都市の歴史と都市構造 第15回
メガ・シティ「東京」──スマート化②
河村 茂(都市建築研究会代表幹事、博士(工学))
都市「東京」の現在とこれから
 これまで都市誕生から5000年間の、各時代を代表する都市を取り上げ、その歴史と構造を紹介してきた。そこから伺えることは、都市が社会の求めに応じ、その姿を変えてきていることである。ここに取り上げた都市「東京」が、この後どのようにその姿を変えていくのか、予測することは難しいが、これまでの人類史や日本の歴史、また最近の東京の都市づくりの動きなどをにらむと、ぼんやりとイメージが湧く部分もある。そこで昨今の世界の動きとも絡め、現在からその少し先について筆を動かしてみたい。
図①ジェニー紡績機
出典:ウイキペディア「ジェニー紡績機」挿入図
https://ja.wikipedia.org/wiki/ジェニー紡績機
図②リバプール - マンチェスター間、世界初の鉄道開通
出典:ウイキペディア「産業革命」挿入図
https://ja.wikipedia.org/wiki/産業革命#/media/ファイル:Opening_Liverpool_and_Manchester_Railway.jpg
図③ヨーロッパの長期的人口推移
出典:社会実情データ図録の挿入図に著者が主な出来事を加筆
https://honkawa2.sakura.ne.jp/9010.html
人類史を顧みて
【狩猟採取から農耕牧畜そして産業社会へ】
 まずは、人類がこれまで辿ってきた軌跡の整理である。450万年ほど前、われわれの祖先は、猿人時代、直立二足歩行に入り手を解放すると、正面を向き視界を広げ、脳を活性化、生活に用立てるべく木や石を削り「道具(刀、弓、槍など)」を生み出す。そして180万年ほど前、「火」を発見すると、これを灯りとし、暖を取り、食物の調理(食する物の範囲が広がる)や、他の動物を脅す武器として用いる。そうして人類は子孫を増やし生き延びると、20万年ほど前、東アフリカの地に今日につながる新人類(ホモサピエンス)が誕生する。新人類は種の存続をかけ、必死に思考を繰り返すと脳が発達、約5万年前、人類は獲物の獲得や他の種との争いに、協働で対応すること(チーム・プレー)の意義を学び、これを高めようと、身振りでの意思疎通から「言語」の獲得へと動く。こうしてチーム内に目標イメージを共有、新人類は協働することで生存に向けパワーアップする。その後、人口が増加、気候変動により寒冷化が進むと、食物を得るため争いが起こる。これを回避し安心して暮らしていくため、必要性の高い地域、可能な土地から順次、より多くの食物が獲得できる農耕牧畜生活へと移行する※。
※人間の生存のため必要とされる土地面積は、狩猟採取社会が10–50km2/人、遊牧社会が0.6-1km2/人、農耕牧畜社会は0.03–0.1km2/人といわれる。農耕牧畜での生活は、狩猟採取の1/500(少なくとも1/100)、遊牧の1/10(場合により1/20)の土地面積があれば成立する。このように人類は時代の進展とともに、土地利用効率を高めてきており、古代ローマは共同住宅を建設、産業社会に入ると都市部で建築物の高層化を進める。
 ユーラシア大陸の中央「メソポタミア」、この地には農産物の育成に適した多種の動植物が存在したことから、BC8000年過ぎ、温暖化の進展をうけ、農耕牧畜が始まる。その後、生産の拡大に伴い食糧管理(生産、貯蔵、交易への対応)の必要から「文字」が開発されると(BC3300年)、生産の余剰を受け社会の階層・職能の分化(専門化)が進み、社会統治のため「都市」が誕生する。
 一方、大陸の東側、広大な平原が広がる中国の地は、大河を軸に流域には水のネットワークが広がり、南部は温帯モンスーン気候で豊かな土壌を有すなど、農業社会の形成に適した条件を備えていた。この地では時々の事変に応じ、天命が下り王朝は交代するが、いつの時代も多くの民を養うべく、地域を一元的に統治する中央集権国家が形成される。この地では中世に科挙の制等を確立、儒教思想(社会のあるべき姿に向け何を心掛けるべきかを教える)と漢字により、支配層において政治理念の継承が図られ、文化性を同じくする体制(儒教イデオロギーの下、支配層は漢字を介し意思統一・思想継承を図る)が長いこと続く。中国は農業に適した土地柄ゆえ、工業社会への移行は遅れてしまう。それはわが国が、気候風土に適合した狩猟(漁労)採取の縄文時代から、農耕牧畜の弥生時代への移行に、時間がかかったのに似ている。人間社会は生存の危機など、必要に迫られないと、なかなかこれまでの生活様式を変えようとしない。
 農業社会において、土地面積と人口数は比例関係にあり、土地開発(森林の農牧地化、灌漑、干拓)や技術開発(農具の改良や二毛作など耕作方法の工夫)による、農業生産の拡大の成果(所得の向上)は、当面、出生率向上や娯楽など消費拡大へと回されるが、土地生産性の向上には限りがあることから、時間を経ると増加した人口への食糧供給が必要となり、人びとの生活は元の水準へと戻ってしまう。農業社会にあって人類は、このことを長い期間繰り返してきた。すなわち、土地生産性の向上は人口増加に寄与するが、生活水準の向上は弱かった。また、農業社会は集住形態をとったため感染症にかかることが多く、免疫力の弱い乳幼児は罹患し死亡する割合が高く、平均寿命が狩猟採取社会の40歳を超えることはなかった。これが「マルサスの罠」である。
 近世に入ると、土地の痩せた北西ヨーロッパでは、農法の改良もあり人口数が徐々に増えるが、寒冷化で飢饉を迎えると近隣諸国との間で戦争が頻発する。そこで16世紀以降、欧州諸国は新大陸やアジアなどを、軍事力を背景に植民地化(資源、市場の獲得)、帝国領土を海外に拡大、ここから新食物などを本国へと移した。また、ルネサンスを契機とした宗教改革を受け、政治体制を封建社会(王・貴族(領主)など専制君主が統治)から、立憲君主制(権力を分散、市民代表の議会制)へと代えると、財政・金融システムを整え資本主義を確立する。こうして事業者間の競争を促すプロテスタント主体の国々は、17–18世紀に適地適産ということで、三角貿易により富を蓄積していく。英国は18世紀、都市の工場労働者の賃金が上昇すると、生産コストを引き下げるため機械化が必要となり、蒸気機関を動力として投入する。さらに、これを輸送にも活用すると、製品の供給量が飛躍的に拡大し、市場から莫大な富が創出される。これを受け技術開発が多方面で進展、鉄の製造方法やエネルギー源の転換(電気化)が起こり、工場も3交代で夜間まで稼働するようになる。また、この繁栄の成果を受け教育が普及(識字率の上昇、知識・技能の付与)、経営管理能力が磨かれると生産性はさらに向上する。こうして社会制度や政治経済の仕組み※が整備され技術が進歩し、機械化がさらに発展すると、近代都市化が進み農業社会は工業社会へと変わり、人びとの生活水準は「平均寿命の伸長(国や地域に応じ60–80歳)」という形をとって上昇する。
 こうして19世紀、産業革命により機械文明(図①、図②)の窓が開き、社会の生産供給能力が高まると人口が増加、死亡率の低下もあり、ヨーロッパを中心に先進国の人口数は急激に増加へと向かう(図③)。この人口増加は、主として新食物の移植や海外貿易に伴う多様な食物の摂取で、栄養状態が改善したことにある。また、19-20世紀の平均寿命の伸長は、経済の隆盛と技術進歩に伴い、上水道(塩素殺菌)・下水道の整備が進み衛生環境が改善されたこと、そして予防接種など医療の発達があったことが寄与している。
※航海条例(保護貿易)、軍事財政制度(中央銀行設立、国債発行、国の債務保証)、 税制の構築、特許法等
【生存そして充実した暮らしへ】
 このように人類の歴史は、ダーウィンの進化論(Column1参照)に沿う形で展開しており、生物種としての人間が、この世に生き残りをかけた営みの物語といえる。人類がその生命を持続させるには、その個体数を増やす、すなわち人口増加が前提となる。この人口増の動きに対し、他の種の攻撃や気候変動に伴う災害や飢饉、これに起因する戦争、疫病の流行などで、個体が減少する動きもでてくる。そうした時、人びとは社会を被う不安から逃れるため、宗教にすがる。日本でも八百万の神を基とし、古墳時代は、大陸から仏教(儒教の影響を受けた)が入り、奈良時代に、これが国家統治に有効と見なされると、南都六宗が広まる。平安時代以降、神仏混合となり2密教(天台宗、真言宗)が隆盛、社会は安定化するが、その後、寒冷化が進み武家政権へと代わる鎌倉時代には、新たな宗派が起り、元寇もあり民の間にまで宗教が広まる。そして江戸時代は、国家統治安定の観点からキリスト教の抑制に向け鎖国、幕府が檀家制度を確立すると寺と民とが強く結びつく。こうして日本人は、いつしか「神様、仏様、ご先祖様」ということで、困った時には手を合わせるようになる。しかし、戦後、科学技術の発展や平和安定化に伴い、生活面での宗教性は薄まっていく。
 人類はその歴史において人口増への対応として、食糧の確保が課題となるが、使える土地には限りがあることから、状況に応じ食糧調達の方法に工夫を加える。すなわち、狩猟採取社会では弓矢や土器また火の使用や言語の獲得などにより、食物確保の幅を広げる。しかし、人口の大幅な増加により、この方式も限界となる1万年ほど前、農耕牧畜生活に入り灌漑技術を開発、また文字や都市を創造するなどし、食物等を合理的に生産・貯蔵し交易・管理していく。それでも人口が増加し食糧が不足するようになると、海洋交易や植民地の獲得へと向かい、その成果を基に250年ほど前に産業革命を起こし、工業(機械)化を成し遂げ、広域から大規模に食糧を移入・移植する。こうして人類は生存の条件を確保すると、次には便利で快適な生活をめざし、工業製品の製造や商業・輸送サービスの充実を図る。この時、人口・産業の都市集中が起り都市が拡大、都心部の土地高度利用が進められる。昨今では、楽しく充実した暮らしをめざし、コンピュータ&インターネットの普及により社会の知識情報化が進み、ひとりひとりがさまざまに工夫し新たに価値・魅力を生み出すことで、生活満足度の向上へとつなげている。
図④工業都市化の進展
出典:夏目漱石と20世紀初頭のロンドン7「不愉快なロンドン①霧」挿入図
https://julius-caesar1958.amebaownd.com/posts/6222557
写真❶情報化対応進むオフィス
出典:未来コトハジメ挿入写真
https://project.nikkeibp.co.jp/mirakoto/atcl/design/h_vol69/
写真❷ホテル宿泊手続き
出典:システムギア(株)自動チェックイン機・自動精算機システム挿入写真
https://www.systemgear.com/solutions/hotel/hotel-payment.html
写真❸自動車生産の自動化
出典:Response工場もよりコンパクトに…挿入写真
https://response.jp/article/2019/02/26/319509.html
写真❹オンライン会議
出典:IT mediaビジネス挿入写真
https://www.itmedia.co.jp/business/articles/2103/13/news013.html
写真❺タッチパネルで注文
出典:「まー君 国分寺と小金井を行く」挿入写真
http://kokubunji33.blog122.fc2.com/blog-entry-1692.html
写真❻ロボットNao
出典:ウイキペディアNao(ロボット)
https://ja.wikipedia.org/wiki/Nao_(ロボット)
【社会の知識情報化】
 アングロ・サクソン人(コモン・ロー概念を共有する)のプロテスタント(質素・倹約、勤勉・競争、合理的思考など)を中核とするイギリス、アメリカ両国は、自由・平等(機会の平等)の理念の下、多くの人びとが参加する民主社会を形成、経済活動のプレイヤー(起業家、事業家)が、競い合う形で生産性の向上を図り、工業社会の興隆を導く(図④)。イギリスとアメリカは1940年以降、緊密な軍事同盟の関係にあり、資本主義経済(市場原理、合本、プラグマティズム)の下、帝国の興亡史に学び、キリスト教、英語、諸制度を武器に、教育を充実し、科学的思考の下、技術開発を進め、機械文明を先導、大企業を組織し大量生産方式で、世界に向け工業製品を大量に供給、経済基盤を確立すると軍事・政治体制を整え、世界のヘゲモニーを握る。このイギリスとアメリカを基軸とするヨーロッパなど同盟諸国が世界を仕切り、冷戦構造とこれに続く状況下においても、中国、ロシアなどの国々と均衡を保ち協調する形で、世界に安定をもたらす。1990年代に社会主義が行き詰まりソ連が崩壊すると、アメリカは軍事用に開発したコンピュータ&インターネットなど、IT技術を市場開放し金融と融合する形でニュービジネスを展開、1970–80年代にベトナム戦争で失った活力を取り戻し、再び世界経済をリードする。
 このアメリカが仕掛けたITビジネス革命を受け、地球社会は知識情報化が進み(写真❶~❻)、近年、家族、地域、企業、国家を超え、1(個人)対X(∞)での情報ネットワーク社会の形成が進行、個人の創意工夫によるアイディアが価値を持てば、市場の受容次第で、ニュービジネスの展開(たとえば、家庭の主婦のレシピや、地元アイドルの楽曲、参画し疑似体験できるアニメゲームなどが、これを支持する人びとの間に広がり、市場価値を持つと国境を越えネット市場を形成する。その社会では多元で多種多様なものが、行き交い相互に影響しあう)が可能となっている。これまで人類は、狩猟採取社会、農耕牧畜社会、産業社会、知識情報社会と辿る中、その欲求のベクトルは、生理的欲求(食糧の確保など)、安全の欲求(生命・財産の保全)から、社会的欲求(集団への帰属)、承認欲求(尊敬をうけたい)、自己実現欲求(理想へ)へと向かい、順次、新たな社会経済の扉を開いてきた。
 人類の歴史を見ると、人類は原始狩猟採取社会から、古代に食糧の安定的確保に向け農耕牧畜社会へと入り、中世~近世に交易通商を順次拡大、近代に入ると物的豊かさや便利さなど生活水準の向上にむけ、生産活動等の機械化を進め産業社会を構築。そして今日、生活を楽しく豊かなものとするため、活動の文化化を進め知識情報社会の形成に入っている。
 人類は、このように社会発展の節目において「協働化(言語、灌漑、文字、都市、本、印刷、議会制、軍事財政制度、資本合本、教育、輸送や通信・インターネット)」を進め、人口の増加など環境変化に適応、農業生産性や工業生産性を高めることで、生存の確保と生活水準の向上を図ってきた。また、新たなツールであるインターネットは、不特定多数の人びとに同時に情報を伝えるだけでなく、双方向性でのやり取りが可能という特徴を持ち、いつでもどこでも必要な時に情報が得られ、誰とでも同時進行的に中身の濃い情報交換ができる。そんなインフラ(知識・情報の開放性、不特定性、やり取りの同時性、双方向性)に支えられた知識情報社会において、機械は今や大量生産、コストダウンのためのツールではなく、人間の意識・認識の領域を広げるツールとして、個人が団体組織に属していなくとも、ネット上でつながることで必要な情報を得て、ビジネスやレジャー等の展開が可能となっている。
 近代ビジネス社会において、中核的な存在だった大企業は、人・金・物を集約し合理的に組織を構築、都心部にオフィス、郊外等に工場を配し、住宅地と高速交通等で結ぶことで、経営効率を高め生産性を上げてきたが、その活動は社会ニーズの変化に対し、必ずしも柔軟でなかった。一方、ネット社会は、1カ所に継続して人・金・物を集約する必要はなく、プロジェクトの単位に一定期間継続的なつながりが確保され協働作業が可能なら、その活動は土地から解放されることから、個人の居住地選択は世界中に広がる。ここにおいてプロジェクト・マネージャーの役割は重要で、相応しい人材を集め相互をつないだり、アイディアやコンテンツの価値を的確に評価する能力や、投資家から資金を調達する能力、商品の魅力を市場に訴求する能力などが求められ、それらが整えば生産・輸送・販売のルートに乗せて、社会価値が実現していくことになる。
 こうしてネット環境が充実していくと、ビジネスモデルにも変化が現れ、産業社会下の企業組織や職場環境の再構築も視野に入ってくる。一方、多くの人びとに生活環境を提供する都市は、情報等を活用し生み出されるコンテンツの価値を高めるべく、人びとの欲求水準の高まりに応じ、その活動や居住のための空間の質を、如何に設え・充実させていくかが問われる。
 これまで産業社会は、生活資材が不足し低位にあった生活水準を引き上げるため、標準化を進め工業化により、規格化された製品を大量に生産することによりコストダウンを図り、商品・サービスとして多くの顧客に供給してきた。しかし、一定の商品・サービスがいきわたると、人びとの欲求は高度化・多様化していく。この欲求に対しては、個々人の個性や地域の固有性を尊重する形で、社会ニーズにフィットした魅力的な価値(製品・サービス)が提供できるようにすることが重要となる。今日、人間活動の中心となっている都市も、地域の場所柄や土地が有する特性をふまえ、まちの文化的価値が形成されるよう、まちづくり協議会やエリア・マネジメントなど、新たな協働化方式を活用するなどして、都市整備やまちづくりを進めていくことが求められる。そして人類共通の課題である地球温暖化そして感染症への対応、またさまざまな形の災害や紛争調整など危機管理対応も重要となる。
図⑤シンガポールの人口と人口1人当たりGDPの推移
出典:GD Freak「シンガポールのGDPと人口の推移」
https://jp.gdfreak.com/public/detail/sp010001000119900171/6
図⑥日本の国際競争力順位の推移
出典:MRI「IMD世界競争力年鑑2019」の結果概観
https://www.mri.co.jp/knowledge/insight/20231024.html
写真❽都市再生が進む都心部
出典:東京都都市整備局「東京の都市づくりのあゆみ第4章09都市再生の推進」挿入図(提供:一般社団法人大手町・丸の内・有楽町地区まちづくり協議会)
https://www.toshiseibi.metro.tokyo.lg.jp/keikaku_chousa_singikai/pdf/tokyotoshizukuri/4_09.pdf
図⑦都市再生緊急整備地域
出典:写真❽に同
都市再生
【経済政策との連携】
 さて、近代日本の中核・都市東京であるが、経済成長に対応した人口増加・都市拡大という、量的対応の時代がおさまると、日本の1人当たりGDPは上昇しなくなり、2010年にはシンガポールに抜かれ(図⑤)、現在、台湾・韓国にもすぐそこに迫られている。そうした中、経済のグローバル化や少子・高齢化、価値観多様化、環境重視など、社会の成熟化を受け、都市の活性化に向け都市空間の再編、環境の質の向上への対応が求められている。
 国においては2001年、長期化する経済の停滞から脱却するため、国家戦略として「都市空間の形成を意識した経済政策」を展開するべく都市再生本部を設置、東京都と連携し都市再生へと動く。都市東京は、これまで都心への業務機能の一極集中を抑制する観点から、都心での容積緩和を抑制してきたが、経済の長期低迷また日本の国際的地位の低下(IMD世界競争力センター調査で63カ国・地域中、1992年1位、2023年は35位、図⑥)をふまえ、ここで都市政策を大きく方向転換、これまでの需要対応型の都市づくりから政策誘導型へと転換、50年先の東京圏全体のビジョンを描き、戦略的に魅力と賑わいのある国際都市の創造を目指すことになる(写真❽)。
 具体には、都市再生特別措置法(2002年)をうけ、民間活力を活用し国際ビジネス機能の強化や、防災・環境面から都市を再生するべく、都心部に焦点を当て、金融・税制面からの支援と連携する形で、容積率や高さ制限(天空率方式の導入含め)等の規制緩和が実施される。また、都市再生の緊急性に対応し、公共と民間の力を結集するべく都市再生緊急整備地域を設定(東京都心・臨海地域など8地域、約3,000ha、図⑦)、都市再生特別地区を指定するなどして、地域と期間を限り大幅な規制緩和が行われる。また、これにあわせ都市の成熟化に対応、2006年には景観法に基づき景観計画を策定、美しく風格ある都市づくりに向け、指導・助言の強化が図られる。
 こうして東京は、ニューヨークやロンドンと並び、アジアのハブ都市となるべく、シンガポールや香港・上海などと国際都市間競争へと入っていく。そして2020年東京オリンピック開催を起爆剤に、都市再生に向け2017年東京圏のグランドデザインが描かれる。これは広域と地域との2層の都市構造により、活力とゆとりを生む都市づくりを推進しようとするもので、東京都心部は世界中からその発展に意義ある人や企業を集めるべく、空港能力の拡充や高速鉄道の整備を図るとともに、日本の弱点である大規模地震に対応、企業の事業継続性を確保するべく、耐震性やIT対応に劣る老朽化したビルの建て替え更新が進められていく。
写真❾トーチタワー(イメージ)
出典:三菱地所設計 PROJECTS
https://www.mjd.co.jp/projects/755
写真❿麻布台ヒルズ
出典:森ビルニュースリリース挿入写真
https://www.mori.co.jp/company/press/release/2023/08/20230808113000004514.html
【都心部の超高層化】
 近年、日本は、人口1億2千万人強と、農業社会のピークである江戸期の4倍(食糧自給率で換算するとともに、近代工業化による都市の土地利用高度化の状況も勘案すると2倍)の人口を擁している。また、平均寿命は世界トップレベルに達している。しかし、一方で生産年齢人口は若年層に向け先細る、壺型の人口構造となり、将来人口の減少も見込まれ、産業や生活スタイルの転換が求められる、成熟型社会へと入っている。また、経済活動のグローバル化に伴い、国際的視野をもつたビジネス展開の重要性が増すとともに、情報化の進展によりIT技術を活用できる、感性豊かでクリエイティブな人材が求められている。こうした状況をふまえ、世界の大都市圏においては、人口、産業、諸機能の既存集積を活かし、経済活性化を図るべく有意な企業、人材の吸引に向け、魅力的なビジネス、文化・娯楽、居住そしてさまざまな能力をもつ人びととの交流に向け、都市環境の充実を図る動きが強まっている。
 近年、東京も国際競争力を高めるべく、都市再生により都市の魅力(防災、環境含む)の向上と経済活性化を目指し、大街区方式での再開発に向け、民間活力を活用し都市空間の再編が進んでおり、都心部はビルの足元などに自然と歴史遺産を再生するなどして、耐震構造の超高層オフィスやタワーマンションが広がるなど、東京は緑あふれる超高層シティへと姿を変えてきている(写真❾、❿)。
スマートシティ化
【人類は生存に向け何をしてきたのか?】
 人類は、まず火の発見・活用により、身の安全を高めるとともに食する物の範囲を広げた。次に、言語を獲得すると、チーム・プレー(協働作業)をパワーアップ、そして文字を生み出すと、これまでの経験や知識を記録することで、食物等の適切な生産・貯蔵、流通・管理などに活用した。その後、書物が生まれ、印刷技術が開発されると、知識が広く共有されるようになった。また、時代の進展とともに、人びとは力を結集するべく諸制度の整備を進めた。すなわち、中国の隋・唐では律令制を確立し平和を保持、ヴェネツィアでは近代特許制度により発明を促進、またイングランドでは軍事・財政制度を確立し海外貿易を発展、富の増大(労賃の上昇)により産業革命(機械工業化)を成し、物品の大量供給等が実現する。さらに、教育制度の確立と普及により、個々人の知識・経験が社会に共有化され、文化・文明の普及に寄与していった。
 そして近年はコンピュータ&インターネットの普及により、時間やエネルギーの縮減など、各種制約からの解放が進んでいる。すなわち、瞬時に任意の者、不特定多数の者と、双方向での情報交換やコミュニケーションが可能となったり、得られた情報の加工処理も容易で、生活がより便利で楽しく快適なものになってきている。昨今は、質の高い暮らしの実現に向け、DX化(ITの生活全般への浸透)が推進されるなど、都市のスマート化も進んでいる。具体には、自動運転など交通や給排水、エネルギー供給等の適切な制御による都市インフラの運営管理の合理化、行政への申請・報告の電子化、通信による物品・サービスの売買や在宅教育・勤務の普及などにより、職員負担・税負担が削減、また気象・地殻の変化をいち早く察知することで防災や環境リスクを削減、3D技術の活用によるまちなみ景観の制御、AIによる業務のロボット化の推進等々により、業務経費の合理化が進み、都市運営において不必要な手間や移動などが削減されることで、人びとの活動は時・空間からの解放が進み、暮らしの充実へと向かっている。
図⑨アジアのメガ地域
出典:Hatena Fotolife挿入図
https://f.hatena.ne.jp/baby_theory/20121010124022
写真⓫夜の日本列島
出典:Nasa、abihp「夜の日本列島が美しい」挿入写真
https://abi.sakura.ne.jp/taro/beautiful/
【進む、日本の東京化】
 昨今、日本や西欧また米国の東海岸を見ると、科学技術や経済の発展をうけ、動脈系としての道路・鉄道、港湾・空港等の交通・輸送施設、また神経系としての情報・通信施設が、広く地域をネットワークするようになってきている。社会制度と社会資本を共有し、通勤など日常生活のほか観光・交流等で日帰りできる範囲を一体の都市とみるならば、東京圏はまさに実態上ひとつの都市で、新幹線利用による名古屋や大阪圏、飛行機利用による福岡や札幌圏は、非日常的な要素は残るが、機能的には東京と一体化しつつある地域と捉えられる。
 交通・輸送の面だけでなく、情報・通信の面も含めてみると、都市圏だけでなく山間部等の地方も含め、東京の影響下にある地域は全国に広がっている。すなわち、これらの地方は、東京と同じ情報を共有、アマゾン等を介し宅配便などを使えば、望む物資も速やかに手に入る。アメリカのティモシー・ギルデンが、衛星写真を用いて明らかにした夜間における光量集中地域は、世界の富が集まる「メガ地域」と称され、イノベーションの起こる可能性が高い地域といわれている。この世界に40あるメガ地域のうち、広域東京圏は生産額第1位と見積もられ、2兆5千億ドルのLRP(光量から見る地域生産額)がある(図⑨、写真⓫)。
写真⓬リニア新幹線
個別「20121010124022」の写真、画像 - baby_theory’s fotolife (hatena.ne.jp)
出典:ウィキペディアLO系挿入写真
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:L0-950.jpg
図⑩東京の広域レベルの都市構造
出典:東京都都市整備局「都市づくりのグランドデザイン」挿入図
https://www.toshiseibi.metro.tokyo.lg.jp/keikaku_chousa_singikai/pdf/grand_design_05.pdf
【都市構造、スーパーメガ・シティに向けた動き】
 そう遠くない日、リニア新幹線(写真⓬)が列島に整備されると、名古屋・大阪圏(メガ地域として世界第5位)も広域東京圏に組み込まれ、生産額第2位のボストンからワシントンにかけてのメガ地域を大きく引き離し、人口1億人規模のスーパーメガ地域(超大都市圏)を形成する。グローバリゼーションの進展により国境の垣根が低くなり、近代工業社会で隆盛をみた国家の機能が弱まっていくと、これに代わって豊かな交流を育み、多様な魅力や価値を創造し発信する力を備えた、メガ地域が世界の経済社会を主導するようになる、といわれている。
 そうした動きと呼応するかのように、東京都の都市づくりグランドデザインは、将来の広域都市構造を図⑩のようにイメージしている。今後、東京は日本の中核として都市活動の安全性を高めるだけでなく、知識情報社会に対応したクリエィティブな都市「スマートシティ」として、この地がもつ固有な価値をベースに、人びとを引き付ける魅力ある都市づくり、とりわけ居住環境の質の向上が求められてくる。すなわち、この地の気候・風土、伝統・文化(土地柄や場所性)をふまえた独自な魅力を、都市づくりに反映させ、世界中の多くの人びとが暮らしたいと思えるような、居住環境づくりが期待される。
図⑪世界のエネルギー消費量と人口の動き
個別「20121010124022」の写真、画像 - baby_theory’s fotolife (hatena.ne.jp)
出典:資源エネルギー庁エネルギー白書2013挿入図
https://www.s-yamaga.jp/kankyo/kankyo-energy-1.htm
写真⓭ヴェネツィアの高潮洪水
出典:BBC NEWS JAPAN 挿入写真
https://www.bbc.com/japanese/50414501
写真⓮猛烈台風の襲来
出典:Lowyat.net 「猛烈な台風で1000便以上が欠航」挿入写真
https://forum.lowyat.net/topic/4849743/all
図⑫気候変動と南海トラフ地震の発生
出典:元となる資料「ARTHURB.ROBINSON Oregon Institute of Science and Medicine(水土の礎挿入図 https://suido-ishizue.jp/nihon/17/01.html)」のうち、紀元前の部分を省略し、これに南海トラフ絡みの大地震(M8以上)の発生状況を著者が落とし込んで作成している。
写真⓯地球
出典:ウイキペディア「地球」挿入写真
https://ja.wikipedia.org/wiki/地球
【地球環境との共生】
 東京大都市圏は一国規模の人口(約3,700万人)と経済規模を有する都市である。この巨大な都市国家(スーパーメガ・シティ)ともいえる東京は、知識情報社会にあって、いつでもどこにいても誰とでもつながり、多彩にビジネスやレジャーを展開できる都市として、スマート化を進めてきているが、人びとの創造的で自由度の高い活動や、これに係る人びとの多彩な生活を支えていくためには、多くの資源・エネルギーの確保が必要で、国際的動きとも連携し地球規模での環境共生が課題となる。
 人類は、大航海時代を経て、食物の世界的規模での移植や貿易などにより、飢饉を脱し栄養状態を改善、そして技術開発による上下水道施設の整備などで居住環境を向上、さらにワクチン開発など医療の発達により伝染病の多くを克服するなどして、寿命を伸ばしてきた(平均寿命は18世紀の30~40才から20世紀末には、その2倍ほどに達する)。資源・エネルギーの消費量も、この人びとの寿命の伸びに対応、人口増加に比例する形で拡大し続けている(図⑪)。
 人口変動(Column4参照)や都市機能集積に伴う都市活動の広がりと高まりは、エネルギー消費と関係しており、生活の利便性や快適性も、エネルギー消費との相関が高い。産業革命以前の農業社会では、暖房に木炭、照明には植物油、農作業には牛馬、穀物の製粉等には水車・風車が利用されてきた。これらは皆、再生可能エネルギーである。ところが工業社会において利用されるエネルギーは、石炭・石油・天然ガスなど化石燃料が主体で再生不能、これらは消費に伴い二酸化炭素を排出、気温や海水面の上昇をもたらすなど、地球温暖化の要因となっている。化石燃料は産業革命に貢献し、気候変動・小氷期の克服に大いに寄与したが、その一方で人口の増加(長寿化含む)と諸活動の高度化に伴うエネルギー消費の拡大により、地球温暖化をもたらし、農水産物生産地の北方への遷移、都市のヒートアイランド化、山火事、干ばつ、集中豪雨、そして高潮洪水(写真⓭)や巨大台風の襲来(写真⓮)など、人類の持続的発展を脅かす因子ともなっている。
 すなわち、海水面や地表の温度が変位すると大気中の水蒸気量も変化、これが地殻変動(膨張・収縮)をもたらし、自然災害(地殻プレートの動きに伴う地震の発生や、この摩擦熱でマグマが生成され火山が噴火、溶岩流出・降灰)の発生へとつながる。因みに40年以内の発生確率90%ほどといわれる、南海トラフ地震に関し、これまで記録された地震歴(東海、南海、東南海でのM8以上)と気候変動との関係をみると(図⑫)、地震は温度偏差の変曲点あたりで発生しており、相互の関係性が窺われる。地球温暖化問題を考えるとき、そうした視点にも留意する必要がある。
 このように気候変動(温暖化・寒冷化)は、都市のヒートアイランド化だけでなく、干ばつや豪雨をもたらし食糧生産に影響、時に飢饉を発生させたり(これに伴い栄養状態が変化し病気に対する免疫力が低下、感染症にかかりやすくなる)、自然災害(台風、集中豪雨、高潮、火事、地震など)の激化につながり、魚類・貝類、作物の緯度遷移など産業立地にも影響を与えるなど、われわれの生活を脅かし不安定化させ、状況により種の存続とも絡んでくる。
 これまで地球上で、種の大量絶滅は5回ほどあった。隕石が落ち、恐竜はじめ多くの大型生物が絶滅したのは約6,500万年前、われわれ新人類ホモサピエンスが誕生したのは約20~30万年前である。人類や多くの種は、生命をつなげようと子孫を増やすことに力を注ぐ。その生きざまの中、種相互の間で(同種の間でも)戦いが起こる。現在、人類は、最も繁栄した種となっているが、生き残るということでは、今も人間同士各地で地域紛争があったり、熊などが出没したりしており、気候変動に伴う各種災害の発生も含め、生存環境の悪化をもたらす諸現象と戦い続けている。
 近年、人びとは急増する人口規模に不安を感じ、独身化・晩婚化など少子化につながる動きを示しているが、それも対応行動のひとつと考えられる。地球環境(写真⓯)に過度な負荷をかけないようにするには、人口の安定化や地球環境と均衡のとれた生活様式の確立など、環境共生型(省エネルギーだけでなく、森林国の建築物は木造ハイブリッド型、エネルギーは太陽光、水力、地熱発電など再生型とするなど)での、新たな人間行動の様式確立が求められる。
 日本のエンジンである東京都心部(環状6号線と荒川放水路で囲まれた区域)をみると、先人の努力により、この地域は鉄道ネットワークがとりわけ発達、区域の3/4が徒歩圏(鉄道駅500m圏内)にあり、都区部交通の鉄道分担率は48%で、これに徒歩23%、自転車利用14%を加えると、市民意識の高まりもあり、環境にやさしい交通手段が85%を占めている。
 一方、温暖化の進展をふまえ、海面上昇を視野に入れた取り組みにも留意する必要がある。今日、地上部に未開の地は殆ど残されていない、この先は宇宙と海洋が重要となってくる。わが国は、島国で「海洋国」、国土面積は世界第60位だが、排他的経済水域は世界第6位である。この経済水域内には豊富な海底鉱物が眠っている、今後、日本はその地勢的特性を活かし、海洋国家として、たとえば、レアアースの開発・活用など海洋資源の活用が課題となる。また、地球の7割は海洋で、この未開の地が将来的には開発対象に加わってくる。日本は長い海岸線を活かし、浮きドッグ方式での土地造成など、海洋と共生する形での都市開発の必要性も高まってこよう。

【スマート化】
 東京は、これまで国の地域開発にかかるガイドライン(目標・方針を明示し、その柱を法制度で確立、あとは行政・財政・金融・税制等の運用で目標実現をめざす)をふまえ、都市整備を進めてきた。すなわち、産業経済の発展に資するべく、利便性高く効率的な都市活動が展開できるよう、先進都市等を参考に、骨格となる都市施設は計画イメージを明示し順次整備を進める一方、地域のまちづくりは、人口・産業等の集積状況また市街化やモータリゼーションの進展をにらみ、必要な規制や事業、指導や調整等を加える形で、いわば受け身でパッチワーク的に整備を進めてきた。
 その結果、東京は土地や住宅また物価は高く、市街は密集し自然の変化も感じにくいが、世界に誇る鉄道網(運行含め)を筆頭に、都市の交通輸送施設整備は進み、人や物の地域間移動は大変スムーズで、各所には拠点も形成され賑わいや活気に富み情報交流も豊かで、休日や夜間にも店舗が開くなど都市機能は十二分に発揮され、とても便利で暮らしやすい。成熟期にある今日の東京は、誰もが活躍でき楽しめる都市をめざし整備途上にあるが、今後は人類の歴史に学び、気候変動など環境の変化に適切に対応、社会秩序の維持や福祉施策などの持続性確保に向け、民間活力の発揮や行財政・金融・税制の適切な運営に努めていくことが重要となる。
 われわれは人類史の原点(生存に向けた土地の合理的利用)に立ち還り、便利さや快適さを追求するだけでなく、人口規模と都市の広がり(建築物の高層化を含む)を睨みながら、地域紛争や自然の脅威を未然に防止し、人びとが安全安心に暮らしていけるよう、社会経済のグローバル化に対応、資源・エネルギーや地球環境の保全に留意し、新たな協働化の制度・仕組や技術開発を促すなど、都市のスマート化(進化)に向け知恵を発揮し、生活様式の変革に向け政策誘導する取組みが強く求められる。ダーウィンも進化論の中で、「環境の変化に適応できた個体だけが生き残り、さらに環境に適するよう変化すべく行動する。」といっている。変化(進化)への勇気と挑戦である。
 それでは最後に、2019年にアメリカで実施された、18~37才の若者を対象とした意識調査の結果を紹介して終わる。この調査によると、若者の関心事のトップには、「気候変動・環境保護」が位置しており、若者の環境への危機意識の高さがうかがわれる。こうした若者の危機意識が、遠からず世代を超え、先進国・発展途上国の枠を超えて広がり、多くの人びとの間で環境に向けた取組みにコンセンサスが得られ、環境共生に向けた国際的な制度設計や技術革新が進展することで、世界各国・地域で順次、新たな経済発展や生活水準の向上が図られていく、そんなことを期待したい。
(了)
Column 1
ダーウィンの進化論
 キリスト教の影響をうけ、「生物はすべて神の創造物で変化などしない」と信じられていた時代、ビーグル号に乗船し南半球を5年間ほど調査、そこで集めた動物やその化石などを基に『種の起源』を著したダーウィン。彼は、「すべての生物種が共通の祖先から長い時間を経て、「自然選択」を通し進化してきている」と主張する。この自然選択は「自然淘汰(とうた)」とも呼ばれ、「突然変異によって生まれた個体が、環境に適応することで生き残り、進化が起こる」という考え方である。ダーウィンは「力の強いもの」「賢いもの」「優れたもの」が生き残るのではなく、環境の変化に対し最も適応したもの、すなわち「適者が生存し、進化を遂げていく」と主張する。「生物の生存競争の結果、環境の変化に適応できた個体だけが生き残り、その個体が世代を重ねる中で進化資質が受け継がれ、さらに環境に適するよう変化すべく行動する」といっている。今日、ダーウィンの進化論は、現代生物学の基礎をなしている。
 新人類(ホモサピエンス)は、気候変動や他の種との戦い、また人口増加に伴う食糧難や飢饉、戦争、また疫病、各種の社会不安等々、諸般の環境変化に対し、その時代毎の状況に応じ、さまざまに工夫し科学を発展、技術革新(火の活用、武器や調理などの道具の発明、灌漑施設の整備や都市の開発など)を起こし、行動変容(直立二足歩行、身振りや言葉また文字を介しての意思疎通など)を成し遂げたり、また政治・経済体制や教育・福祉・産業・都市など社会制度の整備を図るなどして、ここまで生き残り繁栄を築いてきた。今後もさまざまな環境の変化に、適切に対応していけるかどうか、その点が肝要となる。
Column 2
グローバル社会、求められる文化力
 これまで産業社会(いわば手足の機能を機械が代替する生産輸送体制)は、物品あふれる便利で豊かな社会をめざし「物を早く安く大量に供給する」ため、規格大量生産方式を採用、フォーディズム(標準化、規格化、部品化、自動化、マニュアル化)の下に、経済効率性を重んじ展開されてきた。ポスト産業社会では、知識や情報が糧となり、人々相互の多彩な交流から刺激やヒントを得てアイディアが生まれ、理性・感性によって多様な文化的価値が付加され、魅力的な商品・サービスとなり市場に供給されていく。知識情報社会は、通信ネットワークに支えられ、いつでもどこでも誰とでもつながる環境下、個々人がそれぞれに自分らしく、楽しく心地よく暮らしていく社会とみられている。そうした社会を動かすエネルギーは、広い意味での文化力といわれる。
 「氷が融けると何になる?」と問われると、日本人の多くは「水」と答えるだろう。しかし、欧米で育ち高度成長期の日本に舞い戻った一人の少女は「春」と答えた。先生はじめ教室の他の生徒はあっけにとられ、皆ポカンとしていた。なぜならそんなポエムのような答えは想定していなかったからである。もちろん先生の指導マニュアルにも載っていなかった。でも先生は気を取り直し、「そうそうそういう答えもありますね。」と、その場を取り繕った。よく考えてみれば「なるほど」と誰もが合点がいくが、あまりに物の捉え方が違っていることに、強い衝撃を受ける。これは半世紀ほど前の帰国子女の話である。経済成長期から文化成熟期、産業社会から知識情報社会へと変化する日本社会。世の中、答えは一様ではない。置かれた環境によっても変わる。既存の体制に従うだけでなく、自身の経験をふまえ養われた感性を基に判断する、変化の時代、そんな頭の使い方も求められる。
 そこで知識情報化が進むグローバルな時代に、留意すべき日本の地の伝統文化をひとつ紹介する。
 今日に続く日本文化の多くは、室町時代に発するといわれる。日本を訪れる外国人観光客の多くが、なぜ京都に行きたがるのか? それは日本の伝統「和の雰囲気」を愉しむとともに、日常の慌しさから外れ、わび・さび※の世界(非日常、非常(無常))に触れることができるからである。
写真❼東求堂同仁斎
出典:「NHKカルチャー建築美を探る」挿入写真
 鎌倉期に普及した禅宗、室町期に至り力を得ると、これが説く無常観が、日本人独特の美意識(移ろいゆくものに美を感じる)を形成、方丈記、平家物語、徒然草等々の思潮を経て、この時期、茶の湯や水墨画、書院造建物、作庭などに、具体に形を成していく。建築面では、足利義政(1436-1490)が創り出した、和室の起源となる慈照寺(銀閣)東求堂が特筆される。東求堂(7m四方、入母屋造杮葺き)の、南東隅に配された四畳半の部屋が同仁斎(写真❼)で、それまでの寝殿造の板敷と異なり畳を敷詰め、付書院(出文机)と違棚を備え、他の部屋とは襖と障子で仕切られている。同仁斎は、周囲に手が届くほどの広さでひとり寝転んでも窮屈でない。ここで義政は文を書し書物を読んだ。書院の障子を開ければ、移ろいゆく庭の景色が取り込め、生きた掛け軸となる。また、閉じれば孤独に浸り、自由に内なる心の世界(思索)に没頭できる。義政は、ここで四季折々の風景を味わいながら、もののあわれをかみしめ静かに暮らし(わび)、「何事もゆめまぼろし…」といって枯れていった(さび)。
※「わび」と「さび」は、日本独特の美意識を表す言葉で、「わび(侘び)」は質素(簡素、閑静)で寂しい趣(現在の足りない状況を静粛に楽しむ様)を、また「さび(寂び)」は古く枯れて渋みのある静かな趣(経年し滲み出る味わいの様)を表す。
Column 3
規制緩和の妥当性
 都市再生特別地区などを活用した、規制緩和による建築誘導の妥当性であるが、たとえば、容積率は、建築物を介した人間の活動と、公共施設サービスとの対応能力(交通処理、水の供給処理、電気・ガス等の供給など)などに留意し規定されるが、この関係は建物の規模が変わらなくても、その内部の人間の数や活動状況によって変わる。具体には、1人当たり事務所の床面積は、OA機器の導入や職場のIT化の進展状況、また従業員の職場環境に対するアメニティ欲求の程度によっても変化する。この1人当たりの事務所床面積、高度成長期には5~7㎡であったが、21世紀に入る頃には13㎡を超え、その後やや減少したが昨今、都心部で新規供給されるビルは回復してきている。1人当たりの住宅の床面積も同様に、食・寝の分離、住宅の個室化、また世帯分離、小世帯化の進展等により、宅地利用の高度化もあり、同じような動きをしている。
 このように建築計画において、1人当たり床面積という計画の原単位が増加、都市計画における容積計画(1960年代前半作成)の値と規制値(1964年の指定容積率)とが近似する都心では、オフィスビルの利用者数が減少、付置義務駐車場にも空きが出ている。また、都心居住が進展しているが、住宅など居住用途の場合は交通発生量等は少ない。他の地域も計画したほど利用者数が伸びず、鉄道や道路など都市施設に対する負荷は、予測したほどではない。ただ東京の場合、就業者や人口の総数は増加しているため、事務所用地等は拡大、都心機能を担う領域は、内部に住宅地を抱えながらも、山手線沿線地域にまで(南側に重点を置き)拡がってきている。
図⑧東京の道路整備の進展状況
東京都都市整備局「東京の都市づくりのあゆみ第3章04車社会の到来と地下鉄への移行」挿入図
https://www.toshiseibi.metro.tokyo.lg.jp/keikaku_chousa_singikai/pdf/tokyotoshizukuri/3_04.pdf
 一方、鉄道(新線整備、線増、相互直通運転等)や道路整備の進展(図⑧)、都心居住の展開と通勤トリップの短縮化(職住近接)、勤務形態の変化(時差通勤、在宅勤務など)、また都市構造の多心型化(副都心、核都市の整備)なども絡み、都心部の道路交通や、郊外から都心に向けた鉄道通勤の混雑状況は緩和している。東京の主要31鉄道路線の最混雑1時間の平均混雑率は、1960年代は250%(身動きできない状態)前後を記録していたが、1975年には221%、1990年には192%、2017年には163%にまで低下した。なお、この間、輸送人員は1.63倍に増加している。この45年間で、職住近接志向が高まり、都市圏周辺部から東京都区部への通勤傾向は、弱まっている。また、ダム建設や上・下水道の整備また雑用水利用の進展、電気・ガスや地域冷暖房など公益施設の整備も進んでおり、防災や環境面に留意し容積率等の規制緩和を行うことは、全体として受けとめられる状況となっている。
Column 4
人口変動
 世界人口は、農耕牧畜生活が始まった、1万年ほど前、500万人ほどと推計されているが、その後、灌漑施設の整備、農機具や農耕地の開発などで徐々に増加し、BC100年にはその50倍の2億5千万人を数える。しかし、古代~中世は気候が温暖化と寒冷化を繰り返し、災害、飢饉、戦争、疫病(天然痘、麻疹、ペスト等)などがあり、中世のAD1000年には2億8千万人と、人口は殆ど増えなかった。その後、近世にかけ、森林の農耕地化や干拓、農法の改善、また寒さに強い新食物(ジャガイモ、サツマイモ、トウモロコシなど)の新大陸からの移植が進み、1500年4億3千万人、1600年5億人、1700年6億4千万人、1800年8億9千万人と、産業革命頃まで緩やかに増えていく。これ以降は、工業化の進展に伴い、食糧事情の改善もあり人びとの免疫力が向上、公衆衛生(塩素殺菌の上水道や下水道整備)や医療の進歩(予防接種)、居住環境(採光・通風の確保、屋内にトイレ・風呂設置)の整備進展により、乳幼児死亡率が劇的に低下(17–18Cに誕生した子の1/4は1歳前に、また20歳までには1/2が亡くなっていた)。また成人の寿命も伸び※(現在は産業革命に入った頃(18C半ば)の水準(狩猟・採取時代の寿命30–40歳に相当、農業牧畜時代はその半分、高くて30歳)の2倍、60~80歳に達している)、人口が急激に増加し1950年の25億人を経て、現在では80億人に達する。産業革命が社会に及ぼした影響は多々あるが、最大のものは人口増加である。人口数は軍事力や経済力に跳ね返るだけでなく、食糧や資源・エネルギー需要を生み、その消費拡大により地球温暖化、環境問題にもつながっていく。なお、昨今は子どもの数が、死亡率の低下、教育費の増加、女性の就業率向上、晩婚化に伴い、ドイツ、日本、中国、ロシアなどの国々で減少傾向を示すようになってきている。また、労働力となる成人も、発展途上国からアメリカ、イギリス、フランスなど先進国への移民が増えている。世界の人びとは、より富の集まる場所、より居心性の良い地域、より生甲斐が感じられる国を求め、遊牧民的に動きまわるようになってきている。
※イングランドの平均寿命は、産業革命以前35歳で、産業革命只中の19世紀初頭41歳、そして1900年に50歳に達する。また、乳幼児の生存状況を時代を映す鏡である女王の生存年と子どもの数で記すと、アン女王(1665-1714)17回妊娠・6回流産・6回死産・子ども5人(内4人2年以内、1人11歳で死去)、ビクトリア女王(1819-1901) 子ども9人、エリザベス女王(1926-2022)子ども4人である。
[参考文献]
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宇沢弘文『地球温暖化を考える』1995年、岩波書店
ジャレード・ダイアモンド『銃・病原菌・鉄 上・下』2000年、草思社──何が歴史の勝者と敗者を分けたのか、病理学、地理学、地質学、生物学など、広範な知識を動員し明らかにしている。
不動産スキーム・ファイナンス研究会『不動産開発事業のスキームとファイナンス』2004年、清文社
日端康雄『都市計画の世界史』2008年、講談社現代新書
リチャード・フロリダ『クリエイティブ都市論』2009年、ダイヤモンド社
福井憲彦他『興亡の世界史第20巻・人類はどこへ行くのか』2009年、講談社──これまであまり論じられてこなかった、遊牧民や人口歴史学などから捉えた世界史、また宗教の歴史的意義などもふまえ、最後に各委員の対談形式で世界史について語られている。
不動産スキーム・ファイナンス研究会『不動産開発事業のスキームとファイナンス② 激動! 不動産』2009年、清文社
深井有『地球はもう温暖化していない』2015年、平凡社──温暖化懐疑論の立場から、熱しすぎず視野を広く持ち長いスパンで事象をとらえ、冷静沈着に対処していこうとしている。
岩崎育夫『世界史の図式(講談社選書メチエ)』2015年、講談社
ユヴァル・ノア・ハラリ『サピエンス全史(上)(下)』2016年、河出書房新社──なぜ私たちの祖先・新人類が生き延び食物連鎖の頂点に立ち文明を築いたのか、その謎を認知革命・農業革命・科学革命を軸に解き明かしている。
玉木俊明『逆転の世界史』2018年、日本経済新聞出版社──経済的ヘゲモニーという視点。
田家康『気候文明史』2019年、日本経済新聞出版社
サビーナ・ラデヴァ 『ダーウィンの「種の起源」はじめての進化論』2019年、岩波書店──美しい絵と文章からなる児童書だが、大人も読み楽しめる。
中島淳一「日本列島の未来」2021年、ナツメ社──地震や火山噴火の仕組み、列島形成過程などがわかる。
アンドレ・ルロワ=グーラン「身ぶりと言葉(ちくま学芸文庫)」2021年、筑摩書房──人間と動物を区別する身ぶり(文化的行動様式)と言葉(思いを実現する技術)を通じ、人類の進化の本質に迫っている。
篠田謙一『人類の起源』2022年、中公新書
川幡穂高『気候変動と「日本人」20万年史』2022年、岩波書店──著者は過去の気温を0.3度の誤差で復元、これを基に寒暖の気候変化が日本社会に与えた影響を、縄文~江戸間の各時代毎に整理し、気候が時代の変革に影響を与えてきたことを明らかにしている。
ガイア・ヴィンス『進化を超える進化』2022年、文藝春秋──格差の起源。資料を用いマルサスの罠から抜け人類が繁栄するに、地理的、文化的、制度的な要因が存在するとしている。
オデッド・ガロー『格差の起源』2022年、NHK出版──人類史を辿り成長と格差の要因を探っている。
島田裕巳『帝国と宗教』2023年、講談社
河村 茂(かわむら・しげる)
都市建築研究会代表幹事、博士(工学)
1949年東京都生まれ/1972年 日本大学理工学部建築学科卒業/都・区・都市公団(土地利用、再開発、開発企画、建築指導など)、東京芸術大学非常勤講師(建築社会制度)/現在、(一財)日本建築設備・昇降機センター常務理事など/単著『日本の首都江戸・東京 都市づくり物語』、『建築からのまちづくり』、共著『日本近代建築法制の100年』など