耐震診断において耐震性能が不足すると判定された建物は耐震補強を行う必要があります。耐震補強に用いる補強方法にはさまざまな工法が開発されていますが、万能な補強方法はなく、建物の耐震性能上の問題点、補強工法が建物の使用性に与える影響などを踏まえて適切な工法の選定を行います。今回は適切な補強工法の選定方法と、耐震性能を確保するための合理的な補強設計の手順を以下に紹介します。
必要補強耐力は補強後の建物に期待できる靭性(F)により変化するため、事前に補強工法を決定しておく必要があります。一般にRC造ではF=1.0、SRC造ではF=1.27としますが、鉄骨ブレース補強などではさらに大きなF値を採用できる場合があります。必要補強耐力から耐震改修設計指針もしくは『実務のための補強設計マニュアル』(p.22)を参照して補強部材の必要な配置量を求め、この後、建物の使用性に配慮してバランスよく補強部材を配置します。補強部材配置後の建物の耐震性能を耐震診断基準に基づき計算し、判定値(Iso)を満たせば補強計画を終了し、部材の詳細を決定して設計図書を作成します。
ただし、これらの耐震性能上の弱点は、慎重な検討の結果で改善しなくても耐震性能を満たすと判断される場合には、改善を行わないこともあります。
外付けブレースや外付けフレーム補強などの外部補強は、増築とみなされる恐れがあったため比較的最近採用され始めた工法であり、内付け補強と異なり骨組に拘束されていない部位に補強部材を配置するため、地震時に大きな外力が補強部材に作用しても既存架構から脱落しないように所定の仕様の脱落防止材を配すとともに、埋め込みが深いあと施工アンカーを使用します。
耐震補強工法
建物の耐震性能を改善するための耐震補強工法は、図①に分類して示す多くの方法があります。建物に作用する地震力を低減する方法としては、高架水槽などの重量物を撤去して建物を軽量化する、建物の基礎下などに免震装置を配置し地震入力を低減する、建物内に制震装置を配置して地震エネルギーを吸収する方法などがあります。建物の地震力に抵抗する強度を増大する方法としては、建物内に後打ち壁や鉄骨ブレースを増設する、建物外周部に外付けブレースや外付けフレームを新設する方法などがあります。建物の靭性(変形能力)を高める方法としては、柱をRC巻き立て、鋼板巻き立て、炭素繊維巻き補強して、柱のせん断耐力や軸支持能力を増大させる工法があります。損傷集中を回避する方法として耐震スリットを配置して極脆性柱を解消する工法、エキスパンションジョイントを拡幅する方法、偏心率を改善して建物の振動性状を良好にする方法があります。
補強設計の手順
補強設計は図②に示す手順で行い、合理的な補強となるように計画します。建物の耐震診断結果を分析し、耐震性を低下させている要因を把握します。過去の地震で大きな被害が生じた要因は耐震性能上の弱点となるので優先的に改善します。被害要因を取り除いた建物に対して図③に示す算定式により、目標性能(Iso)と現状建物の耐震性能(Is)から目標性能を満たすために必要な補強耐力(ΔQu)を算定します。必要補強耐力は補強後の建物に期待できる靭性(F)により変化するため、事前に補強工法を決定しておく必要があります。一般にRC造ではF=1.0、SRC造ではF=1.27としますが、鉄骨ブレース補強などではさらに大きなF値を採用できる場合があります。必要補強耐力から耐震改修設計指針もしくは『実務のための補強設計マニュアル』(p.22)を参照して補強部材の必要な配置量を求め、この後、建物の使用性に配慮してバランスよく補強部材を配置します。補強部材配置後の建物の耐震性能を耐震診断基準に基づき計算し、判定値(Iso)を満たせば補強計画を終了し、部材の詳細を決定して設計図書を作成します。
耐震性能上の弱点の改善
耐震性能上の弱点を放置したまま建物を補強すると多量の補強が必要となるので、耐震性能上の弱点は解消することが合理的です。図④(a)に示す耐震壁などが片側に偏って大きく偏心している建物は、反対側に耐震壁もしくは袖壁を配置して偏心を改善します。図④(b)に示す上・下階で壁が不連続に配置され剛重比(剛性率)が悪い建物は、剛性が低い階に袖壁などを配置して剛重比を改善します。図④(c)に示す極脆性柱が存在する建物は、耐震スリットを配して極脆性柱を解消します。図④(d)に示す下階壁抜け柱は、壁や鉄骨ブレースを増設して下階壁抜けを解消するか鋼板やRC巻立てなどにより柱を補強します。ただし、これらの耐震性能上の弱点は、慎重な検討の結果で改善しなくても耐震性能を満たすと判断される場合には、改善を行わないこともあります。
補強計画における留意点
耐震補強設計においては一般に応力解析などの1次設計を行わないので、補強部材の配置バランスや補強部材が負担する地震力の下階への伝達に留意が必要です。図⑤(a)に示す上・下階への補強部材配置は上層で極端に補強部材を減らさず、下層には補強部材をできるだけ連続させスムーズな地震力の伝達を図る必要があります。また、平面的な部材配置では図⑤(b)に示すように、直交架構によるねじり抵抗が小さい短辺方向への補強は特に補強部材を偏心させないように留意が必要です。また、梁崩壊架構への柱補強、曲げ降伏壁へのせん断補強、偏心の原因となっている耐震壁への増し打ち補強など、補強効果が期待できない補強は計画しないようにします。補強効果の判断が難しい場合は、必要に応じて第3次診断を行い、補強効果があることを確認する必要があります。
信頼性がある補強ディテールの採用
耐震補強では建築工事標準仕様(JASS)に規定されていない材料や工法も用いるため、実験で性能が確認されている仕様を採用する必要があります。増設壁(後打ち壁)補強は図⑥(a)に示すように、4周の既存柱・梁に所定の仕様のあと施工アンカーを打設して割裂防止筋を配置して既存架構と増設壁の一体化を図ります。鉄骨ブレース補強は図⑥(b)に示すように既存躯体に沿って鉄骨枠を配し、鉄骨枠には頭付きスタッドを、既存躯体にはあと施工アンカーを打設し、間にグラウトモルタルを圧入して一体化を図ります。外付けブレースや外付けフレーム補強などの外部補強は、増築とみなされる恐れがあったため比較的最近採用され始めた工法であり、内付け補強と異なり骨組に拘束されていない部位に補強部材を配置するため、地震時に大きな外力が補強部材に作用しても既存架構から脱落しないように所定の仕様の脱落防止材を配すとともに、埋め込みが深いあと施工アンカーを使用します。
補強建物に望ましい性状
耐震補強設計は階ごとに耐力(C)と靭性(F)を設定する静的設計で行い、新築建物の耐震設計も1981年の新耐震基準に基づく静的設計で行っていますが、耐震設計では地震時の建物の動的な挙動も意識する必要があります。地震による損傷を一部の階に集中させないため、図⑦に示すように補強建物のIs指標分布は階方向に一様に分布させ、またIs指標分布が一様な分布であっても、各階の強度(C指標)分布が連続的であるとは限らないため、C指標が不連続分布になっていないことを確認する必要があります。C指標分布は上層で大きい方がよく、階の強度と剛性の分布が同図と異なる特殊な建物の設計は慎重に行う必要があり、法では求められていませんが新築建物の設計も含めて、必要に応じて地震応答解析により建物の動的性状を確認することが望ましいといえます。
藤村 勝(ふじむら・まさる)
東京都建築建築安全支援協会管理建築士
1949年 長野県生まれ/1972年 日本大学理工学部建築学科卒業後、竹中工務店東京本店設計部入社/現在、東京都建築安全支援協会管理建築士
1949年 長野県生まれ/1972年 日本大学理工学部建築学科卒業後、竹中工務店東京本店設計部入社/現在、東京都建築安全支援協会管理建築士
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