一級建築士の懲戒処分は今
平成28年度第1回一級建築士の懲戒処分の分析
加藤峯男(東京三会建築会議委員、東京都建築士事務所協会理事、株式会社エンドウ・アソシエイツ代表取締役)
はじめに 
 平成28(2016)年9月8日、国土交通省ホームページに住宅局建築指導課より「平成28年度第1回一級建築士の懲戒処分」が発表されました(http://www.mlit.go.jp/report/press/house05_hh_000628.html)。
 今回の懲戒処分(建築士法第10条)は、平成27(2015)年6月25日に施行された「改正建築士法」施行以降、はじめて「改正建築士法の基準」(一級建築士の懲戒処分の基準/平成27年5月8日制定 http://www.mlit.go.jp/common/001094202.pdf)に基づいて行われた懲戒処分です。
 「改正建築士法」施行以降に一級建築士の懲戒処分は、平成27(2015)年9月1日発表の「平成27年度第2回」と、平成年12月10日発表の「平成27年度第3回」の2回の発表がありましたが、これらはいずれも、「改正前の建築士法の基準」(一級建築士の懲戒処分の基準/平成20(2008)年11月14日制定http://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/build/syobunkizyun.pdf)に基づいた処分でした。
 そこで、今回発表された一級建築士の懲戒処分において、「改正建築士法の基準」がどのように運用され、どのような処分内容になったかについて、改正前と比較した分析を行いました。この稿はその結果報告です。
改正建築士法施行前の行政処分の状況
 今回の懲戒処分の分析の前に、処分状況がどの程度変わったかを確認するため、これまでの行政処分の状況を記しておきます。
 平成19(2007)年6月20日施行の「建築物の安全性の確保を図るための建築基準法等の一部を改正する法律」が、その法律施行以前の行政処分とは処分の内容を一変させたことはご存知のことと思います。処分内容が、それまでと比べて非常に厳しくなりました。
 この法律は、姉歯元一級建築士により偽装された構造計算書に基づいて建築されたマンションにおいて構造耐力不足が発生し、居住者に大きな不安と、建て替えた場合の大きな経済的負担を強いる事態を発生させたことの反省から生まれました。この法律は、こうした建築士の違反行為による安全性が確保されない建築物の発生を防止することを目的に、建築基準法、建築士法、建設業法、宅地建物取引業法等の関連する法律のそれぞれ一部が改正され、まとめて公布・施行されたものです。改正趣旨は次のようなものでした。
 ① 建築確認・検査の厳格化
 ② 建築士等の業務の適正化および罰則の強化
 ③ 指定確認検査機関の業務の適正化
 ④ 建築士、建築士事務所および指定確認検査機関の情報開示
 この4項目の改正のなかで私たちの建築士活動に大きな影響を与えたのが、上記の①および②であることは論を俟たないと思いますが、建築士活動に直接関係がないように思える③および④が、それ以上に大きな影響を与えています。
指定確認検査機関が下した適合確認が覆るようになる
 それは、指定確認検査機関が建築基準関係規定に不適合となるところがないものとして確認済証・検査済証を交付した物件について、指定確認検査機関に対する行政監査で、その審査および検査の妥当性確認が行われるようになったことです。
 その監査で行政が「不適合」と判定した物件については、指定確認検査機関が下した適合確認が覆るようになり、それを事由にそれを行った建築士が「懲戒処分」されるようになりました。
 このことは、指定確認検査機関が建築確認で下した適合確認が必ずしも「正」とは限らず、事後にそれが覆ることがあることを示します。私たちは指定確認検査機関にによる審査・検査に全幅の信頼を置いてきましたが、それができなくなったことを意味し、「指定確認検査機関制度」そのものの屋台骨を揺るがすシステム変更がこの法律の制定によってなされたことになります。
図表❶ 「改正前の建築士法の基準」における「ランク表(表1)」
確認申請図書の「誤り」を是正した場合でも処分
 そうした経緯で行政から懲戒にすべきか否かが問われる建築士をさらに鞭打つ事態にしたのが、行政の監査で指定確認検査機関が下した適合確認が覆り建築基準関係規定に不適合となった部分について、それを設計した建築士が是正して最終的に不適合となるところがない状態にして完成させ、検査済証の交付を受けた物件についても、懲戒処分を受けるようになったことです。
 また、行政の監査で違反行為とみなされた行為について建築士が弁明できる機会である「懲戒の聴聞」において、建築士の「違反行為とみなされた行為を違反ではないとする弁明」や「自ら速やかに行った是正行為による処分の軽減の嘆願」を行ったとしても、ほとんど聞き入れられることなく、行政監査の指摘通りの事由で「改正前の建築士法の基準」にある「ランク表(表1)」(図表❶)に定められた処分ランク通りの処分がなされるようになったのです。
 この「改正前の建築士法の基準」の運用状況を見ると、確認済証が交付された確認申請図書内に含まれる違反設計等の「誤り」は「建築士がそれを行った事実」の揺るがぬ「証拠」であり、建築士がそれを是正し問題ない建築物にして顧客に引き渡したとしても、「違反設計を行った事実」そのものを帳消しにする差配を行政はまったく考えていないのではないかと思える処分状況でした。また建築士の確認申請図書内のそうした「誤り」が故意でなく、またそれがたとえ未遂に終わった事案であっても、「建築士が違反行為を行った事実」は「事実」として捉えられ処分されていました。
図表❷ 平成18〜28年度 一級建築士の懲戒処分事由別物件数集計表 表中の「ランク表(表1)」の懲戒事由の1から54は、「改正建築士法の基準」の「ランク表(表1)」による。
「違反設計」に対する懲戒処分が非常に重い
 「改正前の建築士法の基準」には、「建築関係法令違反」(建築士法第10条第1項第1号)および「不誠実行為」(建築士法第10条第1項第2号)に該当する「計51項目の違反行為」(「改正建築士法の基準」では54項目、図表❷参照)を行った建築士に対して懲戒処分を行うことが謳われています。そのうち、私たちの業務において最も犯しやすい違反行為である「違反設計、違反適合確認」は、次のように「5-1」と「5-2」に規定されています(「改正建築士法の基準」では「6-1」と「6-2」)。

 5-1 建築物の倒壊・破損、人の生命・人体への危害の発生に繋がる恐れのある技術基準規定違反の設計・適合違反等……処分ランク9〜15
 5-2 上記以外の技術基準規定違反の設計・適合確認……処分ランク6

 このほかに「建築確認対象法令違反」の「43」(「改正建築士法の基準」では「46」)の規定がありますが、これらの規定が「建築基準法の技術基準規定に関する違反設計」を規定している部分です。この規定が示すように、改正建築士法施行前の「懲戒処分の基準」は、「違反設計」の懲戒事由としては処分が軽い方の「5-2」の規定違反を1件行っただけでも、その処分は「処分ランク6(業務停止3月)」。それが処分の重い方の「5-1」の規定違反となれば、その処分は2倍から4倍の「処分ランク9〜15(業務停止6〜12月)」にもなります。
「不利益処分」を科すにもかかわらず処分基準が不明確
 このように現行の「一級建築士の懲戒処分の基準」は、たった一件の「違反設計」を処分事由として私たち建築士をたちまち「業務停止」に追い込みます。それほどの重い「不利益処分」を科す基準であるにもかかわらず、「違反設計」を規定した「5-1」及び「5-2」の技術基準規定には、それぞれその対象となる、たとえば「建築基準法何条何項規定違反の場合には『5-1』の基準を適用する」というような具体的な技術基準規定が明示されていません。
 このことは、懲戒処分の現行基準が「行政手続法」の「行政が不利益処分を行うときの処分の基準」を定めた第12条第2項の規定「行政庁は、処分基準を定めるにあたっては、不利益処分の性質に照らしてできる限り具体的なものとしなければならない」を充足しない処分基準になっていることは明らかです。
 設計監理を業とする私たちが「免許取消」もしくは「業務停止」の処分を受けるとなれば、建築士生命が絶たれるほどの大きな痛手を被ります。こうした「不利益処分」を受ける身になれば、具体的な懲戒処分の対象となる技術基準規定が一切明示されておらず、どの技術基準規定に違反する設計を行ったらどの程度重い処分になるのかがよく解らない不明確な基準に基づき「処分の内容」が決定されていることには、心中穏やかならざるものがあります。
 しかも、建築基準関係規定に不適合となるところがないものとして確認済証の交付を受けた物件において、その後の行政監査で適合判定が覆り、それを行政の指摘通りに適法状態に是正して建築物を完成させたとしても、確認申請図書の中にただ一点の「誤り」があったからという理由だけで、最も軽い処分でも「業務停止3月」を科すというのは、「溺れかけて自力で浮かび上がった人の頭を押さえつけて再び水に沈める」ような処分の仕方です。たとえ確認申請図書の中に「誤り」があったことが事実だとしても、それが未遂に終わった建築士まで処分する道理がどこにあるのでしょうか。
 「建築士の業務の適正を図り、もって建築物の質の向上に寄与させる」ことを目的とする「建築士法」の趣旨に照らしても、この「懲戒処分の基準」の運用は、その道理に悖る処分をしているようにしか思えません。
管理建築士が違反行為をした場合の監督処分は懲戒に準じた処分
 各都道府県が行う建築士法第26条第2項に基づく「建築士事務所に対する監督処分」は、「四号」の「管理建築士が懲戒処分を受けた場合」と、「五号」の「所属建築士が懲戒処分を受けた場合」とでは、行政の「監督処分」への対応が大きく異なりました。
 「五号」の所属建築士が懲戒処分を受けた場合では、建築士の建築士事務所での位置づけが低い場合や是正への対応等で情状酌量がされる場合には、必ずしも「懲戒処分に準じた処分=建築士事務所の閉鎖処分」とならずに「戒告」もしくは「文書注意」処分で済む場合がありますが、「四号」に該当する場合には、即「管理建築士の懲戒処分に準じた処分」とすることが「監督処分の基準」で定められていました。
 「監督処分の聴聞」において、建築士自ら速やかに行った是正行為による処分の軽減を求めても、また自ら行った違反行為が違反でない旨の釈明を行ったとしても、それがまったく聞き入れられることなく、ただ「監督処分の基準がそう定められているから」という事由で、建築士に科せられた懲戒処分と同じ月数の「建築士事務所の閉鎖処分」が下されてきました。
 日本の建築士事務所は多くが、開設者が管理建築士であり、設計者であり、工事監理者であり、確認申請代理人として、建築士事務所の業務を行っています。管理建築士が、設計者もしくは工事監理者として、「違反設計」もしくは「工事監理不十分」を行ったことを事由に「懲戒処分」を受ければ、管理建築士本人の「業務停止3月」だけでなく、事務所登録をしている都道府県から「建築士事務所の閉鎖3月」の監督処分を受け、他の所属建築士全員を道連れに建築士事務所の業務ができなくなります。いわゆる連座制です。この基準も私たち建築士事務所の業務体制の根底を揺るがすものです。管理建築士が懲戒処分を受ければ建築士事務所の死命が制せられる内容になっていました。
改正建築士法施行以前の懲戒処分及び監督処分の状況のまとめ
 これまで改正建築士法施行以前の行政処分の状況を見てきました。これまでの「懲戒処分の基準」および「事務所処分の基準」とその運用状況は、建築物を建築する際に適用される法令・条例・規制等の要求事項を充足することについて、私たち建築士に100点満点の仕事を要求しています。そうでない場合は処分されるようにできています。この基準そのものが間違っているわけではありませんが、長く複雑な行程を歩まなければならない設計監理業務において、「確認申請図書の作成」という設計途中の、設計の一断面に過ぎない法適合確認の部分のみを切りとり、その中にひとつ「誤り」があるからといって、「違反設計」をしたとみなし処分するのは、設計監理という行為を一度もしたことのない人がつくったのではないか思われるほど偏った基準です。
 しかも、それを建築士が自ら是正して完成させたとしても処分されるという処分基準の運用の仕方は、「理不尽」の一語に尽きます。
 人の行為には「誤り」がつきものです。「懲戒処分の基準」は少なくともそれを包含して、処分を行っても建築士が継続して仕事ができる基準運用にすべきです。そして、結果的に建築物が法的に問題のないかたちで完成すれば違反設計とはみなさないという取り扱いがあってもいいのではないでしょうか。
東京三会建築会議の処分の適正化への活動
 一般社団法人東京建築士会、一般社団法人東京都建築士事務所協会、公益社団法人日本建築家協会関東甲信越支部の建築設計の職能3団体(東京三会)が、共通の課題について意見交換をする場として設けた会議体である「東京三会建築会議」は、平成19(2007)年の「建築物の安全性の確保を図るための建築基準法等の一部を改正する法律」の施行以降、国土交通省による一級建築士に対する懲戒処分および各都道府県による建築士事務所に対する監督処分が、建築士が行った違反行為の内容に比べて過重なものであることに気づき、平成18(2006)年度以降の各年度の懲戒処分における各建築士の処分事由と処分内容を調査・分析し、処分制度の問題点の洗い出しを行い、その軽減方策について検討を行ってきました。
 それを平成26(2014)年4月に東京三会の共同提言として「建築士の懲戒処分と建築士事務所の監督処分に関する要望(案)」にまとめ、各上部団体(公益社団法人日本建築士会連合会、一般社団法人日本建築士事務所協会連合会、公益社団法人日本建築家協会 =三会)を通じて国土交通省および東京都に対し処分の基準の見直しと基準の運用の適正化を求める要望書を提出しました。その要望の骨子は次の通りです。

 ① 違反設計箇所の工事未遂の場合の行政処分の減免と是正時の処分の軽減施策の実施
 ② 違反設計の分類の明確化
 ③ 聴聞における違反行為であるか否かの判定と建築士の弁明を適正にくみとる制度の確立
 ④ 管理建築士が懲戒処分を受けた場合の処分内容を建築士事務所の監督処分へ準用する規定の見直し

 この要望(案)を東京三会が各上部団体に提出したころは、「改正建築士法」を議員立法で成立させようと各上部団体の会長が率先して国土交通省に働きかけを行っていた時期と重なります。それも「改正建築士法」は、建築設計業界団体である三会が、業界共通の問題については協力して事に当たろうと手を握るきっかけとなった法律です。この「改正建築士法の制定」が、三会の「表」の要望とすれば、東京三会が協議してまとめた「処分の適正化要望」はどちらかというとその陰に隠れて目立たないものでした。
 東京三会は、平成18(2006)年以降の処分データの収集、問題点の洗い出し、要望(案)の作成、各上部団体への要望書の提出まで行いましたが、私たち自身が国土交通省との交渉テーブルについていなかったので、この要望(案)に対して国土交通省がどのように対応していただけるかよく分かりませんでした。ただし、改正建築士法に、三会の要望に応えるため、「行政が、建築士に報告を求め、建築士事務所に立ち入り調査をすることができる条項」が付加されたことだけを伝え聞きました。国土交通省がなぜそれを付加したのか、その意味合いについて、そのときはよく理解していませんでした。
東京三会による「処分問題の改善要望」が実を結んだことの最初の吉報が届く
 改善要望に対する行政の対応の最初の吉報が届いたのは、東京都からです。平成27(2015)年6月25日の改正建築士法の施行に合わせて東京都の「建築士事務所の処分等の基準」が改正された旨のお知らせを『コア東京』に掲載してほしいとの連絡です。
 中身を見たらまさに東京三会が出した「処分問題の改善要望」のひとつ、④の要望がずばり実を結んだ内容のお知らせだったのです。
 先ほども記したように、これまでの「建築士事務所の処分の基準」は、管理建築士が国土交通省から、たとえば3月の業務停止の懲戒処分を受けた場合、東京都からは自動的に懲戒処分と同じ月数の事務所閉鎖処分を受け、他の所属建築士も事務所の業務ができなくなる処分基準でした。つまり、改正前は各都道府県知事が行う建築士事務所に対する監督処分は、「管理建築者に対して行われた懲戒処分に準じた処分」が自動的に科せられていました。たとえ「事務所処分の聴聞」が行われたとしてもそれはかたちだけで、この規定がそのまま聴聞の処分事由となるほどに自動的に処分内容が決定されていました。
 改正後は、それが「所属建築士が懲戒処分を受けた場合」と同様にその「建築士に対して行われた懲戒処分の内容、懲戒処分に係る行為の建築士事務所の業務における位置づけ等を勘案して処分を決定」と改正され、聴聞等において処分内容をきちんと審査をする規定に変わったのです。
 このことは『コア東京』2015年8月号(http://coretokyoweb.jp/?page=article&id=43)に掲載しましたので、詳細についてはその記事をご覧になってください。
 ちなみに、この事務所処分の基準の改正は、他の道府県の事務所処分の基準も、東京都と同じ内容で、同じ日に全国一斉に改正されています。
懲戒の対象になっている一級建築士から聴聞の対応について相談を受ける
 ふたりの建築士から別々に、それぞれ設計を行った物件において違反設計を行ったことを事由に「懲戒の聴聞に呼ばれているのでどう対応したらよいか相談に乗ってほしい」という話が舞い込みました。
 ふたりの建築士ともに指定確認検査機関から確認済証及び検査済証の交付を受けた物件で、済証を交付した指定確認検査機関に対する国土交通省の監査で違反設計が見つかり、国土交通省から懲戒にすべきか否か、また処分の内容をどうすべきかが問われている建築士でした。その違反設計の概要は次の通り。
〈A建築士〉
相談日:平成28(2016)年5月24日
物件:特別養護老人ホーム
処分事由:直通階段の踏面寸法が24cm以上なければならないところを、これに適合しない設計を行った。また、両側に居室がある場合の廊下の幅員は1.6m以上、その他の廊下の場合は幅員を1.2m以上にしなければならないところを、これに適合しない設計を行った。
是正対応:既に行政の指摘通りに違反設計部分について是正工事を行い完了させている。
聴聞日:平成28(2016)年7月15日
〈B建築士〉
相談日:平成28(2016)年6月20日
物件:地下1階地上3階建て木造戸建て住宅
処分事由:階段および吹き抜けになっている部分について竪穴防火区画を設けなければならないところを、これに適合しない設計を行った。
是正対応:是正工事を行うことについて顧客の承諾を得ているがまだ工事を行っていない。
聴聞日:平成28(2016)年6月30日
〈相談時の私の回答〉
 A、B両建築士ともに、処分事由が「ランク表(表1)」の5-2「違反設計、違反適合確認」に該当する。これ以外に処分ランクが加重される違反行為がなく、速やかな是正等の個別事情によって処分が軽減されることが特にないようであるならば、処分ランクは、「ランク表(表1)」処分事由5-2に定める処分ランク6(業務停止3月)となるであろう。
 また、行政の指摘がある前に自らが違反設計に気づいて是正を行った場合は、処分ランクの軽減を受けられる可能性があるが、貴物件は、行政の指摘を受けてからの是正になるので、これまでの懲戒基準の運用状況から推測すると処分ランクの軽減は受けられないであろう。したがって、ランク表通りの処分ランク6(業務停止3月)の処分となるであろう。
 B建築士は管理建築士でもあるので、去年6月25日に東京都の事務所処分の基準が改正になって、管理建築士が懲戒を受けた場合、事務所処分も懲戒処分と同じとする準用規定がなくなったが、この改正基準による事務所処分がまだ一度も行われていないので、処分の内容がどの程度で済むか何ともいえない。最悪の場合を想定して、従来の基準通りに3月の事務所閉鎖処分を覚悟しておいた方がよいであろう。

 ふたりとも、インターネット上に載った『JIA Bulletin』2014年9月号の「明日は我が身の一級建築士の懲戒処分の現状」(http://www.jia-kanto.org/members/bulletin/2014/09/12-15.html)の記事を見て、藁をもつかむ思いで相談に来られました。ところが、救いとなる助言もできず、つかむ藁さえ差し出すことができませんでした。
 「懲戒対象となっている物件の設計のことは、あなたがいちばんよく分かっているので、弁護士などに頼らず自分自身で正直に自分が行った行為の弁明を行ってきてください」と言って送り出すのが精いっぱいでした。
ふたりの一級建築士から嬉しい「処分通知」の連絡が入る
 ふたりの処分は私の予想とまったく異なりました。予想は外れましたが、嬉しい処分結果の連絡です。
 ともに平成28(2016)年8月31日、国土交通省関東地方整備局長より書面で「処分通知」があり、A建築士は「戒告」、B建築士は「文書注意」、ともに「業務停止」を伴わない処分です。B建築士の場合は「文書注意」ですので懲戒にあたらず、国土交通省の「一級建築士の懲戒処分」の報道発表にも掲載されません。
 今回の懲戒処分は、改正建築士法施行以前の懲戒処分とは明らかに異なるやりかたで処分の内容の決定がなされたようなのです。
 ふたりとも聴聞通知をもらったときは、死刑宣告を受けた心地になっていたことでしょう。ところがこの処分通知で仕事を継続できることが分かり、 胸をなで下ろしたと思います。喜びを分かち合いたいと思い、それぞれ別々にですが小さいながらも祝宴を催しました。
 私にとっても、ほぼ3年間の処分の適正化に向けての活動が決して無駄でなかったことを確認できたことが、何よりも嬉しかったのです。
図表❸ 「違反設計・違反適合確認」で処分された一級建築士の懲戒処分の内容別集計表
違反設計・違反適合確認」を処分事由とした懲戒処分の傾向の推移

 1. 姉歯事件の影響もあって、構造設計の違反設計・違反適合確認を事由として懲戒処分を受けた一級建築士は、平成18(2006)年度25名、平成19(2010)年度48名と、その両年度に集中している。それ以降、構造設計者の懲戒処分は漸減し、平成26(2014)年度以降は出ていない。構造設計者が懲戒処分を受けた場合、ほとんど全員、処分の内容が処分ランク6(業務停止3月)以上の重い処分となっている。
 2. 平成28(2016)年度第1回一級建築士の懲戒処分は、「違反設計、違反適合確認」を事由として懲戒処分を受けた一級建築士は、総数14名、すべて意匠設計者。1名が一級建築士の処分のランク表に定められた処分ランクどおりの処分ランク6(業務停止3月)となっているが、それ以外の13名すべて何らかの軽減を受け、処分ランク4(業務停止1月)が1名、処分ランク3(業務停止14日)が4名、処分ランク2(戒告)が8名となっている。
 改正建築士法施行以前の懲戒処分を受けた建築士の大半が処分ランク6(業務停止3月)以上であった状況と比べると、明らかに処分の内容が軽減され、建築士の仕事の継続に配慮して処分している様子が窺える。
平成28年度第1回一級建築士の懲戒処分の分析
 この吉報を受け、平成28年9月8日国土交通省のホームページに報道発表があった「平成28年度第1回一級建築士の懲戒処分」(http://www.mlit.go.jp/common/001144913.pdf)を分析しました。この分析は、この処分において三会の要望がどの程度反映されているかを確認するために行いました。
 懲戒処分を受けた建築士は総数15名。懲戒事由別の内訳は「名義貸し」が1名、その1名を除き後の14名すべてが「違反設計、違反適合確認」を懲戒事由とした処分です。
 図表❸を見ていただければ分かるように、14名の処分の内容は、1名が「ランク表(表1)」に定められた処分ランク通りの「業務停止3月」になっていますが、そのほかの13名はすべて何らかの個別事情が勘案されて処分ランクが軽減され、「業務停止1月」1名、「業務停止14日」4名、「戒告」8名となっています。
 改正建築士法施行前の懲戒処分の状況が、「違反設計、違反適合確認」を懲戒事由として処分されれば、たとえ是正を行い法的に問題ないかたちにして検査済証を取得したとしても、最も軽い処分でも処分ランク6(業務停止3月)であったのに対し、相談に来られたふたりの建築士の処分事由は同じ「違反設計、違反適合確認」であったにもかかわらず、処分は「戒告」と「文書注意」でした。それも違反箇所の是正は顧客に引き渡した後に行政の指摘があってからのことです。それがこの処分ですから、いかに今回の処分が、これまでの懲戒処分より軽減されているかお分かりになると思います。
処分問題の改善要望に応えるための方策の切り札となった改正建築士法10条の2
 改正建築士法施行以前と比べて今回の懲戒処分に格段の軽減をもたらしたのは、改正建築士法(平成26(2014)年6月27日に制定された法律92号)「10条の2(報告、検査等)」(内容は「コア東京Web」に掲載)の規定を国土交通省がきちんと運用したおかげであり、それも軽減方向に運用したおかげだと思います。
 この条項の冒頭にその目的が「建築士の業務の適正な実施を確保するため」と謳われていますが、これが改正建築士法で10条(懲戒)のすぐ後に組み込まれていることでも分かるように、この条項は「懲戒における建築士の処分の適正化を図るため」に設けたといっても過言でないと思います。
 この条項は、改正建築士法の作成の最終段階に、三会の処分問題の改善要望に応えるため、国土交通省の提案で最後に組み込まれたと聞いています。このことを伝え聞いたときには、処分ランクを加重するためにも軽減するためにも使える「諸刃の剣」的性格をもった条項だと思いました。使われ方によっては私たち建築士にとって刃にもなり得ます。
 しかし、今回の懲戒の処分結果をみると、この条項は、違反設計を行った建築士の処分の軽減を図るために使われたようです。私のところに相談に来られたふたりの建築士からいただいた懲戒関係資料「建築士法第10条の2第1項の規定(すでに改正建築士法10条の2の運用が始まっています)に基づく報告書、聴聞議事録、処分通知等」からは、建築士が行った違反行為について国土交通省がきちんと審査しようとして、違反行為があったかなかったかの事実の認定だけでなく、それを取り巻く個別事情を正確に把握するために真摯に調査を行っている姿勢が垣間見えます。
図表❹ 「個別事情による加減表(表2)」
改正建築士法10条の2の意味合い
 確かに、懲戒権者(国土交通省及び各都道府県知事)は、違反行為を行った建築士に多大な不利益処分を科すわけですから、その正当性が常に問われます。その「不利益処分の内容」を決定するためには、まず「処分の原因となる事実」を正確に把握することが肝要です。それをもとに、その事実が「一級建築士の懲戒処分の基準」の「ランク表(表1)」のどの項目の事由による違反行為に該当するかを決定し、その上で、違反行為における行為者の意識・態様、是正等の対応、社会的影響等の個別事情を勘案して「個別事情による加減表(表2)」(図表❹)に基づき処分ランクの加重もしくは軽減の度合いを検討し、処分内容を決定しなければなりません。これらの基準を適切に運用するための土台となるのが、懲戒権者による建築士が行った違反行為の正確な把握です。
 ところが、改正前の建築士法においては、懲戒権者が、建築士に報告をさせたり、建築士事務所等への立ち入り図書等を調査したりする権限を認めていなかったため、不十分な判断材料をもとに、行政が最初に指摘した「処分の原因となる事実」をもとに「ランク表(表1)」通りの処分が下されていた事例が多かったのではないかと推測されます。
 三会の要望もあって、こういったこれまでの処分状況を改善するため、懲戒権者に、建築士に報告を求め建築士事務所に立ち入って調査することができる権限を与え、妥当性のある裏付け資料に基づく審査をきちんとしましょう、ということでこの条項が登場したのだと思います。
まとめ
 今回の懲戒処分は、違反設計を懲戒事由とする建築士がほとんどですが、本来なら処分ランク6(業務停止3月)となるところ、処分ランク通りの処分を受けた1名を除き、従来と比べて格段に処分が軽く、建築士の業務の継続に配慮した処分になっています。このことは、国土交通省が10条の2の規定を私たちの要望に応えて、誤り(違反行為)をしても、事後に是正可能な事案の場合、誠意ある対応をした建築士については処分の軽減があることを示したのだと思います。
 しかしこの規定は、先に記したように「諸刃の剣」的性格をもっています。建築士として不誠実な対応を行えば、懲戒権者による厳正な調査によりしっかりと裏付けが取られ、「ランク表(表1)」に定められた処分が加重されることも推測されますので、ゆめゆめご油断あそばされますな。
加藤 峯男(かとう・みねお)
東京三会建築会議委員、東京都建築士事務所協会理事、株式会社エンドウ・アソシエイツ代表取締役
1946年 愛知県豊田市生まれ/ 1969年 名古屋大学工学部建築学科卒業、同年圓堂建築設計事務所入所/1991年 同所パートナーに就任/2002年 株式会社エンドウ・アソシエイツ取締役に就任/2003年 株式会社エンドウ・アソシエイツ代表取締役に就任/2011年 一般社団法人東京都建築士事務所協会理事に就任
記事カテゴリー:建築法規 / 行政
タグ:処分問題