社労士豆知識 第34回
時短ハラスメントについて
池田 久輝(社労士法人ユニヴィス)

 「ジタハラ」なる言葉をご存じでしょうか? 安倍政権が推し進める働き方改革の裏で現在急増中の「時短ハラスメント」、労働時間短縮にまつわるハラスメント(嫌がらせ)を指す新しい造語です。
 多くの企業が時短に踏み切る昨今、時短を強要しプレッシャーを与える行為が問題視されています。本来労働時間短縮は心身ともに助かることだと思いますが、なぜ時短が労働者を苦しめているのでしょうか。
管理部門と現場
 長時間労働の問題自体は何年も前から言われていますが、注目された背景として電通の事件以降、メディアが騒ぎたて、会社の経営陣も喫緊の課題として動かざるを得ない状況になりました。会社がトップダウンで一方的に「残業禁止」という方針を場当たり的に打ち出し、管理部門は現場にそれを徹底させようとします。
 しかし現場では、残業をしなければ仕事が終わらない。仕事が終わらなければ、当然のことながら顧客に迷惑がかかる。それにもかかわらず、残業しようとすると、上司や管理部門から「帰れ、帰れ」と責めたてられる、このように時短を強要しプレッシャーを与える行為が労働者を苦しめる要因となっています。残念ながら、管理部門は現場の状況をわかっていないことが多いため、仕事が回らなくて現場がパニックに陥るというパターンが増えています。
全員9時に出社、18時に退社のタイムカード
 では、時短を進める企業では何が起こっているのでしょうか。1年前から定時退社を導入したある企業は、サービス残業、休日出勤、持ち帰り残業も厳禁という徹底ぶりでしたが、約30人いる営業部の社員全員が必ず毎日9時に出社し、18時に退社したというタイムカードの記録が残されていました。人事担当者が不審に思い、若い営業社員に声を掛け、聞き取りをしたところ、「交代制で全員のタイムカードを打刻してるんですよ」と回答をされたそうです。
 事実を突き止めた人事の担当者はすぐに人事課長・部長に報告し、人事部長から営業部長に厳重注意が行われ、営業部長の反発も激しく、話し合いは平行線をたどりました。人事部も18時すぎに営業部に乗り込むなどの抜き打ち検査等で厳しく対処しましたが、会議室やカフェなどに集合して仕事を続行するなど営業部もあの手この手で抵抗を続けたそうです。
 幸いにも、この会社は社長をはじめとした経営層も労務リスクに関する危機感を強く持っており、「長時間労働の是正」に対する意識が非常に高かったため、労働時間を「削る」や「潜らせる」などの営業部長の抵抗はほどなく終わりを告げ、今では適正な労働時間把握が行われているそうです。
クリエイティブな仕事のためには
 最前線の現場で働いている職種の営業・販売などは顧客の都合に合わせる必要がどうしても出てしまうため、稚拙に労働時間を一律に短縮することが現状労働者側から歓迎されていないかもしれません。研究・開発・企画職も新しい商品を生み出すには多少の自由と時間的な余裕がないとクリエイティブな仕事ができないともいわれています。職種ごとに勤務スタイルの差や個々人の意識の差などが複雑に絡んだ根深い問題のため、時短を進めるにしても、すべての従業員に一律に適用するのではなく、職種、個々の仕事内容や状況に配慮して実施する必要があるかもしれません。
 労働時間短縮は働き方改革の中の重要な一要素ではありますが、かえって労働者へのプレッシャーになり働く気力を失わせては本末転倒です。労働時間短縮は手段であって目的ではありません。労働時間短縮は何のためにするのか、まずは社長と管理職の方がよく理解する必要があると思います。
売上・生産性と労働者の健康の両立を
 今までの日本企業は、より良いモノを大規模につくりながらその質をさらに高める努力を続けてきました。しかし、今の時代は厳しいビジネス環境にさらされ、既定路線上の「改善」だけでは生き残ることができなくなりました。新しいアイデアや発想がビジネスの成否を大きく左右します。そのような時代背景の中で企業の売上・生産性と労働者の健康をどのように両立していくのかが重要です。
 働き方改革の本質は、今まで日本企業が先送りにしてきた根本的な課題の解決を迫られています。これまでのビジネスモデルや価値観を根本から覆す覚悟を必要としているともいえるかもしれません。売上・生産性を向上させて企業が発展するには労働者の力なくして成り立ちません。労働者がどのようにしたら健康に働くことができ、やる気になって主体的に働いてくれるのかを考え施策を実行することが最も大切です。
池田 久輝(いけだ・ひさき)
社労士法人ユニヴィス
上智大学経済学部経営学科を卒業後、2009年にNEC入社、通信会社向けにサーバ、パソコン等を提供する法人営業を担当/2015年に社会保険労務士資格を取得、事業会社にて人事労務担当/2017年 池田社労士事務所を開業/2018年社名を社労士法人ユニヴィスに変更、現在に至る
記事カテゴリー:建築法規 / 行政
タグ:社労士