連載:テクノロジープラス ⑥
厨房排水の課題解決ソリューション──油分流出を最少化するグリーストラップを共同開発
横堀 洋一(下田エコテック(株)技術部長)
はじめに
 コロナ禍という艱難辛苦の中で、多くの飲食事業者が生き残りと、新たなビジネス戦術を必死で模索しています。100年前の「スペイン風邪のパンデミック」は、丸2年で終息したようですが……、兎にも角にも、今回もできる限りの早期収束を願うばかりです。安心できる日常さえ戻れば、飲食商売もすぐに繁盛しはじめ、雨後の筍のごとく新規店舗が数多く開店することでしょう。
 この景気が回復する時期にしっかりと照準を合わせて、飲食事業者の方々にとって、より役に立つ製品やサービスを、グリーストラップのメーカーという立ち位置から提供できるよう着実に準備していきたいと考えています。
 今回は、その準備のひとつとして取り組んでいる「油分流出を最少化する新型グリーストラップの開発」について、ご紹介させていただきます。
現場における厨房排水の課題
 皆様よくご存じの通り、グリーストラップには、空気調和・衛生工学会(SHASE)で認定された製品と、非認定製品の2種類があります。SHASE認定製品は、SHASEが定める試験条件により、第三者認定機関のもとで、油分阻集効率95%以上の性能が認められた製品です。とても厳格、公正に、性能評価がなされています。
 設計事務所の皆様や、飲食関連施設を運営する大手企業の設備部門の方々は、店舗設計時において、SHASE認定製品を選定することが基本となっており、もちろん、メーカーとしても推奨させていただいています。このグリーストラップ選定方法は、最も理にかなっており、非の打ちどころは一切ありません。
 しかし、問題は、店舗の運営が始まってから発生します。
 厨房現場で起きるいちばん大きな問題は、排水管の詰まり事故です。グリーストラップの一次側にある集水マスや排水管、さらにグリーストラップ二次側の排水管で、詰まりが発生し、場合によっては大きな漏水事故となるケースもあります。自店の一時的な営業見合わせならまだしも、階下にある他店舗へ漏水が流れ込み、商品をダメにしたり、施設のフロア全体が水浸しとなり、甚大な営業損失を招き、賠償問題となる等、いろいろな場所で実際に発生しています。
 ではなぜ、排水管の詰まり事故が発生するか? 当然、事故後に原因究明がなされます。
 この原因の多くは、いわば排水管の動脈硬化です。経年に渡りグリーストラップから流出した油分等が排水管に付着・固化して排水管が閉塞し、ある日突然、漏水事故を引き起こします。排水管自体が古いと錆で膨張し、配管径が細くなった上に、油分固着で一発アウトという例もあります。
 やはり事故原因の主犯、ないし間接正犯は、グリーストラップから流出する油分であることは否定できない事実です。
グリーストラップからの油分流出の要因
 グリーストラップ(Grease trap=GT)からの油分流出は、なぜ起きるのか? 実際の現場状況から、次のように整理できます。
①GTの清掃管理ができていない。
→ GT阻集効率を維持する多頻度清掃管理がなされていない。
→ シンクのタメ水の一気放流で、GTに溜まっていた油分等が流れ出てしまう。
→ 店舗スタッフがGTのトラップ管を外し、浮上油を流し出す不適切な行為をしている。
②SHASE規定の禁止条項にあるような不適切なGT管理装置を使用している。
③設計段階で、現場の制約条件等により最適なGTが選定・設置することができなかった。
④店舗で排出する油分が低濃度油分のため、GTの阻集効率が落ちる
⑤GTに高温排水が流入し、油分の粘性が下がり、油水分離が阻害されている。
 調理を行う厨房現場では、ラードや牛脂、サラダ油、オリーブ油、パーム油など、いろいろな種類の油を、たくさん使用します。当然、「GTから油分が一切流れ出ることがない」といえる現場は、どこにもないはずです。しかし、上述のいずれかひとつ、ないし複合的な組み合わせがある現場では、GTからの油分流出がより多く発生していると考えていいと思います。
メーカーとしてのテーマ
 厨房排水の現場で、お客様が苦慮されている問題は、「排水管詰まり事故」であり、課題は「排水管詰まり事故の防止」です。そして、排水管詰まりの原因が、GTから流出する油分であるという事実と、この油分流出の主要因を上述①~⑤の5つに整理することができました。
 この5つの要因のうち、①②③についは、お客様が主役となり改善に励んでいただきたい項目です。
 残された、④の「店舗で排出する油分が低濃度油分のため、GTの阻集効率が落ちる」および⑤の「GTに高温排水が流入し、油分の粘性が下がり、油水分離が阻害されている」というふたつの項目は、製品性能のレベルアップを通して、メーカーが課題解決ソリューションを提供すべき領域であると考えました。
共同開発のスタート
 この課題解決ソリューションへの取組みは、(株)ティービーエム(埼玉県所沢市、TBM)との共同開発で展開することにしました。TBMは環境ベンチャーであり、国の支援のもとで、水を守り、新エネルギーを生み出す「フード・グリーン発電システム」というオンリーワン技術を保有しています。具体的には、日本マクドナルドや日本ケンタッキー・フライド・チキンなどを顧客として、直営店舗のGT管理を中心とした厨房排水総合管理サービスを行っており、このサービスを通して回収する排水油脂(GT浮上油)を原料に、独自のバイオ燃料を製造し、グリーン発電など行う、脱炭素事業を展開しています。
 同社は、厨房現場のGT管理に関する知見が豊富で、さらに熱交換技術やIoT技術ほか先端技術を駆使するノウハウも有しています。当社の保有技術とのコラボレーション効果や、今後のサービス付加価値向上の視点から、双方にとって有意義なシナジー効果が見込まれるため、タッグを組むことになりました。
開発体制の構築
 この共同開発で、実にタイミングよく、幸いしたことがあります。それは、TBMが埼玉県の「令和元年度埼玉県ものづくり技術・製品開発支援事業」に採択されたことです。開発費の一部が埼玉県から補助されるため、経費捻出を軽減することができ、開発に勢いをつけてもらえました。
またとない絶好の開発環境の中、東洋大学理工学部都市環境デザイン学科の山崎宏史准教授と埼玉県環境検査研究協会にも、開発チームの一員となっていただきました。
 山崎宏史准教授は、SHASEおよび日本下水道事業団の委員等を歴任する専門家です。開発した製品の性能試験方法に関する専門的な指導助言および製品評価をしていただくことになりました。
 埼玉県環境検査研究協会は、環境省の環境技術実証事業(ETV事業)の第三者機関(実証機関)であり、製品性能試験時の油分測定やデータ整理を実施いただくことになり、この体制によって、製品性能試験に対する専門性と高い精度を担保できるようになりました。
図1 開発した製品。SHASE認定グリーストラップ(GT)をベースに、GT外側の側面および底面にPCM槽(熱交換機能)を追加。GTの二次側に配置したBT(油分流出防止槽)に、油脂自動回収装置「環吉君Jr.」を組み合わせ、溜まった油分を自動的回収。
写真1 外側の側面および底面にPCM槽(熱交換機能)を追加したGT。
写真2 BT(油分流出防止槽)。配管は油脂自動回収装置「環吉君Jr.」のもの。
写真3油脂自動回収装置「環吉君Jr.」本体。
開発した製品
 実際に開発した製品は、図1の通りです。
 構成は、次の通りです。
① 「SHASE認定GT」をベースにし、GT外側の側面および底面に熱交換機能を持つPCM(Phase Change Material=潜熱蓄熱材)槽を追加する。
→ PCM槽内には、蓄熱材自体を冷却できる給水管が埋め込まれている。
② GTの二次側に、GTから流出する油分をトラップする油分流出防止槽(Binary-Trap = BT)を配置し、二段階除去方式とする。
③ BTにTBMが開発した油脂自動回収装置「環吉君Jr.」※を組み合わせ、BTに溜まった油分を適宜自動的に回収する
(※油脂自動回収装置「環吉君Jr.」:GT浮上油の自動回収装置。平成29年度環境省環境技術実証事業で環境省の認証を受けている)。
 この一連の仕掛けによって、「高温排水の低温化機能の強化→GTから流出しやすい低濃度油分をBTでキャッチ→溜まった油分のこまめな自動回収」を実現し、油分流出量を最少化する構造としました。
 写真1は、下田エコテック(株)製のSUS浅型GTにPCM槽(熱交換機能)を追加した製品です。SHASE認定製品の外側の側面と底面に熱交換機能を追加しているため、認定品としての基本構造を堅持しています。
 写真2は、BT(油分流出防止槽)です。BT内の配管は、油脂自動回収装置「環吉君Jr.」のものです。
 写真3は、油脂自動回収装置「環吉君Jr.」本体です。
表1 油分除去能力の試験手順
図2 油分除去能力の試験
表2 高温排水低温化の試験手順
図3 高温排水低温化の試験
性能試験の方法と手順
 東洋大学の山崎宏史准教授の指導のもと、当社のGT性能試験室において性能試験を実施しました。試験現場での各種測定や分析は、埼玉県環境検査研究協会が担当し、厳格に実施されました。
 試験は、「油分除去能力」と「高温排水低温化」のふたつに区分し、それぞれの試験手順は表1および表2の通りです。
表3 油分除去能力の試験結果
図4 高温排水低温化の試験結果
表4 高温排水低温化の試験結果
性能試験の結果
(1)油分除去能力
 試験の結果、油分流出率はGT単独:5.5%と比較して、BT&環吉君Jr.を付加した新型GT:3.2%という結果が得られ、二段階除去機能を有する方が、単独除去と比べて油分流出防止効果が高いことが検証できました(表3)。

(2)高温排水低温化
 60℃の高温排水を5回GTに流入させた後、第二層が45℃以下になるまでの時間を測定し比較した結果、通常GTでは67分、PCMを活用した熱交換機能付GTでは26分となりました。熱交換機能により、40分以上早く低温化できることが検証できました(図4、表4)。
製品および性能に関する評価
 上記の試験結果を踏まえ、SHASEおよび日本下水道事業団の委員等を歴任する東洋大学の山崎宏史准教授からいただいた評価は、次の通りです。

(1)課題設定に関するコメント
①低油分濃度排水の阻集率に対する課題
 SHASE認定におけるGT性能試験では、流入水の油分濃度が高濃度の5000㎎/Lで設定され、油分阻集率95%を基準としている。しかし、ファミリーレストラン等の厨房現場の実際の排水の油分濃度は、われわれの調査では300㎎/Lと上記の性能試験で設定されている濃度よりもかなり低く、その場合の油分阻集率は70%前後になることが実験的に知られている。そのため、低油分濃度排水に対する阻集率向上は、喫緊の課題となっている。
②高温排水に対する課題
 上記の性能試験における流入水の水温は42±2℃と設定されているが、厨房現場では食器洗浄機等が使用されており、GTへの流入水が60℃と高温になった場合、油分の粘性が低下し、油分阻集能力が低下すると考えられる。そのため、高温排水を短時間で低温化する技術開発が必要である。

(2)性能試験結果に基づく評価
①二段階除去による低油分濃度への対応
 今回、下田エコテックとTBMが共同で試作した新型GTは、従来のGTにBTを加えた、二段階除去方式である。この新型GTをSHASE認定性能試験に準じて性能評価したところ、GT単独よりも油分阻集率が高い結果を得た。また、SHASE認定性能試験に準じて、流入する油種にラードを用いたが、厨房等で使用されるオリーブ油など粘性の低い油種では、性能差がより大きく出ると想定される。
 よって新型GTは、粘性の低い油分や低油分濃度排水でも、油分阻集率の向上が見込まれ、今後の商品化に期待したい。
②蓄熱材を活用した熱交換機能による高温排水への対応
 新型GTは、高温排水を短時間で低温化するために、従来のGTにPCM(潜熱蓄熱材)を用いた熱交換機能を付加している。今回の性能試験において、GT第二槽が60℃前後から45℃に下がるために要した時間は、従来型GT=67分に対して、新型GT=26分という結果を得た。
 また、低油分濃度の高温排水では、油分の粘性が大きく低下するため、熱交換機能の有無で、油分阻集率により大きな性能差が出ることが容易に想定される。
 よって新型GTは、高温排水の低温化による油分阻集率の向上も見込まれ、今後の商品化に期待したい。
上記の通り、専門家からも上々の評価をいただくことができました。
今後の取組み
 今回は、独自技術を持つ環境ベンチャーや専門家、専門機関と連携して取り組んだ、当社の共同開発事例をご紹介させていただきました。
 店舗設計の段階から、厨房現場における課題解決を生み、SDGsなどへの環境貢献を生み、そして企業価値の向上を生む。そのような新製品の開発に向けて、今後ともよりいっそう頑張りたいと考えています。
横堀 洋一(よこぼり・ひろいち)
東京都建築士事務所協会賛助会員、下田エコテック(株)技術部長
1971年 東京生まれ/2001年8月 下田エコテック(株)入社/グリーストラップ、ガソリントラップ及びHACCP等の技術開発、製造及び営業に携わる/2018年 技術部長、現在に至る。日本阻集器工業会認定委員・事務局長を兼任