草木の香りを訪ねて──世界香り飛び歩記 ②
タイワンヒノキと耐久性成分ヒノキチオール
谷田貝 光克(東京大学名誉教授)
威容を誇るタイワンヒノキ。
樹齢を重ねてそびえるタイワンヒノキ。
ヒノキの巨木が林立する馬告生態公園

 台湾の首都台北から東に車で数時間の位置にある台湾北東部の宜蘭の近郊には馬告生態公園というヒノキの巨木の群生地があります。
 ヒノキといっても日本のヒノキとは違い、タイワンヒノキ(Chamaecyparis taiwanensis)、ベニヒ(Chamaecypairs formosensis)です。わが国のヒノキ(Chamaecyparis obtusa)は同じヒノキ属ですが、わが国の固有種で海外では植林しない限りありません。タイワンヒノキは以前ヒノキの変種(C.obtusa var.taiwanensis)として扱われていたこともありますが、その香り成分などに大きな違いがあることから、現在は独立して分類されています。ヒノキの林に混在して生育するサワラも同じヒノキ属で、ほかにヒノキ属の樹種には北米材のベイヒやベイヒバがあります。ベイヒはローソンヒノキの別名を持ち、柑橘系の代表的な香りのリモネンを精油の60%以上も含み強い芳香を発します。ベイヒバはアラスカシーダー、イエローシーダーとも呼ばれ黄色の心材で、ヒノキチオールを含み、高い耐朽性があります。ヒノキ属の樹種は精油含量が高く、耐久性に優れたものが多いのが特徴です。
 さらに、ヒノキ属の樹種は真っ直ぐに成長しますので、建築用材としてよく使われています。タイワンヒノキ、ベニヒも伐採禁止になる前は用材として重用されてきました。現在はその林が大事に保存されているのです。この馬告生態公園もそのひとつです。
 馬告生態公園の神木園では樹齢2000年ほどのものが多く、古いものでは2500年を超えるものもあり、若いものでも1000年近い樹齢のものが林立しています。それらの木に混じって51本の巨木が立ち並んでいます。それぞれに樹齢、樹高、幹回りが記されています。そしてそのそれぞれに「孔子」、「王陽明」、[司馬遷]、「曹操」と言った歴史上の有名人の名がつけられているのです。「孔子」は紀元前551年の発芽といいますから人びとの生活の移り変わりをすべて眺めてきているのです。まさに神木です。


タイワンヒノキとベニヒ

 標高1,000mから2,800mにタイワンヒノキとベニヒは成長し、林に混在しています。ただ、タイワンヒノキは成長に光を多く要求しますので、ベニヒが成長するところでは光を遮蔽されて伸びを抑えられてしまいます。そのためベニヒの成長する標高にはタイワンヒノキはあまり分布せず、ベニヒの分布の少ない2,000m以上でよく見られます。標高が高い成長に不利な場所に生育することもあって、タイワンヒノキの成長は遅く、1本伐ったら2本植えるということが行なわれていました。それでも需要が多かったせいで材積が減少して伐採禁止になってしまったのです。現在はベニヒの方が多いのですが、ベニヒは樹幹に小さな孔が多く、材質的にも耐久性の面でもタイワンヒノキに劣るので、タイワンヒノキがよく利用されてベニヒが残されたのではないかといわれています。
 見た目には素人ではわかりにくいタイワンヒノキとベニヒですが、簡単な見分け方があります。葉の裏側にある白い線、それは木が呼吸をする気孔ですが、それを見て簡単に区別できるのです。タイワンヒノキはその白い線が緩やかなカーブのY字形であるのに対して、ベニヒは鋭角のX字あるいはW字になっています。これは日本のヒノキが緩やかなY字であるのに対して、サワラが鋭角のXあるいはW字になっているのと同じです。ヒノキの林に行くまでもなく、サワラはシノブヒバ、オウゴンシノブヒバなどの園芸品種として垣根にされ、ヒヨクヒバのように庭園樹にもされていますのでサワラは容易に確かめることができます。
タイワンヒノキを運び出した当時に森林鉄道の車両。
ヒノキを運び出した集積地、羅東林業文化園区

 宜蘭の羅東林業文化園区は、日本が統治していた時代、宜蘭の奥地の太平山という森林で伐採されたヒノキの材を運び出した森林鉄道の終着駅があった場所です。現在は20ヘクタールに及ぶ敷地に、木材が盛んに伐採されていた当時の面影を忍ぶことができます。1924年の鉄道敷設後、1979年に太平山の用材搬出が終了するまでの間、この鉄道は丸太と乗客を運ぶのに使われていました。この森林鉄道のレールの幅は762mmで、台湾を走る国の鉄道の1,435mmの半分ほどです。木々の間の狭い空間を走る森林鉄道はどこでも小型ですが、山で働く人や山で生活する人たちにとってはかけがえのないものであったに違いありません。今ではこの終着駅に丸太を運び出した機関車が展示され、当時の様子をうかがうことができます。
展示館の天井にはヒノキチオールの構造式が。
展示館にある野副先生の業績のパネル。
野副先生が研究に励んだ建物(台湾大学)。
ヒノキチオールはタイワンヒノキから発見された

 高い抗菌性を持っていることで知られている香り成分ヒノキチオール、ヒノキの名を冠しているので日本のヒノキから発見されたと思っている方も多いことでしょう。実はヒノキチオールはタイワンヒノキから発見されてその名がついているのです。
 日本の統治時に台湾大学で植物精油の研究をしていた日本の化学者野副鉄男博士によって発見され、その構造が明らかにされました。当時台湾では重要な産業のひとつであった樟脳の研究が進められていましたが、樟脳に限らずほかの精油植物にも研究の枠が広げられ、香りの強いタイワンヒノキが研究の対象として取り上げられたのです。戦時中にガソリン代替としてタイワンヒノキの精油も試験されていたのですが、燃料として燃やしていると鉄製のドラム缶に赤いカスが残ったのです。その成分を詳細に調べた結果がヒノキチオールに行き着いたのです。比較的安定なこの化合物が、安定な芳香族化合物として知られていた6員環のベンゼン系芳香族とは異なる7員環芳香族化合物であることを見出しました。当時としては画期的な研究成果で、その後非ベンゼン系芳香族の分野を野副先生は確立したのです。
 ヒノキチオールは抗菌剤として利用されているだけでなく、メラニンの抑制効果もあることから美白剤にも使われています。高価なヒノキチオールは合成でも製造が可能ですが、食品添加剤としては天然物、すなわち樹木からのものだけに限られています。
 ヒノキチオールはタイワンヒノキ、ベニヒのほかに、アスナロ、青森ヒバ、ネズコ、ベイスギ、インセンスシーダー、イブキ、ハイネズ、コノテガシワなどに見出されています。
 タイワンヒノキは伐採禁止になっていますが、流木や風倒木などを材料として台湾では現在でも精油採取が行なわれています。しかしその量は減少しつつあり、その一部がわが国に輸入されています。わが国ではヒノキチオールの採取は青森ヒバから行なわれ、防蟻などの目的で使用されています。ヒノキチオールの抗菌作用や殺虫作用は天然精油成分の中では最も強いものの中に位置づけられます。
山積みされているタイワンヒノキ。
おが粉・チップから精油を採る。
木材の工芸品工場での精油採取装置。
タイワンヒノキ精油。
流木、風倒木など。これらが木工品と精油採取の原料となる。
谷田貝 光克(やたがい・みつよし)
NPO炭の木植え隊理事長、東京大学名誉教授、秋田県立大学名誉教授
栃木県宇都宮市生まれ/東北大学大学院理学研究科博士課程修了(理学博士)/米国バージニア州立大学化学科およびメイン州立大学化学科博士研究員、農林省林業試験場炭化研究室長、農水省森林総合研究所生物活性物質研究室長、森林化学科長、東京大学大学院農学生命科学研究科教授、秋田県立大学木材高度加工研究所所長・教授、香りの図書館館長(フレグランスジャーナル社)を歴任。専門は天然物有機化学
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