連載:働き方改革を考える 第3回
組織設計事務所の事例 「ワークライフバランスの改善」と「女性社員の職務環境整備」を柱に──山下設計東京本社
村上 淳(東京都建築士事務所協会理事、株式会社山下設計)
社員向けの『出産・育児を予定される方へのパンフレット』
 建築設計の仕事は、自らのアイデアや創造性を武器に顧客、プロジェクトを獲得するという「提案型」の業態でありながら、その一方で日常の業務はほぼすべてがクライアントからの受注をきっかけに動き出し、プロジェクトの進行もクライアントの都合に合わせて進めざるを得ないという「客商売」的な性格も併せ持っている。このため、個人から組織全体に至るまで、日常業務の中に巡航ペースをつくり出すのがなかなか難しいという側面があり、われわれの業界のなかでの「働き方改革」とは、具体的にどういうあり方を目指すべきなのか、各設計組織とも模索を続けているのではないかと思う。
組織設計事務所の事例(株式会社山下設計 東京本社)
 本連載3回目となる事例ルポでは、組織設計事務所として今年で創立92年を迎える株式会社山下設計の東京本社を訪ねた。
 山下設計は全国に展開する支社も合わせて約450名の社員を有し、このうち東京本社には約330名(うち、技術系社員は約290名)が在籍している。働き方改革関連法の罰則も含めたすべての規制が適用される企業規模である。
 ヒアリングには藤田衛総務本部長に対応いただき、現状で抱える課題や今後の展望なども含めてうかがった。
 山下設計の「働き方改革」に向けての取り組みとしては、①業務効率化による超過勤務時間の削減と業務の平準化を通しての「ワークライフバランスの改善」と、②女性社員の出産・育児というライフイベントをサポートする「女性社員の職務環境整備」のふたつが大きなテーマとして、数年前から掲げられている。
 「ワークライフバランスの改善」については、働き方改革関連法の施行を受けて、社員個々の勤務状況を、社内の組織単位からの報告と並行して総務部門でもパソコンの稼働時間をベースにモニターし、社員のオーバーワークの有無をダブルで監視する態勢に移行した。こうしたリアルタイム情報を通して、個人やプロジェクトに発生している異常を早い段階で掴み、個々のプロジェクト管理に対してマネージャーから適切に助言を与えたり、臨機応変に配員増強ができるようになってきた。
 所員の業務時間にある程度の強制力をもって制限を加えることには、自発的な業務意欲を削ぐのではないか、建築設計事務所の働き方としてどうなのか、作品の質を落とすことになりはしないか等々、当初は懸念も多かったが、ここ数年はBCS賞を始めとする各種建築賞に選定される作品も増えてきており、全体的な「ワークライフバランスの改善」が作品のクォリティ向上にもつながる好循環が生まれてきていると評価されているとのことであった。
もうひとつの柱、「女性社員の職務環境整備」について。
 本社に在籍する技術系女性社員は約60名と、全体の約2割を占め、今後もその比率は増加してゆくことが予想されている。一昨年には初めて女性の執行役員が誕生したが、一方で全管理職中の女性の比率は3.3%とまだまだ低い。
 こうした中で山下設計では、産休・育休制度に加えて、時差出勤、就業時間短縮、残業時間の制限など、社員とその家族も含めて、妊娠中から子どもが小学校低学年に至るまでの、育児と仕事の両立をサポートするさまざまな制度の整備を続けてきた。ここ数年は、コンスタントに4~5名/年程度でこの制度群の利用が途切れることなく続いているという。
 以上のように、山下設計では女性特有のライフイベントをサポートする制度は比較的充実しているが、これに加えて女性社員から、現在最も導入を嘱望されているのがテレワーク制度である。テレワーク制度に対しては、山下設計ではその導入の検討がまだ端緒についたばかりであり、今後の大きな課題と捉えているとのことである。
 以上、山下設計では、現実的に女性社員が今後とも徐々に増加していく見通しであること、そして働き方改革法の施行に伴い社会的な責任も求められてきていることなどを踏まえて、今後とも制度の改善充実に取り組む方針であるとのことだった。
村上 淳(むらかみ・あつし)
東京都建築士事務所協会理事、株式会社山下設計
1956年秋田県生まれ/1982年 東京工業大学理工学研究科修了後、株式会社山下設計入社/現在、同社監理技術部門長/中央支部