社労士豆知識 第22回
小規模事業主も知っておくべき労働条件の基礎知識
佐々木隆(佐々木社会保険労務士事務所 所長)
 最近巷では長時間にわたる時間外労働や労災事故につながる過労死問題など、労働時間に関するトラブルが後を絶ちません。大企業などはコンプライアンスなどの問題に対応するため、いち早く取り組みを進めているとは思いますが、中小企業主や小規模事業主などは、まだまだ自分の問題ではないと思っているかもしれません。しかし、本来の法律の定義は大企業も小規模事業主も根本的には同じです。今回は、「労働時間」、「休憩時間」、「年次有給休暇」、「明示しなければならない労働条件」とは何なのかの基礎を解説します。
労働時間と休憩時間
そもそも労働時間とは何かというと、「使用者の指揮命令下に置かれている時間」と解されております。これは現実に作業を行っている時間のみではなく、作業前の準備時間や作業後の後始末、手待ち時間や労働から解放されていない仮眠時間なども、使用者の明示・暗示の指揮命令を受けている限りは労働時間とされます。つまり、労働時間は、就業規則や労働契約等で定められた時間ではなく、客観的に見て使用者の指揮命令下に置かれているかどうかで定まるものとなります。
 ここで使用者の定義について簡単に説明します。管理監督者を含む使用者とは会社の代表取締役等の役員および課長職以上が該当すると思われがちですが、本来は役職のみで判断されるのではなく、各種実態で判断されることになります。主な判断基準は、①人事権があるなど労務管理や経営に関し経営者と一体的立場にあること、②一般の労働者のように出退勤等の時間管理を受けていないこと、③一般の労働者に比べて報酬や賞与の支給率が相当に高く、その地位にふさわしい待遇がなされていることがあげられます。よって、たとえば部長職イコール使用者という概念には注意が必要です。
 労働基準法(以下「労基法」)での法定労働時間は1日8時間、週40時間を超えて労働させてはならないとされております。これには特例が設けられており、商業、映画演劇業(映画の製作の事業を除く)、保健衛生業、接客娯楽業のうち、常時10人未満の労働者を使用するものについては、1日8時間、週44時間まで労働させることができます。
 休憩時間については、労働時間が6時間以下の場合は与えなくてよく、労働時間が6時間超8時間以内の場合は労働時間の間に少なくとも45分、労働時間が8時間を超える場合は、労働時間の間に少なくとも1時間を与えればよいとされています。おおよその会社では1時間の休憩時間を設けている所が多いのではないでしょうか。労基法は休憩時間を除いた実労働時間が8時間を超えることを原則禁止としていますが、時間外労働を行うことにつき労使で協定を締結し、労働基準監督署に届け出ることにより、時間外労働をその協定の範囲で行わせることを認めています。これをいわゆる「36協定」といいます。
 36協定は建築事務所等においても時間外労働等を行わせる際には規模に関わらず締結・届出が必要になります。
割増賃金
注意したいのは、36協定を締結していても時間外労働を行わせた場合は割増賃金が発生することです。
 ここで割増賃金の計算方法について簡単に説明したいと思います。
 Aさんは基本給20万円、役職手当5万円とした場合、総支給は25万円となります。
 所定労働時間は、1日8時間労働、休日を土日完全週休2日とした場合、{365日-(52週×2=104日)}×8時間÷12か月=174時間(月の平均所定労働時間)となり、1時間当たりの単価は25万円÷174時間=1,437円です。就業時間が9時〜18時のAさんが、以下の残業をした場合の割増計算例と図解例です。※簡略化のため1円未満はすべて切り上げています。

① 4時間の時間外労働
   1,437円×1.25×4時間=7,185円
② ①に引き続き朝5時間まで7時間の深夜労働
   1,437円×1.5×7時間=15,089円
   ※深夜割増:22時〜5時→0.25増
③ ②に引き続き5時から始業時間9時までの労働
   1,437円×1.25×4時間=7,185円
■時間外労働の図解例
年次有給休暇
 次に年次有給休暇(以下「有給」)について説明します。有給は雇入れ後6カ月継続勤務し、その間に8割以上の出勤率を満たした場合に10日付与されます。その後1年ごとに8割以上の出勤率を判断し、11日、12日、14日、16日、18日、20日と付与されていきます。有給は付与されてから2年間まで使用できるので、仮に20日付与された労働者が1年間1日も有給を消化しなければ翌年の新たな20日付与と合わせて最大で40日となります。なお、パート等の短時間労働者についても比例付与といって有給が付与されます(下図)。
■短時間労働者の有給比例付与
明示しなければならない労働条件
 就業規則については、常時10人以上の労働者を使用する使用者は、就業規則を作成し、所轄労働基準監督署に届け出を行わなければなりません。常時使用する労働者が10人未満の場合は就業規則を作成する必要がありませんが、労基法では労働者数に関係なく労働条件を書面等で通知しなければならないとされております。

【書面の交付による明示事項】
① 労働契約の期間
② 就業の場所・従事する業務の内容
③ 始業・終業時刻、所定労働時間を超える労働の有無、休憩時間、休日、休暇、交替制勤務をさせる場合は就業時転換(交替期日あるいは交替順序等)に関する事項
④ 賃金の決定・計算・支払方法、賃金の締切り・支払の時期に関する事項
⑤ 退職に関する事項(解雇の事由を含む)

【口頭の明示でもよい事項】
⑥ 昇給に関する事項
⑦ 退職手当の定めが適用される労働者の範囲、退職手当の決定、計算・支払の方法、支払時期に関する事項
⑧ 臨時に支払われる賃金、賞与などに関する事項
⑨ 労働者に負担させる食費、作業用品その他に関する事項
⑩ 安全・衛生に関する事項
⑪ 職業訓練に関する事項
⑫ 災害補償、業務外の傷病扶助に関する事項
⑬ 表彰、制裁に関する事項
⑭ 休職に関する事項

 以上、簡単ではありますが、労働条件の基礎知識について説明しました。
 現在問題になっている労働人口の減少は実はすぐそこまで来ており、大企業以上に中小事業主は人の確保に苦労することが予想されます。雇用の流動化は加速していくことが考えられ、いち早く労働環境の改善を行わなければ、人が集まらず定着もしないということにより事業が展開できなくなるかもしれません。就業規則や諸規程を策定するだけではなく、使用者側が本当に働きやすい職場環境を提供しなければならない時代になっていることは間違いありません。
佐々木 隆(ささき・りゅう)
特定社会保険労務士、土木施工管理技士1級、佐々木社会保険労務士事務所所長
1970年生まれ/1995年理系大学を卒業後、通信工事を主に手がける建設会社に11年勤務/2007年 台東区上野にて佐々木社会保険労務士事務所を設立
記事カテゴリー:建築法規 / 行政
タグ:社労士