税理⼠が話す 事業承継のいろは 税務編
宮本 泰三(税理士、税理士法人千代田経営会計事務所)
 建築士事務所には大きく分けて法人と個人事業のふたつの形態があります。それぞれの形態についての事業承継を見ていくことにしましょう。
法人の建築士事務所の事業承継には3つの方向性があります
【1】 親族内承継
【2】 従業員への承継
【3】 第三者承継(M&A)
 ここで大きく影響してくるのが「税金」です。事業承継の方法によって、先代経営者はもちろん後継者が負担する税金にも違いが出てきます。今回は、事業承継において負担すべき税金の中でも、特に課題の多い「親族内承継」に関係する税金についてお知らせすることにします。
親族内の事業承継を行う場合の税金
 単に社長の交代の手続きを行なって終わりではありません。株式や事業用資産の承継において、相応の税金が課されることになります。事業承継の現場では、どのような税金が課されるかといいますと、
【1】 先代経営者
 生前に株式や社屋等の事業用資産を後継者に売却する場合、その譲渡益に対して譲渡所得税がかかります。
【2】 後継者
 生前に株式や社屋等の事業用資産を無償で「贈与」を受けた場合、贈与税がかかります。
 もし事業承継の途中で先代が死亡した場合、株式や社屋等の事業用資産、会社への貸付金を相続することになりますが、それに対して相続税がかかることとなるのです。
 これらの納税資金の不足が大きな問題となっているケースが多々あります。
事業承継税制の登場
 そこで、国としてもこの問題の対策に打って出ました。それが国の施策「事業承継税制」です。
 事業承継税制とは、後継者が中小企業の株式を相続や贈与で引き継いだときに、本来支払うべき多額の相続税や贈与税の納税を猶予する制度です。猶予された税金は、将来的に免除されることを前提とした制度です。
 この税制は期間限定の制度で期限があります。令和5年3月末までに「特例承継計画」を提出することで、令和9年12月末までに行われた贈与・相続について、その納税額の全額が猶予されます。10年間限定の特例措置です(令和9年12月31日まで)。
 中小企業の株式は、上場企業の株式と異なり「換金性」に乏しいです。ほぼ資金化されない財産なのに、その株式を異動すると時価で贈与税や相続税が課税されてしまいます。お金がないのに税金の負担が重くのしかかってくる。これを防ぐためにも事業承継を始める計画をしっかり立てて、あらかじめ税金の対策を行っていくことが大切なのです。
個人事業の建築士事務所の事業承継
 次に個人事業の建築士事務所の場合を見てみましょう。先代から引き継ぐ事業用の資産として、事務所の土地建物、車両、機械装置、図面(著作権)、デザイン(意匠、商標権)などがあげられます。
 また、事業用の債務としては、銀行借入、リース物件の残債などを引き継ぐこととなります。
 では、その引継ぎ方法ですが3通りあります。
【1】 譲渡(売買)
 事業用財産を譲渡(売買)し、その対価として金銭を受け取る方法です。主に第三者へ事業承継する場合が多く、時には親族内承継でも用いられます。
【2】 生前贈与(無償)
 無償で事業を譲る方法。家族に譲る親族内事業承継と従業員など他人へ譲る親族外事業承継とがあります。主な方法として、暦年贈与(110万円控除、税率10~55%)や相続時精算課税(先代60歳以上、後継者20歳以上の子、孫。2500万円の控除、税率20%)が用いられます。
【3】 相続
 経営者が亡くなり、その親族が事業を引き継ぐ方法です。親族が事業用の財産を相続し、継続してその事業を行う場合、相続した財産の金額に比例して相続税がかかります(相続税率10%~55%)。
個人事業の場合でも、国の施策「個人版事業承継税制」が設けられています
 この制度を使うためには、事業の継続等一定の要件がありますが、特定事業用資産(宅地等、建物、減価償却資産)に係る贈与税、相続税の全額の納税が猶予されます。  制度開始から10年間限定の特例措置(令和10年12月31日まで)であることは法人版と同じですが、スタート時期が1年遅れで始まったため、法人版事業承継税制の1年遅れというズレがあります。
上手くいく事業承継のコツ
 最後に、事業承継を行うにあたり、ちょっとした心がけで上手くいくコツをお伝えします。
 現経営者に向けては、選択肢はひとつに限定しないで、いくつもの方法を検討し、定期的に相談できる相手を探すことです。また情報は否定せず、いったんは素直に受け入れてみることがとても大切です。
 後継者に向けては、事業承継後も現経営者を大切に扱うことを現経営者に伝え、承継後も先代の机と椅子を残すことは必須であり「居場所」をつくることが大切です。また、「会長」、「顧問」等の肩書を残すこと、さらに歴史と経験を活かし関連する「団体」を設立し代表へ就任していただくことも一案です。
 そして、現経営者と後継者の両者に向けて、「経営計画書」を作成することをお勧めします。
 なぜなら、現経営者が大切にしている想い、例えば創業の精神などを文章にすることにより、この会社の存在意義を全社員が理解することができるラストチャンスとなるからです。そして後継者は受け継いだ後の未来像を描くことにより、社員、先代、そして後継者自身の行き先がハッキリと見えるようになります。「経営計画書」は現経営者から後継者への一番の「引き継ぎ書」なのです。
宮本 泰三(みやもと・たいぞう)
事業承継プランナー、税理士、税理士法人千代田経営会計事務所所長、一般社団法人一般社団法人湘南MIRAI承継理事
カテゴリー:その他の読み物