東京建築賞選考委員退任にあたって
平倉 直子(建築家、平倉直子建築設計事務所主宰)
渡辺 真理(建築家、法政大学デザイン工学部建築学科名誉教授、学校法人片柳学園理事、株式会社設計組織ADH共同代表)
渡辺 真理(建築家、法政大学デザイン工学部建築学科名誉教授、学校法人片柳学園理事、株式会社設計組織ADH共同代表)
多様な価値を示す作品を求めて
平倉直子
選考委員を引き受けた時、この賞は設計者・建主・施工者を対象としており、発信先の裾野は広いことにまず注目しました。そして3者がその役割をいかに果たしたかをできるだけ把握し、それを伝えようと思いました。また、受賞した作品は当事者の成果のみならず、さまざまな価値観を発信し共有する機会となることを願いました。審査では、しばしば完成度という評価にあらがいながら、特に小住宅や集合住宅の厳しい予算と設計条件の中で生まれた「新しい芽」を尊重し、荒削りできわどい納め方であっても周辺の建築やまちなみ、人びとの暮らしへ影響をもたらす多様な価値を示している応募作品を取り上げるようにしました。個別の対応ゆえの自由の発想は時代の先を示す可能性を秘めているかもしれないと考えているからです。
公共建築では特に発注者としての自治体がリスクをも共有しつつ挑戦する試みは、結果として利用者である市民も巻き込んで長く支持され、新しい公共建築のあり方に踏み込むものと評価しました。ともすれば市民のためとしながら無難なプロセスを踏みがちなこともある中で、発注者の人まかせにはしない責任と聞く耳をもつ判断が大きく影響し、設計者の能力を最大限引出すことに繋がっていました。
在任中に新人賞とリノベーション賞が加わり、また都市計画道路の実施に伴い削られた敷地に計画された小さな住宅が東京都知事賞に選ばれたことは思い出に残ります。再開発等の大規模な建築もさることながら、都市に住む人びとが場所へのこだわり、すなわち近隣関係という人の繋がりを大切にしながら住み続けることを選択する多くの現実を肝に銘じる計画であったと思います。
現地審査や講評担当は必ずしも希望にかなうわけではありませんが、日頃手がけていない建築のジャンルにも関わり、日ごろ考えていたことを客観的に評価するチャンスとなり、たいへん貴重で意義深く、学ぶことも多くありました。今後も優れた建築に出会える場として発展することを楽しみにしています。
時代を映す建築賞
渡辺真理
2016年から8年間選考委員を務めました。コロナ禍の3年間の後で、本年度は現地審査も本来の形式に戻りましたが、いまさらのように建築審査における現地審査の重要性を感じました。各審査員の参加可能日と応募作品の審査可能日から現地審査員のメンバーは偶然的必然によって決定されます。そのようにして選ばれた数名の審査員が、現地審査の中で応募作品を見学しながら建築家やオーナーに質問をし、その過程で評価を行なうという審査の基本形式は他の建築賞と大きく異なるものではありませんが、審査員全員が参加する最終審査で、現地審査員の判断についても仮借ない意見交換が行われ、その結果で最終評価が下されるという現行の方式は、今後とも、ぜひ継続していただけるようお願いいたします。私が審査評を書いた作品を以下に列挙してみました。
2023年(第49回):「上越市雪中貯蔵施設 ユキノハコ」
2022年(第48回):「Rib」、「上井草の住宅」
2021年(第47回):無し。(コロナ禍のせいか?)
2020年(第46回):「つながるテラス─MADO TERRACE DOMA TERRACE─」、「ミナガワビレッジ」
2019年(第45回):「竹中工務店東関東支店ZEB化改修」/2018年(第44回):「梅郷礼拝堂」
2017年(第43回):「南阿佐ヶ谷の家──おおきい小さな家」、「大森ロッヂ 運ぶ家」、「みやむら動物病院」
2016年(第42回);「新栄保育園」
この他にも毎年5–10件の応募作品を現地審査業務で拝見しましたが、審査評を書いた作品は特に印象に残っています。
2022年の「Rib」は分譲マンション内の1住戸の全面改修でした。私の在任期間中に「リノベーション」も評価の対象にするという枠組みの改訂が行われました。リノベーションとしてはRibは規模も限定的ですが、いうまでもなくマンション住戸の改修はきわめて今日的な建築型のひとつですし、マンションの改修であっても優れた提案であれば東京建築賞の対象になりうる、という事実は若い建築家の励みになります。「竹中工務店東関東支店ZEB化改修」の審査では、今日の建築にとって大きな到達目標である「ZEB」が、周到な計画なくしては容易に実現できないものであることを実感しました。2017年の「大森ロッヂ」、2020年の「つながるテラス─MADO TERRACE DOMA TERRACE─」は複数の小規模な建築によって都市を活性化する「スモールアーバニズム」の優れた実現例です。東京建築賞が今後も、時代とともに変容を続ける「建築」の様相を鋭敏に反映する仕組みを持ち続けることを願って止みません。
平倉 直子(ひらくら・なおこ)
建築家、平倉直子建築設計事務所主宰
1950年 東京都生まれ/日本女子大学住居学科卒業/日本女子大学、関東学院大学、東京大学、早稲田大学等の非常勤講師を歴任
1950年 東京都生まれ/日本女子大学住居学科卒業/日本女子大学、関東学院大学、東京大学、早稲田大学等の非常勤講師を歴任
渡辺 真理(わたなべ・まこと)
建築家、法政大学デザイン工学部建築学科名誉教授、学校法人片柳学園理事、株式会社設計組織ADH共同代表
群馬県前橋市生まれ/1977年 京都大学大学院修了/1979年 ハーバード大学デザイン学部大学院修了/磯崎新アトリエを経て、設計組織ADHを木下庸子と設立
群馬県前橋市生まれ/1977年 京都大学大学院修了/1979年 ハーバード大学デザイン学部大学院修了/磯崎新アトリエを経て、設計組織ADHを木下庸子と設立
カテゴリー:東京建築賞