思い出のスケッチ #355
五重塔修行の旅
大島 健二(東京都建築士事務所協会台東支部、OCM一級建築士事務所)
 出身地の兵庫県から25才で上京して以来30年以上、関西での仕事も途切れない程度にあるので、今でもその出張前後に京阪神近辺を散策することがひとつの楽しみである。特に2016年頃、ふと思い立ち五重塔ばかりを訪れ、スケッチ三昧に暮れている時期があった。京都は東寺、八坂の塔、醍醐寺、奈良は薬師寺西塔(三重塔)、法隆寺、興福寺……、他にも仁和寺、近江の長命寺、池上本門寺、湘南の龍口寺、浅草寺、新旧遠近問わず、はたまた現存しない谷中の天王寺に至るまで、貪るように描きまくっていた。しかし、五重塔と対峙していくらスケッチしたって、日々生業としている建築設計が上手になる訳でもないことは承知の上、はたまた仏様への厚い信仰心がある訳でもない。ただ、携帯用のコンパクトな水彩道具を使って、その場でサラサラと難解な五重塔を描ける人になってみたかったのだ。一句詠める才能があればそれで事足りるのだが、自分にはそれがないので、せめて一筆したためることができる、そんなオトナになりたいと、急に50才になって思ったようである。そう……ちょうど卓上のナスやキュウリを描き飽きた頃で、もっと強い刺激、難しいお題と向かい合い修行したかっただけなのである。
大島 健二(おおしま・けんじ)
東京都建築士事務所協会台東支部、OCM一級建築士事務所
1965年 神戸生まれ/1991年 神戸大学大学院建築学科修了 西洋近代建築史専攻/1991-94年 日建設計勤務 超高層ビル、官公庁、研究所など担当/1995年 独立/1997年~ バンタンデザイン研究所講師/2000年 OCM一級建築士事務所設立