色彩のふしぎ 第3回
色とイメージの関係──人はイメージで生きている。イメージをつくり、イメージを売る、これがデザインや芸術の仕事
南雲 治嘉(デジタルハリウッド大学名誉教授)
1. 視覚情報からイメージが形成されるまでのプロセス。
2. 脳内イメージのアウトプット(京都大学研究室)
上段のアルファベットを見て脳内に浮かんだイメージ。
下3段が3人の被験者のイメージである。
イメージは脳の中でつくられる
 色を使う目的は人の心を動かすことにあります。このことは一般的には当然のことのように認識されており、色彩心理学がそれを解き明かしていると思われています。
 色彩心理学に関してはいずれ触れますが、実はほとんど参考になりません。色彩は脳科学に属していますが、色がもたらす脳の中のできごととして捉えると分かりやすいので、そちらから説明いたします。
 私たちはものを見るとき、イメージで認識しています。そのあとで意味づけをしたり、関連づけをしたりしています。色とイメージの関係を説明する前に、イメージということばを定義付けておきましょう。
 イメージとは「脳内で形成される映像」のことを指しています。脳の側頭葉という部位でイメージが形成されます(1)。色の刺激がデジタル信号となり視覚情報(視覚野)と記憶情報(海馬)とが瞬時に作用して映像をつくり上げます。イメージには意味も含まれますが、それは視覚情報によって記憶情報が呼び出されたものです。
 脳内のイメージは側頭葉のニューロンによって形成されますが、ひとつのイメージは、複数のニューロンの反応の組み合わせに絡んでいます。側頭葉には多くのニューロンが存在しますが、その組み合わせによって、ニューロンの総数をはるかに上回る、無限に近い多くのイメージを形成することが可能です。
 脳と心は直結していますが、「心象」や「印象」はイメージと同じものです。イメージが浮かぶと何らかの心理作用が生じます。これを感覚といっています。イメージが持つ意味の解釈は小脳で行われますが、その感度は個人によって差があります。それを感性といっています。
 寝ているときは、記憶情報が流れ出て視覚情報を刺激しイメージを形成します。これが夢です。イメージを形成する場所が分かっているため、そこから流れ出るデジタル信号を外に取り出して、寝ている人の夢をまだ不鮮明ですがモニターで見ることができます(2)。
イメージが感動を生み出す
 イメージには好ましいものとそうでないものがあります。人は常に自分にとって好ましいイメージを求めます。好ましいイメージに出会うと感動します。好ましいイメージは、自分を楽しくしてくれる、癒してくれる、気持ちよくしてくれる、やる気を出させてくれる、といった効果を生み出してくれます。その逆がマイナスイメージです。これが、色が人の心を動かすということになります。
 癒されたり、やる気が出たりするのは、脳の刺激に伴う各種ホルモンの分泌によるものです。それと、自分の中にある美の尺度がイメージを測定し、高度になればなるほど感動は高まります。
 脳の中のイメージを高めるものに、色や形、音や香、味や感触といったものかあります。つまり五感の刺激が脳の中にイメージを生み出しているということです。そのイメージの感覚が感動に結びついています。鋭い感覚ほど高い感動を感じることができます。これを感性が豊かだといいます。
 初対面なのにその人が好きになることがあります。いわゆる一目惚れですが、相手のことは詳しく知らないはずなのに、見た目のイメージによって好きになってしまうのも、自分の中にある美の尺度によるものです。
 人に種々の感覚をもたらすイメージは、色と形が大きく影響しています。色はイメージをつくるための刺激であるといえます。言語は意味を伝える直接的な刺激ですが、色はイメージを伝える潜在的な刺激になります。もちろん、色だけですべてが決まるわけではありません。
 花を見るときに特に色を意識しているわけではなく、イメージ全体を見てきれいだと感じているということです。色はイメージをつくることによって人の心を動かしていることになります。イメージは1色で成り立っているのではありません。複数の色の配色がイメージを構成していることを忘れてはなりません。
色の感覚が個人によって異なる理由
 同じ色を見ても、そのイメージの感じ方は人それぞれに異なります。感じ方は個人によって違うのだから当然のことと思い、なぜそのようなことがあるのかは深く考えることはありません。
 これにもイメージが関わっています。まず、色の電磁波としての刺激は、後頭部にある視覚野に瞬時に伝えられます。視覚野で映像化された情報は、大脳の中心部にある側頭葉に送られ、そこで記憶中枢(海馬)との照合を行いイメージが形成されます。一種の連想です。
 色を見て、そのイメージから感覚が生じるのは前述した通り色の視覚情報と記憶情報が関与しています。視覚情報である色の電磁波としての刺激は人間なら誰でも一緒です。
 記憶情報には2種類あります。個人の色の記憶はその人の体験によって刻まれたものです。血を見た人は赤を見るとぞっとすることがあります。生まれ育った環境からの色の記憶もあります。そうした数多くの記憶を記憶メモリである海馬に刻み込んでいます。これを体験的な色の記憶といいます。この体験から来る連想が人によって異なります。
 次に色の学習的な記憶があります。赤は縁起がよいとか、黒は縁起が悪いというような言い伝えは学習的な記憶といいます。国旗の色などもそれに該当します。その人が属している文化や風習は世界共通ではありません。同じ色を見ても色の意味が異なり感じ方にも違いがあります。
 視覚情報と2種の記憶情報によって色の感覚は個人によって異なる理由を説明しました。この理由は色彩心理学が当てにならない理由にもなります。色の心理作用は、実は個人によって異なりパターン化するのが極めて難しいものです。
 その人の感覚でデザインした配色は見る人の感覚で評価されます。単なる感覚にはどうしてそうなのかの科学的な説明ができない場合が多いです。そのデザインに科学的な説明があればクライアントは大方納得してくれます。
 感覚で人の心を動かすのはたいへんであっても、科学的な力を利用することで、よりその効果を高めることができます。最近では配色によるイメージに目が向けられています。
3. イメージから配色までの流れ。
イメージは言語と同じ
 色とイメージの研究の歴史について触れておきたいと思います。
 感覚的な配色ではクライアントとの間の問題を解決できないことから、色が脳の中にイメージを形成することを利用するための研究がスタートしました。1960年代初頭に、色とイメージの関係を明らかにするため、200種の色の組み合わせサンプルにした基礎的な調査に着手しました。
 それを受けて1969年大智浩の提案で国際色彩教育研究会(太田昭雄と南雲治嘉が参加)が設立され、国際的なカラーイメージ調査をスタートさせました。人数にはばらつきがありますが世界52カ国の大学などに協力を仰ぎ、1カ国2,000人、計10万人のデータを収集。1979年に配色によるイメージに関する調査を終了。最終的に収集資料サンプルは20万を超え、その整理分析に膨大な労力が費やされました。世界的な色彩学者の太田昭雄先生なくしてこの調査研究は完成しませんでした。
 この調査は配色サンプルと言語と関連性を確認するためのものでした。イメージを表す言語は日本語、英語、中国語の3種で行われました。
 調査方法は、イメージを表す言語と配色サンプルの照合という方法をとりました。たとえば「若々しい」ということばに対応する配色サンプルを探すという方法でした。デザインなどで使われる頻度の高い160言語で行いましたが、2時間ほどかかるため、協力してくれた学生たちや一般の方々には頭が下がります。
 もちろんこれらの分析にも労力と時間がかかりましたが、色とイメージに関する本質的なことが明らかになりました。
 色は言葉でありコミュニケーションの役割を果たしていることが確実になったことで、色を使って相手にメッセージを送ることが可能になりました。
 不思議なことに、ひとつのイメージ言語で選ばれる配色サンプルはほぼ世界共通でした。人がそのことばを聞いて思い浮かべる配色イメージは民族や文化を問わず共通しているということが判明しました。
 配色サンプルを見るとイメージが浮かびます。これを空間の配色に応用することになります。クライアントの希望するイメージを聞き、それに沿った配色サンプルから色を選ぶことになります。
 現在160のイメージ言語とそのイメージを形成するのに必要な色(カラーパレット)が用意されており、イメージが決まれば色を選ぶことができるようになっています(3)。
 空間のデザインに必要なのは、決めるのは色ではなく、イメージだということです。
4. カラーイメージチャート
【チャートの見方】
 あらゆるものを宇宙の組成の原理である時間とエネルギーの関係で捉えるためのチャート。
 縦軸は時間軸で、上(+)に行くほど未来を示し、中央(0)が現在、下(-)へ行くほど古さを表す。
 横軸はエネルギー軸で、左に行くほど強く、右に行くほど微弱になる。
 たとえば、積極的な人はエネルギーが強く左寄りに位置し、逆に消極的な人はエネルギーが弱く右寄りに位置する。
チャートの縦軸を時間、横軸をエネルギーにしたときに生じる4つの区域がある。
●Bゾーン:
 植物でいえば芽生えの時期を示すゾーン。種から芽が出て、一斉に噴き出していく生命力を含んだイメージのグループ。人でいえば誕生から幼児の時期である。
●Gゾーン:
 芽生えた植物が成長を遂げて、やがて開花するといった時期を示すゾーン。伸ばした葉の色付きが深まり、たくましさと、エネルギッシュなイメージもある。人に例えるとちょうど青年期に当たる。
●Rゾーン:
 見事に咲いた花が実を結び、熟していく時期を示すゾーン。たわわに実る果実、豊潤な香りが漂う。人でいうなら成人した時期に当たる。
●Wゾーン:
 見事に繁っていた木の葉が、色づき、やがて枯れていく時期を示しているゾーン。人に例えれば老年期である。

 これらのゾーンには、標準となる23のイメージ言語が分類されており、さらにコアイメージとなる160のイメージ言語が属している。
5. 同じ形でも異なるカラーイメージで配色するとイメージが変わる。
イメージの性質からチャートをつくる
 色によって脳内にできるイメージにはどんな性格があるでしょうか。
 いうまでもなく色はで電磁波であり素粒子(光子)です。色のイメージもこの性質によって成り立っています。電磁波の性質は3つありました。
 波長は色味(色相)、時間は明度、エネルギーは彩度であることは1回目(本誌2019年12月号)で説明しました。イメージをつくるのもこの3つの性質が影響しています。
 デジタル色彩では使用するイメージを「カラーイメージ」と呼び、160個あります。カラーイメージは電磁波を基本としたチャートに紐付けられています。このチャートを「カラーイメージチャート」といいます(4)。
 縦軸(y軸)に時間、横軸(x軸)をエネルギーとしたものになっています。Z軸は波長(色相)を表しますが、チャートに表示しません。チャートは上方に行くに従い未来とか若々しさが強まり、下方に行くと過去とか老いが強まります。左側は活力が強く、右側はクールさが増します。
 カラーイメージは時間的なものとエネルギーの強さでチャート上に位置づけられます。たとえば「未来的な」というイメージはエネルギーは強くも弱くもないのでセンターに近く、高い位置にあります。逆に「クラシック」は下の方にあります。
カラーイメージチャートはx軸とy軸による4つのゾーンからできています。右上がBゾーン(budding=芽生え)、左上はGゾーン(growth=成長)、左下はRゾーン(ripen=成熟)、右下はWゾーン(withering=枯れ)になっています。
 季節でいえばBゾーンは春、Gゾーンは夏、Wゾーンは冬に該当します。チャートの中心は「今」を表し、自然な状態です。このゾーンは空間のイメージを決めるときに役立ちます。
 見る人はそのイメージに潜在的に支配されます(5)。
 次回は色の生理的な力を説明します。
南雲 治嘉(なぐも・はるよし)
デジタルハリウッド大学・大学院名誉教授、南雲治嘉研究室長(先端色彩研究チーム/基礎デザイン研究チーム)、上海音楽学院客員教授、中国傳媒大学教授 先端デザイン研究室、一般社団法人日本カラーイメージ協会理事長、株式会社ハルメージ代表取締役社長
1944年 東京生まれ/1968年 金沢市立金沢美術工芸大学産業美術学科卒業
著書『デジタル色彩デザイン』(2016年)/『新版カラーイメージチャート』(2016年)
カテゴリー:その他の読み物
タグ:色彩