関東大震災100年
関東大震災から100年
藤村 勝(東京都建築安全支援協会管理建築士)
 わが国は地震火山活動が活発な環太平洋変動帯に位置しており、国土の地形、地質、気象環境が厳しい条件下にあるため、この100年間において建物と国土の安全性を高めるための努力がなされてきたものの、自然災害が繰返し発生しています。一方、築50年を超える既存建物が増加するなか、建築技術者の高齢化による生産能力の低下も深刻となっており、次の100年に向かっては、地球温暖化に伴う自然災害の激甚化に備えながら持続可能な社会を目指し、合理的に国土と建築物を維持保全する体制の構築が必要になるものと思われます。
表① 自然災害と基規準の変遷
自然災害の発生と基規準の変遷
 主としてこの100年間における自然災害の発生と、この影響を受けた基規準の変遷を表①にまとめます。わが国は世界で最も火山・地震活動が活発な地域にあり、これらによる災害を繰り返し受けてきました。東京から約100kmに位置する富士山は、約1万年前の噴火活動で関東地方の地層の形成に影響を及ぼし、864(貞観6)年の貞観噴火、1707(宝永4)年の宝永大噴火でも東京に多量の火山灰を降らせたことが知られています。
 1855(安政2)年安政江戸地震(M7.4)では江戸の多数の家屋が被災し、1923(大正12)年関東大震災(M7.9)では東京・神奈川県の半数の建物が大きな被害を受けたといわれており、翌年、市街地建築物法に耐震規定が設けられました。剛構造を唱える佐野利器と柔構造を主張する真島健三郎の間に剛柔論争が展開され、当時は強震動の記録がなかったため、残念ながら水かけ論になったといわれています。1950(昭和25)年に建築基準法および建築士法が制定され、1964(昭和39)年には高層建築設計指針が発表され、1970(昭和45)年には高さ147mの霞が関ビルが建設され、この時期に国内の耐震設計の基礎が築かれました。
 この後1981(昭和56)年に建築基準法が改正(新耐震設計)され、1995(平成7)年阪神大震災の直後に耐震改修促進法の制定により、既存建物の耐震化が推進され、2000(平成12)年の法改正(性能設計)、2007(平成19)年の法改正(構造計算の厳格化)により建物の耐震規定が強化され、2011(平成23)年東日本大震災以降では特定天井・エスカレータの脱落防止などの告示が示されました。1919(大正8)年房総半島台風では多数の電柱が暴風により倒れ、2020(令和2)年九州地方の豪雨被害では線状降水帯による想定外の被害が発生し、最近の自然災害の激甚化が心配されています。
図① 日本周辺のプレート
日本列島周辺のプレート
 地球の表面は固いプレートで覆われており、日本列島の周辺は図①に示す太平洋プレートなどの4つのプレートが集まっており、これらのプレートの衝突や沈み込みにより、巨大地震や活発な火山活動を生じさせています。プレートは年間数センチメートルの動きがあるため、プレート境界には2011(平成23)年東日本大震災(M9.0)などM8級の巨大地震が繰返し発生しています。海溝型地震は同一地域で50~400年程度の頻度で発生しており、古文書に残されている記録などにより、各地域の地震規模と発生確率が計算され公表されています。一方、日本列島の中央部には1億年の活動の歴史を有する巨大な断層(中央構造線)が走っているほか無数の活断層があり、これらは地質調査から危険度のランク(地震規模と30年以内に発生する確率)が計算されています。1995(平成7)年阪神大震災(M7.2)は六甲山から淡路島に至る野島断層が2000年ぶりに動いといわれており、今回の能登半島地震(M7.6)は断続的に群発地震が発生していたものの約2000年に1度の規模で断層が動いたといわれており、両者の地震ともこの規模の地震が発生することは予想されていませんでした。活断層による地震の発生時期と規模は、未だに予知ができない状況にあります。
図② 20世紀以降の大地震
20世紀以降の大地震
 図②に20世紀に発生した地震を×印で、21世紀に発生した地震を●印で示します。海溝型のM8級の巨大地震は、1923年関東大震災(M7.9)、1933年三陸沖地震(M8.1)、1944年東南海地震(M7.9)、1946年南海地震(M8.0)、1952年十勝沖地震(M8.2)、1968年十勝沖地震(M7.9)、1993年北海道南西沖地震(M7.8)、1994年北海道東方沖地震(M8.1)、2011年東日本大震災(M9.0)と、約100年間で日本列島の主として太平洋沿岸沖で10回、ほぼ10年に1回発生してきました。一方、内陸の直下型地震としては、1927年北丹後地震(M7.3)、1943年鳥取地震(M7.2)、1948年福井地震(M7.1)、1964年新潟地震(M7.5)、1995年阪神大震災(M7.2)、2004年新潟県中越地震(M6.8)、2016年熊本地震(M7.3)、2024年能登半島地震(M7.6)などが、国内各地で発生してきました。
表② 建築基準法が求める安全性
図③ 構造計算の方法
建築基準法の制定
 1950(昭和25)年に建築基準法が制定されて以来、建築物の設計に係る諸規定は災害が起きるたびに強化され、建築物の安全性は100年前に比べ大幅に向上しています。現在の法が求めている諸性能は、法文上は明確ではありませんが、関連する基規準によると表②の性能と判断されます。耐荷重性能は日常生活に有害なたわみ、振動が生じないこと、50年に1度の大雪に対して短期許容応力度以内であること、耐風圧性能は50年に1度の暴風に対して短期許容応力度以内、500年に1度の暴風に対して降伏しないこと、耐火性能は火災時に避難が完了するまでに倒壊しないこと、火災を延焼させないこと、延焼を受けないことといえます。
 地震に対しては、法第20条と関連基準において、建物の高さ、構造種別、などに応じて構造計算の方法と仕様が規定されました。耐震規定は2000年の法改正(性能設計)において図③に示す4種の計算方法(①許容応力度・保有水平耐力計算、②限界耐力計算、③大臣が定める計算、④地震応答解析)が選択できることとなりました。これらの計算方法は、建物の構造形式に応じて、さらに複数の計算ルートが用意されています。これらの計算では、耐用年限中に数回発生する地震時には短期許容応力以内、500年に1回生じる大地震時には大破、倒壊しないことが求められています。
図④ 建築物の構成要素
表③ 建築物の構成要素と構造設計
法における建築物の構成要素
 建築物の構成要素は、図④に示すよう荷重を支える構造部材と、構造部材に支えられる非構造部材に大別されます。構造体は法では構造耐力上主要な部分と定義されており、表③右欄に示す設計方法が整備されています。標準せん断力係数でC0=0.20の地震力に対して1次設計(許容応力度設計)、(弾性設計)を行い、柱・梁・耐震壁などの耐震要素に対しては2次設計(保有水平耐力計算)を求めています。高さ6mを超える煙突などの指定工作物は構造体と同様の1次設計が求められ、外壁、屋根葺き材などの非構造部材建築要素および空調設備、昇降機などの非構造部材設備要素にも1次設計が求められます。
 建築物の巨大化、複合化により、大規模な非構造部材が構築されるようになったこと、近年の地震では空港ターミナルビルやホールの天井材の脱落、商業施設のエスカレータの崩落事例が発生し、非構造部材の設計基準が強化されました。しかしながら非構造部材には2次設計が求められていないので、大規模な非構造部材を有する建物の耐震設計はこの点を踏まえてより慎重に行う必要があります。
表④ 建築物と基礎の崩壊モード
建築物と基礎の崩壊モード
 基礎と地盤を含めた建築物と基礎の崩壊モードは表④のようにまとめられます。良好な地盤上に建つ建物では、上段左に示す上部構造が曲げもしくはせん断破壊するモードとなり崩壊することが想定されますが、地盤が良好でない建物では下段に示す基礎崩壊モード、右欄に示す地盤崩壊モードが想定されます。基礎、地盤が崩壊するモードであっても一定のエネルギー吸収が得られるモードであれば許容される場合がありますが、同表において朱塗りしている杭が部分沈下する崩壊モード、地盤が滑る、もしくは側方移動する地盤崩壊モード、杭のせん断破壊モード、直接基礎の沈み込みによる転倒モードは、急激な耐力低下を伴う崩壊となるので、避ける必要があります。今回の能登半島地震では、斜面の崩壊、基礎の損傷による建物の損壊が多く発生しており、被害調査の結果では、新たな耐震設計上の課題が報告される可能性があります。
図⑤ 標準せん断力係数(Co)と加速度(gal) (建築基準法)
表⑤ 設計法・耐震診断基準が求めている耐震クライテリア
現行法と耐震診断基準
 現行の建築基準法の耐震規定は、図⑤に示す2段階の地震力に対して1次設計、2次設計を行うことを求めています。1次設計は地表面の揺れで80galの加速度、建物の揺れで200galの加速度に対して許容応力度計算を行います。2次設計は地表面の揺れで400gal、建物の揺れ1000galに対して保有水平耐力計算を行います。建築基準法(①~④)と耐震診断基準(⑤)が求めている耐震クライテリアを表⑤にまとめます。これらの規定が定めている地震動は工学的基盤、地表面、建物での揺れと3種類あり、表中ではそれぞれ、茶色、黄色、青色で区分しています。
 通常の耐震構造の建物は許容応力度、保有水平耐力計算を行い、1次設計は許容応力状態をクライテリアとし、2次設計は大破しないことをクライテリアとしています。免震構造や制震構造などの建物は、限界耐力計算やエネルギー法の計算を行い、建物の動的な性状を計算した上で、同様のクライテリアを確認します。一方、高さ60m超の建物などは地震応答解析を行い、1次設計は工学的基盤で64galの揺れに対して許容応力度以内をクライテリアとし、2次設計は工学的基盤で320galの揺れに対して中破しないことをクライテリアとしています。
図⑥ 既存ストック住宅の総数(総務省「H30住宅・土地総計調査」)
既存ストック建築物の量と耐久性
 平成30年の総務省の調査による建築年別の既存住宅の総数とその比率を図⑥にまとめます。この調査結果では、1981(昭和56年)年以前に建設された築45年相当以上の旧耐震設計の建物の構成比率が24.3%、築30年を超え大規模改修の必要があると考えられる1990(平成2)年以前に建設された住宅の構成比率は43.1%となっています。これまでは建物の耐用年限は木造で30年、鉄筋コンクリート造(RC)で40年などといわれてきましたが、JASS 5によるRC造の耐用年数(計画供用期間)は30年~200年、標準で65年とされているなど、最近では時代のニーズとともに耐用年数を長く捉える傾向があります。
 建物は多数の部材から構成されており、大半の部材は交換が可能であるため耐用年限についてはさまざまな考えがありますが、ほぼすべての建築物において基礎など交換が難しい重要な部位に用いられている鉄筋コンクリート構造物が性能を失う時を耐用年限と考えることができます。鉄筋コンクリートの劣化を防止するためには、密実なコンクリートを打設して中性化の進行を遅らせること、鉄筋のかぶり厚さを増大させること、止水性の高い仕上げを施すこと、などが必要です。
自然災害による被災を軽減するための課題
 関東大震災から100年が過ぎ、この間、建築物の設計品質・施工品質は極めて向上したものの、自然災害による被害が減少したようには感じられません。これは、社会が高度化したことにより新たな被害リスクを生じさせているためであり、今後も以下の点について留意が必要と思っています。
・自然災害の激甚化
 地球温暖化の影響により、豪雨・暴風による被害はこれまでの想定を上回るものとなっており、今後は激甚化がさらに進むと思われます。一方、地震被害は数千年に1度の地震を既往の研究成果を基に想定することには限界があります。自然災害に備えるには、想定外の自然災害が発生しても致命的な被害に直結しないように、被害モード(崩壊モード)をコントロールする建築設計における対策が必要です。
・建築物の耐震規定の見直し
 建築物の構造体は2次設計により500年に1回発生する地震に備えています。一方、建物基礎および非構造部材は2次設計が求められていません。建物基礎および非構造部材の2次設計が必要とは考えていませんが、500年に1回の地震時にもおいて建物基礎および非構造部材の崩壊モードをコントロールし、損傷が致命的被害に結びつかない計画とする必要があります。
・旧耐震建物の耐震化
 1981(昭和56)年の新耐震基準の法改正から43年が経過し旧基準建物に残された耐用年限を踏まえると、現状において残存している旧耐震建物のすべてを現行法並みの耐震性能(Is=0.60)に改善するよりも、大破・倒壊の可能性が高い耐震性能(Is<0.30)を解消することに重点を置いた活動が重要と思われます。
・建物の維持保全
 人口の減少、建築技術者の高齢化による生産能力の低下が深刻な時代となったことを踏まえ、あらたに建設する建築物と都市施設は必要最小限のものを耐久性を高めて生産し、既存建物は適切な維持保全により耐用年限を改善し、持続可能な国土の維持の重要性を伝えていく必要があります。
(了)
藤村 勝(ふじむら・まさる)
東京都建築建築安全支援協会管理建築士
1949年 長野県生まれ/1972年 日本大学理工学部建築学科卒業後、竹中工務店東京本店設計部入社/現在、東京都建築安全支援協会管理建築士