社労士豆知識 第61回
変形労働時間制──ファーストフード企業の裁判例から考える例外ルールの適切な運用について
松澤 晋平(松澤社会保険労務士事務所、特定社会保険労務士)
最近の話で新聞にも載りました
 大手ファーストフード店運営企業の元社員が成績不振の従業員に対する業務改善計画をもとに達成困難な目標を課され、結果として退職を強要されたことに対する解雇無効と慰謝料を求めた裁判の地方裁判所判決が令和4年10月26日にありました。
 判決では解雇無効などの請求は棄却となったものの、未払い賃金の支払い命令が企業に対して出されました。この「未払い賃金」はどこから出てきたものかというと、同社が制度として行っている1カ月単位の変形労働時間制に不適切な運用があり、無効であると裁判所が判断したものでした。
原則の考え方と例外的な変則ルールについて
 労働基準法(労基法)では、労働時間の上限を原則として「1日8時間、週40時間」としていて、この時間を超える時間の労働には割増賃金の支払いが必要としています。
 その一方で労基法では諸条件をクリアすることで、1カ月や1年といった、長いスパンの枠を用いて平均の労働時間を計算する変形労働時間制(労基法第32条の2【1か月単位の変形労働時間制】、労基法第32条の4【1年単位の変形労働時間制】)の採用も認めています。この変形労働時間制を適切に運用することで、1日8時間、1週40時間を超える勤務であっても時間外労働による割増賃金の支払いが不要になるケースが出てきます。
 そこで労働基準法に定められた1カ月単位の変形労働時間制の適切な運用と、今回、不適切な運用とされた企業の差異を見ていきます。
例外の運用に必要な要素とは?
 労基法第32条の2で「使用者は、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定により、又は就業規則その他これに準ずるものにより、一箇月以内の一定の期間を平均し一週間当たりの労働時間が前条第一項の労働時間を超えない定めをしたときは、同条の規定にかかわらず、その定めにより、特定された週において同項の労働時間又は特定された日において同条第二項の労働時間を超えて、労働させることができる。」とあります。労使協定や就業規則などで8時間以上勤務させることができる勤務シフトを、あらかじめ規定(特定された週(中略)特定された日に(以下略)の部分)しておく必要があるとしているのです。
 当該企業は全店舗共通仕様で作成した就業規則を周知して、1カ月単位の変形労働時間制用に、いくつか8時間超の勤務シフトを規定していましたが、原告の元社員が就業規則規定のシフト以外につくられた、店舗独自のシフトで8時間超の勤務をしていたことが、不適切な変形労働時間制の運用と判断され、未払い賃金の支払い判決となりました。
 企業側の主張では、原告が在籍していた店舗で作成した業務マニュアルに独自シフトが記載されていて、その業務マニュアルは労基法第32条の2でいう「就業規則その他これに準ずるもの」の「これに準ずるもの」に相当するとの主張だったそうですが、裁判では認められなかったということから、企業が行った措置(就業規則にないシフトをローカルルールな業務マニュアルに掲載する)では、変形労働時間制を適切に運用する要件には該当しなかった、ということになります。
 今回の裁判の結果、企業が1カ月単位の変形労働時間制の運用に対してどのような措置を講じていくかは、今後注目したいところです。措置として考えられることとしては、1カ月単位の変形労働時間制を運用したいとしたときは、考えられうる勤務シフトを、すべて記載しておくというところでしょうか。
例外的な運用を行う時の考え方
 変形労働時間制の運用に限りませんが、例外的な措置を行うに当たって、使用者の考えとしては導入のための手続のみが、ハードルのように見られがちです。ただ実際には導入時のハードルよりも運用時の適切さのハードルが極めて高いということが、今回の裁判からもうかがい知れます。
 こうした運用における高いハードルのクリアには、使用者の考えとして「導入はしたので、あとは現場でよしなに」といった考えをもたず、バックオフィスによる運用サポート体制を確立するまでを検討する必要があるといえます。
松澤 晋平(まつざわ・しんぺい)
特定社会保険労務士
専門学校・社会人向け職業訓練スクールでキャリアアドバイザーとして従事/2016年に社労士登録。個人向けのキャリア相談を中心に支援活動を行う
カテゴリー:建築法規 / 行政
タグ:社労士