大森ロッヂ 運ぶ家
古谷デザイン建築設計事務所
第43回東京建築賞共同住宅部門優秀賞
建築主:
矢野一郎、矢野 典子
設計:
一級建築士事務所古谷デザイン株式会社建築設計事務所
施工:
株式会社トラスト
所在地:
東京都大田区
主要用途:
店舗付き長屋
構造:
木造
階数:
地上3階
敷地面積:
105.64m2
建築面積:
56.79m2
延床面積:
142.88m2
工事期間:
2014年12月〜2015年6月
撮影:
*鈴木 拓也、**新建築社写真部
設計趣旨:
風を運ぶ 箸を運ぶ 夢を運ぶ
 大森ロッヂを街に開き、地域に貢献する建物をつくりたい。オーナーの言葉のもとに集まった入居者2組と設計者が4者一体となってこのプロジェクトは始まった。
 敷地与件から2店舗を並べ店主の住まいを積むという構成が決まり、アイデア推敲の場が持たれた。そのうち、理想の住まいをつくり、いわばメンバーの自己実現が地域環境の良化に貢献するいうことを、イベントなどを通してごく自然に気づかされるに至った。
 「たぐい食堂」と「yamamoto store」という職住の価値観の違うふたつの世帯がテラスで緩やかにつながる設計としている。燃え代設計の露出柱により囲まれたこの空間は、街の風景を取り込み、あたかも既存の路地空間が空中で繋がったかのような錯覚と、小気味よい浮遊感によって飲食店のテラスとしても機能することを意図している。それは言い換えれば、各々の生活と仕事の狭間を表現する一種の広告スペースとして機能することも期待している。
(古谷 俊一)
古谷 俊一(ふるや・しゅんいち)
1974年 東京都生まれ/1997年 明治大学理工学部建築学科卒業/2000年 早稲田大学大学院理工学研究科石山修武研究室修士課程修了/2000年 株式会社IDEE/2006年 株式会社都市デザインシステム/2009年 古谷デザイン建築設計事務所を設立
選考評:
 この作品を評価するためには先ず「大森ロッヂ」とは何かを知らなくてはならない。
 宮崎浩さんと僕は選考委員として現地を見てきたのだが、幸いなことに昨今ではICTの力でホームページを閲覧できるから、興味を持たれた方はぜひアクセスしていただきたい。そこには、「昭和の趣を残す8棟の木造住宅を順次リノベーションしてきた大森ロッヂでは、路地を介した緩やかなつながりが形作られてきました」と記されている。
 大和塀に囲まれた黒い下見板張りの大森ロッヂの賃貸住宅群は、周囲の大森の町からタイムスリップしたような懐かしい、レトロな風情を見せている。しかもそれぞれが丁寧にメンテナンスされているし、住宅の間の路地空間にしてもバリ島の宿泊施設のように手入れが行き届いている。「運ぶ家」はその大森ロッヂの北東角に建てられた新築の2戸1長屋である。1階には食堂と工房があり2、3階が住まいになっている。3階建て木造は仕事場と住まいの距離を保つための工夫なのだろうか。それに対して、大森ロッヂオーナーのYさんは「運ぶ家」の役割について『ロッヂを外に開くためのものである』と述べている。1階の職の場もその通りであるなら、2階のテラス空間もそのための方策と理解することができる。ホームページにも『めざしているのはコミュニティでなくコンヴィヴィアリティ』と記されている。コンヴィヴィアリティとは思想家イヴァン・イリイチの用語で「人間的な相互依存の中で実現された個的自由」、「自立共生」などと説明される。
 このプロジェクトは、類稀なオーナーと建築家の献身的なコラボレーションである。末永く継続されることを願うばかりである。
選考委員|渡辺 真理
渡辺 真理(わたなべ・まこと)
建築家、法政大学デザイン工学部教授、設計組織ADH共同代表
群馬県前橋市生まれ/1977年 京都大学大学院修了/1979年 ハーバード大学デザイン学部大学院修了/磯崎新アトリエを経て、設計組織ADHを木下庸子と設立