まち歩き研修「アールデコとモダニズム、和風バロック」
台東支部|令和6(2024)年3月23日(土)@白金高輪・目黒
田中 義孝(東京都建築士事務所協会台東支部、アーキテクチャー・ラボ)
装飾と建築
 台東支部まち歩き研修の第三弾は「白金高輪と目黒の名建築を訪ねる〈アールデコとモダニズム、そして和風バロック〉」をテーマに大川三雄氏の解説を聞きながら4つの建物を見学した。
 建築を学び始めてから今に至るまで装飾的な建築や洋風建築にまったく興味がなかったのだが、昨年末にふたりの施主から別々に、「迎賓館赤坂離宮」は素敵なので見に行かないとだめよといわれ、1月に初探訪し、外国の賓客を迎えるために厳選された素材と技術を結集させた贅沢な室内空間に心が踊った。そんな食わず嫌いの装飾を勉強しようと感じていた矢先の企画であった。
(撮影:大平 孝至)
港区立郷土歴史館(旧公衆衛生院、1938/昭和13年)
 雨の中、最初に訪れたのは内田祥三氏の設計によるゴシック調の研究施設である。内田氏は多くの東京大学の校舎を設計しており、いずれも垂直を強調した外観、対称性や反復など様式に忠実な重厚な建物が特徴である。内田氏は特に柱を重要な要素としていたらしく、中央ホールの2層吹き抜けも重厚感のある角柱が円周に沿って存在感を放っていた。外壁はRCの躯体にスクラッチタイルが貼られている。引っかき傷をつけて焼かれたタイルには色ムラや陰影ができており深みがある。色ムラをあえて出すことで材料を無駄にさせないという工夫も素晴らしい。
東京都庭園美術館(旧朝香宮邸、1933/昭和8年)
 少し歩いた先の「東京都庭園美術館」は朝香宮鳩彦王の邸宅として建てらてたアールデコ建築である。建物の設計は宮内省内匠寮が行い、室内の設計にアンリ・ラパンらフランスの工芸家が携わっている。美術館の展示企画は運良く「旧朝香宮邸を読み解くAtoZ」という建築好きにはたまらない建物自体を展示するという内容であった(会期は5月12日まで)。大川氏の解説に加え、各部屋にその部屋にまつわるキーワードと解説が書かれたカードを読み解きながら巡るので、普段は見逃してしまうところも隈なく見学することができた。素材の取り合いもまた面白く、梁と分節された柱の柱頭部分は簡略化されたオーダーの意匠がさりげなく施されていたり、モールディングが紐であったり細かなところに注目するのも楽しい。また赤坂迎賓館と違い個人邸宅として設計されたため、やや大きめの住宅スケールではあるが各居室の壁紙や照明、家具やドアノブまで可愛らしさが満載の建物であった。
聖アンセルモカトリック目黒教会(1955/昭和30年)
 昼食を挟んでアントニン・レーモンド設計の「聖アンセルモ カトリック目黒教会」へ。午前の2件と違い装飾を排したモダニズム建築である。コンクリートとガラスの建物で、装飾はステンドグラスとコンクリート製の天蓋に金箔が塗られた祭壇のオブジェ。背景の「正円と内接する4つの円」くらいだろうか。私が20年ほど前に訪れたときは照明が一切ついておらず、暗闇と西日に満ちた空間には息を飲むものがあった。闇と光もまた装飾の一部であるともいえる。背景の円については当時は何を意味しているのか分からず幾何学の美しさだけが印象に残っていたが、建設中に企画したフレスコ画ができるまでの臨時処置であったものがそのまま残っているという話には驚かされた。
 レーモンドは木造でも教会を多く手掛けているが、そのほとんどが構造むき出しのシンプルな意匠である。機能的な構造を隠さず美しく魅せるという点は日本で桂離宮よりも民家や農家から影響を受けたという話も納得できる。
目黒雅叙園の百段階段(1931/昭和6〜1943/昭和18年)
 締めくくりは99段の階段からスキップフロアのように横入りで各部屋に入っていく目黒雅叙園の百段階段。各部屋は龍宮城をテーマに過剰なほど装飾されているため一瞬で非日常体験の場となる。過剰に装飾された室内を質素な階段廊下で繋ぐ対比が面白い。下りも同じ階段を使うのだが、上りの時は気づかなかった天井に日本画が描かれており、帰路につく人の目を最後まで楽しませてくれる。
 装飾でお腹いっぱいになった帰りは支部の皆さんと昭和の雰囲気を漂わせるコの字居酒屋で相撲を観ながら日常へと戻っていった。バラエティにとんだ4件は装飾の違いに着目すると大変興味深い内容のまち歩き研修であった。
集合写真。
田中 義孝(たなか・よしたか)
東京都建築士事務所協会台東支部、アーキテクチャー・ラボ