国立西洋美術館を世界遺産に
都内初の世界文化遺産登録を目指して
越智 浩史(台東区世界遺産登録推進室世界遺産登録推進担当課長)
写真❶ 国立西洋美術館外観(写真提供:国立西洋美術館)
 東京都台東区の上野公園内に所在する国立西洋美術館の本館は、20世紀を代表する建築家のひとりであるル・コルビュジエ(1887-1965)の東アジア唯一の建築作品です(写真❶)。現在、台東区では関係機関と連携し、国立西洋美術館を含むル・コルビュジエの建築作品を世界遺産に登録することを目指しています。登録が実現すれば、国立西洋美術館は東京都で初の世界文化遺産となります。
国立西洋美術館の成り立ち
 「国立西洋美術館」は1959年、フランス政府から日本へ寄贈返還された「松方コレクション」を保存・公開するために設立されました。
 1910〜20年代にかけて、川崎造船所社長の松方幸次郎は、日本に西洋美術を紹介しようと考え、ヨーロッパで絵画等の美術作品を収集しました。しかし第二次世界大戦後、フランスで収集した数多くの美術品(松方コレクション)は、敵国人財産としてフランス政府の管理下に置かれることとなりました。その後、1951年サンフランシスコ平和条約締結の際に、吉田茂首相がフランス政府に返還を要望します。フランス政府はそれに応じたものの、コレクションはいったんフランスの国有財産となっていたため、「寄贈返還」というかたちで作品の一部が戻ってくることとなりました。 
フランス政府は、松方コレクションを日本に寄贈返還する条件として、新たな美術館の設置を要望しました。この条件を満たすために設置されたのが国立西洋美術館です。 
国立西洋美術館(本館)の建設には、フランス政府からル・コルビュジエが設計者として指定され、前川國男、坂倉準三、吉阪隆正の3人の弟子が協力して設計を行いました。 
1959年3月に竣工し、6月10日に開館された本館は、コレクションの増加に伴い建物を拡張する「無限発展美術館」のアイディアを基にして設計されており、「メゾン・ドミノ」の建築形式や、「新しい建築のための5つの要点」、「モデュロール」など、ル・コルビュジエのアイディアが集約された建物です。国立西洋美術館は松方コレクションをはじめとする素晴らしい美術作品を所蔵するだけでなく、本館の建物自体が貴重な文化財(2007年 重要文化財(建造物)指定)であり、大きな魅力となっています。
表❶ これまでの経緯
*1「情報照会」決議:追加情報の提出を求めた上で次回以降に再審議するもの。
*2「記載延期」決議:より綿密な調査や推薦書の本質的な改定が必要なもの。推薦書を再提出した後、約1年半をかけて再度諮問機関の審査を受ける必要がある。
表❷ 「ル・コルビュジエの建築作品―近代建築運動への顕著な貢献―」構成資産一覧
*3 設計契約時期と設計図面の日付のうち最も古いものを考慮して1955年を採用しています。
世界遺産登録を目指して
 2007年にフランス政府から日本政府へ、ル・コルビュジエの作品を世界文化遺産に共同推薦する依頼がありました。以後、台東区は国や東京都など関係機関と連携して世界遺産登録推進に努めてきました。
 過去2回の世界遺産委員会決議(2009年「情報照会」、2011年「記載延期」)を経て、2015年1月、フランス政府が中心となってユネスコの世界遺産センターに改めて世界文化遺産に係る推薦書「ル・コルビュジエの建築作品―近代建築運動への顕著な貢献―」を提出しました(表❶参照)。この推薦書は、世界7カ国(日本、フランス、スイス、ドイツ、ベルギー、アルゼンチン、インド)に所在するル・コルビュジエの17資産(表❷参照)を一括して登録することを目指すものです。同年8月には、世界遺産委員会の諮問機関であるイコモス(国際記念物遺跡会議)の現地調査が行われました。
 今後、2016年4〜5月頃にイコモスによる勧告があり、同年7月10日から20日にトルコ・イスタンブールで開催される第40回世界遺産委員会において登録の可否が審議される予定です。
写真❷ 国立西洋美術館世界遺産登録推進活動連絡会の様子
写真❸ 区民講座
写真❹ パネル展の開催
写真❺ 区内循環バス「めぐりん」ラッピング(この頁の写真撮影:台東区)
台東区の取り組み
 台東区は、国立西洋美術館が所在する地元自治体として、区議会・民間団体と連携して登録に向けた推進活動を行っています。
 2015年8月5日に、国立西洋美術館の世界遺産登録を推進する3団体(台東区国立西洋美術館世界遺産登録推進会議、台東区議会国立西洋美術館本館世界遺産登録推進議員連盟、国立西洋美術館世界遺産登録たいとう推進協議会)共催で、「国立西洋美術館世界遺産登録推進活動連絡会」を開催しました(写真❷)。町会や観光連盟、商店街連合会等の区内各団体や、区議会、文化庁、東京都等から総勢105名の方々にご出席いただき、世界遺産登録実現に向けた連携の強化を図ることができました。
 また、国立西洋美術館の価値やル・コルビュジエの功績を広くご理解いただくためのPR活動を進めています。具体的には、啓発用パンフレットやグッズの作成・配布、専用ホームページや区の広報紙、情報コーナー(区役所1階)等での情報発信、区内イベントでのPR活動、区民講座(写真❸)やパネル展の開催(写真❹)、区内循環バス「めぐりん」ラッピングなどを行っています(写真❺)。
 さらに、世界遺産登録に向けて、国や東京都と連携して国立西洋美術館の周辺環境の保全に取り組んでいます。

 台東区では引き続き関係機関と連携し、登録実現に向けた取り組みを進めると共に、区内外に向けた情報発信力の強化やイベントの実施、周辺環境の保全など、国立西洋美術館登録後の対応も見据えた取り組みを実施していきます。
 国立西洋美術館という素晴らしい遺産を後世に伝え残していくために、今夏の世界遺産登録実現に向けて、ご理解とご協力をよろしくお願いいたします。
越智 浩史(おち・ひろし)
台東区世界遺産登録推進室世界遺産登録推進担当課長
タグ: