社労士豆知識 第49回
職場環境改善について(その2)
若田 充子(ヴィジョン・ウィズ社労士事務所代表)
「風土」──職場の根底に流れるもの
 前回(その1、『コア東京』2020年9月号)においては、日本の長時間労働に対する捉え方を通して、職場環境を改善するには、法律や制度を作る以上に、職場の根底に流れるもの(ここでは「風土」と表現する)を改善する必要があることを歴史的・国際的な眼差しと、調査データから見た。今回はその、一見捉えどころのないとも見える「風土」が実際に転換することで、確実に職場環境が変わることを、A社の実例を通して、その変革のリアルな様子を確認する。
「風土」転換の事例
 A社は、創業が昭和28年、設立が44年の会社で、社員数148名(2019年2月現在)、本社工場は、東京ドームのグランド面積約3倍分の敷地を持つ。粗大ごみを選別・加工する機械の製造、及びRPFなどの製造一括を行っている。東日本大震災、熊本震災、西日本豪雨災害においても現地でガレキ処理を行い復興に大きく貢献した。
 A社の社長は、たいへんなアイデアマンで、特許も多く取得していた。拡大に次ぐ拡大で自信に溢れ、社員は会社を経営するための歯車だと捉えていた。そのため社内は社長の怒号が毎日鳴り響き、離職者も多かった。
 ところが、ある難易度の高い仕事を受注したことを機に状況が一変する。不具合の連発により、損失額7億円という莫大な経費が発生し、倒産の危機に陥ったのである。社長はそれまでの人生で味わったことのない失意のドン底へと突き落とされる。
 そんな時、友人から、社内を歩く社長の様子について「まるでクマが歩いているようだ」と、社員や場を威圧していたことを指摘されたことにハッとする。「社員を励ましていたつもりだったのに、違っていたのか」、「逆に社員のやる気を失わせていたのかもしれない」。自信に満ち溢れていた思いに亀裂が入り、深い呻吟の後、やがて「会社はひとりではできない。仲間がいるから大きな仕事ができる」ということに気づき、社員に対する感謝の思いが湧き起こった。
 その後社長は、社員研修において次の宣言を決意と共に行った。「不具合が出るのもすべて私の責任です。申し訳ないです。これからは、私が変わります」。
この社長からの赤心の変革宣言に対して、社員たちは驚き、そして「いえいえ、自分も悪かったんです」、「社長がんばれー」、という声が上がった。新しいA社の風土の醸成がここから始まったのである。
職場環境をつくるために最も必要なことは
 まず、社長は、経営理念の再確認・社員への共有をはかり、それまでワンマンで進めていた経営についても、売上管理をそれぞれの部署のリーダーに任せるなど権限移譲を行っていった。それは結果的に社員の自主性を引き出すことになり、社内の風土の転換、そして、仕組・制度が変わっていくことにつながった。つまり、社内で起こった流れを端的にまとめると、社長の中で社員への感謝の思いが沸き上がること(①)で、その思いが社員に伝播し、お互いを大切に思う風土が社内に醸成し(図1の「2風土」)、お互いを大切にするための仕組・制度が作られていくことにつながった(図1の「③仕組・制度」)、と捉えられる。この改革前後の様子を図1に示す。この図からも、①→ ②→③へと連動している様子と、変革前後のそれぞれの違いがわかる。
図1 A社における変革前後の比較
 ここで注目したいのは、③→②→①の順番ではないということである。つまり、①及び②の変革が土台としてなければ、社員を大切にする③仕組・制度はできない。この事例の変革のきっかけは、倒産危機という究極な状況ではあるが、本来的な職場環境をつくる上で最も必要なことは何かを示唆していると捉えられる(本稿は、筆者の修士論文(2019)を一部引用している)。
若田 充子(わかた・みつこ)
ヴィジョン・ウィズ社労士事務所代表
1975年岐阜県生まれ/社労士事務所勤務を経て、2017年ヴィジョン・ウィズ社労士事務所開設/2020年明治大学大学院修士課程修了(経営学修士)
カテゴリー:建築法規 / 行政
タグ:社労士