熊本地震による木造住宅被害のまとめと実務的課題
矢崎 博一(東京都建築士事務所協会木造耐震専門委員会委員長、ぴいえいえす設計株式会社)
 過去、大地震により被害を受けた木造住宅は旧耐震基準によるものがほとんどであると考えられてきましたが、2016年4月に発生した熊本地震では、新耐震基準によって建てられた住宅にも大きな被害が発生しました。これらの被害状況をまとめることにより、これから木造住宅の耐震改修設計を行う際に注意すべき事項が明らかになるものと考えられます。
 まとめる際の資料は「日本建築学会災害委員会インターネットWGによる災害情報ページ」(http://saigai.aij.or.jp/wiki.arch.ues.tmu.ac.jp/saigai/aafc33e281f0f3e7e22af5f629604b33.html)を参照しています。
写真❶ 2000年基準以降の木造住宅の被害。
熊本地震とその被害の特徴
・震度7が連続して2回発生。
・阪神・淡路大震災を上回る地震動。
・新耐震基準による木造住宅にも大きな被害。

益城町中心部悉皆調査エリア被害概要
・新耐震基準以前の木造住宅は759棟あり、214棟が倒壊。倒壊率28%。
・新耐震基準以降の木造住宅は1,196棟あり、83棟が倒壊。倒壊率 7%。
・2000年基準以降の木造住宅は319棟あり、7棟が倒壊。倒壊率 2%。
・耐震等級3の木造住宅は16棟あり、倒壊はなし。倒壊率 0%。2棟が軽微または小破。
●新耐震基準以降の被害木造住宅で筋かい端部接合部仕様を確認した。
・新耐震基準以降の木造住宅は61棟調査、そのうち48棟が不十分な仕様。(79%)
・2000年基準以降の木造住宅は7棟調査、そのうち2棟が不十分な仕様。(29%)
●新耐震基準以降の被害木造住宅で柱脚柱頭の接合部仕様を確認した。
・新耐震基準以降の木造住宅は96棟調査、そのうち96棟が不十分な仕様。(100%)
・2000年基準以降の木造住宅は7棟調査、そのうち3棟が不十分な仕様。(43%)
●新耐震基準以降の被害木造住宅の特徴。
・被害木造住宅101棟のうち、ツーバイフォー工法による建物が5棟ある。
・被害木造住宅101棟のうち、1階で層崩壊したものは83棟である。
・被害木造住宅101棟のうち、2階で層崩壊したものは2棟である。
・被害木造住宅101棟のうち、全体崩壊したものは9棟である。
●2000年基準以降で倒壊した木造住宅のうち、ホールダウン金物使用が確認された3棟の壁量は、無被害か軽微な被害の住宅と同等程度ある。

阪神・淡路大震災における木造住宅の被害と比べて
 神戸市内で全壊率の大きい地域は長田区(28%)、灘区(24.3%)とされています(1995年兵庫県南部地震災害調査速報:日本建築学会)。
 一方、熊本地震における益城町の倒壊率は新耐震基準以前の木造住宅で28%と、阪神・淡路大震災における長田区の木造住宅被害率とほぼ同等ですが、2000年基準まで含めれば倒壊率は13%強となり、阪神・淡路大震災以降に旧耐震基準による住宅の建替が進んだことによる全体的な耐震化の向上は明らかです。
写真❷ 仕上げ材を突き破って座屈した筋かい。
耐震補強設計における課題
連続した大地震に耐えられるか
 2005年11月にEディフェンスで行った、在来軸組構法による既存木造住宅の未補強住宅と補強済み住宅を1995年兵庫県南部地震JR鷹取観測波100%で加震する実験結果では、上部構造評点を0.48→1.84に補強した住宅は1回目の加震には耐えられましたが、3日後に行った2回目の加震では倒壊しました。この結果から、既存木造住宅の耐震補強で、連続する大地震に耐えるためには大規模な補強が必要と考えられます。
 補強目標として上部構造評点は1.0を若干上回る程度に想定しているケースが多いと思われますが、余裕を持った補強計画が望ましいと考えます。
補強方法について
 熊本地震による被害調査報告では、筋かいの座屈による被害例が多数報告されています。益城町中心部で2000年基準以降の倒壊住宅7棟のうち、仕様を満たすと思われる3棟はすべてサイディング外壁、主な耐震要素が2つ割筋かいでした。2つ割筋かいが座屈する際に、面外の変形を拘束する要素がない、または少ないことが考えられます。実際の被害写真でも2つ割筋かいが石膏ボードを突き破って座屈している様子がわかります。
 写真❷からは、筋かい補強に際しては面外の座屈防止に対する配慮が重要であることがわかると思います。なお、倒壊建物の壁量余裕率は無被害か被害軽微であった木造住宅に比して同等程度であり、倒壊の原因が壁量余裕率の低さのためとはいえないようです。
直下率について
 熊本地震を検証する報道番組などで、「直下率」が小さい建物に被害が顕著であるとの情報が頻繁に出てきました。直下率が小さい建物とは、2階の耐力壁や柱の直下(1階)に耐力壁や柱が存在しない部位が多いものをいいます。法的には直下率の制限はありませんが、注意が必要な要素です。
 木造耐震専門委員会でもこの話題を取り上げましたので、以下に整理しておきます。
・直下率が小さくても剛強な水平構面があれば問題ないと思われますが、大きな部屋や下屋部分では、水平構面の水平力伝達が不十分な可能性が考えられます。
・耐震的には、水平構面の強度に注意が必要です。木造耐震専門委員会発行の『木造耐震改修Q&A集』「診断-20 水平構面の重要性について」に概要を示してありますが、2階を補強する際には力の流れを立体的にイメージしておくことが大切です。外縁の横架材が外れないように、仕口や継ぎ手にも配慮する必要があると考えられます。
図❶ 耐力壁構面が上下階でずれている場合
● 耐力壁構面が上下階でずれている場合。
 図❶のように、上下階の耐力壁構面の位置がずれており、2階の耐力壁の直下に1階の耐力壁が存在しない場合には、2階床には2階耐力壁から地震力Qwが伝達されるため、床は大きな力を1階耐力壁まで伝達しなければなりません。このような場合には2階に設置する補強耐力壁の壁基準耐力を床の水平力伝達能力に見合ったものとするか、床を補強する必要があります。
図❷ 下屋を通して歌会の耐力壁に伝達させる場合
● 耐力壁の直下に壁がなく、下屋を通して下階の耐力壁に伝達させる場合。
 図❷のように、2階外壁線に設置された耐力壁の直下に耐力壁がなく、下屋を通して1階の耐力壁に力を伝達しなければならない場合は、下屋水平構面に十分な水平力伝達能力が必要になります。下屋水平構面の補強または、2階外壁線の直下にも耐力壁を配置するなどの対策が必要となることがあります。
水平構面の補強が困難で、強度が不十分な場合は、建物の各部分ごとに、必要とされる壁量を確保することが重要となります。建物の一部に極端に強い壁を設けるのは避け、建物全体にバランスよく耐力壁を配置することが望ましいと考えられます。特に、外壁のみに補強壁を配置する計画とする場合は、床の水平力伝達がうまく行えるか、十分に注意する必要があります(『木造耐震改修Q&A集』「診断-20 水平構面の重要性について」より一部転載)。
新耐震基準以降の木造住宅耐震診断について
 熊本地震において新耐震基準以降の木造住宅に多数の倒壊事例が発生したことは、従前より所謂グレーゾーンと称していた2000年基準以前の新耐震基準による木造住宅の耐震性に不安を感じさせるものです。今後、新耐震基準以降の木造住宅に対する耐震診断の依頼が増加するものと予想されますが、2000年基準以前の被害住宅ではすべてが不十分な仕様によって建築されている調査結果となっています。2000年基準以降の被害住宅でも、十分な仕様になっているものは半数をやや上回る程度です。
 旧耐震基準による木造住宅を耐震診断する場合には不十分な接合部仕様であることを前提に行うことは問題がないと思われますが、新耐震基準以降の木造住宅を耐震診断する場合には、接合部調査をどのように行うか依頼者に十分な説明をしておく必要があると思われます。今まで「新耐震基準だから大丈夫」といわれていたものが診断結果では相当低い評点になるケースも考えられることから、説明には注意が必要であると思われます。
2000年基準以降の木造住宅耐震診断について
 2000年基準以降の木造住宅に対する耐震診断の依頼はあまり多くないと考えられますが、欠陥住宅を疑う施主から耐震診断の依頼がなされるケースは以前からあります。このような場合には、接合金物の配置によって耐震診断結果が大きく影響されることや、調査にはかなりの費用が発生すること、調査そのものが非破壊では困難なことなどを依頼者に十分納得してもらった上で調査計画を立ててから実施することが望ましいと考えられます。特に2000年基準施行直後の木造住宅では注意が必要です。
おわりに
 本地震で亡くなられた方及びそのご遺族に対し、深く哀悼の意を表します。また、被災された方々に心からお見舞いを申し上げるとともに、復興を祈念いたします。
 また、本稿中の写真は東京都建築士事務所協会練馬支部の加藤宏幸さんよりご提供いただきました。ここに深謝申し上げます。
矢﨑 博一(やざき・ひろかず)
ぴいえいえす設計株式会社代表取締役、東京都建築士事務所協会 木造耐震専門委員会委員長 1950年長野県生まれ/1973年日本大学生産工学部卒業
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