ICT時代に建築士はどう生きるか 第2回
BIMにおける情報の活用
志手 一哉(芝浦工業大学教授)
BIMの情報はパラメータ
 少し前までのBIMは、干渉チェックや可視化を主体とした施工のフロントローディングなど、3次元の形状を活用する議論や事例の報告が多い印象がありました。しかしここ数年は「情報」に光を当てた取り組みが多くなってきたように感じています。しかし、情報とひとことでいっても、立場によってその解釈はさまざまではないかと思います。本論では情報が持つ二面性に着目して議論を展開していきます。
 国土交通省の建築BIM推進会議が2020年3月31日に公表した「建築分野におけるBIMの標準ワークフローとその活用方策に関するガイドライン(第1版)」においても、BIMを通じてデジタル情報を建物のライフサイクルで一貫して活用することの重要性が説かれています。
 いまさら言うまでもありませんが、BIMの特徴は、建物の構成要素におおむね対応する「BIMオブジェクト」を組み上げて建物をデジタル表現する、仮想建物のモデリングの仕方にあります。BIMオブジェクトは、さまざまな値を与えることができるパラメータ(属性とかプロパティともいいます)を持つことができます。このパラメータをいかに上手く活用できるかがBIMのワークフローを効率化する最大のポイントです。
1 間仕切り壁の構成材をパラメータとした例。
2 集計に下地材のパラメータ値を表示させた例。
業務を効率化するためのパラメータの活用
 パラメータの活用で真っ先に思いつくのは、BIMオブジェクトのサイズや配置位置の制御です。
 たとえば「窓」のBIMオブジェクトを配置するときに、規格サイズしか選択できないのでは業務上不便な場面が出てきます。だからといって、想定しうるあらゆるサイズの窓オブジェクトを用意するのでは、それらの作成、管理、選択の手間が増えるばかりです。そこで多くの場合、窓を構成する部品についてオーダー可能な寸法と不可能な寸法を定義し、幅や高さといったパラメータへの値の入力で窓のサイズをパラメトリックに操作できるように標準化と個別対応をうまく両立させた窓オブジェクトを用意して、設計者の責任で窓オブジェクトのタイプを作成できるようにします。このことにより、窓オブジェクトを作成、管理、選択する最小単位を「2枚引き違い窓」といった窓のカテゴリに集約できると共に、設計の自由度を確保することができます。
 次に考えられるのは、作図業務の効率化です。BIMで設計をしても作図業務がなくなるわけではありません。BIMオーサリングツールが3Dモデルと図面ビューを一体化しているとしても、図面ビューには多種多様な符号や注釈を追記する必要があります。それらをテキスト機能で直接記述するのではなく、BIMオブジェクトのパラメータ値を表示させるタグを用意しておきます。たとえば図1のように、間仕切り壁を構成する構造材や下地材をパラメータにし、その値であるLGSやボードの仕様などを表示するタグを配置するイメージです。企業によっては材料やその仕様を記号化し、それらの組み合わせを壁の名称にして図面に表記している例もあると思います。パラメータだけで壁、床、天井の種類を表現することもできますが、下地の層を設定しておかないと詳細図で層を表現できませんので、想定される下地の組み合わせのタイプをあらかじめ用意し、構造材や下地材のパラメータ値を入力済みの状態で選択できるようにしておくのが一般的です。もう少し細やかな工夫では、通り芯を仕分けるパラメータを設定し、そのパラメータをキーとして平面図、平面詳細図、立面図、断面図、展開図などの図面シートでさまざまな「芯」の表示/非表示を制御することも考えられます。仕上表や建具表などもパラメータを活用したテンプレートを用意しておけば効率的に作成できます。
 パラメータの活用は、設計を取り巻くさまざまな業務の効率化にもつながります。たとえば先に述べた、構成する構造材や下地材のパラメータを設定した壁の場合、図2のようにそれらの値を含めた集計データをCSVファイルに出力すれば、EXCEL等の表計算ソフトで壁の概算を効率的に行うことができます。加えて、間仕切り壁が床から天井までか、スラブからスラブまでか、1枚目のボードを天井で止めるかスラブまで伸ばすかなどの情報をパラメータにしておけば、ボードの数量を精度よく概算できる仕組みを表計算ソフトでつくることができると思います。BIMオーサリングツールでは、それらの材料に熱伝導率など熱性能の特性値を与えておけば、その値を熱貫流計算に応用できる可能性があります。さらに、材料の組み合わせが発揮する耐火などの性能をパラメータに加えれば、建築確認に向けた業務の効率化につながるかもしれません。これらの例にとどまらず、パラメータをとことん利用するように考え抜かれたBIMオブジェクトとテンプレートを整備できるか否かで、設計業務の効率は何倍にも変わります。こうした業務の効率化を狙いとしたパラメータの標準化は、企業の内部で進んでいると思います。
3 NBS Chorusにおける仕様書作成画面。
4 NBS ChorusとBIMオブジェクトの連携。
企業を超えてパラメータを活用する
 英国や米国では工事仕様書をプロジェクトごとに編纂するため、その業務を効率化するための仕様書作成ツールが使われています。英国では、王立建築家協会(Royal Institute of British Architects:RIBA)の傘下で建築仕様書を扱うNBS(National Building Specification)という機関が、2019年に工事仕様書作成のオンラインプラットフォーム「NBS Chorus」をリリースしました。NBS Chorusでは、工種分類のCAWS(Common Arrangement of Work Sections for Building Works)や、建物をエレメントベースで分類するUniclass2015のコード別に用意した工事仕様のひな型集から、必要な仕様のひな型を検索し、構成部品を選択したり特記を記述したりします(図3)。
 仕様書の作成はオンラインプラットフォーム上で完結しますので、専門分野で分担するなどチームで分業ができます。さらにNBS ChorusはBIMオーサリングツールと連携し、作成済/作成中の仕様にBIMオブジェクトを割り当てることができます。NBS Chorusで作成した工事仕様の文書に割り当てたBIMオブジェクトには、仕様のコードとタイトル(CAWSかUniclass2015)、そのタイトルに対する接頭辞(prefix)と接尾辞(suffix)、NBS Chorusのプロジェクト、編纂している仕様書類、該当文書を一意に識別するための32桁のID(Globally Unique Identifier:GUID)のパラメータと値が自動で付与されます(図4)。
 GUIDとは将来にわたって重複や偶然の一致が起こらないように設計されたものです。このIDを利用してBIMオブジェクトからNBS Chorus上の工事仕様を参照したり、NBS Chorus上の工事仕様からBIMオブジェクトを検索したりすることができます。
 この一意に識別するためのIDは、さまざまなBIMオブジェクトやそれらが持つパラメータにも付与されています。そのことは、特定のBIMオブジェクトの特定のパラメータで、さまざまなデジタルツールをつないで利用できることを意味しています。
 たとえば、Webに掲載されている製品仕様の情報や、積算ソフトの摘要のデータベースなどをBIMオブジェクトと関連付けることや、建材や機器の製造会社とのBIMオブジェクトを通じた共同作業などが考えられます。その先には、BIMオブジェクト、仕様書、数量書、保全マネジメントシステム、BEMSなどを連携した施設資産管理への道が開けています。このように、パラメータをあらゆるシチュエーションで共有、連結、活用する発想が、建設産業の生産性向上に不可欠であるに違いありません。
5 NBS標準のプロパティグループ。
建物のライフサイクルで活用するパラメータ
 本論の前半で述べたパラメータの活用は、設計業務の効率化を対象としたものでした。これらは、企業独自の文化に根付いて整備されていると思います。
 たとえば、図面に表記するタグや注釈の表現や内容、構成要素の命名規則は、企業ごとに異なります。先に示した間仕切り壁のパラメータは、構成する材料を個別にパラメータ化する企業もあれば、記号化した各材料の組み合わせで命名した間仕切り壁の名称をパラメータにする企業もあるでしょう。また、窓のサイズを可変させるパラメータを「幅」や「高さ」と表現する企業もあれば、「W」や「H」と表現する企業もあります。あるいはそれらの組み合わせた窓の規格をパラメータにする企業もあると思います。
 こうした企業文化は手書きの時代からCADの時代を経て、各社が図面を効率的に描くために蓄積されたノウハウなので、今さら見直すのは至難の業だと思います。各企業の合意を得て「業界標準」を制定するには根気強い努力が必要です。反対に、その後に述べたパラメータの活用は、業界で共通化したパラメータを利用することの意義を問うています。設計という業務を超えて、建物のライフサイクルに関わるサービスのデジタルトランスフォーメーションを目指すには、避けて通れない環境整備だと思います。
 それらのパラメータは、特定業務の効率化を目的としたパラメータと分けて検討する必要があるのかもしれません。つまり、「業務標準」のパラメータと、「業界標準」のパラメータを分けて考えないと、議論が錯綜しやすいということです。
 その一例として、先に紹介したNBSが策定している「NBS-BIM Object Standard」が参考になります(図5)。
 この標準では、ビルディングエレメントの性能としてIFC4(Industry Foundation Classes 4)のコモン・プロパティ・セット(Common property sets)を採用しています。IFC4では、壁であれば、遮音等級、耐火等級、可燃性区分、熱還流率、外部区分、耐力部材、防火区画など、窓であれば、遮音等級、耐火等級、防犯等級、外部区分、隙間風、熱還流率、ガラス率などのように、構成要素の性能に関するパラメータを標準化しています。
 加えて、施工段階で最終決定される情報(色、特性、材質、呼び寸法、サイズなど)や、施設や設備の台帳に必要となる情報(製品番号、シリアルナンバー、設置日など)のパラメータに、COBie(Construction Operations Building information exchange)のタイプ・プロパティとコンポーネント・プロパティを採用しています。
 さらに、製造会社のWebサイトのURLや分類コードなど、BIMオブジェクトと製品情報をリンクする最低限の情報を列記したプロパティグループのBOS_Generalのパラメータを定義しています。
 英国のBIM Level 2 Mandateに向けて整備されたNBSの標準パラメータは、建設プロセスに関わるすべての関係者における情報共有や、建物のライフサイクルで情報を活用することを念頭に置き、IFC4のCommon property sets、COBie、Uniclass2015など、ツール間におけるデータの相互運用に実績のある国際的な標準を採用しています。
 さらにNBSは自身のサイトで、これらのパラメータを設定したジェネリックやマニュファクチャーのBIMオブジェクトを配信するだけでなく、BIMモデルに配置したBIMオブジェクトにNBSの標準パラメータを追記するためのファイルやプラグインも提供しています。
 設計業務を効率化するためのパラメータは既に企業が整備を進めていると考えれば、そこにNBSの標準パラメータを追加する仕組みが不可欠なのです。
ワークフローで情報をつなぐには
 日本においてもこの数年で、パラメータの標準化と統一に対する意識が高まってきました。しかし、設計や調達など特定の業務を対象とした効率化や電子化を対象とした業務標準のパラメータと、建物のライフサイクルにおけるデータの利用を対象とした業界標準のパラメータを、分けて議論する必要があるでしょう。
 業界標準のパラメータは、どのような情報を蓄積しながら引き継ぐことが建設プロジェクトや建物ライフサイクルの価値の向上につながるのかを念頭に置いて議論しなければ、われわれは未来に対して何も残すこともできません。だが一方で、NBSの標準を見てもわかる通り、そうしたパラメータの大部分は設計や施工の業務の効率化には直接つながらない多くの情報で占められています。それらを近視眼的に「使える/使えない」、「意味がある/意味がない」と議論しても、あまり意味のある結論に至らないのではないかと危惧します。将来に必要な情報は、今は必要でないかもしれません。
 建築BIM推進会議が2020年3月に公表した「建築分野におけるBIMの標準ワークフローとその活用方策に関するガイドライン(第1版)」で新たに定義された役割である「ライフサイクルコンサルティング業務」と「維持管理BIM作成」は、設計や施工の現業に不要なパラメータを業界標準に則って整備する立場の必要性を明確に示しています。そうした意味でこのガイドラインは革新的な指針になっていると評価できるのです。
志手 一哉(しで・かずや)
芝浦工業大学教授
1971年生まれ/1992年 国立豊田工業高等専門学校建築学科卒業/2009年 芝浦工業大学大学院工学マネジメント研究科専門職学位課程修了、博士(工学)/1992年に株式会社竹中工務店入社/2014年 芝浦工業大学准教授着任を経て、2017年4月より現職/共同執筆に『ファシリティマネジャーのためのBIM活用ガイドライン』公益社団法人日本ファシリティマネジメント協会、2019年、『建築ものづくり論- Architecture as "Architecture"』有斐閣、2015年など
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