テクノロジープラス ③
各種非破壊検査の現状と留意点
佐藤 登(東京都建築士事務所協会賛助会相談役、三協株式会社代表取締役)
はじめに
 構造物調査を専業として40年間会社を営んでいると、さまざまな調査依頼が飛び込んできます。
 スラブ厚を非破壊で測定したい、埋設管の位置を調査したい、施工中の締め固め不良で生じた豆板の躯体内部での拡がりを調べたい、または赤外線カメラで外壁全面の調査を安くお願いしたい……。
 しかし、コンクリートを対象とした非破壊検査の精度には限界があり、まだまだ検査員の技量に依存するところが多いのが現状です。建造物の健全性の診断法としては、今も目視や打音検査などの経験的方法が主流ですが、これらの手法のみでは経年劣化による健全性評価や施工不良で生じた内部欠陥を検出するには限界があります。
 そこで今回は、このような状況にありながらも一般に普及している非破壊検査手法の適用限界や正しい測定を行うための留意点について解説したいと思います。
非破壊検査技術開発の背景
 わが国における鋼構造を対象とした非破壊検査技術は、原子力産業やプラント産業または造船産業の発展に伴い、その技術は世界的にもトップレベルにあります。
 一方、コンクリート構造物を対象とした非破壊検査技術はまだまだ開発途上と言っても過言ではありません。理由としては、材質の差によるものです。
 金属を対象とした検査は、鋼材の材質は種類によってほぼ均一であるため、有資格者が検査を行った場合、測定精度に大きな差は生じません。しかし、鉄筋コンクリートのように砂・水・骨材・セメント・鉄筋で構成される複合材料は、構造物によってこれらの配合が大きく異なり、必ずしも均一な材質であるとはいえません。そのような中にあって、コンクリート構造物を対象とした非破壊検査技術の開発は、主に土木構造物を対象として進められてきました。なぜならば、たとえば橋梁は、常時受ける活荷重や過積載車両の走行、海岸線に立地する塩害、または使用する骨材に起因するASRなど劣化損傷のメカニズムは多種多様であり、劣化速度も建築構造物と比較するとその進行速度はより速まります。劣化損傷の程度をいち早く非破壊で診断しようとする試みが、大学や土木研究所またはゼネコンを中心に進められました。研究資金も少ない中での研究です。当社も平成13(2001)年から約10年間、魚本健人東京大学生産技術研究所教授(当時)の指導のもと、多くの大手企業と共同研究を積み重ねてきました。実験ではそれなりの成果が得られましたが、実構造物を対象とした場合、なかなかよい結果を得ることは困難でした。また、費用対効果の面でも各種の非破壊検査技術が一般に普及するまでには至りませんでした。
コンクリート構造物を対象とした非破壊検査の実態と留意点
 現在、定量的・客観的検査手法として期待されている主な非破壊検査手法を下表に示します。紙面の都合もあるので表の中から4つの手法を選定して解説します。
コンクリート構造物を対象とした主な非破壊検査技術。
1 2月と6月の品川区内建物外壁が受ける方位別日射量。
2 適切な時間帯のサーモグラフィ画像。
3 不適切な時間帯のサーモグラフィ画像。
4 タイル浮き除去。
サーモグラフィ法
 サーモグラフィ法は建築分野では仕上げ材(タイル・モルタル等)の浮きを調査する手法として近年急速に普及してきました。これは、特殊建築物等定期報告の告示(平成20/2008年4月)により全面打診等が義務化されたためです。打診を実施するには足場等の架設費用が膨れ上がります。そこで注目されたのがサーモグラフィ法です。
 先に述べた「全面打診等」の「等」はサーモグラフィ法でもよいとされています。サーモグラフィ法は足場が不要で、地上から広範囲に調査可能なため、比較的安価とされています。このような市場環境から急激に調査の需要が高まりました。
 サーモグラフィ法が注目されたもうひとつの理由は、サーモカメラが非常に安価になったことです。当社が昭和62(1987)年に導入したサーモカメラは、フルセットで1,300万円と、当時としては非常に高価なものでした。しかし、今では製造技術の向上で高性能・小型軽量化が進み、100万円~200万円と安価な金額で設備投資が可能となったことです。
 サーモグラフィ法は、外壁面の熱画像から浮きを検出するもので、一見すると簡便に調査診断ができると思われがちな手法です。しかし、サーモグラフィ法にはさまざまな適用限界があります。たとえば、撮影角度が45°以内、十分な日射が必要、光沢の強いタイルはだめ、汚れがひどいとだめ、狭隘部は調査不可等、必ずしもオールマイテイで簡単な手法ではありません。撮影は誰でもできますが、画像解析には原理を熟知し、調査対象物の構造を理解した技術者でなければなりません。
 サーモグラフィ法は太陽光を利用して仕上げ材の浮きを検出しますが、基本となるのが、外壁面が受ける日射量です。
 過去の実験から外壁面が受ける日射量は200kcal以上必要であることが分かっています。これは撮影のタイミングに関係します。外壁が受ける日射量は方位と季節によって異なることから、事前に適切な撮影の時間帯を調べておく必要があります。下に品川区内の建築物の東西南北面が受ける2月と6月の日射量(1、縦軸:日射量、横軸:時間)を示します。
 適切な時間帯で撮影した画像(2)と、不適切な時間帯に撮影した画像(3)、写真(4、画像提供:九州テクノ(株))を下に示します。
 誤った時間帯に撮影すると、見えるべきものが見えないということがお分かりになると思います。タイル浮きが大量に発生しているにもかかわらず「健全=異常なし」との判定になるのです。恐ろしいことです。
 話は逸れますが、最近目に付くのが、タイル打ち込みPCa板や、タイル打ち込み押し出し中空成形板からのタイル落下です。一般にはタイル浮きは起きないだろうと考えがちですが、このような二次製品でもタイルが浮き、剥落する事故がおきていますので安心できません。
 ここでひとことアドバイス。押し出し中空成形板に施工されたタイルは、押し出し中空成形板内部に中空部があることにより、サーモグラフィ法で浮きは検出ができないことも知っておくといいでしょう(検出できるとすればほんの一瞬の時間帯だと思われます)。
5 電磁波レーダの参考画像。
6 煩雑な画像。
電磁波レーダ法
 電磁波レーダ法は、主に躯体内部の鉄筋位置や埋設管位置の検出に有効な手法です。
 恐らく、コンクリート構造物用の非破壊検査装置としては最も普及率が高いと思われます。コア抜きのための事前調査や、スリーブのあと施工工事など、鉄筋損傷を防止する目的で使用されています。
 この装置は、躯体表面から電磁波を躯体内部へと発振し、鉄筋やケーブルなど物性が異なる物からの反射波を受診して画像化するものです。検出しようとする鉄筋を横断する方向でレーダを走査させます。
 一般的な参考画像を5に示します。画像の縦軸が被り厚、横軸が距離を示します。
 誰が見ても規則正しく配筋されていることが分かります。この場合、鉄筋被り厚は約50mm、配筋ピッチが約200~220mm程度であると読み取ることができます。
 しかし、被り厚が深くなり、鉄筋間隔が狭くなると、測定装置の分解能から、なかなか理想的な画像は得られません。
 たとえば、6に示すデータは被り厚が80mm前後、配筋ピッチが100mm程度のものです。参考画像(5)と比べると鉄筋位置の判読は理論を熟知した技術者でなければできません。埋設管の検出も施工条件によっては非常に難しく、慎重な解析が望まれます。
 壁厚、スラブ厚などの条件が整えば、次に述べるX線検査が最も有効であると思われます。
7 鉄筋と電配管の放射線透過画像。
放射線透過法(X線撮影)
 主に壁やスラブ内部の配筋位置や埋設管調査に有効で、前述した電磁波レーダ法よりは透過画像から確実に判断することができます(7)。
 しかし、調査現場には制限があります。放射線を使用することから半径5m以内を管理区域として設定し、人の立ち入りを規制しなければなりません。また、透過法で行いますが、調査対象物の厚さは300~350mmが限界です。350mmの厚さになると、画像がぼやけて鮮明な画像を得ることができません。
 したがって、梁のように梁幅が300mm以上あるものは撮影できません。また、1カ所の調査には管理区域の設定、フィルム位置の墨出し、フィルムの貼り付け、装置の設置、照射、現像(今はデジタル撮影が普及)等々、作業効率は決してよいとはいえません。
 一方で電磁波レーダ法は、調査効率は非常にいいのですが、被り厚が深い、または配筋ピッチが狭い、電配管が入り組んでいるような施工条件では、正確な測定が困難となります。したがって、目的と現場環境に応じて、電磁波レーダ法と放射線透過法の使い分けが必要となります。
8 超音波法によるひび割れ深さの測定。
9 補修跡。
10 補修跡の共振法波形画像。
超音波法
 一般に超音波というと、板厚測定やひび割れ深さ、さらには溶接ビード内部のボイド(内部欠陥)検出など、金属用の超音波を思い浮かべる方が多いと思います。コンクリート構造物でも同じような調査の依頼がありますが、実際に現場で行うと、技術者によって超音波波形の読み取りに差異が生じ、測定精度は今ひとつの感があります。当社でも業務を請ける際には測定精度にはまだまだ問題があることをお伝えしています。
 原因は前述したようにコンクリート構造物は、対象によってコンクリートの物性が大きく異なるためです。一方、金属は材質ごとの物性はほぼ均一であることから測定精度もミリメートル単位で可能となります。
 さらには、使用する周波数帯にも大きな差があります。金属用の超音波は0.1MHz~25MHzの範囲で使用されていますが、コンクリート用の超音波は、50KHz~200KHzと、金属用の約1,000倍近い波長帯の低周波数を使用します。金属用の短い波長では、超音波はコンクリート内部へ伝わらず、測定できません。超音波の特性として、周波数は高いほど分解能が高くなりますが、深部までは伝わりません。低周波は深部まで伝播しますが、測定分解能は劣るという特性があります。
 ここで超音波によるひび割れ深さ測定や板厚測定以外の、少々変わった使用方法をご紹介します。
 それは超音波共振法による、補修材や仕上げ材の付着状況調査です(9、10)。超音波といっても使用する周波数帯が5KHz程度ですから、厳密には音響法と言った方が正しいと思います。建設現場ではよく脱型後表面に豆板が現れ、モルタルなどで断面修復を行ってお化粧する場合が多々見られます。しかし、中にはお化粧だけで付着が保たれていない雑な補修で済ませている場合があります。超音波共振法ではこれら補修材の付着状況を、的確に判定することができます。仕上げ材の付着性評価にも使用できます(但し付着強度測定は不可)。
 原理は補修材表面に振動を与え、板振動を受信して評価するものです。実験では20μの隙間も検出可能です(10 共振法波形画像参照)。付着良好な個所は受信波形の振幅レベル(縦軸)が小さく、付着不良個所は振幅レベルが大きく現れます。
おわりに
 紙面の都合で限られた説明になりましたが、未だに建設現場では鉄筋探査もせずに、あと施工スリーブで鉄筋を切断しているケースが多々見られます。また、サーモグラフィ法による外壁調査でも適用限界を無視した調査により誤診を行って、サーモグラフィ法の信頼を失墜させる問題を起こしているとの報告もあります。
 繰り返しになりますが、コンクリート構造物を対象とした非破壊検査技術は、いまだ開発途上にあるといえます。一部の手法は普及率も高く活躍していますが、それでも検査精度は、まだ測定技術者の経験則に委ねざるを得ないのが現状です。調査を依頼される場合、最低限の適用限界を理解していただいて発注いただければと思います。
 今回の内容について、ご質問がありましたら下記メールにてご連絡ください。
nsato@sankyo-net.co.jp
佐藤 登(さとう・のぼる)
東京都建築士事務所協会賛助会相談役、三協株式会社代表取締役
1952年 北海道生まれ/1975年 東海大学海洋学部海洋工学科卒業/1976年 短期渡英。海洋開発会社にて海洋構造物の水中非破壊検査・水中ドライ溶接技術を英国から導入/1979年 日本海で日本初の工事で成功を収める/1986年から三協(株)勤務。全国で建築・土木構造物の調査に携わる/1998年~2007年東京大学生産技術研究所魚本健人研究室にてコンクリート構造物の劣化診断に関する共同研究