連載|草木の香りを訪ねて──世界香り飛び歩記 ⑥
香り豊かなユーカリ
谷田貝 光克(東京大学名誉教授)
街路に植えられたユーカリ(ベトナム)。
7〜8年で伐採され炭材にされるユーカリ(ブラジル)。
炭材に使われるユーカリ(ブラジル)。
ユーカリを製炭する大型の炭窯が林立する(ブラジル)。
コアラの好きなユーカリ
 ユーカリといえばコアラを頭に浮かべる人も多いことでしょう。緑の葉で被われたユーカリの枝につかまっている愛くるしいコアラ。まるでぬいぐるみのようです。コアラもユーカリもオーストラリアの固有種ですが、どちらも世界のあちこちで見られるようになりました。これもグローバル化の現れでしょうか。
 ユーカリは種類が多く640種ほど存在するといわれていますが、それ以上の700種ともいわれています。ユーカリの自然分布域はオーストラリアのタスマニア周辺、ビクトリア州南部の一部です。海外へは1777年クックの航海の際に英国に送られたのが最初といわれています。早成樹種のユーカリは緑化樹として、また、建材、パルプ材、精油採取用などの商業用として19世紀以降、世界各地に植林されました。
 日本国内への導入は明治時代に始まっています。今では鹿児島、横浜、東京夢の島、千葉県松戸市などに見られます。松戸市は国際交流の木として市の木に指定し、原産国のオーストラリアのホワイトホース市と姉妹都市になっています。世界各地の動物園で見ることができるようになったコアラですが、オーストラリアからコアラを取り入れるには、その国にコアラの餌となるユーカリを植栽することが条件だったようです。
コアラはなぜいつも寝ている?
 さて、そのコアラですが、木の幹や枝にからだをくっつけてじーっと動かずのんびりと過ごしている姿をよく見ます。コアラと同じように人気のあるパンダが忙しく動き回るのと違い、コアラが動き回る姿はあまり見かけません。
 それには理由があるのです。
 ひとつには栄養価の少ないユーカリの葉をえさにしていることです。動き回るエネルギーが少なければ、のんびりとゆっくりとした行動にならざるを得ません。ユーカリの葉が硬いことも影響しています。硬く消化が悪いので、長い腸の中で特殊な酵素によってゆっくり時間をかけて消化する必要があるのです。精油含量が多いことやタンニンが含まれていることも消化に時間をかける理由です。そんなことでコアラは1日のうちの20時間以上も幹にしがみついて寝ているのです。動物の中で睡眠時間がいちばん長いのはコアラだともいわれています。
 木にへばりついているもうひとつの理由、それはオーストラリアの猛暑を防ぐために、気温よりも温度が低い木を探してそこにへばりつき、暑さをしのいでいるという説もあります。
 ところで600種以上もあるユーカリですが、コアラが食べるものはせいぜい十数種類と言われています。有袋類のコアラのあかちゃんは母親の袋の中で育つときに、母親がユーカリの葉を半分消化してお尻から出したものを食べて育ちます。その時にユーカリを消化するための微生物も母親から受け継ぐのです。食べるユーカリの種類も母親譲りです。生きるための巧妙な仕組みをコアラはいくつも体得しているのです。
葉に大量の精油が含まれるユーカリ
 夏の日差しの強い時に街路樹のユーカリのもとを歩くと、さわやかな木の香りに気がつくことでしょう。ユーカリは木の中でも特に香りの強い木、すなわち精油含量の高い木です。樹木は葉、幹、枝、根のいずれの部分にも多かれ少なかれ香り成分を含んでいますが、葉に含量が高いのが一般的です。ユーカリもその例にもれず、葉に多くの精油を含んでいます。
 乾燥が激しく気温が高くなるオーストラリアではよく山火事が起こりますが、その原因がユーカリから放出される香り成分です。引火性の香り成分の濃度が高くなり火がつくのです。おもしろいことに葉には大量の精油が含まれているのに、材にはキノという樹脂分は含んでいるものの、精油はほとんど含まれていません。ですから柱や床板などの用材として用いられるユーカリにはほとんどにおいがありません。
 ユーカリ精油には抗菌作用、抗炎症作用、去痰作用や殺虫作用などがあり、葉から精油採取が行なわれてきました。シダーウッドオイル、クローブオイル、桂皮油などとともに、樹木精油の主要な位置を占めているのがユーカリ精油です。
 600種以上に及ぶユーカリですが、商業的に精油が採取されているのはおよそ20種類ほどです。含まれる成分によって精油は、1,8-シネオールを主成分とするもの、ピペリトン・フェランドレンを含むもの、シトロネラールを主成分とするものの3つに大別されます。もっともよく知られ、なじみのあるものが1,8-シネオールを含むもので、気管支炎治療、含漱剤、去痰剤に用いられてきました。のどのイガイガを取るのに効果がある「ユーカリのど飴」でも知られています。
ユーカリの下には下草が生えない。
ユーカリの間でイネを栽培するアグロフォレストリー。
ユーカリの下には下草が生えない
 香りの強いユーカリには他の植物の発芽や成長を阻害するアレロパシーという作用があります。ユーカリの林の下を見ると、陽が射しこんでいるにも関わらず雑草が少ないのです。葉から放出された香り成分は地上に落下し蓄積されます。熱帯では乾季の間に蓄積していき、乾季が終わり雨季が始まるころに植物の発芽が始まるのですが、その時期にユーカリ成分の地中への蓄積が最大になり、発芽の抑制も最大になります。どのユーカリでもアレロパシーがあるかというとそうでもなく、これまでに知られている樹種は十数種です。
 植林したユーカリの列の間に作物を栽培するアグロフォーレストリ―という林業と農業を同時に行う方式が、熱帯地域では行なわれることがありますが、この時にアレロパシーの強いユーカリを植えると作物の成長に影響を与えることになります。
 ユーカリ精油は虫よけにも効果があり、蚊の忌避効果でも知られています。特にシトロネラールを主成分とするレモンやサンショウの香りのするレモンユーカリに強い作用があります。屋外で作業をするときに虫よけのためのスプレー剤などもオーストラリアでは売られています。
パルプ材にされるユーカリ。
山積みされたユーカリチップ。
木材としてのユーカリの用途
 早成樹のユーカリは荒廃地を緑化するために植えられることが多く、半砂漠化が広がりつつあるアフリカにも植林されています。しかし、必ずしもユーカリが歓迎されているわけでもありません。ユーカリの根は地中からの水分吸収能が高く、成長に多くの水分を必要とするので、乾燥が進むアフリカのようなところでは住民に嫌われているのです。
 ユーカリ材はパルプ・チップ材としての生産量が目立ちますが、ベトナム北部のように炭材として利用しているところもあります。ブラジルの木炭生産量は世界で群を抜き1番ですが、ユーカリを大規模植林して樹齢8年生ほどのものを製炭し、その木炭を製鉄用に用いています。石炭に頼らず再生産可能な木を使うことで地球温暖化防止にも貢献しているのです。
 1970年代の原油高騰によって起こったオイルショックの時には、ユーカリは「石油のなる木」として石油代替としての利用が考えられました。しかし、石油に比べて高価なユーカリ精油のエネルギー利用は実現しませんでした。もし実現していれば町中にユーカリの香りが漂い、コアラと同じ気分になれたのかもしれません。
 ユーカリの中でもジャラ、カメレレ、マリ、レッドガムなどは商業用材として用いられ、特にジャラ、カメレレは重硬で耐久性にも優れ、重構造材、デッキ材、床材、合板用材、家具などに使用されています。わが国にはカメレレ材がパプアニューギニア付近から輸入されています。
 大木になるユーカリですが最近では室内緑化用に観葉植物としてホームセンターなどでごく普通に見られるようになりました。マルバユーカリのように生け花用に使用されているものもあります。さわやかなかおりが癒しをもたらしてくれることでしょう。
谷田貝 光克(やたがい・みつよし)
NPO炭の木植え隊理事長、東京大学名誉教授、秋田県立大学名誉教授
栃木県宇都宮市生まれ/東北大学大学院理学研究科博士課程修了(理学博士)/米国バージニア州立大学化学科およびメイン州立大学化学科博士研究員、農林省林業試験場炭化研究室長、農水省森林総合研究所生物活性物質研究室長、森林化学科長、東京大学大学院農学生命科学研究科教授、秋田県立大学木材高度加工研究所所長・教授、香りの図書館館長(フレグランスジャーナル社)を歴任。専門は天然物有機化学
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