木の香り、そして木の働き──⑨
ヒバ──耐久性にすぐれ、生理的にも優れた働きをする
谷田貝 光克(東京大学名誉教授)
津軽半島金木町の新・日本名木百選のヒバ「十二本ヤス」。
わが国だけに分布
ヒノキ科アスナロ属のヒバは1属1種でわが国だけに分布する。ヒバには南方型と北方型があり、南方型がアスナロ、北方型が青森ヒバと呼ばれるヒノキアスナロである。能登半島に分布するアスナロはアテとも呼ばれる。ヒノキアスナロは牧野富太郎が青森地方のアスナロが球果の形と色が南方のものと違うことからアスナロの変種としたことによる。成分的には両者の間にほとんど差は見られないが、精油が利用されているのは資源的に多い青森ヒバである。ヒバ材の心材は淡黄色ないし淡黄褐色で、辺材は黄白色であり、針葉樹の中では中程度の比重を持ち、特有の匂いがあり、耐朽性、殺蟻性に優れている。おそらく国産材の中では木材腐朽菌やシロアリなどの害虫に最も強い材である。同じく耐久性にすぐれているヒノキの生育していない東北地方では、青森ヒバが神社仏閣や遺産を保存する所蔵庫などに好んで使われてきた。平泉中尊寺の金色堂、弘前城などにその例を見ることができる。
土台、柱、床柱などの建築材、建具、家具、浴槽、橋梁・杭などの土木材、輪島塗などの漆器の木地、曲げ物、桶などとして利用される。
耐久性のもと、精油成分とその利用
ヒバ材の耐久性は精油成分によるところが大きい。抗菌作用については木材腐朽菌の繁殖を防ぐほか、クロコウジカビ、ペニシリウムなどの真菌類、黄色ブドウ球菌、大腸菌、MRSAなどの細菌類にも抗菌作用を示す。ヒバ精油の抗菌作用はヒノキチオールによるところも大きいが、そのほかのテルペン類の寄与も大きい。ヒノキチオールの抗菌活性は、真菌・細菌類に対しておよそ50ppmであり、これは天然物としては最も強いグループに属する。ヒノキチオールは鉄や銅と反応するので、精油採取に鉄や銅の装置を使うと、淡黄色であるべき精油が赤茶色に変色するので禁物である。ヒバ材と鉄や銅との接触も材の変色の原因となる。
平成3(1991)年に天然由来の食品添加物は「化学的合成品以外の食品添加物リスト」に記載・指定され、甘味料、着色料など8用途に分けて表示が義務づけられている。そのリストの中にヒノキチオールも保存料としてくわえられ、ヒノキチオールの食品添加物としての用途が広げられた。ソーセージ、ジャムなどの保存期間を延ばすのに好都合である。ヒノキチオールは合成品もあるが食品添加物として使用可能なのはヒバ材由来のものに限られる。
ヒバ材の生理作用
ヒバ材の使用量の異なる部屋で生理作用を調べた結果では、ヒバ材の使用量が多くなるにつれて血圧が低減し、ストレスホルモンの唾液アミラーゼ活性が低下することからヒバ材は副交感神経活動が昂進し、鎮静状態をもたらすことが明らかにされている。さらに脳波の1種CNV(随伴性陰性変動)の測定でも鎮静作用がもたらされることが確認されている。ヒバ材は特有の香りを持ち、初めての人にはとっつきにくく、好き、嫌いの好みが大きく分かれるが、上記の結果からも生理的には気分を落ち着けるように働いていることがわかる。ヒバ材の香りは慣れるにしたがって心理評価でも快適度が向上する方向に向かう。
さらにヒバ材の香りは喘息、アトピーの原因となる室内塵ダニの繁殖を抑制し、アンモニアなどの悪臭を消臭し、また、シックハウス症候群の元凶のホルムアルデヒドを効率よく除去する。ヒバ材の香りは快適空間をつくるのに役立っている。
谷田貝 光克(やたがい・みつよし)
香りの図書館館長、東京大学名誉教授、秋田県立大学名誉教授
栃木県宇都宮市生まれ/東北大学大学院理学研究科博士課程修了(理学博士)/米国バージニア州立大学化学科およびメイン州立大学化学科博士研究員、農林省林業試験場炭化研究室長、農水省森林総合研究所生物活性物質研究室長、森林化学科長、東京大学大学院農学生命科学研究科教授、秋田県立大学木材高度加工研究所所長を経て、2011(平成23)年4月より現職。専門は天然物有機化学。
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