木の成分、その知られざる働き ⑨
木造建築物を食い荒らすシロアリとは
谷田貝 光克(東京大学名誉教授)
シロアリに食害された熱帯地方の立木
蟻塚(ブラジル)
立木につくられた蟻道(タンザニア)
蟻道
シロアリはこうして生きる
 シロアリは地球上に7科2,400〜2,500種類が知られていて、その多くは熱帯、亜熱帯に生息しています。シロアリはアリといってもアリの仲間ではありません。アリはハチと同じ仲間のハチ目に属しますが、シロアリはシロアリ目に属し、むしろゴキブリに近い仲間です。アリは体にくびれがありますが、シロアリはくびれがないことからも容易に見分けがつきます。シロアリの体が白いのは、陽のあたらない暗闇で生活しているためと考えられています。熱帯に生息し野外で生活するシロアリには茶褐色や黒っぽいものもいるのです。シロアリは英語ではターマイト(termite)と呼ばれ、シロアリ(white-ant)とはあまり言いません。
 多くのシロアリは消化管内に生息する共生原生動物がもつ分解酵素のセルラーゼによってセルロースやヘミセルロースを分解してもらい、低分子になった養分を消化吸収します。進化の進んだ一部のシロアリは独自にセルラーゼをもっているものもあります。
 シロアリは乾燥を嫌いますので湿気が放散しないような工夫をして生活します。それが蟻道や蟻塚です。巣穴と外界とをつなぐ通り道が蟻道ですが、熱帯では草原や林の中に地表に盛り上がった蟻塚が見られます。蟻塚は数十センチの高さの小高い半円のものから、塔の形をした1メートルに及ぶものもあります。蟻塚の中は陽の光が遮られているため外界の気温に比べて低く、熱帯の暑さからシロアリの身を守るとともに、湿気を保つのに役立っています。
 蟻道、蟻塚はシロアリが木質系のセルロースなどの繊維成分を食した後の排泄物、すなわちリグニンと土や木くずでつくられています。今でこそ石油等の化石資源に頼らず再生可能な植物資源を余すところなく利用しようという世の中の機運が高まっていますが、シロアリは貴重な植物資源を完全利用する先駆者なのです。
森の掃除屋シロアリは悪者ではない
 シロアリは約3億年前に地球上に現れたといわれています。3億年前といえば「石炭紀」と呼ばれ地球上には巨大なシダが生い茂り、また大森林が形成されていた時代です。そのころから森林や草原の中で枯木や落葉、あるいは樹木を食して分解する森や草原の掃除屋だったのです。シロアリがいたからこそ枯木などのバイオマスは山積みにならずにすみ、またその分解物を他の動植物が再利用できるようになっているのです。今でもほとんどのシロアリは森林の中、特に熱帯地域の森林で生活していますが、その一部がいつの時代からか人の居住地に住みつくようになり木造建築物に害を加えるので悪者となってしまったのです。シロアリの格好のエサとなる木造建築物が里に増え、結果としてシロアリを呼び寄せてしまったのかもしれません。
 最近はサルやクマなどの森林動物が人里に現れて人家に害を与える例が多くなっていますが、森林の管理が不十分なことや過度の伐採により森林動物の食べ物が少なくなり、その結果、動物が人里に下りてくるようになりました。ヒトが動物を引き寄せているのです。シロアリも例外ではないかもしれません。森の掃除屋で森林生態系の維持に役立っているシロアリを悪者に仕立て上げたのはヒトなのです。
 高カロリーであるシロアリをアフリカや東南アジアでは食料としているところもありますし、キノコを栽培するシロアリの蟻塚からのキノコも食料とされています。最近ではシロアリの共生微生物由来のセルラーゼを利用したバイオエタノールやバイオガスの生成の研究も行われています。シロアリは悪者どころか考えようによっては有用な虫なのです。
春材が食害された切株
紙を食害するシロアリ
表❶ 主な樹種の抗蟻性
木材を食い荒らすシロアリはやはり悪者か
 わが国でのシロアリの害はそのほとんどが木造建築物ですが、熱帯地域では木造建築物だけでなく、立木までもシロアリの害を受けることが多いのです。シロアリは木質のものだけでなく植物質であればすべてがえさの対象となります。たとえばサトウキビやトウモロコシ、衣類、書籍なども食害されます。プラスチック、地下ケーブル、金属製品なども食害を受けることがありますが、これらにはシロアリが養分として摂取するものがありませんので、えさとなる植物質に近づくために邪魔になるので排除するために害を及ぼしているのです。
 わが国には十数種類のシロアリが生息し、家屋、構造物の木質部分を食害し被害を与えます。なかでも木造建築物に大被害を与えるのはイエシロアリ、ヤマトシロアリ、ダイコクシロアリで、近年米国から木材と共に入って来たアメリカカンザイシロアリがいます。このうち特に大きな被害を与えるのはヤマトシロアリ、イエシロアリです。ヤマトシロアリは北海道を含むほとんど全国に分布していますが、イエシロアリは関東以西の温暖な地域に分布します。ダイコクシロアリは奄美大島、琉球諸島に生息しています。
 ヤマトシロアリは湿潤な場所に生息し、えさとなる木材も湿潤であることが条件になりますが、イエシロアリは水を運ぶ能力を有し、乾燥している木材を好み、蟻道をつくって広い範囲で木造建築物に甚大な被害を与えます。
 土台や柱、時には家の天井にまでシロアリが這い上がり食いつぶしていることがよくあります。人の目につかないところで音も立てずに静かに行動するシロアリはまるで忍者のようです。知らない間に家の柱や土台が食害されて建物としての強度が危ぶまれるようなこともしばしば出てきます。
 それではどんな木でもシロアリの害を受けるかというとそうではありません。シロアリの害を受けにくいものもあります。それを決めているひとつは硬さです。たとえばカシ、イスノキなどは軽軟材よりも高い抗蟻性があります。シロアリに食害されることが多いマツでも春から夏の成長期に形成される軟らかい春材(早材)は容易に食害されますが、夏から秋に形成される硬い夏材(晩材)は害を受けにくいのです。
 木の成分も抗蟻性に大いに関係しています。ヒバ材が高い抗蟻性を示すのはその成分によるものです。センダン、センノキ、ツバキ、モッコク、イヌマキ、カヤ、ヘツカニガキ、サワラ、ヒノキ、コウヤマキなどの木からは抗蟻性成分が単離されています。これらの成分は香り成分などを含んだ抽出成分というグループに属するものですが、含量は微量でも強い抗蟻性を発揮します。表❶は主な樹種の抗蟻性です。
谷田貝 光克(やたがい・みつよし)
香りの図書館館長、東京大学名誉教授、秋田県立大学名誉教授
栃木県宇都宮市生まれ/東北大学大学院理学研究科博士課程修了(理学博士)/米国バージニア州立大学化学科およびメイン州立大学化学科博士研究員、農林省林業試験場炭化研究室長、農水省森林総合研究所生物活性物質研究室長、森林化学科長、東京大学大学院農学生命科学研究科教授、秋田県立大学木材高度加工研究所所長を経て、2011(平成23)年4月より現職。専門は天然物有機化学。
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