建築士事務所の廃業手続きについて
樽本 哲(樽本法律事務所 代表弁護士)
表1 一級建築士事務所の登録数(国土交通省ウェブサイトにおける建築士登録状況より)
はじめに
 廃業とは、その理由や原因を問わず、事業者がその事業を廃止することをいう。廃業の理由はさまざまで、債務超過や資金繰りの悪化により法的整理を余儀なくされることもあれば、資産超過であるにもかかわらず経営者が自主的に事業を廃止する場合もある。
 東京商工リサーチの2021年1月の発表資料によると、わが国における2020年の休廃業・解散企業の件数は2000年以降の集計では最多の49,698件であった*1。産業別では、飲食業や宿泊業、非営利団体などを含むサービス業他が1万5,624件(構成比31.4%)で最も多く、次いで建設業の8,211件(同16.5%)、小売業の6,168件(同12.4%)、製造業の5,518件(11.1%)と続く。
 一級建築士事務所の数も近年減少を続けている。国土交通省が公表する一級建築士事務所の登録数は表1の通りである*2。
廃業の手続き
 廃業の手法は、廃業時の資産状況や法人格の有無によっていくつかの選択肢に分かれる。

(1)個人経営で資産超過の場合(自主廃業)
 個人経営の事務所で資産超過の場合、廃業のために行うべきことは、概ね次の通りである。
① 新規の受注を取り止め、既存の契約関係を順次終了させる(顧客や取引先との契約、従業員との雇用契約、事務所の賃貸借契約、リース契約など)。
② 報酬請求権などの未回収債権を取り立てる。
③ 未履行の契約上の義務(債務)があれば履行(弁済)するか解除により債務を消滅させる。
④ 事業用資産は適宜換価処分する。
⑤ 廃業時までの確定申告を行う。
⑥ 廃業届(建築士法第23条の7)を提出する。
 上記の廃業のための事務処理は、経営者(建築士事務所の開設者)が自ら行うことが予定されている。開設者死亡による廃業の場合は、相続人(相続人が不在の場合は相続財産管理人として裁判所から選任を受けた弁護士など)が上記の事務を行う。

(2)個人経営で債務超過の場合
 債務超過であっても廃業のために必要な事務処理は上記(1)と変わりはない。ただし、債権者の公平を害することがないよう、法律または一定の準則に基づく倒産・債務整理の手続きの中でこれらの事務が行われる必要がある。
 廃業時に選択可能な債務整理の手続としては、法的整理手続としての破産、民事再生(清算型*3)、特別清算と、私的整理手続としての特定調停がある(表2参照)。個人経営の事務所を廃業する場合には破産または特定調停の利用が考えられる。
表2 廃業を前提とする倒産・法的整理手続
 いずれも法律で裁判所が手続に関与することとされており、一定の要件のもとで債務者の債務について免除や免責を受けることが可能である。
 上記のほか、債権者が少数である場合には、裁判所の関与を受けることなく債務者と個別に返済条件を交渉する任意整理という手法も選択しうる。ただし、任意整理においては、金融機関から返済条件の変更は受けられても直接債務の免除を受けることはできないのが通常である。
 なお、建築士の資格は破産しても失われることはないが、一度破産してしまうと免責を得るまで一定の就業制限を受けるほか、破産後一定期間は与信を得ることが事実上不可能になるなどのデメリットが大きい。可能な限り破産以外の方法を検討するべきであろう。

(3)会社経営で資産超過の場合(解散、通常清算)
 会社経営の事務所が資産超過の状態で廃業する場合も、事務処理の内容としては上記(1)と大きく変わるところはない。ただし、事業の廃止とともに会社の法人格も消滅させるには、これらの事務を会社法に基づく清算手続の中で行う必要がある。
 会社法に基づく清算手続は、株主総会で会社の解散を決議するところからスタートし、概ね次の手順で行う。
 なお、会社ごと事業承継や事業譲渡することが可能の場合は、解散、清算をせずに会社を手放すことも選択肢である。

・株主総会の解散決議・清算人の登記
・税、社会保険関係の廃止届の提出
・現務の完了、債権の取り立てなど
・公告及び知れたる債権者への個別催告(→最低2カ月の債権申出期間中は原則として債務の弁済が禁止される)
・(家賃、光熱費、給与、社会保険料などの支払いも裁判所の許可が必要)
・財産目録・清算貸借対照表の作成・株主総会承認
・解散事業年度の確定申告
・資産売却、債務弁済、株主に対する残余財産の分配
・残余財産の確定申告
・決算報告の作成・承認
・清算結了の登記
・帳簿資料の保存(登記から10年)
会社法に基づく清算手続

(4)会社経営で債務超過の場合
 会社経営の事務所が現に債務超過の場合や清算中に債務超過に陥る恐れのある場合は、上記(3)で述べた通常の会社清算の手続を利用することはできない。そこで、上記(2)の表2のいずれかの手続きを選択するべきこととなる。
 いずれを選択するべきかはそのときの会社の状況によるが、事業や従業員を引き受けてくれるスポンサーがいる場合は民事再生の清算型を、主要な債権者が金融機関のみである場合は特定調停を利用するなどして、債権者との間で債務整理を行ったうえで、通常清算または特別清算で法人格を消滅させることが一般的である。支払不能ですぐに資金が尽きるような場合は破産しか選択肢がないこともある。
 いすれも法的な手続で公正さが求められることから、弁護士や税理士といった専門家の助力が必須と考えられる。これらの専門家の費用や裁判所に納付する予納金には100万円を超える費用がかかることもある(負債の額や債権者数、拠点の数など事案による)。
 資金繰りが厳しくても最低限の流動資産(現預貯金など)を確保しておかないと、いざというときに申立てができず、債権者、従業員、取引先らに迷惑をかけてしまうことがある。また、特定の債権者に偏って返済するなどの行為をしてしまうと、破産したときに個人債務について免責を得られなくなるほか、次項に述べる経営者保証ガイドラインに基づく連帯保証債務の整理において不利になる場合があるので、留意が必要である。
経営者の債務整理(経営者保証ガイドライン)
 会社経営の事務所の経営者やその家族が、会社の借入金について保証している場合は、会社の債務整理の手続きとは別に個人の保証債務の整理を行う必要がある。この場合、日本商工会議所と全国銀行協会連合会(全銀協)が定めた「経営者保証ガイドライン」を利用することで、破産したときに保有できる財産(現預金99万円までといった制限がある)よりも多くの資産を保有しながら、経営者の弁済能力を超える債務について免除を受けられる可能性がある。
 この制度を利用し、自宅を保有したまま会社の借入金の連帯保証債務の免除を受け、破産を免れた経営者は多数存在する。ただし、そのメリットを享受するためには、経営者が早期に会社の債務整理に着手することで破産した場合よりも多くの弁済を債権者に実施することができるなど、一定の条件を満たす必要がある。なお、同ガイドラインをもってしても、抵当権が付された住宅については基本的に換金されてしまうため、保有を続けることは困難である。
廃業届の提出義務(法23条の7)
 建築士事務所の開設者が次の各号に掲げる場合のいずれかに該当することとなったときは、30日以内に、事務所を設置する都道府県(受付窓口は各地の建築士事務所協会)に廃業届を提出する必要がある。廃業事由と届出人は表3の通りである。
表3 廃業届の廃業理由と届出人
帳簿の備付け及び保存義務、図書の保存義務
 建築士事務所の開設者には帳簿の備付け及び保存義務(各事業年度の末日の帳簿閉鎖から15年間)と、図書の保存義務(図書の作成日から15年間)が課せられている。廃業により開設者の地位を喪失すると、これらの保存義務は消滅するが、顧客の利益保護や紛争に備える観点からは、可能な限り保存しておくことが望ましい。
建賠保険の廃業特約
 建賠保険には、廃業前に5年以上継続して保険加入の実績がある保険契約者を対象に、廃業後の保険料支払いの負担なく、廃業後に生じた賠償請求について保険金の給付を受けることができる廃業特約が用意されている。廃業届の提出前に特約の利用が可能かどうか、保険の事務局に問い合わせることをお勧めしたい。
おわりに
 廃業は事務所経営の集大成であり、または次のチャレンジに向けた重要な一歩である。来るべきその日に備えて、準備を怠らず、適切な手続きを選択することで、必要以上のダメージを避けることができる。本稿がその参考になれば幸いである。
*1 https://www.tsr-net.co.jp/news/analysis/20210118_01.html
*2 https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_fr_000010.html
*3 清算型の民事再生とは、債務者の事業をスポンサーに売却するなどして、債務者から事業を切り離した後に法人を清算することが予定された民事再生手続をいう。
樽本 哲(たるもと・さとし)
樽本法律事務所 代表弁護士
1999年 早稲田大学法学部卒業/2003年 弁護士登録(第一東京弁護士会)/2018年 樽本法律事務所設立/建築紛争、倒産・事業承継・M&Aなどの経験を積み独立。さまざまな企業や非営利法人の社外役員や顧問弁護士を務める
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