連載|草木の香りを訪ねて──世界香り飛び歩記 ⑦
ニュージーランドを彩る草木
谷田貝 光克(東京大学名誉教授)
広い牧草地でのんびりと草を食む羊。
鮮やかな色のニュージーランドのクリスマスツリー「ポフツカワ」。
白く可憐なマウントクックリリー。
シダのマークをつけたニュージーランド航空の尾翼。
固有種の多いニュージーランド
 南半球にあるニュージーランドは日本と同じ南北に長い島国、そして南半球と北半球の違いはあるものの緯度もほぼ同じです。日本のおよそ4分の3の国土面積に人口は日本が1億2千万に対してなんと500万人弱、当然ながらニュージーランドの人口密度は低く、日本が336人/km2なのに対しておよそ16人/km2、人口密度の低い国のグループに属します。人の数よりも羊の数の方が多いといわれるように牧羊で知られた国で、牧草地があちらこちらで広がっているのを見かけます。そんな牧草地の合間を縫ってニュージーランド特有の植物が存在します。
 ゴンドワナ大陸が分裂してオーストラリア大陸が生まれ、さらに8500万年から6000万年前にオーストラリア大陸から分裂してニュージーランドが生まれました。ニュージーランドはオーストラリア大陸から南東に二千数百キロも離れた場所に位置してきたために独自の生物相を保ってきたのです。
 飛べない鳥で知られているニュージーランドの国鳥キウイのほか、タカヘ、プケコ、トウイなどの小鳥や、高さが60mにもなり、樹齢2000年に達するものも存在する大木カウリ、12月に紅い花を咲かせクリスマスツリーの名で親しまれているポフツカワの木などニュージーランドの固有種が数多く存在します。
 ニュージーランドは古き時代にはシダの生い茂る森林の豊富な土地でした。そういえばニュージーランド航空の尾翼についているマークは渦巻状のこれから開くシダの新芽をデザインしたものです。ニュージーランドの国技はラグビー、そのラグビーチームオールブラックスは世界最強のチームで知られていますが、そのチームの旗もシダの葉をあしらったものです。ニュージーランドの人たちに親しまれているシダのはびこる原生林は200年前に始まるヨーロッパからの移民によって次第に地平線のかなたまで届く牧草地へと変わっていったのです。
斜面を埋め尽くすエニシダ。
平地を埋め尽くすイネ科植物タソック。
咲き誇るルピナスとテカポ湖。
はびこり続ける外来種
 動植物に固有種の多いニュージーランドですが、どこの国でも同じようにこの国でも固有種に優り勢力を広げる動植物があるのです。入植したイギリス人が狩りを楽しむためにウサギを入れたのですが、ウサギが増えすぎて牧草を食べてしまうのです。困った牧羊家がウサギを退治するためにポッサムという小さな有袋類を隣国オーストラリアから入れました。ところがそのポッサムはニュージーランドの固有種の鳥を食べてしまうのです。今ではポッサムハンターによってその数は減少しつつあるようです。
 南島を車で走ると山肌を一面に黄色の花で埋め尽くす灌木に出会います。エニシダです。エニシダもニュージーランドでは外来種なのです。いくつもの山の斜面一面に群生するエニシダに、庭木で見るような可憐さは見られず、その繁殖力の旺盛さに圧倒され他の草木も生えないのです。
 南島でよく見かけるのがタソックというイネ科の株立ちの植物です。葉が硬く養分も少ないので家畜のえさにもならず、放置されて広い平野に一面にはびこっています。淡黄褐色のこの草が一面に生えている様を上空から見ると土の色と見間違い、ニュージーランドには緑がないと思われるとのことです。そんな草も最近では大気浄化作用があることがわかり、保護地区までつくり大事にされているようです。
 もうひとつ南島でよく見かけるのがルピナスの群落です。広い場所に一面に広がる色とりどりの花は目を楽しませてくれ、心浮かれます。ルピナスは殺風景な景色を見てイギリスから移り住んだご夫婦が自国から持ち込んで植えたのが始まりのようです。ところが今ではこれもいたるところに繁殖し除草の対象になっているのです。旅行社のパンフレットにはカラフルなルピナスの写真が掲載され観光客を呼び寄せるのには役立っていますが、その裏で悪者のレッテルも貼られているのです。それでも国道などの人目に付くところだけを残し、ほかの場所は除草の対象になっているようです。川原に一面に広がる光景もよく見かけますが、河原に巣作りをする黒シギが追いやられ、最近では黒シギが見られなくなったともいわれています。日本でもホームセンターで鉢植えのルピナスを見かけますが、庭から逃げ出してセイタカワダチソウやオオキンケイギクのように、はびこらなければよいのですが。
 植物に限らず動物でもよかれと思って入れた外来種がはびこり、後になって弊害となる例はよく見られます。動植物にとっては生きるための行動ですので否めませんが、ほかから持ち込んだ挙句にその行動を制御しようとするヒトの考えにおごりがあるのかもしれません。外来種を持ちこんだりせずにその地にあるものを大事にして自然に任せるのがいちばんなのです。
 とはいえ、今やグローバル化の時代、地球の裏側のニュースが瞬時にわかり、遠い国への行き来も容易になり、また、世界各国のものを容易に手に入れることも可能な時代です。そんな中で動植物にもグローバル化の波が押し寄せているようです。外来種に固有種が追いやられ絶滅の危機に曝されているものも少なくありません。生物多様性が叫ばれている昨今ですが、外来種との雑種化なども進み、遠い将来にはその地にだけ存在する固有種などは姿を消し、地球上にどこでも同じものが存在する、そんな時代になるのかもしれません。
養蜂に欠かせないマヌカの花。
店頭に並ぶマヌカハニー。
養蜂に欠かせないマヌカ
 ニュージーランド北島の山肌に白い花を一面に咲かせるマヌカ、隣の国オーストラリアにも自生していますが、この花もニュージーランドを特徴付ける植物のひとつでしょう。ニュージーランド特産物のひとつである蜂蜜づくりにはマヌカは欠かせません。マヌカはユーカリやメラルーカと同じフトモモ科の仲間でニュージーランド原産の灌木です。わが国では御柳梅の名で知られています。キャプテン・クックは長期間の船旅による壊血病を防ぐのにマヌカの葉をお茶として利用しました。そのためにマヌカはティートゥリーとも呼ばれていますが、初期の移民の人たちは数種の植物の葉を利用していましたので、実際にはテイートゥリーと呼ばれる直物は数種類存在します。
 マヌカは先住民のマオリの人たちによって葉のお茶が下痢、利尿、解熱に、葉を蒸して得られる精油はリューマチ、捻挫の治療に、樹皮の滲出液が痛みや腫れに用いられてきました。そして強い抗菌作用、抗酸化作用を持つマヌカハニーは今では高級蜂蜜として珍重されています。ニュージーランドには30万個の養蜂箱があるということです。実際にその現場を見たいと思い、現地に養蜂場を持ちマヌカの蜂蜜を日本で販売している日本の会社に問い合わせたところ、いくらたっても返事がもらえず、現地の養蜂業者に直接、問い合わせたところ、蜂に襲われる可能性があるので視察はお断りの丁重な返事をいただいたのでした。ところが、車で移動する道路わきにマヌカの白い花が咲き乱れ、そのそばに養蜂箱がいくつも並んでいて、特に養蜂場に行かずとも容易に養蜂の様子を知ることができたのです。
 マヌカハニーの抗菌作用はメチルグリオキサールという化合物によりますが、この濃度や含まれている重量によって作用が異なり、大きい数値のものが効能が高く、医療にも用いられています。ニュージーランドではマヌカに農薬を使用しないので自然のものとして高い評判を得ています。ニュージーランドの養蜂は1800年初期に欧州からの移民がイタリア種のミツバチで始めたといわれていますが、今でもイタリアからミツバチを持ち込み養蜂を行なっている養蜂業者もいます。メチルグリオキサールは抗菌作用だけでなく抗がん作用もあることがわかり注目されています。
谷田貝 光克(やたがい・みつよし)
NPO炭の木植え隊理事長、東京大学名誉教授、秋田県立大学名誉教授
栃木県宇都宮市生まれ/東北大学大学院理学研究科博士課程修了(理学博士)/米国バージニア州立大学化学科およびメイン州立大学化学科博士研究員、農林省林業試験場炭化研究室長、農水省森林総合研究所生物活性物質研究室長、森林化学科長、東京大学大学院農学生命科学研究科教授、秋田県立大学木材高度加工研究所所長・教授、香りの図書館館長(フレグランスジャーナル社)を歴任。専門は天然物有機化学
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