら、プロジェクト自体がまだ進化の過程にあることを考えると、あまり固定的でないこの空間構成はむしろ意図的につくられたものであろう。
 何よりもこのプロジェクトを民間で行っていることに拍手を送りたい。会長賞にふさわしい魅力的な作品である。

(永池 雅人)
●東京都知事賞
九段会館テラス

設計|鹿島建設
   梓設計

 東日本大地震で被災した昭和9年建設の歴史的建造物である「九段会館」の再生と、新たなワーキングプレイスを創出するプロジェクトである。旧九段会館の歴史的意匠については、免震レトロフィットにより外周1スパンを保存し、既存仕上げや資料等を丹念に精査した上で慎重に復原再生するとともに、その奥に高層オフィス棟を建設して収益性を確保することで事業性を成り立たせており、レガシーをさらに長く使い続ける長寿命化が図られている。
 歴史的意匠を再生した玄関ホールを入り、かつての大ホールの位置に設けられた高天井のプラザを通ってお濠の緑を取り込むオフィスエントランスに向かう空間的・意匠的な繋がりがスムーズで、新旧の建築的な魅力が融合し新たな価値が産み出されている。たいへん質の高いリノベーションといえるだろう。
 外部空間については、皇居北の丸公園牛ヶ淵という場所性を踏まえ、親水空間の「お濠沿いテラス」や隣接する昭和館との間の24時間開放の「九段ひろば」を丁寧に整備することで、都心に新たな憩いのスペースが人間的なスケールで創り出されている。現地審査がちょうど桜が満開を迎える時期で、多くの都民が散策し集い語らっている姿が印象的であった。魅力ある都市空間を創出し都民生活の向上に大きく寄与するもので、東京都知事賞にふさわしい作品である。

(宮原 浩輔)
●リノベーション賞、一般部門一類 最優秀賞
歳吉屋–BYAKU Narai–

設計|竹中工務店

 国の重要伝統的建造物群保存地区に選定され、400年の歴史を誇る中⼭道の宿場町、奈良井宿における築200年の伝統的建造物「旧杉の森酒造」と「旧豊飯豊衣民宿」の改修プロジェクトである。設計・施工者が長野県塩尻市と締結した持続可能な社会づくりや地域課題の解決に寄与・貢献することを目的とした連携協定に基づき、「歴史的建物資源や文化資源の活用等に関すること」を実現に向けた取り組みとなっている。酒づくり事業を継承・再興するとともに、宿泊施設、レストラン、酒蔵、バー、温浴施設、ギャラリーの6業態で構成された⼩規模複合施設として再生された。外観の保存規制があるなか、耐震性能、防火性能、床断熱と床暖房による温熱環境性能を向上させながら、既存棟のそれぞれの特徴を活かして、遺すものと変えるものを峻別し、全室異なるアクセスを持つ個性的な宿泊室としたほか、それらをつなぐ路地空間などにも工夫を凝らし、ここでの滞在や食事の体験が、単なる旅行者としてのものでなく、非日常的で趣のある生活体験となるよう、素材やディテールにも入念な配慮がなされた傑作である。

(伊香賀 俊治)
●リノベーション賞、一般部門一類 優秀賞
神田錦町オフィスビル再生計画

設計|再生建築研究所

 築53年のこの建物は、道路斜線制限や容積率超過など数多くの建築基準法違反部分を抱えていた。通常であれば解体して当面は駐車場などとして利用するところであるが、大胆な減築を行うことで現行法規への適法化を図るとともに、不動産としての新たな価値を甦らせた点は、今後他物件への可能性も示唆した貴重な取り組みである。
 また本来であれば違法とはならない既存不適格部分についても是正を図っている点は評価できる。さらに減築により生まれた構造体力の余裕を利用して、1階部分の妻壁を一部取り除き、両隣の公開空地と連続させてエリアの人の流れにも貢献している。
 何よりもこの建物にとって幸せだったことは、この取り組みに共感し1棟丸ごと借りてくれるテナントに出会えたことであろう。単にSDGS的な取り組みに共感したというだけではなく、今回の改修により耐震性、防火性などの安全性が確保され、採光、通風などの環境性能も確保された点は大きいと思われる。ただこの外観についてはその意図は十分に理解できるものの、地域の景観としてはやや疑問が残るところである。
 役割を終えた建物に新たな不動産価値を見出したこの取り組みは評価に値するものであり、優秀賞とリノベーション賞を共に授与するものである。

(永池 雅人)
●新人賞
House M

設計|鈴木岳彦建築設計事務所

 京王線の高架化に伴う用地買収後に残った9坪の楔形の残地。普通であればここに住宅を敢えて建てようとは思えない土地である。そこに住み続けたいという施主の強い要望を受け、ひとりもしくはふたりで暮らすには過不足のない、住み心地の良さそうな住宅が実現されていた。南側を仮線敷設用地に取られた上に北側も外壁後退を強いられ、楔形の家の奥行きは最も深い所でも3mくらいしかない。しかしながらその狭さを感じさせない造りとなっている。家の1/3を占める中心に設えられた木造の螺旋階段が、適度に空間を繋ぎながらも分節している。家のどこにいても半階上や下と空間がつながるので、閉塞感がない。階段は、時に棚になりベンチにもなり、物や人の居場所としても重要な役割を果たしている。螺旋階段はスキップフロアの床を構造的にも繋げて水平力を伝えることで、室内に耐力壁の出てこない空間を実現させている。南側の線路に面する壁には、そこここに窓が設けられ、その位置や大きさの多様性がそれぞれのフロアにキャラクターを与えている。リビングからは幅の狭い三角形のバルコニーが突き出し、外気浴を楽しめる場となっている。電車が通過する際の轟音もものともせず、この住宅で暮らしを楽しんでいる施主の姿が何よりこの住宅の力を物語っていた。

(手塚 由比)
●戸建住宅部門 最優秀賞
安部邸

設計|針谷將史建築設計事務所

 幹線道路に程近くロードサイドの店舗や事務所、駐車場などが混在する雑然とした周辺環境に呼応させるように、大小の箱を数珠つなぎに集合させてできたコートハウスである。中へ入ると親戚の子どもも含め沢山の子どもたちが思い思いに過ごしていた。学校が終わると友だちも集まってくるのがこの家の日常だという。
 建物は8本の柱からなる鉄骨ラーメンフレームを円環状に閉じてすべての水平力を負担させ、そこに構造から開放されたカーテンウォールの大小の箱がとりついている。外壁下地の間柱を真壁納まりとして薄く軽やかに仕上げることで、壁がつくる境界が溶け出し不思議なほどの開放感を感じる。構造柱の本数と径は相関関係にあり、φ213mmの8本とすることが選択されている。
 子どもたちが柱に手を回して走り回り、まるで遊具のように寄り添って集まっている様からもその選択は正解だと感じる。多くの子どもたちが違和感なく思い思いの時間を過ごすこの空間に身を置いて感じられるのは、まさに設計者が意図した家の公共性そのものであった。それを子どもたちが見事に体現している。設計者の優れた洞察力とスタディの繰り返しによってできたこの建築は最優秀賞に相応しい素晴らしい作品であった。

(石井 秀樹)
●戸建住宅部門 優秀賞
Uの家

設計|Archipelago Architects Studio

 「Uの家」は、生産緑地とハウスメーカーの住宅が同じくらいの比率でぱらぱらと現れてくるような東京郊外の住宅地の奥に、濃いグレーの外装を纏い、隣の家の影に隠れるように建っていた。しかし敷地東側の茶畑側に回ると周囲に馴染みつつも、キューブ状のボリュームがすっくと建ち上がり、東南の壁にリズミカルに並ぶ四角い開口部を遮る要素が周囲にない立地であることがわかる。玄関に一歩入ると、暗い外観のトーンから一転して、臙脂色の逆勾配天井と白い壁、その上部に設けられた開口から鮮やかな青い空へと視線が自然に導かれる、おおらかな空間が広がっていた。そして、逆勾配天井の稜線の裏にひそかに挿入された階段を上がると1階とは逆転した臙脂色の床と白い壁、そしてファブリックによる比較的閉ざされた空間が現れる。臙脂色の大きな不思議な塊が、キューブ状空間の中間に挿入された3層構成になっているのだ。下部にはプライバシーが守られながらも解放感溢れる伸びやかで明るい空間が、上部には比較的落ち着いた静かな空間が広がり、そして塊の中にはロフト空間が埋め込まれている。臙脂色の塊がまったく違う3つの世界を生み出し、その空間体験は予想外の広がりを見せる。施主と建築家の細部にまでこだわった協働が、優秀賞に相応しい新しいタイプの木造2階建て住宅をつくり出した。図面だけでは伝わらない空間の強さと魅力を持つ力作である。

(赤松 佳珠子)
●戸建住宅部門 奨励賞
Ten Pillars House

設計|アイダアトリエ

 浅間山の裾野が広がる自然豊かな町、長野御代田町の一角に建つ一見「小屋」のような住宅である。建物は、緩やかな東斜面の先に広がる農地の景色を内部に取り込むように、斜面に沿って配置されている。建物の構成は非常に明快で、木造の切妻屋根のスラストや地震力に対抗する2列10本のRC独立柱と木造の組み合わせからなっている。延面積100㎡弱の決して大きくはない住宅ではあるが、一歩建物内部に入ると、シンプルでこぢんまりとした印象の外観からは想像できないような拡がりを持っている。間仕切壁高さをRC柱天端桁レベルで抑えることで屋根の切妻架構を軽く宙に浮かせ、ワンルーム空間のように、外から内へ、内から外への見事な視線の抜けを生んでいる。
 実は、この住宅の設計者は、今年度の東京都建築士事務所協会会長賞を受賞した「コードマーク御代田」をほぼ同時期に完成させている。コードマーク御代田では、地域の人びとを巻き込み、時間をかけて里山の再生の場となる建築を生み出し、「Ten Pillars House」では、敷地の持つポテンシャルを素直に引き出し、周辺に溶け込むような優しい風景をつくり出している。設計者の地域の風土や環境に根差した丁寧な設計スタイルに大いに敬意を表したい。

(宮崎 浩)
●共同住宅部門 最優秀賞
鎌倉アパートメント

設計|miCo.

 鎌倉由比ガ浜大通りに面した、1階にレストランが入る賃貸集合住宅プロジェクトである。ハウスメーカーの規格化された住戸ユニットを各階4戸雁行させながら3層に積み上げた建物全体を、この建築を特徴付けている銅製のメッシュスクリーンがすっぽりと覆い、歩行者レベルからの視線を適度に遮りながら、独特のスケール感と半透明性を持った不思議な風景を街に生み出している。
 実は、応募書類にあった全景写真からは、金属外皮が主役の表層的、仮設的建築にも見えていた。しかし、実際に現地を訪れてみると、スクリーンの納まりは、部位に合わせてメッシュの細かさが調整され、パネルごとに微妙なズレを持たせてジョイントさせる工夫等による丁寧なデザインの積み重ねによって、揺らぎを持った質の高い大きな面を見事につくり出している。そして何よりも、このスクリーンがあることによって、シンプルで小さな住戸ユニットが快適な中間領域としてのバルコニーを取り込み、拡がりを持った居心地のよい居住スペースとなっている点にこそ、この建物の特徴がある。
 この提案を受け入れたクライアントも大胆であるが、かなり厳しかったであろう予算の中で、さまざまな設計上の工夫やいい意味での拘りが、既製品の集合とは見えない豊かな内外部空間を持つ建築を生み出した。設計者のチャレンジングな姿勢を高く評価したい。

(宮崎 浩)
●共同住宅部門 優秀賞
COURT HOUSE 自由が丘

設計|奥野公章建築設計室

 第一種低層住居地域に建つ12戸のコーポラティブハウスである。低層集合住宅の事業性から地下を活かし、その上で全住民が納得する計画が必要だ。建物は中庭を囲うロの字型平面の4つ角にL型住戸を配置したフラットプランが基本構成だ。そのため全住戸が角部屋となり多方向への抜け、採光、通風が確保される。さらに中庭を掘り込み地下住戸の居住性を担保している。平均地盤は外周算定のため中庭の深さは地盤算定に影響せず低層地域での高さ制限に有効だ。ただ、中庭への開放は住戸間のプライバシー確保が難しい。12m角と隣棟間を離隔する中庭の中央に東西へ横断する通路、屋根、通路下の雨水ピットを立ち上げ、それを緑化して立体的な緑の丘をつくり出している。緑の丘は住戸ごとの個別の中庭の景色を生み出し、住戸間の見合いを抑制する。また開口は直行での対面を避けて計画されている。何より中庭の共有を可能にしているのは計画当初から住民が建設組合を立ち上げ計画に参加するコーポラティブハウスが生み出す連帯感だろう。その特性を活かし画一的な標準化ではなく、新しい可能性を見出してまとめ上げた設計者の手腕と住民の連携は見事であり優秀賞に相応しい秀作である。

(石井 秀樹)
●共同住宅部門 奨励賞
井の頭の連結住居

設計|森吉直剛アトリエ

 井の頭エリアの比較的ゆったりとした時間が流れる閑静な住宅地。元々ひとつの住宅が建っていた1区画に計画された3戸からなる長屋形式の連結住居である。
 都市において集合住宅を計画することの難しさに対して設計者は「集合住宅だから可能な他住戸存在による快適性の実現」、「長屋の界壁の再解釈による住戸間構成の創出」、「長屋の外部空間によるまちなみへの貢献」の3点を示しており、それらが相互に関連しながら静かで居心地の良い住空間を生み出している。
 住戸は雁行配置で、特筆すべきは住戸間に外部空間を設けて住戸専用の庭を取っているだけでなく、長屋の界壁の間に隙間を挿入し住戸専用のサービスバルコニーとしているところである。また、比較的閉じた外観に対して、庭を囲む壁に設けた小さな開口から覗く樹木が、プライバシーを守りつつも適度に開かれた表情として住宅街の雰囲気に自然に馴染む佇まいを生み出している。
 そして、1階を道路より少し高い設定にし、地下にも高窓を確保する断面的な操作と相俟って、外壁、庭、テラス、サービスバルコニー、そして樹木が各住戸の解放感とプライバシー確保に対して最大の効果を発揮できるように緻密に設計されている。長屋の界壁の法的解釈について繰り返し確認申請機関と協議を行うなど、真摯で丁寧な作業の積み重ねが生み出した集合住宅の解答として高く評価された。

(赤松 佳珠子)
●一般部門一類 奨励賞
松原児童青少年交流センターmiraton(ミラトン)・松原テニスコート

設計|御手洗龍建築設計事務所

 かつて東洋一のマンモス団地といわれた松原団地の建て替えエリアの中央部に計画された児童青少年交流センターである。地域全域が更地となった新たな街づくり中で、その新たな街の原風景を築く独持のシンプルなヴォールト形状の連なりが美しい。中庭の芝の広場を取り囲むように配置された9棟の大小のRCヴォールト架構が一体化され、さらに傾斜することで内外が見え隠れする多様に重層する空間が生み出されている。壁厚180mmという薄い構造体の円弧の連なりは、浮遊しているかのようで軽やかに子どもたちが空中を舞うようにも映る。
 シンプルな形状の建築でありながら多様な空間体験を想起させ、子どもたちの能動性を育む作品である。また複数の異なる曲率に合わせた曲げ加工のスチールパイプと曲面型枠を巧みに組み合わせた施工で3次元のヴォールト屋根の幾何学形状を見事に実現している。
 基本構想段階からワークショップを開催し、市民参加型の施設づくりを徹底したまちづくりへの取り組み、さらには周辺との連続性に配慮したオープンスペースの確保等、地域特性を踏まえた生活環境の創出が図られていることを高く評価したい。

(北 典夫)
●一般部門二類 最優秀賞
東京都市大学7号館

設計|シーラカンスK&H
   東急設計コンサルタント
   東急建設

 世田谷キャンパスの約3分の1を再整備する事業の一環として建設された地上4階建て延床面積1万㎡超の透明感のあるファサードをもつ施設である。学生が主体的に学び、語り合い、作業し、交流し、発見するための空間づくりを目指し、1、2階の中央部に吹き抜けの大規模多目的ホールを配し、それを取り囲むように、外周部に教室という形にとらわれないグループ活動や学習を促進する壁や仕切りの少ない室内空間を配している。良質な学修環境を整えるとともに、風致地区で建築高さに規制がかかる中で、玉川からの浸水対策のための嵩上げをしつつ、建築物の省エネルギー性能に関する認証制度で最高評価のBELS★★★★★を取得し、大規模大学では数少ないZEB Ready認証(一次エネルギー消費量58%削減)も取得している。さらに竣工後の運用実績を測定し、自然採光、階段吹き抜け部の煙突効果を利用した自然通風、室内CO2濃度に応じた外気導入量制御、超高効率の変圧器・空調機などの未評価技術の効果を含めて、一次エネルギー消費量を基準値に比べて80%削減し、Nearly ZEB相当を達成している。屋上の太陽光発電設備は10kW装備されているが、将来的な増設によってNet ZEBも目指し得る卓越した環境配慮施設である。

(伊香賀 俊治)
●一般部門二類 優秀賞
KIND Center

設計|渡邉健介建築設計事務所

 この建築は、複数の部門を集約する工場内の本事務所の新築計画である。
 最大の魅力は、中央の吹き抜けに対して、張り出すように床を構成し、地面から屋上まで床を450mmずつ上って段状にして連続させ、南北ふたつのコアの周りを3周してシームレスに執務空間を繋げたことである。吹き抜け越しに対面を見ると、ちょうど半層分上下するふたつの床の気配を感じることができる。スラブがぐるぐる廻る外周部では、スロープ動線により内部の人の動きを外部に見せている。
 これらの仕掛けにより、合理性・効率性を重視されてきた工場建築群の執務空間を場所によるつながりの違いから、偶発的なコミュニケーションを生み出す魅力的な空間へと仕上げた。ひとつの場所に行くためのルートは、多様に設定された動線によって無限にその選択肢が広がっている。その時々の気分で、滞在場所や目的までのルートを変え、時にはお気に入りのルートを見つける。単調な業務の中で、楽しみや出会いを見つける自然地形のような自由を伴う建築としている。
 工場内に建つ建築の秘匿性や閉じた印象があるなかで、執務空間をこれまでにない働き方と新たな価値を生み出した建築作品を高く評価したい。

(奥野 親正)
●一般部門二類 優秀賞
全薬工業株式会社 研究開発センター

設計|日建設計

 医薬品メーカーの研究開発のための施設である。研究所としてのセキュリティに留意しつつ、多摩丘陵に広がるニュータウンという立地環境を意識して、①敷地周囲にはフェンスを設けない、②建物を思い切って西に寄せて東側の駅前商業施設側に地域との接点となるオープンな広場を確保する、③周辺の緑と一体的に連続する緑地帯を設けるなど、周囲に開かれた施設となるよう配慮されている。
 現代の医薬品研究開発においては外部機関との連携や情報共有が重要な意味を持つが、この施設では研究者間のコミュニケーションの活性化や快適性向上等を図るためのさまざまな工夫が随所に凝らされている。交流の場としてのオフィスゾーンの天井には微妙なグラーデーションが施されグレアを排した鏡面アルミルーバーが全面に採用されており、ルーバー下面の鏡面が外部環境の移ろいを室内に呼び込むことで時間の経過が感じられるしつらえになっている。
 ラボとオフィスゾーンは明確に区画されているが、その仕切りには大きなガラスが嵌め込まれており、決して閉鎖的なラボではない。ラボを支える裏動線や設備スペースなどの扱いも機能性一点張りではなく、居住者に対する配慮が伺える。
建物内外のそこかしこに細やかな気配りが込められた質の高い建築であり、優秀賞を授与したい。

(宮原 浩輔)
永池 雅人(ながいけ・まさと)
一般社団法人東京都建築士事務所協会副会長、株式会社梓設計フェロープランナー
1957年 長野県生まれ/1981年早稲田大学理工学部建築学科卒業後、梓設計株式会社入社/現在、同社フェロープランナー
宮原 浩輔(みやはら・こうすけ)
一般社団法人東京都建築士事務所協会相談役、株式会社山田守建築事務所代表取締役社長
1956年鹿児島県生まれ/1981年東京工業大学建築学科卒業後、株式会社山田守建築事務所入社
伊香賀 俊治(いかが・としはる)
慶應義塾大学名誉教授
1959年生まれ/早稲田大学理工学部建築学科卒業、同大学院修了/(株)日建設計 環境計画室長、東京大学助教授、慶應義塾大学教授を経て、2024年より名誉教授/専門分野は建築・都市環境工学/博士(工学)/日本学術会議連携会員、日本建築学会副会長(2020〜21年)
手塚 由比(てづか・ゆい)
建築家、株式会社手塚建築研究所代表取締役
1969年 神奈川県出身/1992年 武蔵工業大学卒業/1992-1993年 ロンドン大学バートレット校(ロン・ヘロンに師事)/1994年 手塚建築企画を手塚貴晴と共同設立(手塚建築研究所に改称,1997年)/1999年– 東洋大学非常勤講師/2001年– 東海大学非常勤講師/2006年 カリフォルニア大学バークレー校客員教授/2023年–東京大学非常勤講師
石井 秀樹(いしい・ひでき)
建築家、石井秀樹建築設計事務所株式会社代表取締役
1971年 千葉県生まれ/1995年 東京理科大学理工学部建築学科 卒業/1997年 東京理科大学大学院理工学研究科建築学科修了/1997年 architect team archum 設立/2001年 石井秀樹建築設計事務所へ改組/2012年~一般社団法人 建築家住宅の会 理事
赤松 佳珠子(あかまつ・かずこ)
建築家、CAtパートナー、法政大学教授
1968年 東京都出身/1990年 日本女子大学家政学部住居学科卒業/1990年 シーラカンス(のちC+A, CAt)に加わる/2002年 CAtパートナー/2016年 法政大学デザイン工学部建築学科教授/2023年 神戸芸術工科大学客員教授/現在、CAtパートナー、法政大学教授、神戸芸術工科大学客員教授
宮崎 浩(みやざき・ひろし)
建築家、プランツアソシエイツ主宰
1952年 福岡県生まれ/1975年 早稲田大学理工学部建築学科卒業/1977年 早稲田大学大学院理工学研究科修士課程修了/1977〜89年 株式会社槇総合計画事務所/1989年 株式会社プランツアソシエイツ設立
北 典夫(きた・のりお)
鹿島建設株式会社建築設計本部長、専務執行役員1958 年横浜市生まれ/1981年東京工業大学建築学科卒業後、鹿島建設株式会社
奥野 親正(おくの・ちかまさ)
構造家、株式会社久米設計環境技術本部構造設計室室長
1968年 三重県生まれ/1991年 明治大学工学建築学科卒業/1993年 明治大学大学院工学研究科建築学専攻修士課程修了/1993年 久米設計
カテゴリー:東京建築賞