新耐震基準内グレーゾーン時期の既存木造軸組工法住宅の解体調査
笠貫 曻(東京都建築士事務所協会木造耐震専門委員会・墨田支部、笠貫一級建築士設計事務所)
曽根 浩一(東京都建築士事務所協会木造耐震専門委員会・2000年WG・大田支部、(株)曽根一級建築士事務所)
辻川 誠(東京都建築士事務所協会木造耐震専門委員会・2000年WG・立川支部、辻川設計一級建築士事務所)
写真1 解体調査の様子。
はじめに
 建築物の耐震基準は、1981(昭和56)年6月の建築基準法改正により、大幅に改定されました。改定された基準は、一般的には新耐震基準と呼ばれています。これにより鉄筋コンクリート造や鉄骨造などの非木造建築物については大幅に耐震基準が強化されました。しかしながら、木造建築物の耐震基準については、壁量規定の変更はありましたが、全体として大きな変更は行われませんでした。本格的な木造建築物に対する耐震基準の強化は2000(平成12)年6月の建築基準法改定によって行われたといってよいと思います。このため、1981年6月から2000年5月までに建てられた建物はグレーゾーンと呼ばれ、必ずしも耐震性能が十分とはいえない建物も存在するものと考えられます。そこで、(一社)東京都建築士事務所協会では、木造耐震専門委員会(委員長:矢﨑博一)と2000年問題WG(主査:臼井勝之)の合同による、グレーゾーン時期の既存木造軸組工法住宅の解体調査を実施しました。解体調査は、解体予定となった建物の仕上げを引き剥がすことにより実施しています。写真1は解体調査の様子です。グレーゾーン時期の建物の特徴を調べるいい機会となりましたので、ここに報告します。
図1 昭和59年版公庫基準の筋かいおよび柱梁接合部仕様 1)
写真2 1階筋かい端部。三ツ割り材を釘3本打ち仕様。
写真3 1階柱頭接合部。茶臼に組まれた2階梁。
写真4 1階柱脚接合部。柱が床下換気口の位置に。
写真5 浴室部の筋かい。
写真6 基礎(鉄筋コンクリートベタ基礎)。
図2 1階平面図
図3 2階平面図
図4 調査結果図
表1 耐震診断の診断条件
写真7 外壁下地材(木ずり下地)。
表2 耐震診断結果(上部構造評点)
建物の解体調査
【概要】
 調査日時は、2021(令和3)年10月4日(月)の15時に曳舟駅(東武線)に集合となりました。調査建物は東京都墨田区内の2階建て木造在来軸組工法住宅です。この建物は1984(昭和59)年に建てられた建物で確認申請時の設計図書(壁量計算あり)が存在するとともに、金融公庫の融資住宅です。ただし、検査済証は存在していません。検査済証の取得率の低かった昭和59年当時には、このような建物は多く存在していたものと思われます。そして今回、当該建物の建て替えに伴う解体工事に合わせて、建物の仕上げを引き剥がして建物の構造材について調査を行いました。以下に各部の調査結果を示します。なお、2階部分については調査時の安全確保のため、あらかじめ撤去してあります。

【筋かい材と筋かい端部金物について】
 筋かい端部金物については、三つ割り材(30mm×90mm)の筋かいについては写真2に示すように釘3本打ちの仕様となっています。また建物の内部の壁に二つ割り材(45mm×90mm)の筋かいも一部に使用されていますが、同様に釘打ち仕様となっています。昭和59年の公庫基準(図1参照)では、筋かいがビンタ延ばしの場合は釘はN75で5本必要になります。また、大入れとし釘N75で3本打ちの場合は平金物(SM-12)の取り付けが必要になります。写真では平金物の設置は確認されませんでした。

【柱頭柱脚接合金物について】
 柱頭柱脚接合部には山形プレート(VP)が使用されていますが、写真3に示すように2階の梁は茶臼※1に組まれ、1階柱頭部に設置された山形プレートが梁間方向の梁の小口面に取り付けられているため、十分な引き抜き耐力が得られない可能性があります。本来、山形プレートは、小口面を避けて設置することが原則となっています。
※1 茶臼組み:梁間方向の梁成の大きな梁の上部を欠き込んで桁梁を載せて組んでいる状態。
 写真4は1階柱脚接合部です。柱と土台との接合には柱頭部と同様に山形プレートが使用されています。この接合は耐震診断指針における接合部仕様Ⅱに相当するものです。また、柱が床下換気口の位置に乗っており、この状態はあまり好ましいとはいえません。床下換気口は柱の位置を避けて設置すべきものといえます。写真4には筋かい下端部の接合部も写っています。筋かい上端部と同様に柱に対して筋かいを一部大入れとし、釘3本打ちとなっていて、平金物の併用は行われていません。

【浴室の筋かいの設置状態について】
 建物には主に筋かいが耐力壁として使用されています。確認申請の図面では1階にたすき掛け筋かいが3カ所ありますが、実際にはいずれも片筋かいとなっています。また、写真5にありますように1階の浴室は1階の柱の途中までコンクリートブロックの腰壁が設置されており、腰壁の上に筋かいが設置されているかたちになっていました。この建物では、腰壁のコンクリートブロック内の鉄筋は存在しないようです。このような筋かい壁は地震力が適切に基礎への伝達される状態となっているか、十分に注意する必要があると思われます。

【基礎について】
 基礎は鉄筋コンクリートベタ基礎(写真6)となっています。地盤が良好な地域ではないため、ベタ基礎が採用されているようです。基礎の底盤の厚さは120mmです。鉄筋は丸棒の9mmでピッチ250mmのシングル配筋となっています。
耐震診断結果
 建物の耐震診断は、(一財)日本建築防災協会発行の2012年改訂版木造住宅の耐震診断と補強方法の一般診断法および精密診断法1により検討しています。今回の検討では、建物の劣化については考慮していません。
 診断は確認申請図面に基づき行っています。図2と図3は調査建物の平面図で確認申請時のものです。図4は今回の調査で判明した確認時平面図と現況建物との筋かい取り付け状態の相違を示しています。既存建物の調査においては、図面と現況建物との間に相違する部分が存在することがあります。図面を鵜呑みにせず、しっかり調査を行うことが大切であると思われます。診断の条件は表1の通りです。
 屋根は厚形スレート葺き、外壁は写真7に示す通り、木ずり下地モルタル塗りとなっています。また、建物の四隅には通し柱が設置されています。そして、耐震診断結果は表2の通りとなりました。
 1階X方向について上部構造評点が、一般診断法で0.741、精密診断法1で0.862といずれも1.0を下回りました。上記は建物が図面の通りに建てられている場合について診断した結果であり、調査の結果、実際の建物の状況については、1階X方向の筋かいが図面ではたすき掛け筋かいが2カ所ありますが、実際は2カ所とも片筋かいとなっています。また、階段下の45×90の筋かいが設置されていません。因みにこの点を考慮して診断すると1階X方向の上部構造評点は、一般診断で0.644、精密診断法1で0.732となります。また、今回の検討では建物の劣化の影響は考慮していませんので、建物に劣化が生じていればさらに耐震性能は低下します。その他、精密診断法1の診断結果においては偏心率による低減係数が1.0となったため、偏心による建物耐力の低減はありませんでしたが、一般に偏心の大きな建物も多数存在しているものと考えられます。このことにも十分留意しておく必要があると思われます。
まとめ
 グレーゾーンの建物の耐震性能は、2000年の法改正後の現行耐震基準の性能と比較すると一般的に以下の点で不十分な点が存在すると思われます。
1)公庫基準で建てられている建物の場合でも、筋かいの端部接合部の仕様が、現行耐震基準のものと比べて耐力の小さい接合部仕様となっている場合があります。
2)柱頭柱脚接合金物の規定が、現行耐震基準(建設省告示第1460号)の規定に比べてゆるく、引き抜き耐力の小さい接合部となっている場合があります。
3)壁の配置バランスの検証方法が2000年の法改正で定められましたが、グレーゾーンの建物の建設当時はその規定が定められていなかったため、偏心率の大きな建物も存在しているものと考えられます。
また、今回の調査で判明した点としては以下のことがあげられます。
①筋かい端部において、大入れの場合の平金物が取り付いておらず、公庫基準と異なる仕様になっているものと思われます。
②柱頭柱脚接合金物の山形プレート(VP)が梁の小口面に取り付けられているなど、金物の取り付け方に問題がありそうです。
③コンクリートブロック腰壁上に筋かい耐力壁が取り付けられており、大地震時の力の伝達に注意が必要な状態であると思われます。これらは耐震診断および耐震補強設計を進める際には、注意する必要があると考えられます。
今回の調査からは、グレーゾーンの建物には、必ずしも耐震性能の十分でない建物が存在することがわかりました。グレーゾーンの建物については、リフォーム等の機会をとらえ、積極的に耐震診断および耐震補強が進められることが望ましいと考えられます。今後のグレーゾーン建物の耐震化を考える上で、貴重な情報を得ることができました。

[参考文献]
1)金融公庫融資住宅『木造住宅工事共通仕様書 昭和59年版(解説付き)』(財)住宅金融普及協会
笠貫 曻(かさぬき・のぼる)
(一社)東京都建築士事務所協会・木造耐震専門委員会・墨田支部副支部長、笠貫一級建築士設計事務所代表
1947年 東京都墨田区生まれ/1972年 工学院大学卒業
曽根 浩一(そね・ひろかず)
(一社)東京都建築士事務所協会木造耐震専門委員会副委員長・2000年WG委員・大田支部、(株)曽根一級建築士事務所代表
1965年 東京都大田区生まれ/1988年 日本工業大学建築学科卒業
辻川 誠(つじかわ・まこと)
(一社)東京都建築士事務所協会木造耐震専門委員会・2000年WG、辻川設計一級建築士事務所代表
1962年 東京都昭島生まれ/サンフォルム設計事務所勤務を経て、1992年 辻川設計開業
カテゴリー:建築法規/行政
タグ:2000年問題