色彩のふしぎ 第14回
動きによる美の効果
南雲 治嘉(デジタルハリウッド大学名誉教授)
空間における動と静の働き
 私たちの環境には動と静というふたつの相反する状態が混在しています。動は動きのあるもの、静は動きが止まっているものですが、ほとんど意識することなく生活しています。空間における動と静も美を作る要素のひとつです。
 人は動的な屋外で一時を過ごし、静的な屋内に帰ってきます。時には静寂の中に身を置きたいと思う人もいます。特に眠りにつく時は静寂が適しているのはいうまでもありません。いうまでもなく静寂は静的で音がない状態のことです。
 動きのあるものといえば自動車や飛行機などを思い浮かべます。屋外では動的なものを見つけるのはたやすいことです。大自然には静止しているシーンがよく見られますが、雲は明らかに動いています。風が吹き木々の葉がそよぎ、砂ぼこりも舞い上がることがあります。大自然には静止はありません。
 建物の中にはそんなに激しく動くものは見当たりません。窓や家具が静止した状態で設置されています。まさに静の空間といえます。音もシャットアウトしてしまえば静寂が訪れます。この世の中にはなんと静止しているものが多いのかと誰もが思っています。
 ところがこの宇宙には止まっているものは何ひとつありません。諸行無常、この大地もしかり。止まって見えているのは錯覚に過ぎません。あまりにも動きが遅いものを静止しているように感じています。
 建物は回転する地球に乗っているのですが、自分も一緒に回転しているため、静止しているように感じます。地球の回転を感じることはありません。
 錯覚の静止の中で、一見動くものはなさそうに見えます。確かに動力によって動いているものはないのが普通です。家の中でソファに腰掛けて辺りを見回してみましょう。静止しているとしか感じないと思います。
 住空間はペットでもいないかぎり、静として意識されており、だから休まるといえます。動きの見える世界では、なかなか気が休まることはありません。動きを視野に入れると視覚からくる疲労が蓄積していきます。それは無意識でも関係なく疲労するので、リセットのために時々静の空間にいることが不可欠なのです。(図❶)
図❶ 空間を構成するのは水平と垂直
建築空間は水平と垂直の組み合わせでできている。
水平垂直以外の要素がなく、しかも無彩色で統一されているため静の空間になっている。
四角形の発明と応用
 人類が最初に得た住居は横穴式住居、つまり洞窟です。洞窟には水平も垂直もありません。自然な曲線の中での生活は人間の体型に合ったものであったと思います。人間の体は曲線でできているため、寝るのには適していたことでしょう。
 石器時代の狩猟を主にしていた人類には水平も垂直も関係ありませんでした。人類が直線を体験するのは5000年ほど前になります。初期の縄文時代の建物である竪穴式住居には水平と垂直はほとんど使われていません。
 住居に水平垂直、そして直線が現われるのは、縄文時代後期の集落が大型の建物を備えるようになってからです。木材を直線に成型し、水平と直線に組むことを考案しました。これによって巨大な建造物を手に入れることができるようになりました。(図❷)
 人類はこのとき奇跡の大発明をしました。それが四角形です。自然界では鉱物の結晶以外にはほとんど存在しない四角形を目にした時、まさか今後の建築の基礎になるとは思いもよらなかったことでしょう。
 四角形の中で特に長方形は建築の基本になっていきました。合理的で、機能的な形、長方形は人類が発明した形の中で最高のものといえます。これ以後、人類は長方形の中で生活するようになりました。壁、ドア、窓、床、天井、家具、ソファ、ベッド、それ以外にも紙幣、手紙、カード、本、額縁など生活のあらゆる所に長方形が使われています。
 長方形は無駄がなく、組み合わせの可能性が高い形です。家具などの納まりもよく、住空間の機能美を作り出し、生活スタイルのデザインに大きく貢献しています。
 この長方形は物理的にすばらしいだけでなく、心理的にも抜群の効果を発揮しています。倒せば広がりと安定感、立てれば高さと上昇感を感じさせます。建築家はこのふたつを組み合わせて空間の美的効果を生み出しています。(図❸)
図❷ 水平垂直の発見と応用
北海道大森縄文遺跡
初期の頃は水平や垂直の要素はなく、小型の住居がつくられた。人工的な空間の第一歩を踏み出した。
青森県山内縄文遺跡
縄文時代後期になると水平垂直が取り入れられ、巨大な建築物を可能にした。
図❸ 文明文化の基礎を築いた長方形
水平な長方形からは安定と広がりが感じられる。
垂直に立てた長方形からは上昇と崇高感が感じられる。
同じ長方形でも水平に置いたほうが大きく見える。
水平の多い空間は広がりと安定感があるが、物足りなさとポジティブな積極性は抑えられる。
垂直の多い空間は低さを補う。活性化は感じるが安定感は少ない。
視覚的ムーブメントの美的効果
 静だけの世界にいると視覚的な刺激がないため脳の活性化が停止します。そのため脳の老化を早めるといわれています。水平は気持ちを広げてくれますが、脳の思考は鈍ります。動きに対しても水平に動くものの方が睡魔を誘います。
 それに対して、縦のものからの刺激は大きく人の目を引きつけます。自分より高いものからは威圧感を感じると同時にやる気にさせる力も感じます。住空間に働く視覚心理には複雑なものがありますが、住人は日々その刺激を受けています。程よく動と静を行き来することが健康のためには必要です。
 建物の屋内は水平の線と垂直な線によって構成されています。水平な線を強く感じる空間は静を感じます。静を生み出す原因が水平線にあることがわかります。
 視覚心理として水平なものには安定感を感じ、垂直なものには高揚感を感じる。水平に広がるものには解放感もあり、垂直なものには崇高な気持ちにさせるものがあります。水平が多い空間は安定感が強調され平和な印象を受けます。垂直が多い空間は上昇志向が強まる傾向があります。
 こうした視覚心理を生み出している原因は、私たちのふたつの眼が水平についているところにあります。水平のものに対する視野は広く距離感が正確に働きます。これに対して高さに対しては眼球だけの計測になるため曖昧になります。高さに対する崇高な気持ちなどはここから生まれているといわれています。
 床や天井が水平であるため棚や家具は水平に置かれます。私たちの空間の基本は四角形、特に長方形であるため、水平と垂直が空間を満たすことになります。この空間は狩猟生活が長い人類にとって決して居心地がいいわけではありません。人類が誕生してから600万年は水平垂直のない狩猟生活でした。その記憶がDNAに刻み込まれているからです。
 人類にとって角度を持った線、斜線の存在は水平垂直よりもなじみが深いかもしれません。坂道や岩、木の枝や草の葉など斜線はいたるところに存在します。
 坂道にあるものは安定せず転がっていきます。斜線を不安定なもの、あるいは動的なものに感じるのは環境からの体験による学習の結果です。視覚心理では斜線の動きをムーブメントといいます。このムーブメントこそ水平垂直を活性化する要素なのです。静の占める空間に動を生み出す要素として活用されてきました。階段を空間に露出させてムーブメントを作り出したりしています。(図❹)
 このムーブメントによって、空間には水平垂直だけでは醸し出せない動的な美が形成されることになります。斜めを表現する構造物は階段の他に家具や電気製品の置きかたでもできます。
図❹ 空間を活性化するムーブメント
水平垂直の構成の中に斜めの要素を入れると、その空間は活性化する。気持ちを高める効果がある。
階段は空間にムーブメントを与える要素である。ムーブメントは視覚的な刺激で気持ちを高める。
曲線がつくるムーブメント
 ムーブメントは直線だけのものではありません。曲線でも当然つくることができます。曲線によるムーブメントで代表的なのはアールヌーヴォー(1890~1910年代)の建築です。植物のツタや幹が描き出す自然な曲線を取り入れた芸術様式は世界中に広がりました。
 植物の生命を感じさせる曲線は動的な効果を発揮するには申し分のないものでした。アールヌーヴォーは水平垂直よりも波形を重視したムーブメントが特徴です。装飾的なデコラティブデザインとして浸透しました。
 この動的な様式に対してすぐに静的な様式が押し寄せました。アールデコ(1910~30年代)です。アールデコは定規とコンパスによるデザインで、水平垂直を表現しやすいものでした。定規とコンパスによるデザインはシンプルデザインとして定着します。
 以後、建築はデコラティブデザインとシンプルデザインを交互に繰り返しています。それは時代の好みの変化でもあり、約20年のサイクルで繰り返しているといわれています。この流行的な繰り返しは、動と静の繰り返しを意味しています。
 日本における曲線的なムーブメントは、空間的なものより平面的なものによってつくられています。特に襖絵を利用することによってムーブメントを生み出しています。襖は日本の建築空間に不可欠なもののひとつです。特に寺院建築や武家屋敷で競って描かれました。ほとんどの襖絵のダイナミックなムーブメントは、それを見る人を圧倒するために描かれています。その迫力の強さはそこに座ってみるとわかります。(図❺)
 一般の家屋でも掛け軸や欄間によってムーブメントを演出しています。日本家屋は一見、静的な空間に見えますが、実は動的な刺激を意識して設計されていることがわかります。また、縁側の雨戸を開ければ外の空間が室内に入ってきます。いわゆる借景がそのまま、部屋からの風景となり、自然なムーブメントを感じることができます。このような空間建築は世界的にも珍しいものです。
図❺ 曲線ムーブメントは自然を感じさせる
パリの地下鉄の入口はアールヌーヴォーの時代にデザインされた。植物の曲線を感じさせる。
円山応挙「松に孔雀図」(兵庫県・大乗寺)。この襖絵によるダイナミックなムーブメントで人の気持ちを圧倒する。
視覚的リズムとは
 ムーブメントはまとまってひとつの動きをつくるのが特徴ですが、複数の小さなユニットでつくるムーブメントもあります。目的はムーブメントとしての空間の活性化です。これをリズムといいます。
 リズムはギリシャ語の形を意味するリュトモス(rhythmos)から来ています。形式の意味で、音楽に取り入れられ、拍子を表現するのに使われるようになりました。視覚的なリズムの方が音楽のリズムより先に誕生していたことがわかります。
 音楽のリズムは拍子という定形がありますが、視覚的リズムは色と形の繰り返しで生まれます。同じ形の繰り返しか同じ色の繰り返しによって動きが生じます。同じ形の繰り返しとは、四角を大小関係なく配置すると、必ずリズムが生じ、静的な空間にワクワクした効果をもたらします。
 同じ色の繰り返しは、その色が持つ刺激を付加してムーブメントを引き起こすため、活性化の効果が高いといえます。水玉模様はリズムを代表的するものですが、ワクワクする気持ちを高めてくれます。
 水玉模様だけでなく、リズムには人の気持ちを高揚させる働きがあります。住居におけるリズムは窓や扉、壁などを使うことでつくり出しますが、同様に人の気持ちを高める効果を発揮します。
 形がひとつではリズムは生じません。ふたつ以上あれば視線が2カ所に分散するため、それが動きとして認識されます。数が多くなればそれだけ視線の動きが激しくなるため、にぎやかな雰囲気となります。
 静かな空間は、時としてだれた感じになり、面白みが失われることがあります。面白みがない空間は、やる気やひらめき、意欲や向上心を奪ってしまう原因になります。空間がそこにいる人に与える心理作用は長い間に影響を与えていきます。もちろん即効性のある空間刺激もありますが、徐々に蓄積していく傾向があります。
 リズムは空間を動的なものにし、脳の活性化に貢献します。空間の中でリズムをつくり出すものは実は多くあります。窓や扉以外に、家具、額、壁紙、カーテン、椅子、クッションなどがあります。(図❻)
図❻ 同じ色、同じ形の繰り返しはリズムを生む
水平垂直だけの空間に照明器具やクッションがリズムとなり、空間を生き生きとしたものにすることができる。
微細なムーブメントの破調
 ムーブメントには微妙なニュアンスを生み出すものもあります。その動きは小さいため気づかれないこともあります。それが破調です。破調は繊細な美の効果を発揮します。
 同じ型や同じ色が一列に並んでいるときに、その中のひとつだけに異変を与えると破調になります。不思議なことにたったひとつの形が少しだけ移動するだけで、活性化が起こり、目線がそこに吸いよせられます。
 ダイナミックなムーブメントとは違い、優しい洗練された刺激となり、アート性の高いものになります。どこか和風の美に共通するものがあります。ワビやサビに近い地味な美的効果でありながら味わいがあるといえます。
 日本では「破」の文字を大切にしており、流れを破るという意味に使ってきました。能楽などで使用されている「序破急」は「起承転結」と同義です。序は始まり、破は序の流れに変化を与える展開、急はクライマックスという意味です。特に「破は技巧を尽くし変化に富ませる」演出といわれています。
 俳句や和歌では、定形を破ることを破調といっています。いずれも破りすぎず型にはまりすぎずというルールがあります。特に字数(俳句:五七五、和歌:五七五七七)が少し少ないか、少し多いかということです。自由律という形式がありますが、ルールにとらわれずに自由に詠むものを指しています。
 建築では破風があります。元の意味としては風を防ぐということで生まれましたが、飾りとして発達しました。風は災いの元であり、主に風雨を防ぎ建物の老朽化を防ぐものとしての機能を持っているものもあります。
 日本庭園における破調は庭石に用いられています。破調の美ともいうべきアート性を発揮しています。日本庭園はほとんどが規格通りではありません。ヨーロッパの規則的な庭やシンメトリーの庭とは発想がまったく異なります。(図❼)
 破調の意識は、整いすぎているものに対しての調整であり、一種の遊び心ともいえます。破調が成立するのは周囲が整列している状態にあるときです。いずれにしても美意識の問題であり、建築の楽しさに通じています。
図❼ 破調は繊細な美しさをつくる
整列している四角形の1カ所だけずらすと微妙なムーブメントが生まれる。繊細な美しさに繋がる。
日本庭園には破調の美が多く応用されている。
飛び石もそのひとつで作者の気持ちが伝わってくる。
 次回は活性化とインパクトを生むための色の対比について解説します。
南雲 治嘉(なぐも・はるよし)
デジタルハリウッド大学・大学院名誉教授、先端色彩研究所代表(先端色彩研究チーム/基礎デザイン研究チーム)、上海音楽学院客員教授、中国傳媒大学教授 先端デザイン研究室、一般社団法人日本カラーイメージ協会理事長、株式会社ハルメージ代表取締役社長
1944年 東京生まれ/1968年 金沢市立金沢美術工芸大学産業美術学科卒業
著書『デジタル色彩デザイン』(2016年)/『新版カラーイメージチャート』(2016年)
カテゴリー:その他の読み物
タグ:色彩