世界コンバージョン建築巡り 第23回
マカオ──華やかさの足元で静かに進行するコンバージョン
小林 克弘(東京都立大学(旧首都大学東京)名誉教授)
マカオ略地図
1. 聖ポール天主堂跡
マカオを象徴する都市風景。世界遺産に登録された旧市街の歴史地区に建つ。1602年から1637年にかけてイエズス会によって建設され、1835年に火事で崩壊した聖母教会の遺跡。
2. グランド・リスボア
2008年に開業したマカオ半島を代表するカジノ。
3. モルフェウス
マカオの南側のコタイ島にて、2018年に開業したカジノ。ザハ・ハディドのデザイン。
外観見上げ。
4. マカオの南側のコタイ島にて、2018年に開業したカジノ。ザハ・ハディドのデザイン。
エントランス・ホール。
5. ヴェネチアン・マカオ・リゾート
コタイ島の有名カジノ・リゾート。
夜景外観。
はじめに
 マカオは、16世紀半ばからポルトガルのアジア拠点として発展し、1999年に中国に返還され、独自の発展を遂げている。
 マカオを象徴する都市光景は、聖ポール天主堂跡(1)に代表される世界遺産に登録された旧市街の歴史地区と、華やかな高層建築群を伴ったカジノ文化という二面性を持つ。カジノでは、2008年の開業以来マカオを象徴する「グランド・リスボア」(2)に加え、近年では、南側のコタイ島において、ザハ・ハディド設計の「モルフェウス」(2018年開業、3、4)や「ヴェネチアン・マカオ・リゾート」(5)など、次々にカジノ開発がなされている。
 しかし、その足元では、コンバージョンが静かに、着実に進行して、マカオの観光都市化や市民生活を支えている。ちなみに、マカオ歴史地区にある世界遺産の約20以上の建築物の内、約半分が、用途の変更を行った施設である。本稿では、マカオの代表的なコンバージョン事例を巡ろう。
6. 聖ポール天主堂跡と宗教芸術・クリプト博物館
聖ポール天主堂跡、ファサード背面を見る。
7. 聖ポール天主堂跡と宗教芸術・クリプト博物館
地下聖堂跡を利用して整備された宗教芸術・クリプト博物館。
8. モンテの丘とマカオ博物館
モンテの丘を見上げる。聖堂とほぼ同時期にイエズス会によって防衛用の砦として整備された。
9. モンテの丘とマカオ博物館
マカオ博物館、外観。17世紀の防衛施設が、1965年に気象台となったが、1998年に外壁を保存し、地下を活用して博物館にコンバージョンされた。写真出典:Chan Ieng Hin ed., Macao Museums Guide Book, Cultural Affairs Bureau of the Macao S.A.R Government,2011
10. セナド広場
マカオ歴史地区の中心に立地する細長い三角形の平面をもつ広場。
11. 民政総署
セナド広場に面して1784年に議会施設として建設され、現在もその機能を果たしている。
セナド広場に面する正面。
12. 民政総署
広場に面するエントランス・ホール。1階と中庭は、観光客が自由に出入りできる開放的な場所に変更され、店舗なども設けられている。随所に美しいポルトガル・タイルを見ることができる。
13. 仁慈堂大楼
カソリック教の慈善団体のマカオ本部の2階が、博物館に転用され、1階は店舗となっている。
セナド広場側の正面。
14. 仁慈堂大楼
上階展示室。
15. 仁慈堂大楼
バルコニーからセナド広場を見渡す。
16. 盧家大屋
マカオの中心部に1889年に建てられた富裕商人の邸宅を住宅博物館として一般開放している。
街路側外観(右側中央)。
17. 盧家大屋
内部展示室。
18. 盧家大屋
内部展示室。
19. 質屋博物館
1917年にマカオの裕福な商人によって設立された質屋「徳成按」(美徳と成功の質屋)が、博物館として一般公開されている。
外観。
20. 質屋博物館
1階展示室。
21. 質屋博物館
背面にある倉庫棟内部。
22. 同善堂慈善協会
1892年に設立された中国の慈善団体の施設を博物館に転用。質屋博物館の倉庫棟に隣接する。
正面外観見上げ。
中心市街地
 「聖ポール天主堂跡」(6、7)は、1602年から1637年にかけてイエズス会によって建設され、1835年に火事で崩壊した聖母教会の遺跡であり、マカオの「アクロポリス」のような存在だったといわれる。今日では、聖ポール天主堂跡の残存するファサードはマカオのシンボルであり、その奥には、地下聖堂跡を利用して、「宗教芸術・クリプト博物館」が整備されており、地下空間跡の有効活用ともいえよう。
 天主堂跡に隣接するモンテの丘は、聖堂とほぼ同時期に、防衛用の砦として整備された。その上に建つ「マカオ博物館」(8、9)は、17世紀にイエズス会によって建てられた防衛施設であったため、一般人の立ち入りは制限されていたが、1965年に施設は改築されて気象台となり、1998年に博物館にコンバージョンされた。気象台であった施設の外観および歴史的な光景を保存するため、地下2階分に展示空間を増設するという整備手法が用いられた。
 マカオ歴史地区の活動の中心地は、細長い三角形の平面をもつ「セナド広場」(10)であり、その正面に民政総署(11、12)が立つ。この1784年に建築された古典主義建物は、マカオ初の議会施設であり、現在もその機能を果たしている。2階には公式行事などで使用される議事室、図書館、小さなチャペルがある。現在、1階と中庭は、観光客が自由に出入りできる開放的な場所に変更され、店舗なども設けられている。随所の美しいポルトガル・タイルは、たいへん見応えがある。
 セナド広場に面して建つ「仁慈堂大楼」(13 – 15)は、カソリック教の慈善団体のマカオ本部の2階が、博物館に転用され、1階は店舗となっている事例である。18世紀に建てられ、1906年に改修されて、2001年に博物館として開館した。広場に面するファサードは、バロック様式の教会のようであり、2階のバルコニーからはセナド広場を見渡す。エントランスは、セナド広場ではなく、広場に通じる側面の通り沿いにあり、エントランス脇には、初代マカオ司教のD・ベルキオール・カルネイロの像があり、階段を上ると、3室の展示室がある。そのうち2室は、イエズス会の紋章が入った陶磁器などの宗教芸術品の展示、1室は、カルネイロの肖像と頭蓋骨が置かれた会議室のような部屋となっている。
 「盧家大屋」(16 – 18)は、セナド広場と大聖堂広場の間という、マカオの中心部に1889年に建てられた富裕商人の邸宅が、現在では、住宅博物館として公開されている事例である。建設当時の空間構成がよくわかり、当時の中国の灰色レンガ建設方式と中庭型平面、西洋の細部(ステンドグラスやアイアンワーク)が混在している点が興味深い。
 「質屋博物館」(19 – 21)は、1917年にマカオの裕福な商人によって設立された質屋「徳成按」(美徳と成功の質屋)が、博物館として一般公開されている事例である。建築デザインと間取り、室内装飾と建物の装備は当時の中国本土の質屋と非常に似通ったものであり、今日、こうした質屋は営業をしていないが、マカオの文化遺産を保全するという目的で、当時の状態に修復され、マカオの質屋の様子を再現している。博物館はマカオでいちばん有名な通りである新馬路沿いにあり、この通り沿いに、受付のある2階建ての店舗部分が建ち、背面の中層棟は、質草として預かった物品の倉庫が立つ。
 質屋博物館の倉庫棟に隣接する「同善堂慈善協会」(22)は1892年に設立された、マカオで最初の中国の慈善団体の施設であり、現在は、同団体の歴史と活動の歴史を展示する博物館として公開されている。この団体は、元々は小さな慈善組織だったが、現在は保育園や小中学校、社会人教育センターや診療所、薬局を擁する大きな組織となっている。
23. マカオ中央図書館
モンテの丘の東側の塔石広場に面する富裕階級用集合住宅の一部が図書館に転用された。
外観。
24. マカオ中央図書館
1階吹き抜け階段室を見上げる。
25. マカオ中央図書館
2階閲覧室。
26. 新マカオ中央図書館(計画中の外観図)
セナド広場近くの裁判所の転用計画が進行中である。
写真出典:マカオ公共図書館公式HP
27. 塔石芸文館
図書館の並びの棟が、芸術振興のためのアート・ギャラリーに転用された。
塔石広場に面した外観。
28. 饒宗頤学芸館
「塔石芸文館」に隣接する住宅の1軒が、饒宗頤(イン・チョンイー)という、中国の文学や芸術に関する学者の記念博物館に転用された。
外観。
29. 饒宗頤学芸館
内部展示室。
30. 孫中山紀念館
塔石広場の近く、孫文が、1918年に最初の夫人のため建てた住宅が、住宅博物館として公開されている。
正面外観。
31. 孫中山紀念館
エントランスホール。
32. 孫中山紀念館
2階バルコニー。イスラム建築の細部が取り入れられている。
塔石広場周辺
 モンテの丘の東側に位置する「塔石広場」に面して、1920年頃に富裕階級向けのコロニアル様式の住宅群が建設された。塔石広場周辺は、19世紀には貧民街であり、1880年代のペスト大流行の元になるなど、衛生状態は悪かった。そのため。19世紀末から20世紀初頭にかけて、マカオ政庁は周辺の土地を買い上げて、広場を含む住宅群の再開発を行った。その1棟は、1983年に図書館に転用され、2007年にも大掛かりな改修がなされて「マカオ中央図書館」(23 – 25)として使用されている。外観は、保存修復であるが、内部は完全に刷新されているので、ファサード保存に近い。なお現在、セナド広場近くの裁判所をコンバージョンして、新たな中央図書館として整備する計画が進行中である(26)。
 塔石広場に面する統一感のある住宅群の並びは、次々にコンバージョンされて活用されている。「塔石芸文館」(27)は、図書館の並びの棟を、芸術振興のためのアート・ギャラリーに転用した事例である。隣接して、文書館があるが、この施設も同様のコンバージョン事例である。「饒宗頤学芸館」(28、29)は、隣接する住宅の一軒が、饒宗頤(イン・チョンイー)という、中国の文学や芸術に関する学者の記念博物館に転用された事例である。
 塔石広場の近くにある「孫中山紀念館」(30 – 32)は、1892年からマカオで西洋式眼科医として数年間働いた孫文が、1918年に最初の夫人のため建てた住宅が、1952年の夫人の死後、1958年から孫文の紀念館として一般開放されており、国父紀念館とも呼ばれる。1890年代半ばから政治活動に身を投じ、1911年に中華民国を建国する孫文自身は、避難を兼ねてマカオを訪れ、この住宅をしばしば訪れていたといわれる。全体の構成は古典主義的であるが、細部の建築様式にはイスラム建築の要素を取り入れた様式を取り入れている点がユニークである。正面に曲面のバルコニーをもつコの字型平面であり、コの字の両翼の間には、中庭がつくられている。1階が、孫文関連の展示が主で、2階は、夫人に関わる展示も含まれている。
33. 沙梨頭図書館
マカオ半島北西部の下町エリアに残る1930年代建設のショップハウス7棟を、2016年に公共図書館に転用した。
外観。
34. 沙梨頭図書館
7棟の中央の棟を減築し、アプローチのためのガラス屋根付きの前庭としている。
35. 沙梨頭図書館
閲覧室を2階から見渡す。
36. タイパ・ハウス・ミュージアム
コタイ島のタイパ地区の池沿いの敷地に1921年に建てられた5軒の住宅を保存して、博物館として一般開放。
「生活ミュージアム」の外観。
37. タイパ・ハウス・ミュージアム
「生活ミュージアム」の内部。
38. タイパ・ハウス・ミュージアム
「展示ギャラリー」外観。
その他の地区
 「沙梨頭図書館」(33 – 35)は、マカオ半島北西部に位置する下町エリアに残る、1930年代建設のショップハウス7棟を、2016年に公共図書館に転用した事例である。7棟の中央の棟をガラス屋根付きの前庭とし、1階向かって右には読書室、左に子ども図書館、2階は、街路側が吹き抜けており、それに面して自習室があり、3階には、読書庫と閲覧室、オーディオ図書室などがある。外観は2階建てであるが、内部は3階建てとなっており、ファサードを残しながら、内部構造を刷新した可能性も高い。子供図書館側の柱や梁は、補強した箇所も見られるが、読書室側は新しい構造体であり、どの程度既存構造を残しているかは定かではない。また、既存建築の重要な細部装飾は、1階の読書室の突き当りの壁面やエントランスを入ってすぐの階段の壁に展示されつつ、既存建築の記憶を残す。内部は、街路に対する大きな開口や開放的な吹き抜けをともなって、今日的なデザインでまとめられており、外観との対比が効果的である。既存の1棟を減築して前庭にした点も効果的であり、成功したコンバージョン事例ということができる。
 タイパ地区は、マカオ半島の南側に位置するコタイ島に立地し、この地区の池沿いの敷地に1921年に建てられた5軒の住宅を保存して、博物館として公開したハウス・ミュージアムが、「タイパ・ハウス・ミュージアム」(36 – 38)である。5軒を、「生活ミュージアム」、「展示ギャラリー」、「クリエイティブ・カーザ」、「ノスタルジック・ハウス」、「レセプション・ハウス(迎賓館)」と、主用途を分けて博物館化していることが特徴である。敷地が、池に面した公園のような場所であり、市民や観光客にとって人気スポットのひとつになっている。
まとめ
 マカオのコンバージョンは、比較的小規模な事例が多い。幸い、歴史地区においては、既存建築やまちなみがよく残っているために、既存建築の保存に配慮して、転用活用が行われている。マカオの派手なイメージとは対照的に、既存の建築群を保存しつつ、着実にコンバージョンによって有効活用するという状況を見ることができる。今後、「新マカオ中央図書館」(㉖)プロジェクトのように、既存建築と増築を組み合わせたような大規模な事例が増えることで、コンバージョンの有用性がよりいっそう高まるであろうことが期待される。
小林 克弘(こばやし・かつひろ)
東京都立大学(旧首都大学東京)名誉教授
1955年 生まれ/1977年 東京大学工学部建築学科卒業/1985年 東京大学大学院工学系研究科建築学専攻博士課程修了、工学博士/東京都立大学専任講師、助教授、教授を経て、2020年3月首都大学東京大学院都市環境科学研究科建築学域教授を定年退職/近著に『建築転生 世界のコンバージョン建築Ⅱ』鹿島出版会、2013年、『スカイスクレイパーズ──世界の高層建築の挑戦』鹿島出版会、2015年など