VOICE
倉持 健夫(株式会社倉持設計工房、東京都建築士事務所協会編集専門委員、墨田支部)
鹿島の一本松
東日本大震災から5年半。復興の状況も気になり毎年ひとりで被災地を訪れているのだが、今年は、福島県の南相馬市にある「鹿島の一本松」に足を運んだ。南相馬市鹿島区の南右田地区には、数万本の松の木があったが、津波によりほとんどが倒壊した。ほんの数本は生き残ったが、塩害もあって次々と枯死し、結果として1本だけ残ったのだった。
この鹿島の一本松は、人気のない広大な被災地にポツンと立っている。簡易ながらに案内板が立てられ、1カ月にどれくらいの人が訪れるのか分からないが、この津波を忘れないというメッセージを象徴するような一本松であった。
最近、この一本松を数年以内に伐採することが決まったと新聞記事で知った。理由は、その後の生育状態がよくないことと、防災林整備工事が予定されており、土地がかさ上げされるためだ。一本松の跡地部分を公園にする案も出ているようだ。
建築にかかわる仕事をする者として、「残す」ことだけにフォーカスを当てられないのが今の状況だと思った。維持・残すことと、再生・建設することとは相反するのが常だ。「この津波がこの高さでここまできた」ということを数百年後においても伝えられるのであれば、それが小さな公園でも石碑でも意味があると思う。また、災害にそなえるための防災林整備を現代の技術で再生することも、長い歴史のなかで大きな意味があると思う。
今後、この一本松の跡がどう変化していくのか、見守っていきたい。
倉持 健夫(くらもち・たけお)
株式会社倉持設計工房、東京都建築士事務所協会編集専門委員、墨田支部
1970年生まれ/1992年 浅野工学専門学校 建築工学科卒業
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