伝統建築工匠の技 第5回
建造物と装潢文化財修理
山本 記子(一般社団法人国宝修理装潢師連盟)
図① 襖の構造図
建物から壁貼付(障壁画)を取り外す作業(京都市 二条城二之丸御殿)。
装潢の修理のための道具。
建造物と装潢(そうこう)文化財
 ヨーロッパの教会や城などの建造物の中に入ると、室内を取り囲む壁の装飾に圧倒される。壁にはフレスコ画やモザイク画などの絵画的なものも多く、芸術としての価値も高い。そしてそれらの壁画は建築を構成する壁という構造の一部でもある。
 日本の伝統的な木造建造物の場合、寺や城などの室内は「襖」によって仕切られて広間、小間などの空間がつくられており、その襖や床間の壁面を飾る壁貼付には、金壁画や水墨画などによる花鳥画や山水画が描かれていることが多い。障壁画が描かれている襖は建造物の内部を飾る美術品の代表として上げられるが、西洋における壁のように建造物を構成する部材ではなく建具であり、取り外して移動することも可能な美術工芸品でもある。
 美術工芸品である襖や屏風、掛軸などの装潢文化財は、文化と文化財を継承するあり方として建造物を抜きにしては成り立たない。
装潢文化財とは
 襖、屏風、掛軸、古文書、典籍といった日本の伝統的な絵画、書跡を装潢文化財という。これらの文化財は古いものでは奈良時代にまで遡り、人の手から手へ修理を繰り返しながら大切に使われて、使い続け残したいという意志によって伝来し現在に存在している。
 建造物における装潢文化財には、建造物に付随している襖や壁貼付等の建具類や、絵画を施した格天井(格間)などと、衝立・屏風・掛軸などがあり、室内を仕切る役割とともに、場を装飾し設える役割も大きい。今は美術工芸品として展覧会のガラス越しに見る機会が多いが、いずれも木造建造物の間尺を基本とした形態を持つ。
 装潢文化財を守るための修理技術は「装潢修理技術」として文化庁により選定されており、一般社団法人国宝修理装潢師連盟はこの装潢修理技術の保存団体に認定されている。また2020年に木造建造物を受け継ぐための伝統技術として「ユネスコ無形文化遺産」に登録された「伝統建築工匠の技」の構成団体のひとつともなっている。
装潢技術の伝承と、その取り組み
 装潢文化財の多くは、紙(料紙)や絹(料絹)を基底材とし、その上に膠を接着剤とした顔料や墨によって表現されている。
 料紙や料絹に描かれたものは、それ1枚では脆弱で取り扱いが難しいために、活用するには、補強として裏に良質の楮紙を小麦澱粉糊により接着させる裏打ちを施し、安定させる。構造体としては襖などのパネル状の形態では、木材の下地と、数種類の紙による下張りによって、料紙・料絹を支える構造になっている(図① 襖の構造図)。これらはいずれも天然材料からなり、少しずつ経年による変化が生じる。大切に扱っていても、50年から100年ごとの修理を必要とし、適切な修理をすることで次の100年を保つ。
 装潢修理技術は、先人から受け継ぎ洗練させてきた伝統技術を基礎としているが、現在の技術は文化財修理倫理に基づいており、科学的な知見により安全性が確認された材料と技術の導入も試みて、よりよい修理への課題を持ち、発展している。
 伝統を重んじるとともに新しい材料を取り入れるためには、技術力はもちろんのこと、修理理念に基づいた判断が重要で、単に見た目がよくなればよいということではなく、文化財が持つ情報「真正性」を、物理的にも、美的にも、歴史的にも可能な限り損なうことなく後世に伝えるために必要な処置を施すことが求められる。また100年後にも安全に修理を行うことが可能な材料と工法を用い、修理記録を残すことも大切である。
 これを実現するため、技術者は劣化や損傷に対する科学的な知識、文化財の価値を正しく理解する美術や歴史の知識、そして、理想を実践できる技術力が必要となる。そして、その仕事を可能にするためには優れた材料と道具も欠かすことができない。
文化財を残すこと──道具と原材料
 文化財を残すことは、「もの」を残すとともに「文化」を次世代に伝えることだと考える。元々装潢文化財の多くは室内で座して鑑賞するものである。ひと昔前は一般家屋にも畳敷きの座敷に障子や襖があり、床間に掛軸を設える空間が存在し、製作や修理に関係する技術者の裾野も広かった。しかし現代では生活様式の変化に伴ってそれらの需要は激減し、一般には合成樹脂などによる簡易な工法も導入され、伝統に裏付けられた基本の道具や材料、それを使いこなす技術の維持にも影響が及んでいる。遠からず伝統的な道具材料とそれ使いこなす技術が、文化財修理の現場にのみ必要とされることになりかねない。
 それどころか文化財修理に関連する道具・原材料の現場においても、技術の継承や後継者の育成を個人の能力や努力だけで解決することが難しくなってきている。
 技術や材料は一度途絶えれば復元することは容易ではない。この現状は装潢以外の分野においても同様なのではないだろうか。現在文化庁により実施されている「用具原材料の調査」でも示されているように関係業種がお互いに連携し関わって行く必要がある(『月刊文化財』令和2年10月号参照)。
図② 修理技術者資格制度
新任者研修会
初級講習会・実技審査
中級講習会・実技審査
上級講習会
人材育成の取り組み
 一般社団法人国宝修理装潢師連盟は、加盟工房10社からなり、約130名の修理技術者が登録している。修理技術者の技能は基本的に日々の修理事業の中で培われる。当連盟は、それを補足し発展できるように、各種の研修等を通じて後継者育成や技術の錬磨、道具や材料確保に努めている。
 中でも「修理技術者資格制度」は、技術者の能力と社会的地位を向上させ後継者の育成を担うことを目的としており、当連盟の軸となっている。この制度では修理技術者(装潢師)の経験年数や修理実績のほか、実技審査や、第三者委員会が実施する筆記と面接試験による客観的な審査を経て、資格を付与する(図② 修理技術者資格制度)。
 制度開始から18年が経ち、現在では技術者個人の技術習得の裏付けとともに、文化財修理技術者として必要な倫理、理念、基礎知識(保存科学・人文科学・装潢史)を学ぶ場として重要なものになっている。
 主任技師の受験には約10年、技師長には16年以上の経験が必要である。主任技師や技師長は資格取得後も定期的に更新審査があり、文化財修理の第一線に立ち続けることを求められる制度である。能力を客観的に評価されることで、技術者の自覚と向上を促している。
 幸い文化財修理を目指す若者は少なくない。希望する人材を会社が受け入れ育成するためには、安定的に修理事業が実施される必要がある。技術の熟練は経験の質と量に比例する。後継者を育成するには、資格制度で認められた能力に対応する賃金を支払い、生活の安定を約束し、さらには現代社会の労働条件に見合った取り組みの中での新たなあり方を考えていかなければならない。
修理を取り巻く現状と課題
 文化財修理用具・原材料を取り巻く厳しい状況についてふれた。さらに近年では過疎化による地域文化の守り手の喪失、コロナ禍等による文化財所有者の収入の減少などもあり、文化財修理を取り巻く状況は厳しさを増している。
 今回のユネスコ無形遺産登録において、建造物と畳、漆、金箔、装潢文化財などが一体として捉えられた意味は大きく、細分化した各分野が横のつながりを持つことで、共通の課題を乗り越えていく力となることを願う。今回の登録で再認識したように日本の装潢修理技術は海外でも認められており、材料や道具は海外の文化財修理現場でも使われている。さらに欧米やアジアからの研修希望も多い。それは文化財を後世に伝えていく今後の日本のあり方についても、海外から注目されているということである。今回のユネスコによる登録が、文化財という公共の財産を100年後も安定して修理ができるよう考えていくきっかけとなってほしい。特に将来を担う若い人に知ってもらい裾野を広げることが大切だと考える。
山本 記子(やまもと・のりこ)
一般社団法人国宝修理装潢師連盟代表理事
1957年 京都市生まれ/1978年 京都嵯峨美術短期大学日本画卒業/1980年 同専攻科修了/1981〜2000年 株式会社岡墨光堂/2004〜05年 独立行政法人東京文化財研究所/2007〜14年 株式会社文化財保存代表取締役/2007年 一般社団法人仏教美術協会理事、嵯峨美術大学日本画古画研究室非常勤講師/2015年 独立行政法人東京文化財研究所客員研究員/2018年 一般社団法人国宝修理装潢師連盟代表理事
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