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田口 吉則(東京都建築士事務所協会会誌・HP専門委員会委員長、江戸川支部副支部長、株式会社チーム建築設計)
「ミューラー邸」はプラハの新市街から路面電車を乗り継いで30分ほどのところにある。停留所を降りて2分ほど歩くと小高い住宅地に四角い外観と黄色のサッシで、すぐ分かった。赤い勾配屋根が多い住宅街のなかにあり、計画時には市当局から周辺に対する外観状の考慮がないという理由で、許可がなかなか下りなかったそうだ。
 旅のスケジュールは余裕をもって! と早めに出発したため予約の時間より1時間ほど前に着いてしまって、しばし路上で待機する。それにしても暑い! 日本と同様、今年の8月のプラハも記録的な猛暑が続き、滅多に使用しない扇風機が品切れで購入できないそうだ。しばらくすると恰幅の良いおばさんがどこからか表れて入口の門扉を開けて中に入れてくれた。今回の見学は、スペイン人とドイツ人のカップルと私たち夫婦の6人で、ガイドはそのおばさんがしてくださった。
「ミューラー邸」は大きい、中央の階段で6つのレベルに分かれ下層がガレージ・倉庫、中層が居間・食堂、上層が個室の構成だ。
 玄関に続く前室で見学者は靴カバーを履き、ガイドのおばさんも手袋をする。メンテナンスはこまめにしているそうだ。居間から順次案内され、中層は視覚的には遮られるが空間は連続し、家族の気配を感じる空間となっている。アドルフ・ロースは家族のコミュニケーションを大事にしたのだろう。各部屋の内装は多様で、マホガニーやレモンウッドの突板、壁紙、塗装仕上げなどの素材を変え、密度があり、それぞれの部屋の雰囲気を肌で感じ取ることができた。いずれの部屋も身体の感覚は中央の上下空間をつなぐ階段のほうへ向かうが、「サマー・ブレックファスト・ルーム」と呼ばれる最上階の部屋のみ外に開かれた部屋で、テラスと連続的につくられている。そこからの景色は、「屋上の立ち上がった壁(写真の右上)が、額縁のように遠くの風景を見せる意図でデザインされている」との説明があった。
すべての部屋を丁寧に説明していただき、最後に庭を回って1時間半ほどの見学が終了した。建築関係の見学者は私だけで、「ここを見学した人はいい仕事ができるようになりますよ」とガイドさんに励まされ? 今回の感触を自分の引き出しにしっかりしまって、この家を後にした。
『コア東京』では、来月号から近代の西洋(バウハウス)と日本の建築史を振り返る2つ連載が始まり、交互に掲載されます。皆さんに興味を持っていただいて、少しでも仕事の引き出しのひとつになればと思います。
田口 吉則(たぐち・よしのり)
東京都建築士事務所協会会誌・HP専門委員会委員長、江戸川支部副支部長、株式会社チーム建築設計
1953年 東京生まれ/(株)チーム建築設計代表取締役
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