『建築士事務所』の事業承継セミナー 第1回
事業承継士が話す「事業承継 基本のキ」
伊藤 眞理子(事業承継士、一般社団法人湘南MIRAI承継 理事長)
はじめに
 令和4年6月に行われた貴協会の会員向けアンケートでは、「事業承継を行う時期は5年以内」と50%がお答えいただいているにも関わらず、58%は後継者がいないとの回答でした。皆様が蓄積してきた、ヒト、技術、作品などのさまざまな知的資産を次世代に引き継いでいくために今回は「事業承継 基本のキ」をお伝えしてまいります。
なぜ、今、事業承継について考えるのか?
 「事業承継は先の話」と考えておられる方、もしそう思っていたら、あなたの会社は危ないかもしれません。課題には感じているけど、対策は進んでいない。そういった方もおられるかもしれません。
 中小企業庁が行った「中小企業者・小規模企業者の廃業に関するアンケート調査」によると、廃業を決意した経営者の48%が、廃業の理由を「経営者の高齢化、健康の問題」を理由として挙げている一方で、「事業の先行きに対する不安」を理由として挙げている人はたったの13%です。
 この数字から読み解けるのは、もっと早いうちに事業承継の準備をしていれば、廃業しなくて済んだかもしれないということです。早めの準備が必要とされている事業承継について「自社として今、これから何をすればいいのか」について、まずは皆さん、じっくり考えてみるとよいでしょう。
データから読み解く事業承継の実態
 日本の企業は99.7%が中小企業です。そして、日本の雇用の約7割は中小企業が支えています。「245万人」。2025年には、70歳(平均引退年齢)以上の中小企業・小規模事業者の経営者の数です。うち約半数の127万人は後継者未定です。
 国では総力をあげて対応せねばという考えを元に中小企業庁から2017年7月に「事業承継5カ年計画」が出されています。2022年で5年経過しました。しかし、事業承継に悩む社長が多いのは変わらずということで、新たなガイドラインをふたつ出しています。2022年3月に「中小PMIガイドライン」。「PMI(Post Merger Integration)」は、M&Aによる統合効果を確実にするためのプロセスとマネジメントのことで、中小企業のPMIへの理解を深めることを目的としています。2022年4月には5年ぶりに「事業承継に関する主な支援策」の改定も行われました。
 中小企業庁は、2022年度から事業承継・引継ぎ補助金や経営資源集約化税制による支援などを行うほか、PMIに関するセミナーや研修等を実施して、中小企業のM&A支援策を展開しています。
図❶ 事業承継にかかる準備(湘南MIRAI承継 セミナー資料)
事業承継の現場から見えてくること
 まず、最初に皆さんが悩むのは「事業承継って何をするのだろう?」。次に「誰に相談したらいいのかわからない」。そして「私は自分の会社を残したいだろうか?」。そして、さらに悩むことは「会社の10年後を一緒に考えてくれる人はいるだろうか?」だと思います。
 図❶をご覧ください。後継者の育成も考えると事業承継の準備には5~10年ほどかかります。
 われわれはお客様から「半年位で事業承継ってできますよね?」とよく聞かれます。これは、経営者が急逝した場合等の緊急事態には当てはまりますが、後継者の育成をしている暇はありませんし、そもそも先代から丁寧にきちんと社長業が引き渡されるわけではありません。相続に関しての問題、負債の問題、組織をどうするか?戦略をどうするか?お客様との関係性はどうするか等々、問題は山積みです。
 「5~10年は長いなあ」と思われると思います。そんなことはありません。「後継者育成」に時間をかけることで、現経営者と後継者と社員が力を合わせて三つ巴で「経営の見える化」、「経営の磨き上げ」をすることができます。
 事業承継は3つに分けられます。
 ひとつ目は「親族内承継」。ふたつ目は「親族外承継(従業員等)」。3つ目は「親族外承継(第三者)」。事業承継が難しい場合は、最近では「M&A」、「黒字廃業」、「提携・協業」等の形をとる場合が出てきました。
 事業承継を考えたら、まずは、「初回相談」を以下の方々にされることをお勧めします。
 公認会計士・税理士、弁護士、行政書士 、親族・友人・知人、取引銀行、商工会議所、事業引継ぎ支援センター、M&A仲介会社、コンサルティング会社等。
 「初回相談」はいずれも無料で相談に乗ってくれます。ご自分が気兼ねなく相談できる先をよく選んだ上、ご連絡されるとよろしいかと思います。
 「初回相談」後は3つの流れに分かれます。①会社を残したい(親族内承継、社内承継、社内外承継)、②会社を売りたい(M&A)、③会社をたたみたい(黒字廃業、赤字廃業)。それぞれ詳細な対策がありますので、その分野のスペシャリストと一緒に対応してゆきます。企業毎に抱える課題は千差万別です。
図❷ 事業承継のメリット / デメリット(湘南MIRAI承継 セミナー資料)
3種類の事業承継そのメリット / デメリット (図❷)
①親族内承継
【メリット】
・社内外の関係者から心情的に受け入れられやすい。
・後継者を早期に決定し、長期の準備期間を確保できる。

・所有と経営の分離を回避できる可能性が高い。
【デメリット】
・親族内に、経営能力と意欲がある者がいるとは限らない。
・相続人が複数いる場合、後継者の決定・経営権の集中が難しい。
【留意点】
・学校卒業後に他社に就職し、一定のポジションに就いている等の場合を含め、家業であっても、早めにアナウンスをして本人の了解を明示的にとりつける取り組みが必要。
②親族外承継(従業員等)
【メリット】
・親族内に後継者として適任者がいない場合でも、候補者を確保しやすい。
・業務に精通しているため、他の従業員などの理解を得やすい。
【デメリット】
・関係者から心情的に受け入れられにくい場合がある。
・後継者候補に株式取得等の資金力がない場合が多い。
・個人債務保証の引き継ぎ等の問題がある。
【留意点】
・従業員は経営リスクをとる覚悟で入社してきておらず、白羽の矢を立てた幹部等従業員が経営者となる覚悟を得るためには、早めのアナウンスと本人の了解を明示的にとりつける取り組みが必要。
③親族外承継(第三者)
【メリット】
・身近に後継者として適任者がいない場合でも、広く候補者を外部に求めることができる。
・現オーナー経営者が会社売却の利益を獲得できる。
【デメリット】
・希望の条件(従業員の雇用、 価格等)を満たす買い手を見つけるのが困難。不成立を想定しておくことが必要。
・M&A後は事業の進め方、従業員雇用なども思い通りにはならない。
【留意点】
・会社内に後継者がいない場合、検討することを先延ばしにしてしまいがちですが、早めに近くの事業引継ぎ支援センター等の支援機関に相談しましょう。
M&Aは6種類
 会社の状況やM&Aの目的に合わせた最適な手法を選択することが大切です。
 ①事業譲渡/②株式譲渡/③会社分割/④株式交換・移転/⑤合併/⑥第三者割当増資
 個人事業主の方はスモールM&A(譲渡対価が1,000万円以下)をされる場合もあります。
 M&Aでは5つのポイントを押さえておくことが重要です。
①事業承継・買収先にメリットがある強みを持つ。
②安定した顧客・取引先がいる。
③さまざまな実績がある。
④M&A成立後のトラブルに向けた対策を講じておく。
⑤M&A・事業承継の専門家に相談する。
後継者に承継する3つの要素
最後に
 経営者としての「心構え」がしっかりしていれば、確実に事業承継はできるはずです。お悩みのことがあればいつでもご相談下さい。
伊藤 眞理子(いとう・まりこ)
一般社団法人湘南MIRAI承継 理事長、一般社団法人事業承継協会 神奈川県支部長、事業承継士
大手外資系コンサルティングファームにディレクターとして23年勤務
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