社労士豆知識 ⑲
2カ所以上の事業所で勤務するときの社会保険手続き
鍋島 知未(なべしま社会保険労務士事務所所長)
 2カ所以上の事業所で勤務し、報酬を得ている方の社会保険の取り扱いについてお伝えします。
役員の被保険者資格の考え方
 社会保険において、同時に2カ所以上の適用事業所に勤務し、それぞれの事業所で被保険者に該当するときは、それぞれの事業所で被保険者資格を取得します。
 ひとつの目安として、一般的な労働者においては、1日または1週間の所定労働時間及び1か月の所定労働日数が通常の社員のおおむね4分の3以上である場合は被保険者として取り扱われます(※平成28年10月1日以降はこの目安が改定されます)。この加入目安に基づくと、物理的に一方の事業所でしか資格取得をすることができないケースが多いのが現状です。
 一方、これが経営者・役員である場合は、一般労働者のように就労時間の概念がないため、役員報酬の有無や業務執行権の有無等を踏まえ、総合的に判断されます。該当する場合は、それぞれの事業所で社会保険の資格を取得することになります。
実際の手続き
 複数の事業所に勤務するようになった場合、新たに勤務する事業所において「被保険者資格取得届」を事実発生から5日以内に届け出ます。その際、事務処理をスムーズに進めるために届出書の備考欄に「二以上勤務者」であることを記載するとよいでしょう。
 次に「被保険者所属選択・二以上事業所勤務届」を事実発生から10日以内に届け出ます。この届出は、2カ所以上ある事業所の中でメインの事業所を選択するために必要な届出です。メインの事業所を「選択事業所」、サブの事業所を「非選択事業所」といいます。今後発生するさまざまな届出(各事業所の届出)は、「選択事業所」を管轄する年金事務所(または健康保険組合)に提出することになります。なお、健康保険組合を「選択事業所」とした場合であっても厚生年金の手続きは年金事務所が行います。この届出をすることによって、被保険者は、自らが自由に選択した保険者から「健康保険被保険者証」を発行されます。2カ所以上で被保険者資格を取得しても、健康保険証が2枚になったり3枚になったりすることはありません。
保険料の取り扱い
 保険料の納付・負担については、2カ所以上の事業所の役員報酬を合算して、各事業所の役員報酬に応じて按分した金額となります。具体的に見ていきましょう。
【2カ所から役員報酬を支給される社長の場合】
 毎月の健康保険料・厚生年金保険料は、区切りのよい幅で区分した「標準報酬月額」を元に計算します。(株)A社と(有)B社の役員報酬を合算した80万円を、標準報酬月額の表にあてはめると、健康保険の標準報酬月額は79万円、厚生年金保険の標準報酬月額は62万円(上限)となります。どこの事業所で役員報酬を支払ったとしても、その役員報酬の合計分にかかる社会保険料を負担することになります。
 また、(株)A社、(有)B社の役員報酬が大きく上下した場合に届け出る「月額変更届」については、(株)A社と(有)B社の合計額でみるのではなく、各社の報酬月額を表にあてあはめて、2等級以上上下したかでみます。
社会保険未加入事業所への対応
 法人の場合は、経営者1人であっても報酬が支払われていると、社会保険に加入する義務が生じます。法人を数社設立し、報酬を得ている経営者の方は多いでしょう。A社は加入しているが、B社は加入していないというケースも多々あると思います。日本年金機構では国税庁から情報提供を受けており、79万社の社会保険未加入事業所に対して加入指導を行っています。マイナンバー制度導入により、所得の捕捉が簡単になれば、その取締りはますます厳しくなることが予測されます。2カ所以上で勤務している方の社会保険の手続きや保険料の取り扱いは管理・運用が非常に煩雑です。専門家である社会保険労務士をぜひご活用下さい。
鍋島 知未(なべしま・ともみ)
なべしま社会保険労務士事務所所長、東京都社会保険労務士会台東支部副会計、総務委員会副委員長、社会教育副部会長
記事カテゴリー:建築法規 / 行政
タグ:社労士