福島の和風邸宅「蛇の鼻御殿」と「紫雲閣」見学の旅
江戸川支部・江東支部|令和5(2023)年10月27日(金)〜29日(日)@福島
岩﨑 孝一(東京都建築士事務所協会理事、株式会社吾妻設計)
 参加は、江戸川支部から國分守と布田健一の2名、江東支部から白石秀樹と私の2名の合計4名。探究心旺盛な面々である。
快晴の朝、國分さんが故郷である福島県本宮市の市長をはじめ現地学芸員に至るまで、訪問準備を周到に用意された上で、新幹線で福島県を目指した。
 当日は、郡山から裏磐梯に入り、五色沼を散策。思いのほか気温が低い紅葉を満喫しながら、明日の予習と見学先のルート確認を行った。
蛇の鼻御殿1階「鹿の間」。
蛇の鼻御殿2階「老松の間」。奥は「千鳥の間」。
細かな彫刻が施された階段段鼻。クラックスケールをあてた。
蛇の鼻御殿
 所在地は福島県本宮市本宮字蛇ノ鼻。遠い昔、八幡太郎義家がこの地で交戦した前九年の役では、敵に放つ矢が花のように見えたことから矢ノ花の地名となり、それにこの地の大蛇伝説が重なり、蛇ノ鼻となったという。
 「蛇の鼻御殿」は、当時本宮に在住の伊藤弥が、別荘として明治37(1904)年から8年をかけて完成させたものである。伊藤弥は、「イヨマンテの夜」、「あざみの歌」などで知られる歌手伊藤久男の父で、豪農で政治家。工事中、何度もやり直しを命じ完成させたといわれている。伊藤は、各地を回り、設計を固め、彫刻を福島県二本松市で現在も続く橋本佛具彫刻店の初代親子に依頼。超絶技巧の宝庫の建物となった。建物は、平成8(1996)年に国指定登録有形文化財に登録された。
 まず玄関廻りの精密な彫刻(昇り龍ほか)に驚かされた。作品を傷つけないため柔らかいクラックスケールで計ると幅12mmの曲線彫刻が縦横に彫られている。
 本宮市長からの連絡を受けての見学ということもあってか、ご案内いただいた学芸員の説明も丁寧で、作品を間近で確認。日ごろ和風建築に実績のある面々も驚きの連続だった。
 1階「鹿の間」は、仙台の青葉城より買い取った仙台藩御用絵師東東洋作の襖戸、絡み合った風情の白檀の床柱、老木石榴を使用した落掛、黒褐色を帯び光沢ある模様の最高級材料の黒柿の床板、そして黒檀加工の花頭窓が特徴的な構成。違い棚長押上には、公爵三条実美の書が飾られている。
 一般見学者をよそに2階、「老松の間」(20帖)の中に進んだ。床柱は枇杷、床板は欅一枚板、落掛は黒柿、天井は屋久杉、襖の日本画家飛田周山が描いた「老松の図」を堪能。次の「千鳥の間」(20帖)では天井高さの違いにびっくり。千鳥の間の天井高が少し低くなり、二間同時使用の際は、40帖の酒宴などに使用されたとのこと。座敷蔵2階の「梅の間」は、床柱にインド紫檀、床板は黒柿、床框は黒柿高さ15cm、落掛は山葡萄、天井板は白柿が使われている。
 案内された各部屋では、加納常信、喜多武清、菊田伊洲、東東洋、飛田周山ほか、当時活躍した絵師、画家たちの作品が堪能できる。初代内閣総理大臣伊藤博文の書「雲物寄遊観」が「鷺の間」の正面の長押上に掲げられていた。
 現在では、入手困難な材料もあると思われるが、当時でも、各地を探して逸品を購入、腕に自慢の大工職人により完成に至る努力に敬服した。今後、大きな住宅や、社寺建築等の設計に携わる設計者に貴重な資料となるだろう。
旧吉田家住宅「紫雲閣」外観。
「紫雲閣」1階次の間。
驚きの2階「漆の間」。
旧吉田家住宅「紫雲閣」
 三春町で有名なしだれ桜を通り越して向かったのは、福島県田村郡三春町字大町にある「紫雲閣」と呼ばれる国登録有形文化財。東京や横浜で生糸商人として、一代で財をなした吉田誠次郎が明治28(1895)年に建てた建物。敷地内には、旧吉田家住宅主屋と、離れの2階建ての座敷蔵「紫雲閣」がある。吉田は日本中をまわる商売の中で培った教養を大工に命じて完成した建物らしく、贅を尽くした銘木揃いの邸宅である。紫雲閣1階の12帖の客間と、6帖の次の間は二間続きの部屋。客間の床柱は紫檀、床框は黒檀、落とし掛けは鉄刀木。次の間は床柱が黒柿で、信じられないが床柱は途中がなくふたつに分かれ、棕櫚の木も使われて銘木揃い。最初は電話室として、後に子ども室となったこの部屋は、床柱に楓、床框に椚、天井は節付薩摩杉。私たちは、どこからかのぞかれているような落ち着かない雰囲気となった。2階寝室と3帖の間は、紫檀、黒檀、鉄刀木がふんだんに使用されている。2階「漆の間」は、昇り龍の彫刻で彩られた床の間に、われわれは唖然としてしまった。
 今回の見学の旅は、國分さんの周到に根回し、準備を得て驚きの収穫を得た研修であった。白石さん、布田さん、ル-ト準備をありがとうございました。
岩﨑 孝一(いわさき・こういち)
東京都建築士事務所協会理事、株式会社吾妻設計
1948年 栃木県佐野市生まれ/1972年 日本大学理工学部建築学科卒業後、(株)協立建築設計事務所入社/現在、(株)吾妻設計/江東支部