ICT時代に建築士はどう生きるか 第4回
ファシリティマネジメントに向けたBIM
志手 一哉(芝浦工業大学教授)
BIMにおけるファシリティマネジメント
 BIMをファシリティマネジメントに活用する方向性は、BIMの草創期から視野に入っていたようです。2003年に3D-4D-BIMプログラムを発足させた米国の連邦調達庁(General Services Administration: GSA)は、2006年からBIMガイドを順次発刊していきました。このガイドは2015年までに8編が整備されており、2012年に発刊された8編目が「BIM Guide 08 - Facility Management」です。
 このガイドでは、BIMデータはIFCを基本とし、属性情報はCOBie(コビー、Construction Operations Building Information Exchange)で提出することが求められています。また、BIMと連携するシステムとして設備保全管理システム(CMMS: Computerized maintenance management system)だけでなく、エネルギー管理やビル管理まで想定した内容となっています。
 同じ時期にBIMの発展に貢献をしたフィンランドでは、セナーテプロパティーズ(Senate Properties)という公共施設の管理会社を中心に取り組んだVeraProgram(1997年-2002年)、HUT-600(2001年-2002年)を経て、2007年に編纂された「Senate Properties BIM guidelines 2007」においてIFCでデータ提出を要求するBIMの骨格が整備されました。それを発展させて2012年に発刊された「COBIM "Common BIM Requirements 2012" 」は13編で構成されたBIMガイドで、12編目に「Series 12: Use of models in facility management」があります。このガイドでは、建設プロジェクトのデータが最新かつ十分な内容でファシリティマネジメントのツールに転送できることが最大の利益とコスト削減につながるとし、施工BIMを基本としたBIMから資産台帳へのデータの移送を想定しています。
 英国は、政府が2011年に公布した「Government Construction Strategy」で2016年までに公共建築の調達でBIMの利用を義務付ける方針(通称「BIM Level 2 Mandate」)が示された後、2013年から2018年にかけてPAS 1192シリーズをはじめとしたBIMの標準が発刊されました。そのひとつである「BS 1192-4: 2014 Collaborative production of information Part 4: Fulfilling employer's information exchange requirements using COBie - Code of practice」は、施設のライフサイクル全体にわたる情報交換について説明をしたものです。英国では公共建築の調達で竣工時にCOBie形式でBIMデータを提出することが求められています。
 その他にも、2013年に国際ファシリティマネジメント協会(International Facility Management Association: IFMA)が上梓した「BIM for Facility Managers」には、ファシリティマネジメントにBIMを導入した8つの事例が紹介されています。たとえば南カリフォルニア大学の事例では、2007年から開始した6棟の校舎建設プロジェクトで、設計と施工のBIMデータをCOBieで保全マネジメントシステムに移送する検証をし、データのメンテナンス、運営、維持管理でBIMを扱う人材や、追加的な時間とコストが課題であるとまとめています。
 GSA、セナーテプロパティーズ、英国政府、ファシリティマネジャーはいずれも発注側の立場です。施設を所有する視点で取りまとめられたBIMのガイドや標準であるが故に、早い段階からBIMのスコープにファシリティマネジメントが組み込まれていたのでしょう。最近ではBIMを用いたファシリティマネジメントの方法を「ライフサイクルBIM(Lifecycle BIM)」と呼ぶのが主流なようです。
図1、COBieを構成する19のテーブルとそれらの関係
COBieとは
 COBieとは、BIMの情報を保全マネジメントシステムに引き継ぐデータ仕様の国際標準です。COBieは、米国で2005年に始まったNASAとホワイトハウス科学技術政策局の出資によるプロジェクトで検討が進められ、2007年に米国陸軍工兵隊のE. William East氏により素案が考案されました。2008年に国際標準のデータと分類体系に準拠する改訂が行われ、公共調達全体に対象が広がりました。その後、2008年から2014年の間に、米国のThe National Institute of Building Sciences: NIBS(米国建築科学会)の評議会であるbuildingSMART allianceでCOBieを利用したBIMオーサリングツールとCMMSとの連携について検証が繰り返され、データ交換のオープンな標準として国際的に認知されていきました。2012年3月以降、COBieはNIBSが策定した米国のBIM標準「National Building Information Model Standard(NBIMS-US V2)」の一部となり、2014に改訂された「NBIMS-USV3」でバージョン2.4にアップデートされています。
 COBieが考案された目的は、建物の所有者、占有者、運営者に情報を渡すプロセスを改善して、資産をより効率的に管理できるようにするためです。プロジェクトごとに運営・維持管理業務に引き継ぐ情報をゼロから検討するよりも、COBieの項目をベースに検討する方が効率的です。COBieは、機器リスト、製品仕様、保証、予備部品リスト、修繕計画など、プロジェクトにおける一般的なデータの取得と記録を支援するように構成されています。これらの情報を定義するパラメータを規定したテーブルのテンプレートがMicrosoft社のエクセルファイルで提供されています。COBieのエクセルファイルは図1に示す19のテーブル=シートで構成されており、各シートは保全マネジメントシステムの台帳と解釈することができます。これらのシート=台帳が全体としてリレーショナルデータベースとなるようにCOBieは設計されています。
COBieを構成するテーブル
 図1は、COBieの各テーブルとそれらの関係性を示しています。「Facilities(施設)」を頂点に、空間は「Floors(階)」から「Spaces(空間)」へと階層化され、「Zones(ゾーン)」で再集約します。部品や機器は、「Type(種類)」から「Component(実物)」へと階層化され、「System(システム)」で再集約し、「Type」は、「Job(作業)」、「Spare(予備品)」、「Resource(リソース)」を保持しています。
 図1において矢線でつながっているテーブルは、名前のデータをキーとして上位のテーブルとリレーションします。また、特定のオブジェクトに対する「Assembly(アセンブリ)」、「Coordinates(座標)」、「Documents(ドキュメント)」、「Impact(影響)」、「Attributes(属性)」、ふたつのオブジェクト間における「Issues(課題)」、「Connections(接続情報)」のリレーションを適宜に定義することができます。「Contact」は各テーブルの情報を作成した人や組織のリスト、「PickLists」は各テーブルで選択する項目のリストです。また、薄緑色が基本設計、水色が実施設計、橙色が維持管理、灰色がフェーズを問わず入力するテーブルで、赤線で囲ったテーブルは施工段階に追記される内容を含んでいます。
 海外製のソフトウェアにはCOBieに対応しているものが多くあります。たとえばAutodesk社のRevitは、COBieの機能を拡張するアドオンプログラムを用いることで、「Facilities」、 「Floors」、 「Spaces」、 「Type」、 「Component」、 「Systems」、 「Coordinates」、 「Attributes」、 「Contact」、 「Zones」のテーブルをエクセルファイルで出力することができます。そのエクセルファイルには、オブジェクトに対するデータにユニークIDが記述されていますのでBIMのオブジェクトとCOBieのデータをリンクできる状態になっています。COBieに対応したCMMSや保全マネジメントシステムには、そのユニークIDを利用してBIMデータと連携できるものもあります。
図2 運営・維持管理業務とBIM(JFMA『ファシリティマネジメントのためのBIMガイドライン』図7-2 建築生産プロセス、BIMモデル、FM業務の関係を修正)
ファシリティマネジメントとBIMデータの詳細度
 ファシリティマネジメントの業務に用いるBIMデータに詳細な形状や情報は不要という意見を多く聞きますが、一概にそうとはいえません。施設の運営・維持管理の業務は、運用管理、維持保全、施設改修など多様ですので、それらに対応したデータの詳細度をよく検討する必要があります。
 たとえば、運用管理業務はスペースやゾーンが対象になりますので、それらが判別できる程度の形状と運営に必要な情報の組み合わせが考えられます。形状については、スマートシティや都市OSで求められるBIMデータも、同じ詳細度と考えていいかもしれません。情報については、ライフサイクルコストに非建設コストや収益を含むWhole-life cost(WLC)の概念で整理していく必要があるでしょう。建物の収益性をマネジメントするという観点では、Value for Money(VFM)を追求するPFI事業でもWLCを検討する余地があると思います。これらの用途に対しては、基本計画完了程度の詳細度のBIMデータをハブとしてプラットフォームを構築することになるのではないかと思います。
 維持保全業務では、点検や修繕の対象となっている機器や部品のオブジェクトやパラメータが必要となります。また、機械設備と電気設備については系統を把握できるシステム的な情報が不可欠です。施設資産の管理の視点では、将来の一部除却を可能とするために個々の資産ごとに取得原価を計上する方法もBIMの論点になります。これらの業務に対しては、設計完了程度のBIMデータをベースにCOBieで情報を追記するようなマネジメントが適していると思います。
 施設改修は工事ですので、施工図レベルのデータが必要です。この業務では、情報よりも形状の方がより高い詳細度を求められるかもしれません。改修工事の設計や計画では、施工図や製作図、あるいは加工と直結していたBIMデータがあれば便利です。さらに、工事の節目でスキャンした点群データがあれば、隠蔽部の状態を実測することなく正確に把握することができます。情報は、建物に対する各種の仕様を読み取ることができれば用に立ちますが、それらの項目が標準化されていると計画や見積もりを効率的におこなうことができるでしょう。このような業務では、多様なソフトウエアの形状と情報を合わせて読むことのできるビューワでBIMデータを統合的な状態で残し、改修工事のたびに更新していくと重宝すると思います。(図2)
図3 建築生産プロセスにおける情報管理のプロセス
(ISO 19650-2: 2018のFigure 3 - Information management process during the delivery phase of assetsを参考に作成)
建設プロジェクトにおけるデータ作成の考え方
 実際のプロジェクトでこのようなライフサイクルBIMのデータを構築していくには、発注者が中心的な役割を担わなければなりません。なぜならば、施設の運用・維持管理で必要な情報を充足させることが、設計や施工の業務効率化に直結するとは限らないからです。
 プロジェクトの関係者が協働してライフサイクルBIMのデータを作成するには、施設の運用・維持管理を起点としたBIMのワークフローが必要となります。こうした視点でBIMを用いたプロジェクトの手続きの標準形を示しているのがISO 19650シリーズ「Organization of information about construction works – Information management using building information modelling (BIMを含む、ビルディングおよび土木工事に関する情報の整理及びデジタル化 ─ BIMを使用した情報管理)」です。
 本連載の1回目(『コア東京』2020年6月号 )でも触れたように、このISOで施設のライフサイクルは、建築生産プロセスと施設資産の管理段階に大別されています。ISO 19650-2: 2018「Part 2: Delivery phase of the assets(資産の調達フェーズ)」には、建築生産プロセスにおける情報マネジメントの手続きが詳細に示されています。その進め方は、プロポーザルや総合評価方式のように発注者の要求水準に対して受注者がBIM実行計画(BIM Execution Plan: BEP)の提案をして、それを確定していく考え方が特徴です。大雑把な流れは下記のような感じです(正しくは原本をご確認ください)。
 手続きは、図3に示すように3つのフェーズに大別されます。それらを包括した「調達ごとに行われる活動」の受注者は、設計者、請負者、専門工事会社と考えることができます。その前に位置している活動は、実態を把握してプロジェクトの準備を行うことです。発注者は、プロジェクト情報の要件と情報配信のマイルストーンを定義し、情報の標準や情報を生成する方法などを定め、情報をやりとりする手順を定義します。
 「調達段階」では、発注者が情報交換要件を定義し、入札対応要件と評価基準を確立して公募をします。それに対して受注者は、BEP提案書を提出して応札をします。
 「情報計画段階」では、受注者の責任者が、他の受注者と調整をしてBEPを確定します。また、責任や情報交換要件の明確化を行い、情報をやりとりする計画を策定します。発注者はそれらの計画を受けて受注者の責任者や受注者と契約を締結します。受注者は、契約の締結後に、参加者のトレーニングや情報共有環境の構築に入ります。
 「情報作成段階」は、情報を作成するフェーズです。作成した情報は事前に設定したチェックを経てから共有の承認が行われます。最終的に受注者の責任者が情報モデルを承認して発注者に提出し、発注者が承諾をします。
 プロジェクトの完了後の活動は、発注者によるプロジェクト情報モデル(Project Information Model: PIM)のアーカイブです。
ファシリティマネジメントにおけるBIM
 BIMデータを施設の運営・維持管理に引き継ぐとは、プロジェクトの竣工時に発注者に引き渡す情報をデジタル化し、そのデータをCMMS (Computerized Maintenance Management System) 等の保全マネジメントシステムにそのまま移送することです。そして、ビルマネジメントや財務など様々な社内システムをつなげていくことでスマートな企業経営を目指すことになります。
 また、都市のデータプラットフォームの議論が進む中で、施設の情報に対する標準化が早晩に課題となります。プロジェクトごとに関係者の組み合わせが変わっていく状況で、施設の運営・維持管理に必要な情報を効率よくデジタル化するには、その手続きやフォーマットの共通化が重要な意味を持ちます。こうしたプロセスを実践するには、的確なBIMデータの要求水準を策定する能力が発注者に求められますが、それをサポートするライフサイクルコンサルティングが新たなビジネスとして考えられます。
志手 一哉(しで・かずや)
芝浦工業大学教授
1971年生まれ/1992年 国立豊田工業高等専門学校建築学科卒業/2009年 芝浦工業大学大学院工学マネジメント研究科専門職学位課程修了、博士(工学)/1992年に株式会社竹中工務店入社/2014年 芝浦工業大学准教授着任を経て、2017年4月より現職/共同執筆に『ファシリティマネジャーのためのBIM活用ガイドライン』公益社団法人日本ファシリティマネジメント協会、2019年、『建築ものづくり論- Architecture as "Architecture"』有斐閣、2015年など
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