世界コンバージョン建築巡り 第10回 ミラノ
歴史と現代が共演するコンバージョンの世界
小林 克弘(首都大学東京教授)
ミラノ略地図
はじめに
 北イタリアの中心都市ミラノは、歴史の蓄積に加えて、諸分野の現代デザインでも世界を主導する都市である。ミラノの建築コンバージョンには、歴史と現代を対比させながら融合させるという意図が感じられる作品が多い。また、近年実現したコンバージョン建築の多くは著名建築家によるデザインであることも大きな特色といえよう。今回は、新旧の対比を表現し、コンバージョン・デザインならではの魅力を活かした斬新な作品群を巡る。
1. ドゥオーモ広場。右が、ミラノ大聖堂。
2. 20世紀美術館。ドゥオーモ広場から見た正面。
3. 20世紀美術館。上階へとつながるスロープ。
4. 20世紀美術館。スロープからはドゥオーモ広場が見える。
5. 20世紀美術館。ドゥオーモ広場を見渡す最上階の展示室。
6. エクセルシオール。外観。
7. エクセルシオール。エントランス上部吹き抜け。
設計:ジャン・ヌーヴェル
8. マッシミリアーノ・ロカテッリ建築設計事務所。教会の外観は保存されている。
9. マッシミリアーノ・ロカテッリ建築設計事務所。旧身廊の手前半分はイベント・スペース。突き当り上部にガラス張りのヴォリューム。
10. フォーシーズンズ・ミラノ。中庭全景。中央にサンクン・ガーデンがある。
11. フォーシーズンズ・ミラノ。回廊周りガラス壁のディテール。
12. ミラノ・スカラ座。左奥に、マリオ・ボッタ設計の増築部の円筒。
13. ミラノ・スカラ座。スカラ座博物館内の大広間。
旧市街における歴史と現代の対話
 ミラノ旧市街の中心は、ミラノ大聖堂の正面前に広がるドゥオーモ広場である(1)。
 このドゥオーモ広場に面する「20世紀美術館」(2 – 5)は、有名なヴィットリオ・エマニュエル2世のガレリアの軸線上に建つ2棟の官庁施設(1956年建設)のうちの1棟を、2010年に近現代美術館に転用した事例である。広場側の吹き抜け空間に挿入されたガラスの曲面ヴォリュームには主動線のスロープが納められ、ファシズム建築の堅固な佇まいとの対比を生んでいる。細長い平面形状の既存建築の中に、周囲を眺めつつ移動できるスロープや、エスカレータなどの縦動線を巧みに計画することで、ミラノ旧市街の都市光景を楽しむことができる美術館を創出している。
 「エクセルシオール」(6、7)は、ドォオーモ広場近くの映画館のファサードを保存しつつ、2011年にデパートへと転用した事例であり、ジャン・ヌーヴェルが設計した。映画館として使われていた大空間に5層のスラブを挿入しつつ、どのフロアも自由な平面形とすることで、保存された外壁と新たに加えられた曲面スラブとの間に新旧が共存するダイナミックな狭間空間が生み出されている。
 「マッシミリアーノ・ロカテッリ建築設計事務所」(8、9)は、16世紀建設のサンパオロ・コンバーソ教会を、オリジナルのフレスコ画や祭壇などを残しつつ、2015年に建築設計事務所のオフィスに転用した事例である。教会の身廊部分のエントランス側は、文化・芸術関連のイベント・スペースに利用され、その奥に鉄骨の4層のガラスのヴォリュームが挿入されている。壁、天井の迫力ある壁画と、黒色に塗られた鉄骨とガラスの対比が、独特な空間を創出している。
 「フォーシーズンズ・ミラノ」(10、11)は、中庭型平面の修道院(15世紀)のコンバージョンによって、1993年に98室のホテルとしてオープンした。その後、隣接する新古典主義様式のパラッツオ内に客室を拡張し、同時に、中庭に面したガラス張りのレストランと中庭地下宴会室の増築を行った。中庭回廊のガラスのディテールのデザインでは、かつての回廊の雰囲気を壊さないように細心の注意が払われている。建築的には、修道院というプログラムは、ホテルに類似していることを生かし、大きなヴォリュームになりがちな宴会場を地下化することで、妥当な転用がなされている。
有名な「ミラノ・スカラ座」(12、13)は、改修・転用の集積を経て現在に至っている。劇場自体は、1778年に建てられたが、2004年にマリオ・ボッタの設計に基づき大改修がなされた。一方、「スカラ座博物館」は、隣接していた商業施設を1913年に転用して設立され、1952年には、図書館も整備されるなど、拡張を続けている転用事例である。博物館内部動線からは、劇場内を一瞥できる場所もつくられ、全体として、オペラの小道具や資料などについての充実した展示がなされている。博物館内の動線は、極めて複雑である。スカラ座劇場脇の1階でチケットを買い、すぐさま、階段室内を数階上ると、博物館エントランスになる。そこから、大広間、劇場内部が上から見渡せるブース、オペラの小道具や資料を展示した空間や図書を保管した空間を迷路のように巡る。こうした迷路的な複雑さも、増築と転用が入り混じった施設の魅力のひとつと言えるだろう。
14. ミラノ中央駅。正面ファサード。
15. パラッツォ・アポルティ。側面と背面の外観全景。
16. パラッツォ・アポルティ。エントランス・ホール。右が街路、左が中庭。
17. パラッツォ・アポルティ。エントランスに展示された全体模型。
18. バスタルド・ストア。外観エントランス回り。
19. バスタルド・ストア。オフィス空間の上に浮遊するスケートボード場。
20. バスタルド・ストア。スケートボード場の内部。
ミラノ中央駅周辺の整備
 ドゥオーモ広場から北東約2kmに位置する「ミラノ中央駅」(14)も、ミラノの中心のひとつである。駅の東側に立地する「パラッツォ・アポルティ」(15 – 17)は、大規模郵便局(1931年建設)を、銀行、IT企業などの複合ビジネスセンターに転用した事例である。2006年に転用のためのコンペティションによってデザインを選び、2011年に転用工事が終了した。既存建築は中庭型平面であり、この中庭をきれいに整備して快適な空間にすると共に、中庭周辺には雨天時移動のための軽快な屋根付通路も設けられた。上階には増築がなされているが、その外壁はガラスおよび垂直パターンのサッシュによる軽快な表現として、既存の重厚な建築表現との対比を生んでいる。中央駅近くの歴史的建築物を、立地の良いビジネスセンターに変えるというという課題に対して、外壁を基本的に保存修復しながら、上部増築や内部空間への新しい構造体の導入など、適切な配慮・工夫が見られる。
 同じく駅北側に立地する「バスタルド・ストア」(図18 – 20)は、1940年代建設の映画館を2007年にファッション・ブランドのオフィス、ショップ、倉庫に転用した事例である。既存建築の骨格は変更せずに階段状のオフィスとし、浮遊するスケートボード場の挿入によって、独特の空間を生み出している。既存の大空間という特性を生かした、コンバージョンならではの面白さをみることができる。
21. マグナ・パルス・スイーツ・ミラノ。外観全景。
22. マグナ・パルス・スイーツ・ミラノ。エントランス・ホール。
23. アルマーニ・シーロス。外観。
24. アルマーニ・シーロス。内部主動線の階段室。
25. アルマーニ劇場。外観。設計:安藤忠雄
26. プラダ現代美術館。道路沿いの外観全景。中庭に新築棟が見える。
設計:OMA
27. プラダ現代美術館。背面側の外観。
28. プラダ現代美術館。中庭の既存部を取り壊して増築された「ポディウム」。
29. プラダ現代美術館。既存の工場内に設けられた展示空間。
30. カルロ・エ・カミラ。中庭から見た外観。
31. カルロ・エ・カミラ。レストラン内部。
32. リッソーニ・デザイン事務所。街路から路地を入った先に既存の工場がある。
33. リッソーニ・デザイン事務所。内部空間。
34. イル・ソーレ・24オーレ。道路沿い外観全景。
設計:レンゾ・ピアノ
35. イル・ソーレ・24オーレ。中庭に面した吹き抜け。
36. イル・ソーレ・24オーレ。エントランス・ホールから中庭および増築部を見る。
旧市街近郊に見られる産業施設のコンバージョン活用
 旧市街南西のトルトナ地区は、かつては、工場や倉庫が多い地区であったが、近年、ファッションやデザインの発信地へと大変貌を遂げている。
 「マグナ・パルス・スイーツ・ミラノ」(21、22)は、香水工場を2013年にブティック・ホテルに転用した事例である。道路沿いの外壁面は、DPGによるガラスで被覆され、一見、新築のように見えるが、ガラス越しに既存の構造体が感じ取れる。開放的なエントランス・ホールには、工場の壁面が部分的に残され、軽快な新要素と対比的に共存する。道路沿い1階には、階段やアート作品・家具を配置して、まちなみに対する配慮もなされている。同じくトルトナ地区の「アルマーニ・シーロス」(23、24)は、1950年ごろ建設された穀物貯蔵庫を、2015年にジョルジオ・アルマーニの作品の博物館に転用した事例である。隣接して増築されたエントランスはガラスのファサードであり、通りと連続的な関係を生む。4層の展示フロアは、中央の吹き抜けと隣接する劇的な階段によって、独特の展示空間が構成されている。道路向かいには、安藤忠雄の設計によって、2001年に工場から転用された「アルマーニ劇場」(25)がある。
 ミラノ市街南側周辺の工場地帯に立地する「プラダ現代美術館」(図26 – 29)は、醸造工場群(1910年代建設)を、2015年に現代美術館に転用した事例であり、OMAの設計である。敷地を取り囲む既存の工場群を残して展示空間やレストランなどに転用しつつ、中央の独立棟の一部を撤去して、企画展のための「ポディウム」、マルチメディア的な機能をもつ「シネマ」を新築した。加えて、敷地角には、財団の活動拠点となる9階建ての「タワー」を増築している。その結果、敷地内に新旧の建物が共存するが、形態、素材、色彩の操作によって、独特な新旧の対比的融合が生まれている。
 同じく、市街地内南に立地する「カルロ・エ・カミラ」(30、31)は、1930年代建設の製材所を、2015年にレストランに転用した事例である。道路沿いは高い壁に囲われているが、敷地内に入ると、コの字型平面による開放的な中庭が広がる。建築的操作は抑制的であり、新たに導入されたシャンデリアやデザイナー家具などの要素が既存との対比を生み出す。既存工場の空間性、時間を感じさせる調度品、スケールアウトしたテーブルといった異なる属性を持つ諸要素が混在することで、シュールな雰囲気を生み出している。
 「リッソーニ・デザイン事務所」(32、33)は、旧市街北側に位置する20世紀初頭建設の織物工場を、1998年にデザイナー、ピエトロ・リッソーニが自らの事務所に転用した事例である。高い天井高、無装飾の平滑な壁・柱、正方形グリッドの開口部など、モダンデザインを体現した既存工場に対して、不要な壁を取り除きつつ、諸要素を徹底的に白く塗り直すという操作によって、のびやかな執務空間を創出することに成功している。
 レンゾ・ピアノがコンバージョン・デザインを行った「イル・ソーレ・24オーレ」(34 – 36)は、旧市街の西側に立地する機械工場を、2004年に経済新聞社の本社ビルに転用した事例である。ロの字型に配置された工場の奥の棟は撤去され、丘状の中庭と、その地下の食堂、講堂などが増設された。中庭に面する吹き抜け部分も増築である。既存のRC構造体を黄色く塗装しつつ、外壁の大半を可動ルーバー付のガラス面で被覆し直し、屋根も新設することで、外観は見事に刷新されて、ピアノらしいデザインに変容している。
まとめ
 ミラノにおける近年のコンバージョン建築は、歴史的に価値ある建築のみならず、実用性を重視した産業系建築を対象にした作品に至るまで実に多様である。安藤忠雄、レンゾ・ピアノ、ジャン・ヌーヴェル、OMAなど、著名建築家のデザインを積極的に採用することで、必ずしも保存に拘らない、大胆な建築的操作を伴う転用が行われている点は大きな特徴である。デザイン都市ミラノは、建築作品としてのコンバージョン・デザインの可能性を押し広げるという役割を果たしつつあるように思える。
小林 克弘(こばやし・かつひろ)
首都大学東京教授
1955年 生まれ/1977年 東京大学工学部建築学科卒業/1985年東京大学大学院工学系研究科建築学専攻博士課程修了、工学博士/東京都立大学専任講師、助教授を経て、現在、首都大学東京大学院都市環境科学研究科建築学域教授/近著に『建築転生 世界のコンバージョン建築Ⅱ』鹿島出版会、2013年、『スカイスクレイパーズ──世界の高層建築の挑戦』鹿島出版会、2015年など