古民家から学ぶエコハウスの知恵 ⑩
古民家から学ぶ「土による蓄熱効果」の仕組み
丸谷 博男(一級建築士事務所(株)エーアンドエーセントラル代表、(一社)エコハウス研究会代表理事、専門学校ICSカレッジ オブ アーツ学長)
 本誌2017年5月号では、群馬県六合村にある土蔵造りの民家「湯本家」の温熱測定を元に総合的な「熱遮断」の仕組みを解き明かしてみました。今回は、石川県白山市白峰伝統的建造物群保存地区にある土蔵造りの民家に関する温熱測定を分析することから、土壁の蓄熱作用・気化熱作用・熱応答などによる総合的な結果を整理してみます。この測定値は、故花岡利昌によるところが大きく、貴重な「生きている民家の温熱測定」データーを引用しています。
 下記の解説を読んでいただくと明確に熱容量、熱伝導、吸放湿性能など、土壁の総合的な熱応答が室内環境に大きく寄与していることが実感できます。「熱伝導率」だけではない要素が室内環境にいかに大きな影響力を持っているのかをお伝えします。
土壁の原点「熱性能を整理する」
夏は東西面の受熱量が多く、冬は南面の受熱量が多い
 図❶は、建築物の受熱量を1年間を通して札幌、東京、那覇で比較したものです。共通していることは夏至には南面の2倍の量を東西面で受熱しているということです。あらためて驚く数量です。そして、同じ受熱でも東側、朝の立ち上がり時は壁体や屋根面、あるいは周辺の環境に湿気が多くあるため気化熱作用によって建築物への熱負荷が軽減されているのですが、西面については、建築物にも、周辺環境にも気化熱作用をはじめとする熱軽減作用要因がなくなり、大きな熱負荷を建築物に与えていることが理解できます。
図❶ 各季節晴天日の日射量(『建築設計資料集成 環境1』p.105、日本建築学会編、丸善株式会社刊)
アドベ(日干しレンガ)建築は、涼しい
 図❷は、アドベの建築と、プレキャストコンクリートの建築の熱作用の違いを明確に表しています。これは、熱伝導率による差だけではなく、平行含水量・吸湿能力の違いによって気化熱作用の大きさが異なることから、熱性能に大きな差が生まれていることを示しています。
図❷ アドベのヴォールト(左)とプレキャストコンクリートスラブ(右)を用いた家の室内外の気温(『土・建築・環境/エコ時代の再発見』p.32、ゲルノート・ミンケ著、西村書店)
ほとんどの建材は温度が上昇すると熱伝導率が大きくなり断熱性能が低下する
  図❸は、温度条件によって各建材の熱伝導率が大きく変わることが示しています。ここで特徴的なことは、土と木材と煉瓦とコンクリートは温度による変化が少ないということです。これに対して、断熱材で使うことが多い「紙(セルロース)」、「岩綿(ロックウール)」、「板ガラス」は温度が上がると熱伝導率が10〜15%も大きくなり断熱性能が低下していくという現象があるということです。
図❸ 材料の平均温度と熱伝導率の割増の関係(相川福寿:保温材の特性と応用、日刊工業新聞社/『建築設計資料集成 環境1』p.120、日本建築学会編、丸善株式会社刊)
 図❹は、各種断熱材の熱性能を比較しています。ほとんどの断熱材は高温になると熱伝導率が大きくなり断熱性能が低下するということがわかりますが、その中でも「グラスウール」、「フォームスチレン」は他の断熱材よりも温度の影響が大きいことが解ります。
図❹ 平均温度と熱伝導率(渡辺要 編:防寒構造、p.150(1967)、理工図書/『建築設計資料集成 環境1』p.120、日本建築学会編、丸善株式会社刊)
含水率が高い物質、吸放湿力が大きい物質は、大きな気化熱作用をもつ
 図❺は、各種の土の性能を比較したものです。粘土質ロームよりもシルト質ロームの方が吸湿力が大きいことがわかります。また、ローム煉瓦の数値が大きいのは工業用に粒子を揃えている結果のように見えます。また、ここで注目していただきたいのは、「ライ麦のワラ」が土に比較して吸湿力が突出していることです。茅葺きの屋根の涼しさを証明していると考えてもいいと思います。言い換えると気化熱作用が長く継続するということになります。
 もうひとつ大切なことがあります。これは、私の方で実験した結果と同じなのですが、粘土にワラのような繋材・補強材を入れれば入れるほど吸湿性能が低下するということです。
 ちょっと驚かれるかもしれませんが、これは事実です。その原理は次のように理解しています。粘土の吸湿力には、ふたつの力があります。ひとつは、吸着力です。平板の粒子形状を持っている粘土は、非常に大きな吸着面を持っています。この平板の間に入れる物質にとっては計り知れない面積の平面があるのです。これが粘土の吸着です。ふたつ目は、土壁に使用する粘土は、左官職人が丹念に粒子を揃える下こしらえがあります。これによって粒子が揃った粘土の毛細管力が高まるのです。そこに大きな物質である繋材を混入すると毛細管が破壊され、毛細管現象が弱まるのです。この図❺は、その現象を説明しています。
図❺ 中実ローム(左)と軽量ローム(右)の吸湿曲線(『土・建築・環境/エコ時代の再発見』p.30、ゲルノート・ミンケ著、西村書店)
石川県白山市白峰伝統的建造物群保存地区の民家
 江戸末期の紀行文『白山道之栞』に、この地域の豪農である「織田家」の様子が以下のように書かれています。
 「牛首村の家数は三百程。奇麗で大家には長屋門があり、玄関には武器を飾り、その構えは堂々たるものである。家のつくりは皆三階建てである。しかし、世間にある三階建てとは異なり、外より見れば壁に大きい窓を三段に開け、内は三階になっており、雪が積もるのに従って、段々上に居住するという。上で米を搗くにも這いつくばる必要も無く、本当に丈夫な家と言える。」
 白峰地区の民家の特徴は、土蔵つくりです。日本三名山のひとつ白山の麓にあり、冬の積雪が2m前後にもなる日本屈指の豪雪地帯です。
 平安時代中頃には白山信仰が体系化され、越前、加賀、美濃の三馬場がそれぞれ振興の拠点を形成していました。白峰の八坂神社はもと牛首社と呼ばれ(近世の村名は牛首だった)、牛頭天王を祭神としています。
 戦国期、一向一揆が加賀で活躍しているころ、白峰に土豪、加藤藤兵衛が現れます。織田信長による一向一揆平定後、白峰は越前国大野郡に属しました。江戸初期には福井藩領となり、越前馬場の支配のもと、白山山頂の社殿や禅定道の管理、道案内等にも関わる村となります。慶応元年(1865)に課せられた長州征伐の軍用金の記録を見ると、白峰全体で130軒、700両のうち、御三家の山岸十郎右衛門が200両、織田利右衛門が100両、木戸口孫左衛門が70両と、半分以上を御三家で負担しています。主な産業としては、焼き畑で栽培したヒエを主食とし、養蚕による収入により日用品や海産物を手に入れていました。養蚕は16世紀半ばには普及していたと考えられ、17世紀末には養蚕による民家の大型化が進んでいます。また、同時期には春と夏の2度の養蚕が他地域に先がけて行われ、18世紀半ばには生産量が飛躍的に増加しました。戦後は、養蚕と薪炭業は衰退し、若い人口が都市へ流失し現在に至っています。(参考資料:『白山市白峰伝統的保存建造物群保存地区の手引き』、白山市教育委員会発行)
白峰地区の建築的特徴
 黄土色の土蔵造りに縦長の窓が連続し、玄関の2階部分に「大背戸」と呼ばれる開口一間の出入口があるのが特徴的です。また外部の土壁を保護するために、板張りが施されているのも特徴的な景観となっています。仏壇を人が脚で踏まないように妻側背面に突出部を設け、いざという時には外へと持ち出せるようになっているのも独特です。豪雪地のために大梯子が屋根に掛けられているのですが、これを1年中常設しているのも他地域であまり見ることのできない景観です。
 大壁の構造は、竹小舞ではなく、雑木の小枝を小舞とし、これにくくり縄、下げ縄を施し、粘土を塗りこめています。仕上げは土壁のままですが、まれに漆喰仕上げが見られます。積雪で埋もれる部分には壁の保護のために板壁が張られています。屋根は、元は茅葺きでしたが、栗のくれ板葺き(石置木羽葺き・いしおきこばぶき)となり、さらに現在はスレート瓦葺きとなっています。(図❻)
図❻ 白峰地区の建築的特徴(参考資料:白山市白峰伝統的保存建造物群保存地区の手引き、白山市教育委員会発行)
  • 縦長窓と土壁/外観は黄土色の壁と、縦窓が規則的・連続的に開けられている窓が特徴的
  • 大背戸おおせど/薪の出し入れのために、2階部分の正面妻側に設けた大きな出入口
  • 小屋裏の開口部/小屋裏妻側に設けられた採光と換気、煙出しのための開口部
  • 仏壇出し/仏壇の上を人が踏まないように、妻側背面に持ち出し、家事の時に仏壇を直接外へ運び出す。
  • 黄土色の土壁/厚さが15〜18㎝の土壁。荒塗り仕上で漆喰は塗らないのが一般的
  • 大梯子/屋根の雪下しなどのために必要な梯子を常設しているのが特徴。耐久性のある栗材でつくられている。家格のシンボルとなっている。
  • 玉石積み/河原から取れる玉石を積んで法面や塀をつくるのが特徴
  • 石置き板屋根/栗材の薄板で葺きあげ、玉石で押さえる工法
  • 板壁/羽目板(縦張り)、下見板(横張り)があり、目板・押縁の有無により大きく4種類に分けられる
  • 大戸/蔵の入口は、腰つきの格子戸である大戸を設ける
  • 置き屋根と鉢巻き/蔵は、置き屋根を載せ、壁に鉢巻き(軒下に横に一段厚く土を塗る)をつける
  • 鎧下見板張り
  • 羽目板張り
  • 土戸
  • 大戸の外側には、火事の時に閉められる漆喰塗りの土戸がある
  • ツカセ(頬杖)/屋根は壁から伸ばされた「ツカセ」といわれる斜材で補強的に支持される
土蔵つくり「山口務家」
 山口務家(図❼、❽)の測定は、1966年6月12日〜7月20日の向暑期に行っています。温度センサーを0〜50℃の機種と-10〜50℃の機種を使っていつためにいささか見にくいグラフとなっていますが、外気温の変動に対して、室温が顕著に緩和されていることが明らかに見て取れます。
 屋根裏の室温は、屋根がスレート葺きであるために、高温となっています。1階の室温については、土蔵つくり特徴がよく現れ、熱応答がゆったりとした動きを見せています。
(引用資料/『伝統民家の生態学』花岡利昌著、海青社刊)
図❼ 山口務家平面図
図❽ 山口務家の室温変動曲線(1966年7月4日晴)
土蔵つくり「杉原亀十郎家」
 杉原家(図❾、❿)は白峰地区で最も大きい土蔵つくりの建物です。人の居住しない2、3階の空間は1階の居住空間にとって大きな緩衝帯となっています。
 1階の各室温が1年を通して安定しているのは、土蔵つくりならではの環境です。秋期と冬期において、2階南が他の部位に較べて変動が大きいのは、この季節においては太陽高度が低くなり、南側の壁面に日射が当たっていること、また小さな開口ですが、そこからのダイレクトゲインがあるために、室温が上昇していることが読み取れます。
図❾ 杉原亀十郎家平面図(上より、1階、2階、3階)
図❿ 杉原亀十郎家の季節別室温変動曲線(上より夏、秋、冬の季節)
 12月18日のデーターからは、2階東、3階東および西の室温が21時ごろまで高温を保持し続けているのが読み取れます。これは、日中の大壁が受けている日射が日没後も放熱し室温を温かに保っていることを示しています。3階の南と西でこのような現象が見られないのは、大きな軒の出によって日射が遮られていたからと考えられます。
 初めに解説した図❶を再度確認してください。夏期の南面壁は軒の出により日射が遮られ、冬期の南面壁は日射受けて室温に寄与している様子が確認できます。
(引用資料/『伝統民家の生態学』花岡利昌著、海青社刊)
土蔵つくり「山口務家」とモルタル塗り壁の「織田清家」
 白峰地区は、1964年に大火があり、何軒か消失したあと、モルタル塗りの住宅が再建されています。織田家(図⓫)と山口家はほぼ同規模であったので、これを比較してみました。(図⓬、⓭)
 室温変動を比較すると明らかに、土蔵つくりの室温の方が安定し、外気温の影響をしっかりと緩和している様子が理解できます。
(引用資料/『伝統民家の生態学』花岡利昌著、海青社刊)
図⓫ 織田家平面図
図⓬ 夏季における大壁造り民家(山口家)の室温変動曲線
図⓭ 夏季におけるモルタル塗り住宅(織田家)の室温変動曲線
丸谷 博男(まるや・ひろお)
建築家、 一級建築士事務所(株)エーアンドエーセントラル代表、一般社団法人エコハウス研究会代表理事、東京藝術大学非常勤講師
1948年 山梨県生まれ/1972年 東京藝術大学美術学部建築科卒業/1974年 同大学院修了、奥村昭雄先生の研究室・アトリエにおいて家具と建築の設計を学ぶ/1983年 一級建築士事務所(株)エーアンドエーセントラル arts and architecture 設立/2013年一般社団法人エコハウス研究会設立