奥野 親正(第52回東京建築賞選考委員会選考委員、株式会社久米設計 執行役員 構造設計本部本部長)
篠﨑 淳(第52回東京建築賞選考委員会選考委員、株式会社日本設計代表取締役社長)
手塚 由比(第52回東京建築賞選考委員会選考委員、株式会社手塚建築研究所代表取締役)
安藤 暢彦(第52回東京建築賞選考委員会選考委員、一般社団法人東京都建築士事務所協会副会長・千代田支部、マルタ設計)
赤松 佳珠子(第52回東京建築賞選考委員会選考委員、株式会社シーラカンスアンドアソシエイツ代表取締役・パートナー、法政大学デザイン工学部建築学科教授)
原田 真宏(第52回東京建築賞選考委員会選考委員、芝浦工業大学建築学部建築学科教授、MOUNT FUJI ARCHITECTS STUDIO主)
北 典夫(第52回東京建築賞選考委員会選考委員、鹿島建設株式会社専務執行役員 建築設計本部長)
宮原 浩輔(第52回東京建築賞選考委員会選考委員、一般社団法人東京都建築士事務所協会相談役、株式会社山田守建築事務所代表取締役社長)
伊香賀 俊治(第52回東京建築賞選考委員会選考委員、慶應義塾大学名誉教授、一般財団法人住宅・建築SDGs推進センター理事長)
KACH一級建築士事務所
川崎朝鮮初級学校は、生徒数の減少と建物の老朽化により存続の危機にあった。敷地の一部を売却して建設費を捻出することで建て替えへと展開するが、それは同時に子どもたちの活動の場の縮小という懸念を伴うものであった。加えて従来の校舎は閉鎖的で暗かったことから、明るい環境への刷新と、地域との連帯を高める開かれた建築が求められていた。
本計画の核心は、これらの課題を解決する断面構成にある。コスト制約から準耐火構造とするため2階建てに抑えつつ、外形上は3段の雛壇状に構成し、各段のレベル差を低く制御することで、分節されながらも連続性を持つ段々のルーフテラスを成立させている。このテラスは校庭から教室へとシームレスにつながり、屋外空間を立体的に拡張するとともに、建物全体に光と風を行き渡らせている。さらに教室とテラスが滑らかにつながることで、屋外がより身近な環境となり、子どもたちの活発な活動を日常的に促している。
このテラスは遊び場であると同時に、催事の際には観覧席となり、地域へ活動を開く舞台としても機能する。段々テラスの構成によって、屋外全体、屋内外、さらには学校と地域社会を滑らかにつなぐ連続的な関係性が実現されている点は高く評価できる。敷地条件やコスト制約を創造的に転換し、同様の課題を抱える施設建築にも新たな可能性を示した本作は、会長賞にふさわしい卓越した建築である。(石井 秀樹)
設計|日建設計、鹿島建設
銀座、昭和通りに面して2棟の積層する木庇と内部の木天井が水平、上下に連続し、そのままファサードとして立ち現れた建築である。銀座でもひときわ目立つこの建築は、街の人びとやインバウンド客が立ち止まり、ふと見上げてしまうほどの魅力を持ち合わせている。
街に浮遊するかのような庇状の外周部のワークプレイスは、階高の中で床、天井のレベルを段階的に変化させた木質段床空間としてスケール感の抑揚をつくり出している。この空間の変化によって居心地の良さを増し、気分にあわせ、時には大通りに面し、背を向け、仲間と語り合いながら自分の働き方を見つけられる。木質化は、使用環境や加工性から適材適所で選択して広範囲に実現されている。
2棟を分断する区道をアトリウムと見立て、縁側テラスを介して、レベルを変えた大小の空間がワークプレイスと互い違いに見合う。視線は、斜めに抜け、お互いを広く見渡し、存在を感じ、一体感を持たせている。この見合いは、街との繋がりを持たせ、日々の働きに、季節、天候の移ろいを感じさせる。
新しい働き方を見据え、多様な選択肢をもつワークプレイスでまちに開く木質オフィスをつくり上げた建築作品を高く評価したい。(奥野 親正)
設計|アキチ アーキテクツ
「自由な家」は、都内の37㎡の極小敷地に建つ単身者用の住宅である。建主の都心居住への思いと、外部から隔絶されたマンション暮らしへの疑念を出発点とし、生活を見つめ直す強い物語性を持つ。現地審査までは、省エネ性能や動線効率を度外視した構成に戸惑いを覚えたが、それが均質な住環境への問いかけであり、光や風を直接肌で感じるための確信的な選択であると家主の話から理解できた。建主はこの小さな家に合わせ、家具を手放し暮らし方を変容させていった。設計者との深い対話が結実し、建築主の強い意思そのものが物質化した力強い建築となっている。
空間構成として、存在感の強いコンクリート打ち放しの外殻が、コンパクトな室内と半外部の階段・テラスを一体化し、心地よい光と風を感じる空間を生み出している。また、敷地の特殊性を活かし、手前に住宅地、遠くに高いビル群という都心ならではの風景が広がり、都市の中に浮かぶような居住体験を実現している。
特筆すべきは、上階を住居としながら下階をシェアスペースとして外部に開き、「街と人とつながる装置」として計画した点である。建主が「私たち」の家と呼ぶように、本作品はひとり暮らしの小さな器を未知の可能性を秘めた寛容な場所へと昇華させている。その点にこそ、極小敷地における都市居住の新たな可能性を強く感じた。(篠﨑 淳)
設計|成瀬・猪熊建築設計事務所
南向きの斜面地に建てられた20戸のコーポラティブハウスである。中廊下を介してメゾネットやトリプレットの住戸が連なる構成によって、各住戸が南北両面に開かれている点は、ル・コルビュジエのユニテ・ダビタシオンを彷彿とさせる。さらに本作では、南北方向に加えて5つのスリットを設けることで、各住戸が東西方向にも開口を持ち、水回りの配置にも高い自由度が与えられている。コーポラティブハウスという、各戸の設計自由度を最大限に生かす仕組みが、空間構成そのものに巧みに組み込まれている点が秀逸である。
また、各住戸の内装には複数の建築家が関わっており、それぞれに異なる趣を持つ住空間が実現されていた。審査時には4戸の住戸を見学したが、集合住宅において竣工後の住戸内部を見せていただける機会は決して多くない。その中で、住まい手たちがプランニングから家具や設えに至るまで丁寧に住まいをつくり込み、それぞれが誇りを持って暮らしている様子が強く印象に残った。
中廊下を歩くと、南側の緑や北側の通路が垣間見え、風が抜けていく気配が感じられる。急峻な斜面地であり、設計・施工ともに極めて難易度の高い条件であったことが想像されるが、敷地のポテンシャルとプログラムを最大限に生かすと同時に、住まい手ひとりひとりの個性を受け止める豊かな集合住宅となっている点を高く評価したい。(手塚 由比)
設計|ニコ設計室
大人4人の家族が個の自立を尊重しながら緩やかに集うその姿は、単なる同居を超えて、これからの時代の家族のあり方を優しく示唆しているようだ。看取りまでを見据えた切実な機能を備えつつ、豊かな日常へと昇華されている点が巧みである。
中庭を囲む集落のような構成は、家族のほど良い距離感を生むだけでなく、深い庇が室内外の境界を曖昧に連続性を演出していると同時に、中庭がリビングルームのようなスケール感で落ち着いた空間となっている。将来、体が不自由になったとしても、寝台から季節の移ろいを肌で感じられる様は、在宅ケアのひとつの到達点ともいえる。
前面道路へ向かって独立して開かれた趣味空間としての音楽室は、将来的な貸出やイベント利用をも見据えており、私的な住まいを地域社会へと接続する温かみのあるな結節点となっている。低く抑えられた車庫と共に、歩行者に威圧感を与えず親しみを感じさせる構成は、「家づくりは街づくり」という設計思想の具現にほかならない。
その空間の密度を決定づけているのが、設計者の慈しみが行き届いた細部への配慮である。住まう人の心に静かに寄り添う色彩計画や、掌に馴染む建具金物のひとつひとつに、日常の些細な瞬間を慈しむ思想を感じる。(安藤 暢彦)
設計|AIAR
なんといっても幅8.1mの大開口から飛び込んでくる相模湾の風景は、見る者を圧倒する。自然の中に生活する様を強く意識させ、開放的な心地よさを生み出すその空間は、施主の求める「海との間に一切のノイズがない眺望」という純粋な願いを建築的解法により見事に実現した作品である。
この究極の開放感を実現するため、築60年の木造平屋住宅南面の柱と壁を大胆に撤去し、補強を兼ねて増築した逆梁鉄骨ラーメン構造の6mm厚の鉄板の庇は、単なる日除けの域を超え、風景を鋭利に切り取るフレームとして機能し、室内から海へと抜ける視線の水平性を鮮やかに強調している。
また内部空間においても、既存住宅の穏やかな雰囲気を丁寧に読み取り、受け継ぐべき要素を大切にしながら、施主の個性や趣味性を反映した要素を重ね合わせ彩りを加えている。さらに、一部の木小屋組みを現しにすることで、温かみを感じさせると同時に垂直方向への視線の広がりと新たな表情を生み出している。控えめながらも確かな意思を感じさせる精度の高い再編集といえるだろう。(安藤 暢彦)
設計|and to建築設計事務所
この少し不思議で印象的な外観をもつ建築は、代々材木業を営んできたご家族のための別荘として計画されたものであり、写真から感じていた印象に反して、人通りの多い道路に面して建っていた。
施主からの要望は「木に包まれる空間」であり、代々守られてきた環境ごと次世代へと継承するために、元々の建屋と樹木との関係や動線など、過去の記憶を丁寧にトレースし、既存樹木を一本も伐ることなく、木立と呼応する新たな建築が構想された。その結果として、この独特な形態が生まれてきたのだという。とりわけ、1階の大半はピロティ空間となっており、建物を地面から持ち上げる、林立する丸太の通し柱によって支える姿が強い印象を与える。
この構成は、設計者の意図した通り、軽井沢の湿気対策に加え、賑わう道路との適度な距離感を生み出し、2階に落ち着きある居心地の良い空間をもたらしている。さらに、階段の手すり子や机、椅子の脚まで、木立をイメージさせるように先端に向かって細くなるデザインを取り入れるなど、空間体験の一体性が徹底的に追及されている。
施主から全面的な信頼を得て、テーブルや椅子、ソファなどの家具に至るまで、すべてを設計しつくせることが、設計者をより奮い立たせたに違いない。施主と設計者の理想的な関係性こそが生み出した総合的な空間の質が評価された。(赤松 佳珠子)
設計|Sデザインファーム
建築家の自邸であるこの小住宅は、桜の古木が立ち並ぶ寺の参道に面している。道には放課後の子どもたちが三々五々集まっていて、そこに近隣の母親たちも混ざって長々と談笑している。参道が地域のパブリックスペースとして生かされている、近年希少な長閑な暮らしの界隈がそこには形成されていた。
この得難い都市空間を保持、あるいは促進すべく、塀や壁で隔てるのではなく、住宅のベース形状である立方体を一部削り取ることで生み出されたイン・ビトゥインな「軒先空間」を介して、かつての参道脇の町家のように、地域の空間とつながることが選択された。その結果、住宅としては参道までを自分の領域とする広がりを獲得しつつ、地域としては日常的に参道へ滲み出る人の営みの気配や、植栽越しに仄かに交わされる視線によって、皆の居場所としての安心感がもたらされている。
特筆すべきはこのような地域と連続した住空間が高効率な「省エネ住宅」として成立していることにある。この手の住宅は高断熱高気密が求められるため、壁は厚く、開口等は最小化されるなど、内外の関係は断ち切られることが一般的であるが、この住宅ではボリューム上部に屋内外の空間を跨ぐ連続窓を設けたことで、認識的には常時内外がつながった状態として現象しているのである。これからの社会に重要であるが相性の悪い「住みびらき」と「省エネ性」が両立された住宅のプロタイプとして評価した。(原田 真宏)
設計|JAMZA
深川公園エリア内に位置する旧斎場を、高齢者デイサービス、学童保育クラブ、子育てひろば、私設図書館からなる複合福祉施設へと再生した計画である。
車両の進入が制限され、歩行者が日常的に行き交う地域環境の中で、水平に連続する木製サッシと暖簾による柔らかな表情が、往来する人びとを自然に迎え入れている。
建物タイトルでもある「えんみち」は、その入口から連続する路地状空間として建物中央を貫き、デイサービス空間や私設図書館を横断しながら学童保育クラブへ向かう子どもたちの主動線となっている。狭すぎず広すぎない幅員が、高齢者との日常的な交流を生み出し、「ここで知り合った高齢者と子どもが手紙を交わし、道で声を掛け合う」という関係を育んでいる。施設内で生まれたつながりは地域全体へと広がり、支え合いや見守りの日常を生み出している。この施設で育った子どもが高齢者となって再び利用するという時間の循環も含め、「ゆりかごから墓場まで」という社会福祉の理念を具体のかたちとして示している。
福祉事業者と設計者の協働によって実現した本作は、単なる建物のリノベーションにとどまらず、ひとつの建築を契機として地域の人間関係や日常そのものを更新している点において、最優秀賞とリノベーション賞の双方にふさわしい優れたプロジェクトである。(石井 秀樹)
設計|櫻井潔建築設計事務所・ETHNOS
江戸時代の旗本屋敷町だったことから、東京の中心部でありながら今も閑静な文教・住宅地区である千代田区六番町。その一角、雙葉学園の敷地と向かい合う角地に立つこの作品は、中小テナントビルでありながら事業性と社会性を両立した、街に開かれた豊かな表情を持つ。
一層毎に北と西の壁面を前後させることで生み出された、片持ちのマッスの積層が織りなすヒューマンスケールな造形は、狭隘な街路に対する威圧感を軽減するとともに、事業性に寄与する豊かなテラス空間を同時に生み出している。
また各階の開口部を道路に面し緑化デッキのある側に限定することで、十分な採光を確保しつつ屋内外の視線の交錯を緩和している。
この多層多機能な凹凸に、グランドレベルから繋がる外部階段が掛かる。白く塗られ綾なす縦の要素が、黒を基調とし横方向に展開する造形と鮮やかな対比を生み、観る者の視線を誘導する。
多岐に渡る厳しい規制を丁寧に読み解き、あるいは逆手に取り、事業上の面積要求や17mロングスパンを実現しつつ、この種にありがちな単調さとは対極的なダイナミズムを表現した力量は見事である。同じ事業者+設計者による前2作で培ったノウハウが存分に活かされており、このシリーズの次の展開が期待される。(北 典夫)
設計|三菱地所設計
⽇本を代表するカメラメーカーの開発部⾨が⼊る4万㎡を超える本社ビルである。北側住宅街に⾯する⽴会道路は歩道が拡幅・緑化され、きちんとしつらえられた「地域のエントランス」に導かれる。建物ボリュームを北側に向かって低く抑えるなど、敷地と周辺のコンテクストを丁寧に読み解き、細やかに周辺環境に配慮した計画である。
地域のエントランスに繋がる⼤階段状アトリウムでは地域の⼈びとが「我がまちの施設」のように⾃然にくつろいでいる。企業の製品開発部⾨を要する施設としては、この地域への開かれ⽅は尋常ではない。地元を⼤切にする企業理念の確かな裏打ちを感じる。
オフィスフロアは、ハイブリッドPC梁を現した16m×150mの広⼤な無柱空間の事務室が、コミュニケーションフレーム(CF)と称する吹き抜け空間を挟んで3列雁⾏配置されている。建物セットバックによるハイサイドライトからの⾃然換気と落ち着いた北側採光の⾃然光がCF内を満たし、従来のコアとは⼀線を画す事務室相互の交流を促す空間となっている。地域にしっかりと⾜を下ろし、中で働く⼈びとの⽣活の質向上に配慮した建築であり、新しいオフィス空間をつくり出した作品として⾼く評価したい。(宮原 浩輔)
設計|竹中工務店
富士山などの山々に囲まれた雄大な景観と、葡萄棚が織りなす風景が広がる甲府盆地に立地する、マテリアルハンドリング機器メーカーの新社屋である。豊富な伏流水に恵まれた地域で、生活や地域産業の基盤として井水が利用されている地域特性を生かし、冷涼な地下水を空調利用した後、気化冷却とライトシェルフ効果をもつ水盤としてカスケード利用し、室内に良好な反射光と冷涼な空気をもたらした後に、釜無川へと放流している。大気と地下を循環する水資源サイクルの中に新社屋の水循環を組み込むことで、甲府盆地の微気候が尊重されている。
さらに、日本有数の日照時間と晴天率を活用し、太陽光発電で建物消費エネルギー量を上回る創エネルギーが確保される設計がなされているとともに、竣工後の建築主・設計者・施工者によるコミッショニングが継続されることによって、Net ZEB(BEl=0.03)、BELS☆☆☆☆☆、CASBEE☆☆☆☆☆(BEE=4.0)が達成されている。
また、地域の伝統的な葡萄栽培方式である葡萄棚をデザインモチーフにした軽快なフィーレンデール架構の鋼材の約50%に電炉鋼が採用されるなど、ライフサイクルカーボン削減にも取り組まれている。
以上の通り、地域の豊かな自然環境と伝統的な知恵を活かした優れた環境建築である。(伊香賀 俊治)
設計|戸田建設
京橋の地で120年余りになる企業が、次の世紀も京橋の街を⽀えていこうという強い意志のもと実現させた本社ビル建て替えプロジェクトである。
ダブルH形コアウォールによる⾼い耐震性能、太陽光+コージェネ・⾃家発+3回線特⾼受電による複数エネルギー源確保のBCP機能に加え、免震広場と建物内に確保された約2,650㎡の⼀時滞留スペースにより地域の災害時拠点機能(DCP)を実装している。企業イメージを担う⾼層部エレベーションのシャープな縦ルーバーは、綿密な形状スタディにより⽇射制御性能と通⾵性能を備え、超⾼層初のZEB Readyを達成している。
旧本社ビルが建っていた場所をそっくりそのまま中央通りに平⾏なオープンスペースとして開放し、さまざまな賑わいのイベント開催の場とするとともに、ふと⾜を⽌めやすい⽇常的に開かれた空間になっている。エントランスすぐ横の3層吹き抜け展⽰スペースは新進アーティストに無償で提供され、展⽰費⽤も企業側が持っていると聞く。
従来の⾃社ビルとは⼀線を画す種々意欲的なプログラムや、各所に込められたさまざまな建築的⼯夫がいずれも企業の深い地元愛から発していることに改めて感銘を覚える。最優秀賞作品にも劣らない⼒作であろう。(宮原 浩輔)
設計|久米設計
旧本多邸は、1930年代に、実業家・本多庄作が建てた本格的木造洋風邸宅である。しかし1986年以降約30年にわたり空き家となっており、漏水や倒木被害による腐食や損傷が進行し廃屋寸前の状態にあった。その後、本建築が久米権九郎(久米設計の創設者)の設計による、日本近代建築史・建築技術史上重要な「久米式耐震木骨構造」であることが判明し、2021年に久米設計が継承、単なる保存修復ではなく、地域に根差した保存活用の取り組みが始まった。2022年には国登録有形文化財にも登録されている。
本プロジェクトでは、構造の徹底的な調査研究を基に限界耐力計算による耐震補強を行い、オリジナルの軸組を部分的に可視化している。また、当時のタイルや左官仕上げ、建具、照明器具などに見られる高度な技術と素材を丁寧に再現し、歴史的技術の継承を図るとともに、太陽熱や地中冷熱の活用により環境性能の向上にも取り組んでいる。建築を地域に開かれたものとして未来へ継承しようとするプログラム構築まで含め、これら一連の活動は設計者への深い敬意と「生きた文化財」としての保存活用への強い意志の表れであり、本建築の価値を一層高めるものとして評価された。(赤松 佳珠子)
設計|ワクト、再生建築研究所
多くの既存建築ストックは、現行の建築基準法令への適合が難しかったり、検査済証の未交付などによる違法状態であるとされ、有効活用の障壁となっている場合がある。この建築は、手仕事のまち・日本橋浜町において、このような障壁を抱える建築ストックの違法状態を解消するだけでなく、1棟単体では扱いづらいものを複合させて再生し、地域の活性化と向上を図った計画である。
隣接する延べ面積の実態違反であった古い木造棟とRC造の2棟を耐震化、適法化に伴い減築し、増築した避難階段棟(S造)によって接続して、オフィス・サウナの複合用途に再生している。
改修した両側2棟の隣地の間を縫うように設けられた開口部や共用部は、周辺に余白を生み出した。生まれた余白は、まちに開かれたピロティとしての活用や耐震補強を行いながらも隣地とつながる新たな開口により、街とつながり、都市の中に公共性を帯びた空間を創出している。グランドレベルで隣地とまちがどのように関わるのか考えられている。
このような事業者を悩ます既存建築ストックの2棟活用により可能性を拡げ、人を引き込み、都市とのつながりを生む複合的な再生を可能とした建築を評価したい。(奥野 親正)
設計|梓設計
軽井沢を象徴する創業130年の歴史的な雰囲気を損なうことなく、現代的な快適性を備えたホテルへと見事に改修している。外観や空間の印象を極力変えないという、一見単純でありながら極めて難易度の高い命題に対し、基礎の更新や大規模な構造補強によって応えた点は高く評価できる。改修されたアルプス館や碓氷館は、従来の意匠を継承しながらも、美しく整えられた空間として再生されていた。「見た目は変わっていないのに快適になった」という宿泊者の評価は、この改修の本質を的確に表しているように思う。130年の歴史を受け継ぎながら、さらに次の100年へと建築の時間をつないでいくことのできる、意義深い改修であった。
仕上げを可能な限り残すための苦労も並大抵のものではなかっただろう。材料の活かし取りから始まり、細部に至るまで丁寧な検討が重ねられていたことがうかがえる。工事記録写真も非常に素晴らしく、ひとつひとつの工程に向き合った職人たちの姿が生き生きと伝わってきた。この建築に関わった人びとが、それぞれ強い誇りを持って工事に携わっていたことが感じられ、深い感銘を受けた。
一方で、新築部分については既存部分との違和感をなくすことに非常に慎重であったがゆえに、あえて現代的な価値を加える方法もあり得たのではないかとも感じた。しかし、その抑制的な姿勢そのものが、この建築に対する敬意の表れであったとも言えるだろう。(手塚 由比)

1971年 千葉県生まれ/1995年 東京理科大学理工学部建築学科 卒業/1997年 東京理科大学大学院理工学研究科建築学科修了/1997年 architect team archum 設立/2001年 石井秀樹建築設計事務所へ改組/2012年~一般社団法人 建築家住宅の会 理事

1968年 三重県生まれ/1991年 明治大学工学建築学科卒業/1993年 明治大学大学院工学研究科建築学専攻修士課程修了/1993年 久米設計

1963年 東京都生まれ/1986年 早稲田大学理工学部建築学科卒業/1988年 同大学理工学研究科修士課程修了後、日本設計入社/2003年 チーフアーキテクト、2015年 執行役員フェロー、2019年 取締役常務執行役員を経て、2020年現職

1969年 神奈川県出身/1992年 武蔵工業大学卒業/1992-1993年 ロンドン大学バートレット校(ロン・ヘロンに師事)/1994年 手塚建築企画を手塚貴晴と共同設立(手塚建築研究所に改称,1997年)/1999年〜 東洋大学非常勤講師/2001年– 東海大学非常勤講師/2006年 カリフォルニア大学バークレー校客員教授/2023年〜 東京大学非常勤講師

1958年 静岡県生まれ/日本大学大学院理工学研究科修了/1983年 マルタ建築事務所(現:マルタ設計)入社/現在、同社代表取締役社長

1968年 東京都出身/1990年 日本女子大学家政学部住居学科卒業/1990年 シーラカンス(のちC+A, CAt)に加わる/2002年 CAtパートナー/2016年 法政大学デザイン工学部建築学科教授/現在、CAtパートナー、法政大学教授
(撮影:ToLoLo studio)

1973年 静岡県生まれ/1997年 芝浦工業大学大学院建設工学専攻修了/1997〜2000年 隈研吾建築都市設計事務所/2001〜02年 文化庁芸術家海外派遣研修員制度を受け、ホセ・アントニオ&エリアス・トレースアーキテクツ( バルセロナに所属)/2003年 磯崎新アトリエ/2004年 原田麻魚と共に MOUNT FUJ I ARCHITECTS STUDIO 設立/2008年 芝浦工業大学准教授/2016年 芝浦工業大学 教授

1958年横浜市生まれ/1981年東京工業大学建築学科卒業後、鹿島建設株式会社入社/2008年 プリンシパル・アーキテクト、2018年 執行役員建築設計本部長を経て、2021年現職

1956年鹿児島県生まれ/1981年東京工業大学建築学科卒業後、株式会社山田守建築事務所入社

1959年 東京都生まれ/1981年 早稲田大学理工学部建築学科卒業/1983年 同大学院修了/(株)日建設計 環境計画室長、東京大学助教授、慶應義塾大学教授を経て、2024年より現職/博士(工学)/日本建築学会副会長(2020〜21年)

























































