第43回東京建築賞総評
栗生明(東京建築賞選考委員会委員長、栗生総合計画事務所)
 第43回東京建築賞の応募総数は昨年より若干増えて63作品となりました。第一次審査は写真、図面、説明書類など、机上の審査です。現地審査でしか理解できないものを落とさぬように配慮した慎重な書類審査によって、戸建住宅部門8作品、共同住宅部門8作品、一般一類部門6作品、一般二類部門8作品を現地審査対象として選考しました。第二次審査は、部門ごとに実際に現地審査にあたった選考委員の意見を尊重しつつ、さまざまな角度から丁寧な議論をし、すべての部門で最優秀賞、優秀賞、奨励賞を仮決めしました。今年から東京都知事賞に加え、東京建築士事務所協会会長賞とリノベーション賞が新に創設されました。これらの賞を全作品の中から選定した上で各賞を調整することとしました。
東京都知事賞は東京都内に建てられた建築に与えるという規定があると同時に、やはり公共性の高い建築であることが必要条件となっています。当初、「G. Itoya(銀座・伊東屋)」と「池袋第一生命ビルディング」が候補にあがり、議論が伯仲しました。どちらも環境に配慮し、意匠、構造、設備ともに様々な工夫がこらされた優れた都市建築でした。しかし公共性といった観点から見た時、銀座中央通りに面し、8mと間口が狭く、うなぎの寝床のような敷地でありながら、その一階部分を「ガレリア(道)」として公共に開放し、裏道に抜ける空間構成を考案した「G.Itoya(銀座・伊東屋)」が、より公共性が高いものとして評価され、東京都知事賞を受賞しました。近年、銀座に建てられる建築はパッケージ化され、表層デザインのみが競われる傾向があります。通りに対して全階にわたって透過性を高め、内部の情景も可視化している点も公共性を強く感じさせるものでした。約半世紀にわたり「ステンレスビル」と呼ばれ親しまれてきた銀座・伊東屋が建替えにあたって、銀座中央通りの景観に新たな一石を投じたと言えます。
 一方、東京建築士事務所協会会長賞は「草津温泉湯畑周辺再整備計画」が選ばれました。この計画は町と建築士事務所が長い時間をかけて試行錯誤を繰り返しながら、草津という著名な温泉地の復活再生を図っている整備計画です。まず草津温泉の中心である湯畑。ここが町の交通の要衝となっていたため、交通渋滞がおこり、ゆったり歩くこともままならない状態でした。この問題を解決するべく、中心にあったふたつの駐車場を移転させ、中心を歩行者優先で、人がゆったりと時間を過ごせる場として整備することを町が決断したのが始まりです。3つの建物(御座之湯、湯路広場、熱乃湯)を計画する上で重要視したのは次の3点です。1. 伝統的工法を用いながら木造とする。2. 屋根を板葺きで統一することで周辺建物と違和感なく連続させる。3. すべての建物を湯畑に向って計画し、湯畑に開かれた動線をつくる。それぞれの建築は上記のポイントを押さえた優れたものです。特筆すべきはこの3つの建築と周辺環境との隙間の空間に対する的確で丁寧な外構設計です。新しい建築と周辺環境が一体的に計画されています。さらに、周辺の建物もこの計画の主旨を汲んだ改修がなされはじめ、湯畑中心の温泉町として一体感のある独特な風情が醸し出されつつあります。
 また、これも今年から新設されたリノベーション賞ですが、「東京経済大学 大倉喜八郎進一層館」が選ばれました。鬼頭梓が設計し、1968年に竣工したこの建築は、森の中に置かれた40.5m角の透明な無柱空間が特徴的で、図書館建築の傑作として知られています。今回の計画は、用途を講堂と大学創設者記念館に変えるというコンバージョンを目的にしたリノベーションです。ガラスボックスを入れ子状に配するなど、この魅力的な空間特性を活かしつつ記念碑的建築の現代的再生を図ったことが高く評価されました。
 建築はその建築単体のみで評価されるものではなく、その建築の置かれた空間的文脈、時間的文脈、さらには人間的文脈のなかで考えられるべきものだということを改めて感じさせられた審査でした。
栗生 明(くりゅう・あきら)
建築家、栗生総合計画事務所代表取締役
1947年 千葉県生まれ/1973年 早稲田大学大学院修了後、槇総合計画事務所/1979年 Kアトリエ設立/1987年 栗生総合計画事務所に改称、現在、代表取締役/1989年「カーニバルショーケース」で新日本建築家協会新人賞、1996年「植村直己冒険館」で日本建築学会作品賞、2003年「平等院宝物館鳳翔館」で日本芸術院賞、2006年「国立長崎原爆死没者追悼平和祈念館」で村野藤吾賞ほか、受賞多数
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