色彩のふしぎ 第2回
色を使う目的 自然物には最初から色が付いている ──では、人工的なものになぜ色を付けるのか、その目的は何か
南雲 治嘉(デジタルハリウッド大学名誉教授)
1. 室内の色は色光と物体色が融合してできている。
ふたつの発色メカニズム
 私たちは生活している環境からいろいろな異なる刺激を受けています。できれば快適な刺激だけが欲しいのですが、時にして不快な気持にさせる刺激もあります。
 色もまた環境の中にあって人に刺激を与える要因のひとつです。この世界から色が失われてしまえばかなり味気ない生活になってしまいます。たとえば料理の色は味覚や食欲に大きな影響を与えています。和食の配色は世界的にみて最も意図的なものであり、見る楽しみを追求した完成度の高いものです。
 しかし、人は色から刺激受けているという認識を持たずに生活しています。気温や湿気のように肌で感じるものには敏感ですが、色からの刺激には実は鈍感なのです。鈍感というよりは色は無意識のうちに刺激を与えているといった方がいいでしょう。
 無意識ではありますがこの刺激をつくり出す発生源はふたつあります。色が発色するメカニズムですが、物体についている色と光源から出る光の色です。壁や家具の色は物体色、光の色は色光と呼ばれています(①)。
 このふたつは同時に存在し影響し合っています。どちらかだけで機能しているわけではありません。物体色と色光が視覚の基本であり、ふたつを切り離して計画することはできません。ところが壁の色や床の色を決めるとき、色光の存在を忘れて検討して決めていることが多いのです。照明の色を決めるとき壁とか天井などの物体色を配慮せず、あるいは計算せずに決めています。ふたつの色の関係を意識して空間のデザインをしていないということです。
 意識外にある色なので曖昧のうちに感覚で処理することになります。空間の配色は美しいかどうかではなくどのような刺激をもたらす空間にするかが重要ということになります。
2. 物体色には人工的な色と素材の色がある。
上:浅草寺雷門。塗料による色。
下:アブ・シンベル神殿。素材が持つ色。
3. 明るい時、リンゴは赤を反射させている。
4. 物体色は暗くすると色味が失われる。
物体色の性質
 物体色は素材そのものの色と、塗料などのように人工的に付着させる色があります(②)。素材が持つ色を生かすといえば簡単に思えますが、自分が欲しい色がそんなに容易に手に入るというものではありません。
 そこには妥協というものがいやが上にも必要になります。その色しかないという諦めに近い気持と、他に色がないという安心感もあります。
 その点、塗料は欲しい色をつくることができます。つくることができるということは、自分がイメージする空間にするためにどの色を使えばよいかが分かっている必要があります。一片の色から、空間全体のイメージを想像するのは知識よりも経験がものをいいます。少なくともこれまでの色彩システムでは経験で磨かれた感覚が必要ということです。残念ながらこの感覚は限りなく気分的なものなのであまりあてになりません。
 物体色の発色の仕方を知っておく必要があります。
 物体色の原色は赤(マゼンタ)、青(シアン)、黄(イエロー)の3色です。赤と青を混ぜると紫ができます。青と黄を混ぜると緑ができます。黄と赤を混ぜると橙ができます。3色を混ぜると黒になります(前号/12月号参照)。
 物体の色は発色に絶対的な条件があります。どんな色も光がなければ見えないということです。物体色は光を受けて初めてその色が見えます。太陽光はすべての色を含んでいます。物体に当たるとある色のみ反射させます。たとえば赤いリンゴは太陽光の赤を反射し、他の色は吸収します。色は電磁波ですから、リンゴは赤の電磁波を反射させていることになります(③)。
 光が弱まると物体色も色味を失っていきます。光が消えてしまえば、リンゴの色も見分けることができなくなります(④)。物体の表面の性質は異なりますから当然異なる色を反射しています。これが色相であり色味になります。
 植物の葉は緑色ですが、植物にとって緑は不必要なので吸収せず反射させています。植物に赤や青の光を照射すると成長しますが、緑だけを照射すると枯れてしまいます。ところが人間にとってはこの緑はリフレッシュ効果が得られる重要なものです。
 リンゴの赤は波長が長く目立つため鳥たちは食べごろであることのサインとして受け取ります。食べると、種は鳥たちに遠くに運ばれ糞に混ざって排出されます。植物の子孫繁栄という本能を感じさせます。考えてみれば、植物や動物たちは特有の色を反射させることによって自己防衛や子孫繁栄に役立てているのです。つまり、自然界の色には理由があるということです。
5. 色光は即時的にコントロールできる。
変化する光の色
 もうひとつの色は色光です。人類は光の明るさで時間を意識し、生活を営んできました。太陽光にはすべての色が含まれています。地球上に存在するあらゆる物体の色を発色させています(前号/12月号参照)。
 色光の原色は赤、緑、青の3色です。赤と緑を混ぜると黄(イエロー)と赤と青を混ぜると赤(マゼンタ)と緑と青を混ぜると青(シアン)ができます。3色を混ぜると白になります。
 色光には自然光と人工光があります。自然光は太陽光が圧倒的に世界を支配していますが、光を発するものも多く、蛍やヒカリゴケ、雷などがあります。発光させる物質がそれぞれ異なるので色味も異なります。多くは化学的な反応によって発光しています。
 色光は物体色と違い直接眼に入ってきます。そのためその色が持つ刺激や性格がストレートに脳に伝わります。何よりも色光は光源から放射されるので、暗いところでも見ることができます。
 人工光は電気や燃焼によって生み出されます。私たちが見ているテレビやパソコン、スマホの画面は液晶の蛍光体がLEDの光によって発色しています。この発色はデジタル信号で行われています。
 光量を多くすれば明るくなり、少なくすれば暗くなります。このごく当り前なことが人類の生活に大きな影響を与えてきました。夜の過ごし方やものづくりを一変させたのです。
 光を操ることができるということが環境の機能や質に関わっていることを認識したのです。これが照明の発達に繋がりました。
 初期のころの照明は、たき火でした。5万年前の旧石器時代の洞窟にあるたき火跡は生活の中に人工光が存在したことを証明しています。
 人類は木を燃やすだけでなく動物の油を燃やして光を得ることを発見しました。それを利用して洞窟画がまず描かれました。真っ暗な洞窟の中で絵が描くことができたのは動物の油を使ったランプのお蔭です。洞窟画の遺跡の中に油を容れたであろう貝殻と、天井に煤が残されています。
 光をコントロールし、絵を描くという創造的な仕事を実現したのです。
 ここから、文明が発達します。光のコントロールこそ文明を飛躍的に進化させた原動力となりました(⑤)。
 その後の照明器具の発達はめざましいものがあります。LEDの発明はそれこそノーベル賞に値するものでした。高度に光をコントロールすることを可能にしたからです。
6. 色が持っている効果を利用する。
7. 信号の色の意味は人が決めた。
8. 色によるメッセージは人の心を動かすのが目的。
色を使う目的
 ふたつの色の存在が分かりました。では、色を使う目的はとは何でしょうか。
 色を計画的に使うためには、色を使う目的を明快にしておくことが大切です。色を使う目的はぼんやり分かっているのですが、明快に答えられない人が多いのも事実です。
 目的を明らかにするには、色が持っている効果を先に確認する必要があります。効果が分かればその効果を利用するために色を使うということが理解できるでしょう。
 色の効果は5つに大別できます。5つとは表示(存在)、規則(規制)、美(感動)、メッセージ(伝達)、印象(記憶)です(⑥)。
●表示効果
 郵便物を出すときにポストを探します。赤いポストが目印になります。ここでの色はものの存在を表しています。と同時にポストは郵便を集荷するという機能や性格を表示していることになります。
 部屋の中にある箪笥の色は、デザイン的に付けられたものですが、物を収納する場所を表示している役割も持っています。物の存在を人に知らせることは生活を合理的に行うための基本です。どこに自分が探しているものがあるのかに色は役立っていることになります。看板の色はその典型といえます。多くの人に店や会社の存在をアピールしています。周囲の色と同化させてしまえば、その存在を消すこともできます。表示には意図があるということがこれで分かります。
●規則効果
 信号の色には意味があります。赤は「止まれ」、黄は「止まれの予告」、青は「進行可能」だということは誰でも知っています。しかし、色には意味がありません。意味を持たせたのは人間です。
 信号の色は世界共通にするためCIE(国際照明委員会)が定めました。スペクトルを見ると分かりますが赤は波長が長く、青は短いです。黄はその中間に位置しています。波長が長いと遠方まで拡散せずに届きます。青のように波長が短いと拡散して遠くまで届きません。止まれのサインは遠くからでも確認できることが求められます。その理由から赤を止まれのサインにしました(⑦)。
 色に意味を持たせることによって、生活の秩序が維持できます。交通標識以外にもリモコンの色やアイコンの色は、可能と禁止を意味し操作をコントロールしています。
 赤は縁起がよいとか、黒は縁起が悪いとかの意味をつくったのは人間ですが、それも生活の秩序を守るためのものでした。地位を表すのに色が用いられましたが、組織における規則であり秩序を得るためのものです。秩序をもたらすのに色を使うという知恵を人類は早くから持っていたことになります。
●美的効果
 色が美的効果を発揮することは絵画やファッションを見なくても分かります。人は満開の桜を見たり、紅葉する風景を見ても美を感じます。美は感性に働きかけ感動を呼びます。ところが、美を見れば誰でもが感動するかというとそうではありません。感性というものには個人差があるからです。美を感じる対象が人それぞれなのです。
 ただし対象が多くても、色を使うことによって美を感じさせることはできます。これが色を使う難しさの原因です。これを乗り越えるために公約数的な配色が必要になります。
 美には心理的な効果も期待できます。ただし、色だけで心理的刺激を作ることはできません。色と形と素材で美を作ることになります。
●メッセージ効果
 色を言葉として使うことができます。色を使うことと言葉を使うことには共通性があります。色を使うことは相手に自分のメッセージを伝えることと同じです。
 たとえばデートのときに自分の気持を相手に潜在的に伝えるために服を選びます。相手が気持を受け取り、受け入れてくれれば、それこそ無言でもコミュニケーションが成立するのです。
 これまで、ネクタイ1本にしても色味で選んできたと思います。背広に合いそうとか、ワイシャツにマッチしているというようなことでコーディネートしてきたはずです。
 ネクタイの色はあなたの気持を伝える機能も果たしていることはほとんど無視されています。ネクタイは単なるお洒落で付けているのではもったいなさ過ぎるアイテムです。会議のときあなたに説得力を与えてくれるのが色なのです(⑧)。
●印象効果
 色によってインパクトや個性を伝えることによって相手に記憶させることができます。存在感の強い人は言動や行動と共に、色がかなりの部分に影響しています。
 影が薄いといわれている人に共通しているのは服の色によるインパクトが弱いということです。私の研究室と日本経済新聞社で人の印象を決める要因に付いて調査を行ったことがあります。その結果その人のファッションが極めて大きく影響し、その中でも配色が重要な働きをしていることが分かりました。
 ロゴの色は印象性を重視して決められます。「1回見たら忘れない」が理想的ですが、色だけでは印象に残すのは難しく、形と組むことによって印象性を高めます。
 もちろんキャラクターや広告なども印象性は外せません。この世界では色を使えば印象性を強められることは常識といえます。
色は人の心を動かすために使う
 色を使う目的で究極的なことは、色は人の心を動かすために使うということです。色がもたらす5つの効果は、すべて人の心と結びついています。空間から得られる安らぎですら、色が影響しているのです。
 人の心を動かすということについては次回「色とイメージの関係」でお話しします。
南雲 治嘉(なぐも・はるよし)
デジタルハリウッド大学・大学院名誉教授、南雲治嘉研究室長(先端色彩研究チーム/基礎デザイン研究チーム)、上海音楽学院客員教授、中国傳媒大学教授 先端デザイン研究室、一般社団法人日本カラーイメージ協会理事長、株式会社ハルメージ代表取締役社長
1944年 東京生まれ/1968年 金沢市立金沢美術工芸大学産業美術学科卒業
著書『デジタル色彩デザイン』(2016年)/『新版カラーイメージチャート』(2016年)
カテゴリー:その他の読み物
タグ:色彩