関東大震災100年
耐震補強事例
藤村 勝(東京都建築安全支援協会管理建築士)
 建築物には住むための安全性、居住性、耐久性、機能性、美観など、さまざまな必要性能があり、耐震補強においては耐震性能の向上ばかりでなく、これら必要性能の維持もしくは改善のための総合的な計画が必要となります。年初に発生した能登半島地震はマグニチュードで7.6、最大震度が7の極めて大きな地震であり、尊い人命がまた失われました。この地震での建物被害は、震動ばかりでなく、地盤変状、液状化、火災、津波など幅広く、地震対策を広い視野に基づき行う必要性を改めて認識しました。
 以下の耐震補強事例では、固有のニーズに基づく建物性能の改善を図った事例を紹介します。
写真❶ 静岡県の学校の補強例(工事中)
写真❷ 静岡県の学校の補強例(竣工時)
大きな耐震性能の確保
 写真❶、❷は静岡県の学校の補強事例です。静岡県では1984(昭和59)年から東海地震の発生を想定し、地震地域係数が1.2と他の地域よりも大きな耐震性能を求めており、この建物の補強目標性能(Iso)は0.95とされていました。この性能まで鉄筋コンクリート造の耐震壁で補強すると、建物重量の増大により多量の補強材が必要となります。そこで既存の腰壁を解体するなどして重量の軽減を図りながら、鉄骨ブレースと有開口鋼板壁で補強しています。
 鉄筋コンクリートの建物を鉄骨で補強するためには、異種構造間の接続部の工夫が必要で、この事例で初めて採用された鉄骨枠組み工法は、これ以降の耐震補強における接合標準となりました。外壁はALC版で仕上げ、内壁はボード仕上げとし、補強部材は仕上げで隠す設計としています。
図① 都内の学校の補強例(立面図)
写真❸ 都内の学校の補強例(南側外観)
写真❹ 都心のオフィスビルの補強例
写真❺ 都心のオフィスビルの補強例
補強建物の美観の確保
 図①、写真❸は都内の学校の補強例で、バルコニーの先端に鉄骨ブレース架構を増設して補強しています。鉄骨ブレースを露出させて補強する場合、高力ボルト接合部や溶接部のスカーラップが建物の外観を損ねますが、本事例ではブレースを現場溶接接合し、ノンスカーラップ工法の採用と溶接ビードの削り仕上げを行い、鉄骨ブレースのウェブとフランジを塗り分けるなどして、美観に配慮した接合詳細としています。
 写真❹、❺は都心のオフィスビルの補強事例で、広幅のH型鋼を溶接接合した格子型フレームで補強しています。格子型フレームは工夫すれば鉄骨ブレースよりも大きな耐力の確保が可能で、工夫すれば美観確保も可能です。この事例ではH型鋼の側面にステンレスパネルを貼りつけることにより、補強材のイメージを払拭しています。
図② 免震構造化のイメージ図
写真❻ 杭の切断・搬出
写真❼ 免震装置の配置
地震動の低減
 地震時には地表面の2.5倍程度の大きな揺れ(加速度)が建物に生じます。したがって建物を補強した場合でも、建物と建物の内部には大きな地震力(加速度)および変形が生じます。このような地震動の増幅を避けるには、建物を免震構造化することが効果的です。図②は建物の基礎下に免振装置を配置する計画のイメージ図で、写真❻では建物を支えている杭をワイヤソーで切断して切り出し、この部分に写真❼に示すように積層ゴムの免振装置を配置しています。免振装置を配置することにより、建物に作用する地震力を数分の1に低減することができ、建物および建物の収納物の損傷を防止することが可能となります。
写真❽ 階段へのRC壁の配置
写真❾ エスカレータエリアへの鉄骨ブレースの配置
居ながらの補強
 百貨店など商業施設の補強では、補強による売場面積の減少と休業による顧客への影響を最小限にする計画が重要となります。写真❽、❾に示す事例では、階段部分やエスカレータの動線に影響しないように増設壁や鉄骨ブレースを配し、照明やステンドグラスを中に配置して、店舗の品格を維持しながら補強しています。工事は、毎日の営業終了後に商品の養生を行い、早朝の営業開始前までの夜間に工事を行い、これを約3年繰り返し、工事を完了させました。鉄骨ブレースは人力で運べる程度に分割し、エレベータで運搬し、設置位置で組み立てました。
写真❿ 大学の補強事例
図③ 補強骨組と既存躯体の納まり
機能性の確保
 写真❿は大学の補強事例で、本建物は多数の研究室が配置されており、研究室には書籍などが大量に収納されているため内部での補強が困難であり、外部4周面に剛強な鉄骨鉄筋コンクリート造の補強架構を増設して補強しています。補強架構は建物周辺に新たに打設した剛強な場所打ち杭に支えさせています。図③は外壁面の断面図で、緑の着色部分が既存の構造体、茶色が補強架構、外部からの外観、内部からの見晴らし、雨仕舞などに配慮して設計しています。
写真⓫ 日本武道館(耐震補強後の外観)
写真⓬ 日本武道館(耐震補強された出入口)
伝統的外観の維持
 「日本武道館」は1964(昭和39)年の東京オリンピックの柔道会場として建設され、最近ではコンサートホールとしても利用され、多くの人びとに親しまれています。この馴染み深い外観を損なわないことを理念に耐震補強が行われました。写真⓫は8角形の平面の一辺に相当する補強後の外観であり、階段の上部に見える3スパンのうち、両側のスパン部分に補強部材が取り付けられています。写真⓬が補強されたスパンで、青いパネルの中央が出入口で、その両側は厚さ25mmの鋼板を切り出して小窓をあけ、窓ガラスとアルミダイキャストを取り付けた外装パネルで、このパネル1枚で500tの地震力を負担させることができます。
写真⓭ 緊急輸送道路沿道建物(工事中)
写真⓮ 同竣工時
緊急輸送道路沿道建物の耐震化
 東京都は2011(平成23)年3月に「緊急輸送道路沿道建築物の耐震化を推進する条例」を公布し、建物の倒壊による道路閉塞を防止し、避難や救急・消火活動、緊急物資輸送路の確保を図る施策を実施してきました。しかしながら、沿道建物の敷地には補強のための空きスペースが少なく、建物が高層のため多量の補強が必要とされることなどから、条例公布後12年が過ぎる現在においても補強対策が続けられています。写真⓭、⓮は沿道建物の補強事例で、隣接する公園内に4本の柱と10層の大梁からなる剛強なプレストレス架構を構築し補強しました。架構は場所打ちコンクリート杭で支え、あと施工アンカーとスタッド溶接により既存の柱・梁と一体化を図りました。この補強により現状の耐震性能Is=0.43をIs=0.62まで増大させることができました。

 以上、特徴的な補強事例を紹介しましたが、都内には補強が必要とされる建物がまだ多く残されており、補強が実施できていない要因を建築士の創意工夫と努力により取り除き、東京の街の耐震化を引続き推進していただくようにお願いいたします。
藤村 勝(ふじむら・まさる)
東京都建築建築安全支援協会管理建築士
1949年 長野県生まれ/1972年 日本大学理工学部建築学科卒業後、竹中工務店東京本店設計部入社/現在、東京都建築安全支援協会管理建築士