関東大震災100年
東京の建物に求められる耐震性能
藤村 勝(東京都建築安全支援協会)
 大都市においては、1978年宮城県沖地震では中高層建物の割れた窓ガラスが路上に降り注ぎ、1995年阪神大震災では中高層建物が被災して下部の鉄道を止める被害が発生するなど、密集した大都市での大地震時における都市機能の保全が課題となっています。
図❶ 東京から200km圏内に発生した大地震
東京に予想される大地震
 関東地域は4種のプレートが複雑に接しており、東京から200km圏内においては図❶に示す多数の地震が発生してきました。相模トラフに発生した1923年関東地震(M7.9)、1855年安政江戸地震(M6.9)のような直下型地震、房総沖の1703年元禄地震(M8.2)などです。さらに、遠く200kmを超えた三陸沖に発生した2011年東日本大震災(M9.0)では、東京に震度5強の揺れを生じさせました。これら東京に大きな被害をもたらした地震は約70年周期で発生しており、今の東京では震度6強~震度7の大きな揺れを生じさせる地震がいつ発生してもおかしくないと言われており、大地震発生時に東京の都市機能を保全するための対策が喫緊の課題となっています。
表① 東京の建物に求められる保有水平耐力等の割増し
*1 保有水平耐力時(東京の地域特性を考慮した建築構造における確認審査の要領、東京都建築構造行政連絡会)
保有水平耐力の割増し
 東京都建築構造行政連絡会では、「東京の地域特性を考慮した建築構造における確認審査の要領」において、大地震時における都市機能を確保することを目的に密集市街地の高さ20m超の建物に対して、旧来から東京都独自の推奨基準を定めてきました。この推奨基準のひとつに、表①に示す建物の保有水平耐力の割増しと保有水平耐力時の変形制限があります。建築基準法では、中地震に対して1/200~1/120の層間変形角の制限がありますが、大地震(保有水平耐力時)には変形制限がないため、外壁材などの仕上材の損傷を防止するためには変形制限を独自に定める必要があります。特に、鉄骨造(S造)は靭性が大きいため地震時の変形が大きく、中高層建物が密集する市街地において隣接建物に衝突して被災した事例があり、「東京都の確認審査の要領」では、高さ20~60mの中高層S造建物に対して高さに応じて1.1~1.6倍の保有水平耐力の割増しと、その時の変形制限を求めています。
図❷ 保有水平耐力割増しの必要性
図❸ 超高層建物の1次設計用地震力と静的地震力との比較
(『建築構造設計指針2019』p.16参照、東京都建築士事務所協会)
保有水平耐力割増しの必要性
 建築基準法施行令第88条で定められている設計用地震力は、建物と地盤の震動の特性に応じた値とされていますが、実態としては図❷に示すように高い建物ほど大きな値となっています。特に、高さ60m超の建物では地震応答解析により設計されているため、静的地震力で設計されている60m以下の建物よりも大きな地震力で設計されています。都市の地震被害を抑制するには、周辺地域への影響度の大きい高層建物の被害を抑制することが効果的ですが、同図に示すように高さ20m~60mの建物は高さに応じて設計用地震力が増大していない傾向があり、地震力(保有水平耐力)の割増しの必要性が指摘されています。図❸では、地震応答解析で設計した「S・SRC高層評定」の設計用地震力(回帰分析結果)を、令第88条の静的地震力と比較しています。この結果では、地盤と建物の振動性状を精算して設定した「S・SRC高層評定」の地震力が静的地震力の1.56倍となっていることから、前述の「東京都の確認審査の要領」では保有水平耐力の割増しが推奨されています。この要領には他の推奨事項もありますので、『建築構造設計指針2019』(東京都建築士事務所協会)に基づき安全な中高層建物の設計に留意していただきたいと思います。
表② BCPで求められる耐震設計
東京都業務継続計画(都政のBCP)
 東京都ではマグニチュード(M)=7クラスの首都直下地震を想定し、都民の生命、生活および財産、都市機能の維持を図るため、東京都業務継続計画が策定されています。この計画では、災害対策体制やライフラインの維持、応急復旧に係わる業務に加え、防災上重要な公共建物に対して表②に示すように大地震時の業務継続を可能とするために、構造体だけでなく非構造部材の被害防止を図る耐震設計が求められています。特に、近年M9.0の東日本大震災、M9.3のスマトラ島沖地震などの巨大地震が世界各地で発生していることから、想定を超える大地震に対しても被害の抑制を図る性能設計の必要性が認識されています。
表③ 耐震性能の割増し
性能設計の必要性
 業務継続計画(BCP)に基づく耐震設計を行う場合には、性能設計が必須となります。性能設計とは、性能明示型設計のことであり、法で定められた性能を最低基準とし、建築主と協議して目標性能を定め、適切な構造計算方法を選定した上で、設計した建物が設定した目標性能を満たすことを構造計算により確認します。目標性能は複数のレベルの地震動に対して建物に生じる変形や損傷の防止を明確にし、想定する地震時の機能継続や想定を超えた地震時に対しては、機能が一時的に失われても何らかの処置のもとに早期に機能回復できる計画とします。このような計画を立案するためには、大地震時の建物の変形量が精算できる地震応答解析を用いた設計を行うことが望ましいといえます。
 地震応答解析を用いずに性能設計を行う場合には、現行法の地震力を割増す方法が一般に行われています。現在用いられている耐震性能割増しの基準には、表③に示す官庁施設の総合耐震計画基準と住宅の品質確保の促進に関する法律があります。
東京の既存建物に求められる耐震性能
 東京都では平成23年3月18日に「東京における緊急輸送道路沿道建築物の耐震化を推進する条例」が制定され、沿道建物の安全性と都民の生命・財産の保護を図ることが推進されています。この条例では「沿道建築物の耐震化実施についての技術的指針、東京都告示第713号、平成23年4月14日」において、目標とする耐震性能を「耐震関係規定に適合し、地震の振動及び衝撃に対して倒壊し、又は崩壊する危険性が低いと判断されること」と定められています。1981年以前に建設された旧耐震設計の既存建物に対しては、まずは構造耐震指標Is=0.60を確保することが目標性能となっています。
藤村 勝(ふじむら・まさる)
東京都建築建築安全支援協会管理建築士
1949年 長野県生まれ/1972年 日本大学理工学部建築学科卒業後、竹中工務店東京本店設計部入社/現在、東京都建築安全支援協会管理建築士