既存建物の利活用にどう取り組むべきか
三上紀子(東京都建築士事務所協会文京支部、レジオン・コンサバティブ(株)一級建築士事務所)
空き家の種類別の空き家数の推移
左:リノベーション施工現場。手を加えれば新たな価値が生まれる既存建築。右:用途変更においては、建築基準法や消防法など関連法規のクリアが困難な場合も多々ある。(撮影:筆者)
 既存建築のストックの増加が問題になっている。平成25(2013)年の住宅・土地統計調査(総務省)によれば全国の空き家の総数は約820万戸(1)で、平成5(1993)~平成25(2013)年の20年で448万→820万戸と1.8倍に増加し、その利活用については各方面でさまざまな議論がなされている。空き家の数は今後もその数は増えるとされ、2013年に13.5%だった空き家率が、既存住宅の除却や住宅用途以外への有効活用が進まなければ、2033年には30.2%に上昇するという民間の予測もある(2)。一方、新築住宅着工戸数は平成25(2013)年は約98万戸で、20年前の平成5(1993)年の約134万戸と比較すると約3割の減少である(3)。
 このようにフロー社会からストック社会へと建築もバランスが変化する中、既存建築の利活用は建築士にとって今後重要な業務になると考えられる。
 既存建築の利活用に際しては、多くの問題をクリアする必要がある。私もこれまで既存建築の利活用の案件に携わった経験があるが、最初に障壁となったのが建築関連の諸法規であった。
 現行の建築基準法は戦後の復興期である昭和25(1950)年に公布施行されたものであるゆえ、そのほとんどが新築にかかわる基準が中心となった法体系になっている。さらにその後の法令の改正や都市計画変更等によって現行法に不適格な部分が生じたいわゆる既存不適格建築物も多く存在する。これらの建築物では用途変更や改修等により利活用を図ろうとした際、現行法の規制によりNGとなることが多々ある。検査済証のない建築物においてはさらに複雑な手続きが必要となる。また、現行法に合わせると新たに大がかりな設備の設置が必要となったり、結局事業性の面からみると成り立たず、計画自体を断念せざるを得ないケースもあるやに聞く。
 私の関わった案件では、新たな用途分類の現行法に照らすと延床面積が数㎡超えているために、新たな設備の設置等で多くの費用と工期がかかることが判明し、最終的には減築して面積を減らすことで諸要件のクリアを試みたが、床面積が減少する分だけ事業採算性としては厳しい方へ向かうわけで、それをカバーするために、また新たな計画を積み上げるという過程を経ることとなった。
 さらには、業務を進める中で思わぬ障壁もあった。既存建築の利活用自体がまだ新しい試みのため、前例のない大がかりな改修計画や用途変更をともなう計画には尻込みする業者も多く、利活用計画に付き合ってくれる技術者、施工者を見つけるのにひと苦労した。
 幸い、チャレンジ精神を有する技術力の高い技術者に巡り合うことができ、無事業務を遂行することができたが、日頃からのネットワークづくりが、既存建築の利活用に係るこれら諸問題を克服するためには大切だと痛感した次第である。
 実のところ、古い既存建築に注目している若い起業家たちは多い。彼らは事業を始めるに当たっては、低コストで高パフォーマンスの物件を探している。その点、立地も良く、少し手を入れて刷新すれば見違えるように再生する既存建築は大きな魅力である。しかしながら、先に述べた数々の障壁により、頓挫する事業計画も多くあると聞く。これではせっかくやる気を持っている若者たちも元気がなくなるだろう。これは日本経済においても誠にもったいない話である。もっと既存建築の利活用がスムーズになり、既存建築の流通が盛んになるような仕組みを、われわれ建築士が建築の専門家としてサポートできればと思う。
 建築をとりまく環境が大きく変化してきている現在、建築士に求められる職能も変わりつつある。既存建築の利活用への取り組みはそのよい契機になればと思う。新旧を問わずどんな建物にも向き合えるよう、これからも技術向上に努めていきたい。
(1)国土交通省資料「空き家等の現状について」より (2)株式会社野村総合研究所資料 (3)国土交通省「建物着工統計」より
三上 紀子(みかみ・のりこ)
レジオン・コンサバティブ(株)一級建築士事務所代表取締役、東京都建築士事務所協会文京支部
大阪市立大学生活科学部住居学科卒業、東京大学大学院新領域創成科学研究科修了、住宅設計、リノベーションなど住空間を中心に、こどもクリニック・保育園等の設計監理を手掛ける。最近は文化的建造物の保存修復活用事業にも携わっている。