建築事情視察旅行 in 香港
会員研修委員会
安藤 暢彦(東京都建築士事務所協会会員研修委員会委員長、千代田支部、(株)マルタ設計)
押川 照三(東京都建築士事務所協会会員研修委員会委員、板橋支部、+A一級建築士事務所)
田中 光義(東京都建築士事務所協会会員研修委員会委員、足立支部、田中一級建築士事務所)
 3年ぶりに海外訪問となった当協会の「建築事情視察旅行」は、11月23日(土)~25日(月)の3日間、香港の地を訪れた。研修委員会時代の2010年ソウル訪問より続いたアジア近隣諸国への視察旅行は、毎回多くの参加をいただき、今回も総勢30名で実施することができた。香港は観光地としてあまりにも有名で既往歴のある方の多い土地であるが、1997年にイギリスから中国へ返還されて20年以上経過した現在、旧市街地が観光地化している様子などのような変化を遂げているか、また変遷の経過を楽しみに羽田を出発した。
道教寺院「黄大仙廟」に覆い被さるような高層集合住宅群。
ノーマン・フォスターの「啓徳クルーズターミナル」から香港島を見る。
「啓徳クルーズターミナル」夕景。
ビクトリアピークからの「100万ドルの夜景」。
(撮影:安藤 暢彦)
新たな都市風景
 空港到着後、まず道教寺院「黄大仙廟」を訪問し、鮮やかな色の典型的な中国の寺院様式と、多くの占い師が軒を連ねる黄大仙答品哲理中心などを見学した。何より参加者の関心を集めていたのは、寺院に覆いかぶさるように隣接して林立する搭状の高層マンション群であった。地震のない狭小な島で、さらに6%程度しかない居住地域に建つ高層建築群に、改めて香港の地に足を踏み入れた実感を得た。
 その後、ノーマン・フォスター&パートナーズ設計の「啓徳クルーズターミナル」(2013年)を訪れた。ここは九龍半島東側で海に突き出るように配置されていた啓徳空港跡地で、このターミナルビルはその滑走路上に建設されている。総延長が800m以上もあるあまりに巨大な建築物の全景はなかなか把握できないが、ルーフトップガーデンからパノラマ状に広がる風景は、遠景に夕闇に浮かぶ香港島の摩天楼を望み、近景に再開発工事より誕生しつつある新たな都市風景が拡がる。230haにわたるこの辺り一帯のマンション群や建設工事現場は、新たな香港の姿を浮かび上がらせているようであった。
 初日最後は、夕食後ビクトリアピークにケーブルカーで登り、多くの外国人観光客とともに世界一有名な「100万ドルの夜景」堪能した。 (安藤 暢彦)
ザハ・ハディドによる香港理工大学の「ジョッキークラブイノベーションタワー」。
ダニエル・リベスキンドによる香港城市大学の「クリエイティブメディアセンター」。(撮影:押川 照三)
香港のデコンストラクティビズム建築
 香港2日目は、近年建てられた脱構築主義の建物でダイナミックな躯体を持つふたつの大学施設の見学から始まった。
 まず初めに向かったのは、九龍から香港島に向かう海底トンネルの出入り口近くにある香港理工大学の「ジョッキークラブイノベーションタワー」(設計:ザハ・ハディット、2013年)。国立競技場の設計で日本でも有名になったザハ・ハディッドの作品であり、柔らかい曲線が幾層にも重なったデザインが特徴。曲線を多用し、外部空間の細部の曲線が建物を構成する大きな曲線につながっている。建物の大きさやダイナミックな形状を手近な部分から感じさせるデザインには、建物の存在を視覚と体感で伝える圧倒な存在感がある。内部にも曲線はつながり、内外の一体感をつくり上げているのだが、当日は学生しか建物内に入れず、エントランスからの見学のみとなった。
 次に向かったのは、香港の北側、九龍塘にある香港城市大学の「クリエイティブメディアセンター」(設計:ダニエル・リベスキンド、2011年)。脱構築主義の建築思想家として知られていたリベスキンドは、1988年に「ベルリン・ユダヤ博物館」のコンペに当選。その後は、世界貿易センター跡地再建コンペや多くの美術館博物館などで世界的な有名建築家になった。香港城市大学のこの施設は、斜めに突き出た直線的なデザインが、アンバランスで不安定な感覚を覚える刺激的なもので、緑豊かな大学施設の中では特異な存在感を放っている。大学の基幹施設として教授室や研究室がのある建物は、内装にも外部空間のデザインが反映されている。特に階段室は外皮の形をそのまま反映されていて、浮いた階段や斜めに切られた床や壁が、1段下りるたびに違う表情を見せる動きのある空間デザインとなっている。
 大学という教育研究機関の先進的な姿勢や影響力を示すためのコマーシャル的な要因はあるにせよ、これだけのものが積極的につくられている背景には、香港自体の経済力や先進的な思想を取り入れる柔軟な姿勢が反映されており、街そのものの力強さを感じる建築でもあった。 (押川 照三)
ビルの間から見えるイオ・ミン・ペイの「中国銀行香港支店」。
ノーマン・フォスターによる「香港上海銀行」。外観およびピロティ広場。(撮影:田中 光義)
中環(セントラル)と舊城中環(オールド・タウン・セントラル)
 大学の見学の後、「中国銀行香港支店」(設計:イオ・ミン・ペイ、1990年)を外部から見学した。鮮やかな青いハーフミラーガラスの壁面に、幾何学なイメージの鋼鉄製のトラスの枠組みが生かされたデザインである。発展する香港を成長の早い植物の竹に見立てて想起されたという外観デザインは、ランドマークとして際立っていた。
 次に向かったのは、「香港上海銀行」(設計:ノーマン・フォスター、1985年)。今もなお香港を代表する超高層建築であり、世界的にも著名なハイテク建築として知られている。外部及び1階ピロティを見学した。1階中央部のガラス天井より見上げる吹き抜け、エスカレーターのデザインは素晴らしく圧倒される。当日は雨のため多くの人びとがピロティ広場に集まり、各々食事をしたり、ダンスを楽しんでいたが、現地のガイドによると香港の休日の過ごし方として定着しており、香港政府も容認しているとのこと。人々に愛されている建物だと思った。
 その後「PMQ」(1951年に建てられた3棟のビルを2014年にリノベーション)に徒歩にて移動して、オールド・タウン・セントラル地区を自由見学した。PMQは長い歴史とともに歩んできた建物で、大学施設から警察官宿舎へ建て替えられ、現在はクリエイターやデザイナーが集まる複合施設として再開発されている。写真撮影スポットとしても利用されていた。オールド・タウン・セントラル地区一帯は歴史やアート、グルメ、文化が豊かに展開されている。中環とミッドレベル(半山)を結ぶ世界最長といわれる全長800mの「ヒルサイド・エスカレーター」は、この地区のシンボルのひとつとして多くの人びとに使われていた。 (田中 光義)
日本人構造建築士の金田泰裕さんの事務所にて。
金田さんと共に記念撮影。
地元事務所との交流
 3日目は、海外建築事情視察では、恒例となった地元事務所との交流を行った。今回訪れたのは、香港で活動している日本人構造建築士の金田泰裕さんの設計事務所である。
 九龍半島の南東に位置する油塘という倉庫と工場が立ち並ぶ港街は、中国返還後、企業の香港離れが目立ち死活問題になっていたが、近年、空き室をシェアオフィスなどに転用し有効活用する動きが活発化しており、金田さんの事務所もそうしたシェアオフィスのひとつにあった。
 1時間ほど金田さんの作品や活動報告を受けた後、30分ほど質疑応答の時間を設けていただいた。海外での構造設計に対する考え方や、海外での構造・建築家の役割など多岐にわたる活動をご紹介いただき、海外での意匠設計者の構造に対する意識の違いやその関わり方の違いなどを知ることができた。また、香港での建築事情などの質問に丁寧に答えていただいた。
 この訪問で海外で活躍する若手建築士の存在と活躍を知り、その活動が日本の建築界に新たな視点を生み出し変化と発展を生み出す力になるように感じた。新たな時代の流れと力を生み出す彼らの活動を、今後も注視していきたいと感じさせる交流となった。
まとめ
 香港の街を3日間視察し感じたのは、常に新しいものに取り組む先進性と、古いものや慣習を大事にする保守的な部分が見事に共存している街の懐の深さであった。新しい建物に占術を盛り込んだり、古いまちなみにITを駆使して新しい魅力を引き出すようなところに香港らしさが表れていた。そこに東京という街にも「らしさ」を生み出すヒントがあると関心を覚えた。
 2020年オリンピック・パラリンピックに向けて、東京のまちなみにも「らしさ」が現れ、訪れる人々が東京を満喫できるよう、街も人も変わって行くべき部分があると感じる3日間であった。 (押川 照三)
安藤 暢彦(あんどう・のぶひこ)
東京都建築士事務所協会理事
1958年 静岡県生まれ/日本大学大学院理工学研究科修了/1983年 株式会社マルタ建築事務所(現:マルタ設計)入社/現在、同常務取締役/千代田支部
押川 照三(おしかわ・てるみ)
建築家、+A一級建築士事務所代表、東京都建築士事務所協会板橋支部
1995年 大阪芸術大学芸術学部建築学科卒業/1998年 日本大学大学院芸術学研究科造形芸術専攻修了/1999年 株式会社ウシダ・フィンドレイパートナーシップ入社/2001年 株式会社ゼロワンオフィス入社/2005年 +A一級建築士事務所設立
田中 光義(たなか・みつよし)
会員研修委員会委員、足立支部、田中一級建築士事務所