社労士豆知識 第18回
60歳代前半の在職老齢年金について──年金支給調整のしくみと事業者の責務
小室 由利(小室社会労務士事務所 所長)
 人生80年。ひと昔前なら60歳は「老人」であったが、現代の60歳はもはや「老人」というにはあまりにも若々しく、元気で活躍されている方も多い。それでも60歳近くになったり過ぎたりすると、途端に老後の生活のことや年金のことが気になりだす、といった人も多いだろう。しかし、60歳を過ぎても元気で働き続け、会社の厚生年金に加入している方が、年金をもらうことになると、「在職老齢年金のしくみ」により、報酬額によっては年金の一部または全部が停止になる仕組みがある。ご存知だろうか?
 老齢年金のひと月分と報酬のひと月分を足して一定額以上になると、年金がカットされてしまう。これが「在職老齢年金のしくみ」である。ここでいうところの報酬のひと月分は年金上の定義があるので紹介しておく。
報酬のひと月分と、年金のひと月分
① 過去一年分支払われた賞与の額の12分の1
② 標準報酬月額(ひと月分の給与や報酬の標準額)
 上記①+②が年金上のひと月分の報酬(「総報酬月額相当額」と呼ぶ)ということになる。

 たとえば、Aさんの場合、平成28年4月時点で年金事務所へ届出済みの過去1年分の報酬額が下記である。
平成27年6月賞与 36万円
平成27年12月賞与 24万円
①(36万円+24万円)÷12=5万円
②平成27年9月からの標準報酬月額 22万円
①+②=22万円+5万円=27万円で、これが総報酬月額相当額である。

 では、Aさんが平成28年4月時点で61歳、老齢厚生年金額が84万円の場合、果たしてどのくらいの年金を受け取るのだろうか。
③Aさんの総報酬月額相当額 27万円
④Aさんのひと月分の年金 84万円÷12=7万円
③+④=27万円+7万円=34万円 (④を「基本月額」という)

 厚生労働省で定めた平成28年度60歳代前半の年金停止調整開始額は28万円である。③+④の金額が28万円を超えていれば、年金の支払額は調整されることになる。よってAさんは年金がカットされることになる。
いくらカットされるか
 いくらカットされるかは下表の条件によって計算式が異なる。(平成28年度)
[計算式①]
(総報酬月額相当額+基本月額-28万円)×1/2×12
[計算式②]
総報酬月額相当額×1/2×12
[計算式③]
{(47万円+基本月額-28万円)×1/2+(総報酬月額相当額-47万円)}×12
[計算式④]
{(47万円×1/2+(総報酬月額相当額-47万円)}×12
Aさんは計算式①の条件にあてはまり、
(27万円+7万円-28万円)×1/2 ×12
=6万円×1/2×12=3万円×12=36万円
1年間で36万円の年金が停止されることになり、
84万円-36万円=48万円が支給される年金額となる。
 ただし、その後賞与や報酬月額の金額が変更された場合などは、当然以降の「総報酬月額相当額」も変更され、カットされる年金額も変更が生じることになる。

 このように報酬との調整で年金がカットされることがあり、65歳以降も年金停止調整開始額や計算式は異なるものの、年金調整のしくみは続く。また、詳しくは触れないが60歳代前半は雇用保険の給付(高年齢雇用継続給付や失業給付の基本手当)を受けても年金は調整の対象となる。
 厚生年金の適用事業所であれば、従業員等の厚生年金に関する手続や保険料の負担は悩ましいところだが、この一連の作業が各人の将来の年金受給にかかわる大切な業務なのである。
 報酬の変更や手続に漏れや誤りがないよう、人を雇う側も肝に銘じなければならない。
小室 由利(こむろ・ゆり)
小室社会労務士事務所 所長、東京都社会保険労務士会台東支部 副会計
記事カテゴリー:建築法規 / 行政
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